表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/329

フェストラ・フレンツ・フォルディアスとの出会い-09

 目を醒ますと、私は強烈な空腹感と同時に押し寄せる気分の悪さを抑え込み、上半身だけを起こした。


 僅かに目元が潤んでいる感覚、夢を見ながら泣いていたのだろうと察する事が出来た。



「……昔を懐かしむ夢、か。歳を取ったものだね」



 あの日、あの後の事は、よく覚えていない。


覚えているとしたら、家に帰っていつも通りお母さんたちと談笑しながら晩御飯を食べ、翌日学院に行ったら、フェストラに声をかけられた位だろう。


 ぞろぞろと彼の権威を頼りたい子達を引き連れながら私に近付いてきた、フェストラがこう言い放ったのだ。



『クシャナ・アルスタッド――名前で呼ぶのは面倒だな。お前の事は平民か庶民と呼ぶことにしよう』


『……はぁ』


『お前の事は気にかけておいてやる。何かあれば声をかけると良い』



 今思えばそれ以降、目に入る範囲で私に対する差別的な虐めは少なくなっていった。


恐らく、フェストラが私の事を気に留めているという事が学院中に広まった結果、庶民の私に下手な手出しをしたら、フェストラが何か手を打ってくると判断しての事だろうと思う。



フェストラは、それから二度目のアシッド出現まで、私へ深く関わろうとしなかった。


いや、多分アシッドがいつ出現しても良いように、この時点で既に動いていた事は分かっているのだけれど、それを当人である私に言おうとはしなかった。


それはきっと、アシッドという存在が再び現れて、私の力を借りなければならない状況になるまで、私に心労をかけさせたくなかったからだ。



 ……あの時、私が泣きながらアシッドの頭を喰っている所を見て、フェストラは少なからず私の正体や、私の苦悩を理解してしまったのだろう。


奴は、ムカつく事に先を読む力も、他人の思考を読む力にも優れている。


だから、私がもしアシッドとの戦いを拒否したとしてもアシッドに対抗できる状況を……私に少しでも負担をかけさせない為の準備をしようとしていたのだろうと考えられる。


こう言えばきっとアイツは「人を気遣いの達人みたいに言うな。オレはただ多角的な状況を予想して動いているだけだ」とでも言うんだろう。


確かに、アイツはあくまで私がいてもいなくても問題が無いように仕向けていただけだろうが、アイツは時に自分さえも手駒の一つとして扱い、誰か一手に負担をかけさせることは無い。


 そんな奴だからこそ……私は嫌っているけれど、伊吹の野郎とは違って、ついていってやろうとは思えるのだ。



「……なんかアイツの事ばっか考えるのとかイヤになってきたな。ヴァルキュリアちゃん達、早く遊びに来ないかなぁ」



 どうにも人肌が恋しいのだけど、私の言う人肌は「可愛い女の子」の事なので、フェストラ曰く呼んでいるというファナやヴァルキュリアちゃん、アマンナちゃんの三人を待つ事にする。



「……そういえば」



 過去を思い出す夢を見ていた時に、成瀬伊吹が登場したけど、あの時……アイツ、何て言ってたっけ。



『あの娘には気を付けた方が良いぞ』


『……あの娘?』


『アマンナ、とか言ったな。お前の周囲にいる人間で、俺が個人的に興味を抱いた娘だったよ』



 そう、そうだ。


アイツは、私の周囲にいる人間で、アマンナちゃんに気を付けろと言った。


確かに成瀬伊吹は、累計年齢三十八歳の私にマジカリング・デバイスを使わせて魔法少女にする変態だけど、興味の対象にする相手は昔から「物語の主人公然とした奴」だったり「何かしら特異な技能を持ち得る存在」だった。


プロトワンだった私がアイツと一緒に行動していた時、何人かアイツが目を付けた奴と会ったけど……全員が本当に、何かしらの意味で『ヤバい』連中だった。



そんなアイツが興味を抱くアマンナちゃんが何者なのか……少し、興味が沸いてしまった。



そんな時。


 何やら私のいる部屋の周囲が、騒がしく感じられたのだ。


防音性の優れた部屋、外に誰がいるか良く見えない小窓しか設置されていない場所故に、外の様子が良く見えないし、聞こえないけれど……何か、人の断末魔にも似た、奇声が聞こえたような気がする。



