フェストラ・フレンツ・フォルディアスとの出会い-04
ちなみに、この時の私は「その考えに至る理由を教えて欲しい」と思いつつ「この事件には巻き込まれたくない」という考えが交差していた事は間違いない。
「……どうしてそんな考えになるのさ」
「失礼ながら……ご家庭について、調べさせて、貰いました……ご家庭の財政状況としては、芳しくなく……クシャナさまが、ご自分の貯金を使って……株式の短期取引を、内緒で生活費の補填に、充ててる、事」
ホントに失礼な事だが、私の家庭状況が全部知られている。
実際には財政状況として当時、そほど大きく問題はなかったが、私とファナの学費に必要な金額がかなり大きく、お母さんが苦労していた事を知っていたし、来年にはまた追加で学費が発生してくる。となれば、運送業に務めるお母さんの稼ぎだけじゃ困った事になる。
だから、六歳の頃に稼いで、お母さんが「貴方の稼いだお金なのだから、少しくらいは貴女が使いなさい」と貯金してくれていたお金を、一月前から投資に回しているというわけだ。
「……だから、家族ぐるみで生活に困った私が、その二人を殺して、意図的に株式操作をした、とでも言いたいのかい?」
「その、可能性を、鑑みて、ます」
「可愛い女の子にあまりこうは言いたくないけど、馬鹿な考え方だ。確かに値動きしてくれれば嬉しいけど、お母さんに堂々と渡せないお金なんて価値もないし、そんな事しなくても、勝つよ」
インターネットに近しいシステムが無いこの世界だと、地球と比べて株やFXはやり易い。個人の投資家が多く存在しない事もそうだが、相場理論の共有が個人間で行われず、相場の動きが非常に読みやすいからだ。
所得税は取られないし、基本的にダウ理論とフィボナッチ数列に沿って動けば、少なくともマイナスになる事は考え辛い。それだけパターン化してるのだ。
オマケにそれらと近しい相場理論はあるが、一般層に大きく知れ渡ってもいないのも大きい。先んじて行動に移って、大きく利益を取れる。
「しかし、貴方は『人を喰う存在について』という言葉に、大層驚いていた、ようでした」
「……そりゃ、そんなバケモノを知っているか、何て言われたら誰だって驚くだろう?」
「貴女が犯人じゃなかったとして、貴女は何か、知っているんじゃ」
「……アマンナちゃん、君は随分としつこいよ」
この時の私は、本気で苛立っていただろう。
もしかしたら、今生においては関係ないと思っていたアシッドが、この世界にも出現しているのかも……なんて考えたら、気が気でもないからだ。
と、その時。丁度いいタイミングで講義の時間になり、ガルファレット先生が訪れたので、私はアマンナちゃんから離れ、お腹を押さえた。
「先生! 頭痛が痛いので今日は早退させてくださいお願いします!!」
「どこからツッコめばいいと言うんだ」
「失礼します!」
先生より前に教室へ入り、カバンを取って教室を出る。
そこまで足が速いわけでも無い私を追ってこないアマンナちゃんにため息をつきながら、私はそのままお母さんの職場まで向かっていく。
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「クシャナ。貴女がお金の動かし方に理解がある、賢い子だというのは分かっているわ」
「はい」
証券取引所の窓口で、身分証明と印鑑を持参したお母さんが書類にサインを行っている中、私は証券マンの人にお願いして、絶え間なく変わり続ける各国の通貨価格と、各企業の株相場を見せて貰って、五分毎の平均と十五分毎の平均、そして一時間と四時間毎の平均をノートへとメモっていく。
「でもだからって、勉強をサボってお仕事休憩中のお母さんに『デートしよう!』と声をかけて証券取引所にまで連れてくるのは如何なものかしら」
「ホントにタイミング良く休憩取ってくれてて助かったよお母さん。メチャクチャ利益出た。こりゃ今日は私以外ステーキ食べられる。お肉食べに行こお肉。私サラダだけ食べてるからさ」
「貯金します!」
「えー。ファナが『お肉だお肉!』って喜んでる顔が見たいんだけどなぁ」
持ち株の売却取引完了。お母さん名義の通帳 (私が使うお金を入れた通帳)に記入された入金額は、元金額の七倍。
丁度跳ね上がりの頂上辺り、値動きが止まり始めたタイミングで売れたのが大きい。多分ここからは、それなりに値も落ちていく事が予想出来るから、今私から買った人はご愁傷様です。
