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クシャナ・アルスタッドという女-05

私はフェストラについていきながら、その向かう方角を検討する。


私たちのいる五階には、五学生と六学生用の教室が存在する他に、もう一つ部屋がある。


その部屋に辿り着いたフェストラは扉を開け放ち、私が入室するのを待っているが、私は扉の中へと入らず、ただ廊下で立ち続ける。



「おい、オレに扉番をやらせ続けるつもりか?」


「それも面白いかもしれない」


「そんな事をしていると――死ぬ事になるぞ」



 不意に、背後から感じる殺意。


同時に、首筋に突き立てられた刃。


それが、アマンナ・シュレンツ・フォルディアス……フェストラとは腹違いの妹さんが突き立てている刃だと知るには、そう多く情報は必要ない。



「それも含めて面白いかもしれない、と言ったんだ。フェストラは知っているだろう? 私は死ねないんだと」


「不敬な奴だな。しかし、場を弁えての大仰な態度は良し。……アマンナ」


「……分かりました」



 首筋から引かれる手、そして私にペコリとお辞儀をしながら、兄の下へと細い足で向かっていくアマンナちゃんは、今まで耳元で固定していた前髪を下ろして、その眼を見せなくした。


その紺色のロングヘアをお尻ほどまで伸ばしたロングヘア、そして前髪は目元まで伸びて、その目を見せる事は無い。


本当は顔立ちも良いのだけれど、目が見えないと美人度も下がって見えるのは少し不思議というかなんというか。



「……その……どうぞ」



 兄に代わり扉を受け持ち、早く室内へ入れと促すアマンナちゃんに言われては仕方が無い。


その広々とした部屋へと入り、整えられた執務室と言った様相の部屋を確認した後、来客用の椅子に腰かけて待つ。


アマンナちゃんが即座に予め温めていた紅茶を出してくれたものだから、一口頂く。



「先日、オレ達を襲った……【アシッド】と言ったな?」



 ピクリと、思わず反応してしまった。


そのアシッドという言葉は、私がクシャナ・アルスタッドとして生きて来た時代の言葉ではない。


赤松玲という女が生まれ――そして戦ってきた時代の言葉だからだ。



「その連中はどうやら、オレとアマンナを襲う事が目的ではなかったらしい」


「詳しく、聞こうじゃないか」



 パサリと、私の前に置かれた数枚の紙、それを手に取って、私はそれが【調査資料】である事を知った。



「昨日未明に、大量の血液と僅かに残った肉片が回収された。調査当局によって肉片と血液のDNA鑑定を行った所、シュメルの外れで農家を営む七十代の老婆、ミガンタである事を確認し、またミガンナは昨日の夕方ごろ、シュメルへ所用に出かけた事を最後に行方が知られていない」



 ちなみに言っておくと、DNA鑑定は完全に私が翻訳している言葉だ。本来は違う名称の検査なのだけれど、遺伝子情報鑑定という意味では一緒なので、DNAという言葉に私が意訳している。



「血液と肉片以外に、その老婆の肉体は一切見つかっていない。……そして、これと同様の事件がシュメル以外の街でも何件か確認されているってワケだ」



 全ての事件で共通しているのは、大量の血液が確認されている事。それ以外の身体は残っている事もあれば、完全に無くなっていて、その老婆と同じように肉片しか残っていない可能性もある。



「民衆の管理社会であるグロリア帝国で良かったね。血液一滴でも残っていれば、民衆のDNA情報とすぐに照合できるから」


「ああ。だがそれにより、相手は『複数』かつ『無差別』である事が確認出来る。先日、お前とオレが会った一体はあくまで単機、そしてオレ達を狙ったものではなかった、という事だな」



 ため息をつくフェストラは、喋り疲れたと言わんばかりに紅茶へ口を付けるが、私はもう紅茶どころじゃない。



「奴らの対処法を知り得るのはお前だけだ。頭を下げるのはごめんだが、お前には協力をして貰わねば困る」


「……私はもう、アシッドと関わる気はない」


「『人は自分を殺す事が、唯一犯す事の出来る罪だ』……だったかな」



 先日、私がフェストラへ語った言葉だ。


彼はその言葉を述べながら、私へと鋭い視線を送り続ける。



「庶民、お前には人を救う力がある。オレはそれを認めている。お前自身はまともに人生を送る気は無くとも、誰かの為になら力を奮える強き者だ」


「……分かったような事を言う。私は男を好かないけれどね、お前のように人を計るような物言いの奴も大嫌いなのさ」


「オレとお前は好き嫌いの関係じゃないだろう? オレとてお前のような平民を頼る事など好きじゃない。――ただの利害関係だ」



 それ以降、語ることなく押し黙るフェストラと、彼へ添うように立つアマンナちゃんの二人を見据える。


私たち三人は、先日この【アシッド】に襲われた。


命の危機に直面したのだ。


何故、この三人だったのだろう。


私一人でいたのならば、ただ死ぬ事が出来た。


死ぬ事の出来ない私が、唯一殺される事の出来る手段――それがアシッドなのだというのに。


二人と一緒にいたから、私は戦わざるを得なくなった。


そして今――この二人は、私に助力を求めている。



それは二人の為じゃない。二人が襲われた事によって、他の人間が受ける被害を少しでも減らそうとする……。


 そう、善なる決意からだ。



「一つ、聞かせろ。フェストラ・フレンツ・フォルディアス」


「何だ」


「お前は何故、アシッドに自ら関わろうとする。お前はただの学生だ。六学年主席様だ。平穏に生き、平穏に卒業までを暮らす事によって、約束された成功が待っている。……なのに何故、こんな危険を冒すような真似をする?」


