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フェストラ・フレンツ・フォルディアスとの出会い-10

 アスハさんは本気で、私を殺すつもりだ。


というより、彼女には私を殺さない理由などないのだ。


私達【シックス・ブラッド】において、アシッドに対抗する術を持つのは私だけ。


つまり、私さえ殺してしまえば、残ったシックス・ブラッドに、残った人類に、大した脅威などない。


今、この腕で私の首を圧し折り、頭を喰らわないのは、ドナリアに与えた私の幻惑能力が、死した場合に永続して展開される可能性を鑑みての事だ。



「どうなんだ? 答えろ」


「……い、きが……っ!」


「ああ、そうか。すまないな、私は感覚が無いから、どうにも手加減が難しい」



 息が出来なくても私たちは死ぬ事など無いが、しかし喋る事は難しい。


それを知っているから、アスハさんは私の首に込める力を僅かに緩め――感覚が無いからこそ、大きく力を抜いてしまった彼女の顔面に、強く拳を叩き込んだ。



「っ」


「離、せ……!」



 僅かによろめいたアスハさんの顎に向け、右膝を叩き込む。結果として顎の骨が折れるような音と共に、彼女は身体を僅かによろけさせたが、顎の骨が折れた事など、意に介していない。


先ほど私の首筋に向けて投げた筈の剣をどこからか掴んで、今その剣筋を私の首に、横薙ぎする。


 あまりに立ち直りが早くて、私は剣が振るわれた事に反応も出来ず……ただ、斬られる寸前で冷や汗を流した。



「全く――この場所までが、お前らに気付かれるとはな」



 だが、私の首が斬られるよりも前に。


フェストラの振るった金色の剣が、アスハさんの剣を弾き飛ばした。


僅かに姿勢を崩した私の身体を抱き留めるフェストラは追撃と言わんばかりに指を鳴らし、その背後に展開した空間魔術から、バスタードソードを三本、それぞれの軌道で投擲。


頭部、右腕、左足を狙ったそれぞれの投擲を、頭部は避け、右腕はかすめ、左足は突き刺さり、痛みはないが足が上手く動かぬ感覚に、アスハさんがよろめいた。


突き刺さった左足のバスタードソードをすぐに引き抜き、むしろそれを得物として振るうアスハさんに、刃を合わせたフェストラ。


二人は合う筈の無い視線を交わらせながら、口を開く。



「フェストラ・フレンツ・フォルディアス」


「そう言う貴様は、アスハ・ラインヘンバーか」


「……その名で、私を……呼ぶなッ!!」



 アシッドとしての身体機能でのごり押しとも言うべき、強引な一振りによって、フェストラの剣が弾かれると同時に、彼女の握っていたバスタードソードも、剣の中ほどから折れて、宙を舞った。


瞬間、フェストラの首を狙った、右手の先端を伸ばした手刀が、今喉元に突きつけられたが――彼は慌てず、その切先から逸らせるように首を動かしつつ、アスハさんの目元を覆うように、手を被せた。