「……なんだ?」



 ドアに近付き、小窓から見える可能な限りの景色を焼き付ける。


外には、ドナリアや私を監視する為の人間が立っている筈だが、今その人が、だらりと身体を廊下に預け、倒れた光景を目にした。


そして……その腕が引き裂かれ、べちゃりと身体を血の海に預けた光景を。



「何が、何が起こってる……!?」



 考えられる可能性は二つ。


一つはドナリアが私の固有能力から解放され、そのハイ・アシッドとして脅威の身体能力を用いて拘束を解き、脱出を図ろうとしている事。


しかし、それは考え辛い……というか、無いだろう。


まだ、私は固有能力を解除していないし、強制的に解除された感覚も無い。


故にドナリアはまだ、私の幻惑能力を見たくないからと意識を意図的に閉ざしているか、閉ざしていなくても戦闘など出来る状況にはない筈だ。



……もう一つは、ドナリアが属している、帝国の夜明けなる連中が、ドナリアを救出する為に、侵入を果たしたか、だ。



「っ、!」



 とにかく、緊急事態だ。私は息を大きく吸って、吐きを繰り返して、身体の調子を可能な限り高めた上で……拳を強く扉に向けて突き出し、その頑丈な強化扉を、破壊する。


ハイ・アシッドとして、まだ僅かながらに力が残っていてよかった。正直、今の扉を破壊する動作だけで、随分と体力を持っていかれてしまった。


「はぁ……っ、はぁ……ッ!」


「クシャナ・アルスタッドか」



 綺麗な女性が、今剣を振るって警備の首を切り裂き、地面へ倒れさせながら、私の方へと振り向き、その眼鏡のかけられた美しい表情を見せた。


銀のセミロング、整った顔立ちと肉付き……それは、事前にヴァルキュリアちゃんやアマンナちゃんから報告を受けている、ハイ・アシッドの姿と、似ている。



「……初めまして。貴女がアスハさんで、構わないかな?」


「そうだと答えた所で、どうなるというんだ?」



 フッと息をつきながら、女性……恐らくアスハさんは、彼女から見て左方にある、ドナリアの捕らえられている部屋の扉に、大きく足を振り込んだ回し蹴りを叩き込む。


強化扉が、簡単に拉げながら外れた所を見るに……当然、弱っている今の私より、圧倒的に彼女の方が、ハイ・アシッドとしての能力は上だ。



「ドナリアを取り戻しに来たのかい?」


「コイツのネームバリューは利用できるからな」


「させない。私だって苦労してドナリアを捕らえたんだから」



 太もものホルスターからマジカリング・デバイスを取り出そうと腕を伸ばした、その時。


既にアスハさんは動いていた。私の眼前へと迫り、腕に持つ剣を振るい、太ももへと伸ばそうとしていた手を、いとも容易く切り裂いて、私の下腹部を強く蹴りつけた。



「ぅぐっ!」


「ハイ・アシッドとしても二流、そして戦士としては三流以下、か。詰まらん女だ」


「っ、好き勝手、言ってくれる……!」



 弱体化した状態で、あまり多人数に使える手段ではないが、私は目を見開きアスハさんと目を合わせた上で――幻惑能力を発動。


彼女と私の合わさった視線から、彼女の感覚に忍び込み、その深層心理を覗き見た上で、その意識を夢として見せる幻惑能力。



――だが、私はそこで、彼女の心を見た。



無だった。


何もなかった。


空洞、空白、虚無、何と言葉にすれば良いのか分からなかったが……彼女には、人間が誰しも持ち得る感覚という存在が、見当たらなかった。



「貴様は他人の心に忍び込み、弱みに付け込む固有能力を持つ、というのは本当らしいな」


「……貴女、まさか」


「だが無駄だ。私にはそもそも、感覚というモノがない。……否、五感の内、二つが使い物になっていない、と言った方が正しいな」



 彼女……アスハさんの心には、何もない。


否、何も無い訳じゃない。小さく、音のようなものが彼女の深層心理にはあったけれど、記憶に残る映像記録がないんだ。


加え、誰かに触れた、触られた、誰かを殺した、殺された……そういう肌から、神経から伝わる感覚も、何もない。



つまり……。



「視覚と、触覚が……機能していない……のか?」


「そうだ。何も見えないし、痛みも何も感じない。故に私は心に残る思い出など、在りはしない。在った所で、何も見えない私に幻惑を見せられるというのなら、それはそれで嬉しいじゃないか」



 アスハさんは、地に落ちた私の右手を拾い上げ、指から一本一本、丁寧に食していく。


ボリボリと、音を立てて、指の骨を歯で噛み砕く音を奏でながら。


その姿を見て、彼女がハイ・アシッドである事の確認と同時に……彼女は視覚と触覚を無くしても尚、生きる事に不自由していない状況を訝しんだ。



「ところで、ドナリアに与えているらしい幻惑能力……アレはどうすれば解除出来る?」



 彼女の問いかけに、私は口を閉ざす。


そして可能な限り、私は音をたてないように左手を動かし、今一度マジカリング・デバイスを取り出そうとするが――しかし、アスハさんは手に持つ剣を私の首筋に向けて投げつけ、思わずそれを大きく避けて身体をよろめかせた私の首を、強く握り締めた。



「がっ、ぐ……ッ!」


「お前を殺せば――解除出来るのだろうか?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