「お前を含めた民の為だ。――この国はやがて、オレによって統治される。オレによる統治によってのみ、この国の民は安寧と平和を勝ち取る事が出来るんだ。その前に滅んでしまっては困る」



 フェストラは、大仰な態度を取る。


けれどそれは、彼にとって当たり前の態度なのだ。


自分より上の人間はいない。全て下だ。故に頭を下げる事もしなければ、自分を下げるような真似もしない。


けれどそれは、いずれ来る王としての立場に相応しい態度を示そうとしているだけ。


そして、彼は王となって――民を見捨てるような真似は絶対にしない。



そうした所が、私も彼を気に入っている部分でありつつ……嫌いな所でもある。



「一つ、条件がある」


「言ってみろ」


「調査を頼みたい――アルステラ・クラウスちゃんという、同じ五学生の女子とその周辺。この子が、少し厄介でね」



 だから私は、無条件でコイツに協力したくなくて……少しだけコイツの力を頼る事にした。



**



アルステラ・クラウスは、帝国軍人であるシュツルロット・クラウスの一人娘で、将来有望と名を馳せる五学生である。


成績優秀眉目秀麗、少しだけ気の強い部分こそあるが、しかし教師も他の生徒も目を張る程に、将来有望な生徒である事は間違いないだろう。


そんな彼女の対抗馬に成り得る存在が一人。



ヴァルキュリア・ファ・リスタバリオス。


ヴァルキュリアは、王族の騎士として名を遺した事もあるリスタバリオス家の嫡子であり、彼女もまた将来有望な騎士として期待されている。


本来騎士候補となる子供に、魔術学部の授業を受けさせる必要などない筈なのに、一学年から五学年の途中まで、魔術学部に参加出来ていた事が、その証明となるだろう。



(……ムカつく)



 アルステラはそう考えながら、昼の時間が終わり、剣技実習の時間を過ごしていた。


姿勢を正したまま直立不動になる訓練、剣の素振り、最後にグラウンドを二十週する体力訓練をそつなくこなしながら……目立つヴァルキュリアを見据えている。



「よっ、ほっ……意外と難しいでありますなぁ……」



 ヴァルキュリアは直立不動訓練において、両肩と両膝、両手にティーカップを置いて動かない訓練を自主的に行った。


腕を真っすぐに伸ばしながら膝を九十度に曲げ、その姿勢を保ったまま二十分保っていたのだ。


ちなみにクシャナ・アルスタッドは三分くらいの所で倒れて先生が介護していた。



「フンフンフンフンフンフンッ!! まだまだ、限界の向こう側に挑戦するのである――ッ!!」



 剣の素振りにおいては常人の目に留まらぬスピードで木刀を振り続けて、皆と同じタイミングで素振りを止めた。どうやらガルファレットが計測していたようだが、十分間で二千五百三十回の素振りを続けていて、一回も休憩をしなかったらしい。


 ちなみにクシャナ・アルスタッドは十五回位素振りした所で「肩が外れるぅ……ッ!」と痛みを訴え、先生に介護されていた。



「騎士や軍人にとっては体力こそが正義である! 走れなくなった兵から死んでいく! ちんたら走るなであーるッ!」


「うるさーいっ!!」



 グラウンド二十週に至っては後ろを向きながら誰よりも早く走り、手拍子をしながら皆を鼓舞し続けていたが、二番手を走っていたアルステラがそう叫ぶ程には鬱陶しかった。


ちなみにクシャナ・アルスタッドはグラウンドを一周した時には既にフラフラとしていて、彼女が二十週を終わらせた時にはヴァルキュリアが七十三週を終えた時だった。



「ぜぇ……はぁ……ぜぇ……はぁ……っ」


「……クシャナ殿、本気でやらねば授業と言うのは意味がないのであるが」


「ぜ、全力……わ、私、ホント……体力は、無くて……っ」


「よくそれで毎年ある進級試験に合格できるであるな……」


「毎年私自身が一番驚いてるんだけどね……」



 汗だくになり地面にうつ伏せるクシャナを見据えて舌打ちするアルステラ。


彼女は最も、クシャナという平民の存在に苛立っている者と言っても良い。


アルステラは生まれた時から、騎士になるべく英才教育を叩き込まれてきた。


聖ファスト学院に入学した理由も、あくまでこの学院を卒業したという資格が欲しかっただけで、父の権限と自分の能力があれば、すぐにでも騎士になれると自負していた。


そんな自分と同じ学年にクシャナという平民が居る事は、自分の品格が乏しめられているような感覚となってしまったのだ。



(けれどコイツは、なんでか知らないけれどフェストラ様のお気に入りだ。手を出したくても出せない)



 本日の授業開始前、クシャナが語った「手を出せない理由」には、少し足りないところがある。


アルステラは最初、理由をでっちあげて彼女を排除しようとしていた。しかし、その前に何故かフェストラ・フレンツ・フォルディアスという十王族の嫡子が、彼女に目を付けていたのだ。


そんな彼女に直接手を出せば、フェストラが調査を行う可能性も否定できず、手をこまねくしかなかった、というのが主な理由である。

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