証券取引所を出て、そのまま近くの銀行に足を運び、お母さんの口座に利益額の八割を入金、残る二割は私の口座に入金した後、お母さんを職場まで送っていく。
「クシャナはこれから学院に戻るの?」
「うん? いや、早退しちゃったからね……しばらく取引所に籠って値動き見た後、ショッピングでも楽しむ事とするよ。晩御飯は無しでいいよ」
「もう。勉学が全てだとは言わないけれど、少しは成績の事を考えて頂戴ね? いくら貴女が六歳の頃に稼いでくれたお金で入学させてあげられたとはいえ、お母さんも苦労してるのだから」
「分かってるよ、何時もありがとうお母さん。大好きだよ、何時も綺麗だよ、結婚するならお母さんが最有力候補だよ!」
「四十近い母親相手に何を言ってるのかしらねこの子ってば」
実際お母さんは実年齢より圧倒的に若く見えて二十代程度に思えるし、前世の記憶があるせいで実のお母さんと言う感覚が薄いのだ。
故に嘘ではないけれど、まぁ実の娘に褒めちぎられた所で本気とは捉えられないよねー。
商業区画にある、運送会社までお母さんを送り届けて、手を振りながら別れた後、私は証券取引所まで戻っていく――ように、お母さんへ見せ付ける。
「さて……どうするか」
この時の私は、証券取引所に戻るつもり等無かった。もうそろそろ昼の十二時、取引が最も動く時間になるからして、今から取引をするには随分とリスクが高くなる事も理由の一つだが……アマンナちゃんと話をした事が、主な理由だった。
近くの市場で、広報誌と新聞を一部ずつ購入。肉が入っていないかどうかを確認しつつ、レタスを中心とした野菜のサンドイッチを注文して、食べながら新聞を読み進める。
「……あった」
昨日未明、工業区画住宅通りにて人の手や足、加えて大量の出血があると帝国警備隊へ通報があったという事件。
発見された腕と足はそれぞれ、レスガ・ズンと、パストラミ・パラマのものであると確認されている。
グラテーナの魔導機開発主任と計画主任を務めている男性らで、発見された部位以外の死体は見つかっていないが、現場に残されていた出血量から死亡の可能性が高いとして帝国警備隊も捜査を進めている。
他に、近しい被害は確認されておらず、念の為サンドイッチを食べ終わった後に、王立図書館へと向かって数日分の新聞を閲覧してみたけど、それらしい内容は無い。
「私以外に……この世界へ輪廻転生を果たした、アシッドがいる……?」
あり得ない、と言いたいところだけど、そもそも私がこの世界に輪廻転生を果たした理由さえも分かっていないのだ。
でも、プロトワンや赤松玲だった時代の私でさえ、最後に自分以外のアシッドと出会ったのは、それこそプロトワンが十数歳の頃。その際に彼女達が輪廻転生を果たしたとして、何故今まで食人衝動を抑えられていたのか。
私のようにハイ・アシッドと化していた子達だから問題が無かったのか? でもそれなら何故、この二人を腕と足になるまで喰ったのか、証拠隠滅を図ろうとしなかったのかが分からない。
それともこの世界でアシッドと近しい存在が産まれただけなのか。
……何も理解出来ず、私は混乱した上で新聞を図書館の机に放り投げ、頭を抱えた。
「……また私の人生に絡みつくのかい? アシッドって奴は」
「ほう。【アシッド】というのは聞かん名称だな。……それが事件の犯人、と言っていいのか?」
声が聞こえた。
慌てて振り返ると、そこには私と同じ聖ファスト学院の制服を身にまとい、不敵な笑みを浮かべる一人の少年の姿が。
私よりも、少しだけ身長の高い、金髪の少年は、幾度か広報誌や学院内でも、見かけた事がある。
「……フェストラ、様?」
「流石にオレの事は知っているようだな」
「そりゃ、有名な人……ですし」
「それが学内での有名人なのか、国政における有名人なのか、投資家の真似事をしてる奴における有名人なのかで、印象が異なるがな」
フェストラ・フレンツ・フォルディアス。
聖ファスト学院剣術学部の六学生で現在主席。
騎士としての才能に加えて魔術師としても大成が約束されている魔術回路を持ち、さらには聖ファスト学院長の孫でもある、十王族の嫡子。
弱冠十八歳という若さで国政にも参加し、手掛けた新法案も幾つか存在。彼のニュースで稼がして貰った事も二、三度ほどある。
しかし当時の私は、彼と一切接点などなかった。
――つまり、この時初めて、私はフェストラという男と会話を果たしたのだ。





