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クシャナ・アルスタッドという女-04

「ふむん、後に国を背負う事となる者達が、なんとも器量の小さき事であるな」


「聞き捨てならないわね」



 近くに座っていた、同じ五学生であるアルステラ・クラウスちゃんが声を上げ、ヴァルキュリアちゃんへと詰め寄った。



「貴女の言う通り、私たちは今後国を背負う立場となる人間であり、私たちにはそうした未来へ進むという責務を課されている。だからこそ学びに対して真剣なの。でも彼女にはそうした背負うモノが無い。そんな人と一緒の場所にいるなんて、私たちからしても屈辱なのよ」


「だから器量が小さいと言った。そも、気に食わぬ相手ならば無視をすれば良いではないか。それもせず、ただ生まれが異なるからと嘲笑するのは騎士の風上にも置けん行為と言っているのだが?」



 それはアルステラちゃんの言葉に対する返答ではあるけれど、彼女には私を庇おうだとかの考えは、恐らくない。


 彼女は生真面目な子だから、おかしな事にはおかしいと言ってしまう性質なのだろう。



「クシャナ殿もどうしてその境遇に苦言を呈さないのだろうか。拙僧ならば正々堂々と発言をすべしだと考えてしまうが」


「簡単だよ、私は別に現状困っていないから。この子達はまだ子供だもの。そうした態度でしか表現が出来ぬというのも可愛いじゃないか」



 そう、私は別にそうした、気に食わない相手を嘲笑するという態度に困っていないし、なんであれば可愛らしいと思っている。



「自身を嘲笑されていながら、嘲笑する相手を可愛いとは、特殊な価値観をお持ちであるな、クシャナ殿」


「だって可愛らしいじゃないか。ここにいる私以外の全員は、私を排斥しようと思えばどれだけでも排斥する手段がある。親の権力というモノを使えば、どれだけだってね」



 ここにいる者は皆、高名な軍人家系や王族に仕える従者、中には王族家系にも名が通っている名家の子もいる。


そうした権力を持ち得るのに、私と言う存在を排斥しない理由はなにか、それを考えれば早い話だ。



「皆は結局、臆病なんだよ」


「臆病とな?」


「地位がある者はそれ相応の責任を背負わねばならない。私と言う一人の少女が持つ将来の可能性を潰す事になるのなら、それ相応の責任を果たすべきなんだ」



 ヴァルキュリアちゃんが言ったように、生まれが気に食わぬという些細な理由をもとに他者を蹴落としたりなど、騎士の風上にも置けない所業である。


もし皆がそうした手段に出た場合、その理由の明言を求められる。だが皆は私が気に食わないという理由以上を明言できないんだ。


特に今、聖ファスト学院は難しい立ち位置にある。学問の自由を基に考えれば、私と言う存在が下流階級の出だからと排斥しようとすれば、絶対に世間からの反発は必至となる。



「だから皆に出来る事なんか限られる。私の事を虐め、私から辞めるように促す事位だね」


「なるほど、しかしクシャナ殿はそれに困って等いないと」


「そうそう。可愛いだろう? 権力もあるし地位もあるけれど、責任を果たすのが怖いから、子供なりに出来る事を考えて律義にそれを行動にしているんだ。私はそうやって考えて動く子供が大好きだ」



 アルステラちゃんが怒りながらプルプルと震え、何か言いたげにしていたけれど、私はそんな彼女の頭を撫でる。



「勿論、それによって相手が困っているのなら止めるけれど、被害者は今の所私だけだもの。私は皆の頑張りを応援する。是非頑張って、私を辞めさせてくれたまえ!」


「コイツ……本当にムカつく……っ!」



 私に頭を撫でられていたアルステラちゃんだが、彼女はパシンと私の手を弾いて、自分の席に着いた。



「クシャナ殿は肝が据わっているのであるなぁ」


「そんな事は無いさ」


「さぞ授業の方でも優秀である事だろう」


「へ?」


「へ、とは何であるか? それだけ悠々とした態度であるのだから、授業なども余裕にこなせるのではないか、と言ったのであるが」


「いや、はは」



 何と言うべきかを私が考えていると、数分前に私とヴァルキュリアちゃんが入室した扉を開け、大柄な男性が教室へと入ってくる。



「講義を始めるぞ――と、ヴァルキュリアは既に着席しているか。紹介せねばならんな」



 五学生担当教諭、ガルファレット・ミサンガ教諭だ。屈強な肉体と裏腹に物静かな外見、背部に背負われた大きな剣は人間一人分にも相当する重さがあるらしい。


教諭は帝国軍司令総務部という部署の教育課に配属された、元々高名な帝国軍人だったそうな。


 彼に手招きされたヴァルキュリアちゃんは教卓の前に立ち、そのスラリとした身体をまっすぐに立たせた状態で、声高らかに挨拶をした。



「先ほどは失礼をした! 拙僧はヴァルキュリア・ファ・リスタバリオス、魔術学部から編入した故に、分からぬ事などがあると思われるが、是非ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたしまする!」