何かパキンと砕けるような音と共に、アスハさんが前のめりになって、倒れ出した。


僅かに首筋を斬ったフェストラが、喉元よりダクダクと血を流しつつも、あくまでと肉を少し斬っただけ、頸動脈辺りには届いていない。



それでも……彼は緊張した面持ちで、ハッ、ハッと荒れた息を整えながら、少しだけ自分の行動について、種を明かす。



「……視覚と触覚が無い事を補助する、周辺探知魔術、聴覚強化、三半規管強化魔術を付与していたな」


「チィ……ッ!」



 急ぎ立ち上がり、フェストラから遠ざかる様に後ろへ跳んだアスハさん。


しかし、その着地に際しては身体をよろめかせて床に手を着け、そして表情にも余裕がない。



「お前、魔術相殺を……!」


「伊達に、第六世代魔術回路を持ってるわけじゃないんでな……っ」


「魔術、相殺……?」



 聞いた事のない言葉に、私が立ち上がり、マジカリング・デバイスを取り出しながらフェストラへ問う。


フェストラも、荒れた息を整える時間を稼ぐ為か、頷いて剣を構えながら、私の隣に立つ。



「相手の展開している魔術と、同等量のマナを投じ、敵の魔術に干渉する事で、打ち消す手法だと思えば良い」


「……なるほど。で、アスハさんが展開してる周辺探知とやらの魔術を消したってわけか」


「否、オレが消したのは聴覚強化と三半規管強化だけだ」


「え?」



 ちょっと驚いた。聴覚強化は何となく分かるけど、三半規管強化っていうのがイマイチ、恩恵が分からなかったのもある。


えっと、三半規管ってアレだよね、バランス感覚とか平衡感覚を司ってる神経みたいな。



「盲目に加え触覚失認の状態で戦うとなれば、必ず戦闘時の平衡感覚が重要となる。それを乱せば、如何にアシッドと言えど戦闘は困難だ」



 簡単に説明していくフェストラに、アスハさんは怒りを露わにした表情を浮かべながら、真っすぐに立つ。


しかし、真っすぐに立とうとしても、僅かにその身体は傾き、数秒程立つとゆらりと身体を揺らしてしまう。



「……それで、アスハさんについては調べたんだね」


「アマンナが、だがな。――アスハ・ラインヘンバー。帝国騎士家系でもそれなりの上流階級に位置するラインヘンバー家の息女だったが、十七年前から消息不明になっていた」


「その名で、呼ぶなと……何度言えば……ッ!」



 それなりの上流階級からの出だとは思えぬ程、彼女はラインヘンバーという名を嫌っているようだ。


私と相対している時は無表情だったのに、今は眼球を剥き出しにして息を荒げ、平衡感覚さえ正常であれば、疾く襲い掛かってきそうだ。


けれど……その聴覚・三半規管強化の魔術を、付与し直す様子はない。



「庶民」


「ああ」


〈Stand-Up〉



 マジカリング・デバイスの指紋センサーに触れ、放たれる機械音声。


音声に合わせて私は口へ、デバイス下方にあるマイクを近付け、音声入力を開始。



「変身」


「ほう! 変身か。随分と綺麗な発音だ――やはり君は、日本人だね?」



 ゾワリとした感覚と共に。


私とフェストラが同時に飛び退くと、私とフェストラがそれまで立っていた場所に、男が一人立っている所を捉えた。



「な――ッ!?」


「いつの間に……っ!?」



 飛び退きながら、私は「変身」と短く唱え直しつつ、画面を強く殴りつけながら、変身を開始。


まとわれる衣装とその足元から展開される黒剣。その様子を見ながら――男がパチパチと、手を鳴らす。


男は、耳元まで伸ばした黒の短髪と、その整った顔立ちが印象強い青少年、とも言うべき男だった。


身長は百八十センチを超えるそれなりの大柄、しかしあまり大柄に見えないのは服で覆い隠れる細い外観故だろう。


全身を黒で包む軍服にも似た衣服は、帝国軍の士官服にも見えなくはないが、帝国軍士官服は白色だから、あくまで似ているだけだ。



……だが、特徴的な部分は、そんな所じゃない。



そのニッコリと笑う表情も、優し気な瞳も、何もかもが「彼は敵じゃない」と訴えかけてくるような……そんな妙な感覚があって、思わず私は変身を解除しそうになってしまうが、その私の手を、フェストラが取る。



「アイツは、敵だ」


「何故、そんな事が」


「状況はそうとしか言えんだろうが……っ!」



 その言葉に、私も確かにと納得するしかない。


そもそも相手の外見的特徴から、敵か否かを判断するべきじゃない上に、まだアスハさんが目の前にいる状況で、変身を解除するなど、以ての外だろうに。


 ……何故、私は変身を解除するか否かを考えているんだ?



「うん、そうだね。フェストラ様の言う通り、私は敵だ。――君達に分かる名前で言うとなれば【帝国の夜明け】を率いるリーダー、とでも言えばいいか」



 笑顔を絶やす事なく、男はゆっくりと足を前へと向けて進めて行き、アスハさんの手を取った。



「大丈夫かい、アスハ」


「ハッ……! ご迷惑をおかけ致しまして、申し訳ございませんっ」


「気にしなくていいさ」



 アスハさんの頭を、撫でるように男が触れる。


その瞬間、アスハさんはスクッと立ち上がり、姿勢を整えた上で、自らの得物を構えて男を守る様に立ち塞がる。


変身した私が彼女と戦えるように一歩前へ出ようとした所で――フェストラが、それを静止し、首を横に振った。



「アスハ、フェストラ様は私達を逃がしてくれるみたいだ」


「しかし、クシャナ・アルスタッドは」


「大丈夫。彼女に大した力はないし、ドナリアに展開されている能力だって、後数日で治るさ。……人を喰うという、アシッドとしての本懐さえも、彼女は忘れているから、ね」



 その言葉と共に、私へ一瞬視線を寄越した男の目が……何か、蛇とか爬虫類系の視線に思えて、ゾクリとした感覚に襲われる。



「……おい、そこのお前」



 私がその視線に、少しだけ震えた瞬間。


フェストラがそう、男に問いかけた。



「何でしょうか、フェストラ様」


「お前、何者だ?」


「私は、ただのテロリスト――それ以上でも、それ以下でもありませんよ」



 だが、はぐらかすように述べた男は……そのままドナリアの捕えられていた部屋へと入り、深い眠りに就く彼の身体を抱き寄せ、廊下へと。

私が追いかけようとしても、フェストラがそれを止める。



「では、失礼いたします」


「名を名乗らないのか?」


「ああ、失念しておりました。そうですね、ならば……【M】とでも、名乗っておきましょう」



 最後に、彼はペコリと頭を下げた


瞬間、彼らの背後に黒い穴のようなものが出現し、その穴に飛び込んだ瞬間に、消え去ってしまう。



やがて穴も消え、その痕跡さえも辿れない状況で……私とフェストラは、ただ茫然とする他に、出来る事など無かった。

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