 ペコリと頭を下げる彼女に合わせ、まばらな拍手が彼女を歓迎した。


しかし……失敗したかもしれない。


周りがヴァルキュリアちゃんを見る目は、私を見る目と同じだ。


皆は私という存在を無視や嘲笑する事で、ある程度私に対する不満を解消していたが、そんな私と分け隔てなく接する彼女が今後狙われないとも限らない。


正直、私の事ならばどれだけでも弄ってくれて構わない。何せ気にしていないからね。けれど、ヴァルキュリアちゃんが狙われるとなれば話は別になる。



「……何か、対策を練らないといけないかもしれないね」



 小さく呟いた言葉を、近くの席に座るアルステラちゃんは聞いていた事だろう。


彼女が小さく、笑みを浮かべた事を――私は見逃してはいない。


ちなみに、リボンを忘れた事に関しては不問となった。



**



聖ファスト学院剣術学部の授業は、ヴァルキュリアちゃんへ語ったように、騎士としての礼儀作法教育に加え、剣術実技の授業となるが、実技授業の割合はその内の三割に満たない。


帝国騎士は、三カ条と呼ばれる三つの制約が存在し、その制約を遵守し、主に忠誠を立てねばならないとされている。



一つ、如何なる時も強くあり、主を守り抜く事。


一つ、騎士道精神を忘れず、主に対し忠義を貫く事。


一つ、主を守る為に己を高め、死の無いようある事。



まぁ簡単に訳せば「強くて優しく正しくありながら、自分もご主人様もまとめて守りましょう」という事になるのだけれど、私たち学生はまだ主など勿論いない。


正確に言えば、私以外の子達はもしかしたら、卒業後に仕えるべき主というのが定められているのかもしれないけれど、少なくとも私はいない。


それはヴァルキュリアちゃんも同様だったようで、ガルファレット先生が読み上げる三カ条を聞きながら、首を傾げている。



「クシャナ殿、拙僧たちには主などおらんが、主とは何なのだ?」


「ヴァルキュリアちゃんってホントに軍人家系の子なのかい?」



 そりゃあ最近は色々と職業選択の自由が保障されてしまっているから、そうした学びをしている子は少ないと思うけれど、軍人家系ならそういう事を教えているような気もする。



「主って言うのは簡単に言えば、帝国魔術師の事だね。帝国魔術師は知っているかな?」


「帝国魔術師は知っているのである。魔術学部は主に帝国魔術師になる為の場であった故な」



 帝国魔術師は、読んで字のごとく「帝国お抱えの魔術師」であり、その仕事は多岐にわたり、帝国魔術師の職場も多く存在する。


代表的な物を挙げるとすると「帝国軍魔術部隊への配属」と言った戦闘を生業とする部隊や「魔導機生産」等の製造を主な仕事とする場合もある。


基本的には帝国政府所属となり、各庁へと出向をして仕事にありつく事になる。


 だがそうした背景から、魔術師は国の発展や防衛を担う重要な役職だ。故に、彼らの命を守る為に騎士が必ず一人はあてがわれる。


それこそ「騎士」と呼ばれる存在だ。


帝国軍所属の剣術に長けた兵士が帝国魔術師に仕え、帝国魔術師が如何なる時にでも命を落とす事が無いようにする為の、名誉ある仕事なのだという。



「元々戦争時に、魔術師と帝国軍人を組ませる事によって戦果を挙げて来たグロリア帝国だからこその制度だね」


「だが確かに、魔術師は魔術師同士による争いは長けているが、魔術以外にはてんで無知な者も多いと聞く。であれば、騎士がその身を守る事は有意義である、という事であるな」


「そういう事。だから帝国魔術師に仕えた時、身を守れるように剣術を、失礼が無いように礼儀作法を学ぶんだ」



 ちなみにガルファレット先生も、昔は騎士として仕えていた魔術師がいたみたいだけど、その魔術師は老衰で亡くなられ、結果として教育課に回されたと聞いている。


今、ガルファレット先生は「紅茶の淹れ方」及び「茶の香りを引き立てる方法」を指導していて、私としては少し興味深いけれど、ヴァルキュリアちゃんは少し退屈のようだった。


 そんな中だった。突如、教室の扉が開かれ、一人の男が姿を現した。



「失礼するぞ」



 悠然と現れたのは、今朝会ったばかりのフェストラ・フランツ・フォルディアスだった。


 彼は教室の隅に座る私へと視線を向け、鼻で笑うようにしてから、私とヴァルキュリアちゃんの下へとやってくる。



「フェストラ殿、今は授業中であるぞ?」



 ヴァルキュリアちゃんがそう言うと、彼は「分かっているさ」と言いながら、ガルファレット先生に手を上げた。



「少し、この平民を借りるぞ教諭」


「全く……お前は相変わらず勝手な奴だな」



 ガルファレット先生がため息をつきながら半ば同意しちゃってくれる。ちなみにガルファレット先生は昨年、このフェストラのいた五学生を担当していて、その際にも困らされたようだ。



「聞こえていただろう。面を貸せ庶民」


「授業中なのですがね、六学年主席様」


「構わんだろう? どうせお前は授業など気持ち半ばにしか聞いていない」



 そう言われてしまえば否定し辛い。ため息をつきながら立ち上がり、彼の背に誘導されながらついていこうとする。



「クシャナ殿、大丈夫であるか?」


「大丈夫だよ。……それより、ヴァルキュリアちゃんこそ気を付けてね」



 私の言葉を理解できていないように首を傾げた彼女に手を振りながら、教室を後にする。

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