フェストラ・フレンツ・フォルディアスとの出会い-01
おはようございます。ファナ・アルスタッドです。
その日は生憎の雨模様、アタシは僅かに重たいまぶたを擦りながら、同じ部屋で寝てるはずのヴァルキュリア様がどこにもいない事に首を傾げます。
朝七時過ぎ、普段より早めに起きちゃいましたが、朝ごはんをゆっくり食べる時間がある事に外なりませんので、起き上がって着替えつつ、一階へと降りちゃいます。
「おはよう、お母さん」
「おはようファナ。今日は早起きね」
「ヴァルキュリア様は?」
「外で、薪割りをしてくれてるわ。クシャナがいないから大助かりよ」
フフ、と笑いながら外の方へと視線を向けたお母さん。
窓から、確かにヴァルキュリア様が斧を振るって薪を割る様子が目に映りしました。
「ヴァ、ヴァルキュリア様に薪割りなんてさせちゃダメ! 高貴な人なんだから!」
「だってヴァルキュリアちゃんが何か手伝いたいと言ってきたんだもの。その好意を無下にするのも悪いでしょう?」
そうかもしれないけど、と言葉を出す前に、お母さんが温めたスープをカップへ。
「ファナ、ヴァルキュリアちゃんを呼んで頂戴。朝食にしましょう。しばらく学校はお休みなのでしょう? しっかり勉強するのよ」
「う、うん……」
お母さんは、先日聖ファスト学院に、帝国の夜明けとかいうテロ組織の人が立てこもり事件を起こした事は知りません。
緘口令が敷かれてるっていうのもあるんですけど、もし言ってよかったとしても「母君の心労を増やす事は控えるべきであろう」とヴァルキュリア様が言ってましたし、アタシもお母さんを心配させたくないので、適当に流します。
外へ出ながら、アタシがヴァルキュリア様に顔を出すと、僅かに額へ浮かばせた汗を拭いながら、ヴァルキュリア様が笑いかけてくれます。
「おはようファナ殿。よく眠っていたようで何よりだ」
「おはようございます、ヴァルキュリア様! 朝ご飯が出来たみたいなので、一緒に食べましょう!」
「うむ、母君の料理は拙僧も楽しみである」
ヴァルキュリア様は特に美食家というわけではないらしいですけど、お母さんの作る料理は凄く美味しいと、毎食お代わりをする程気に入っているようです。
既にヴァルキュリア様が居候を始めて五日目、お姉ちゃんが家に帰らずに四日が経過してます。
「あの、お姉ちゃんの事なんですけど……」
「うむ……そろそろ帰宅しても良い頃かと思うのだが」
まだアタシもよく分かってないですけど、お姉ちゃんは前世と今生において、アシッドと言う人肉を食べる衝動に駆られちゃう遺伝子を埋め込まれた、進化した人類なのだとか。
聞いた時は驚きましたけど……お姉ちゃんは人を食べたりする事を嫌ってて、普通のお肉とかでさえ遠ざけているので、悪いお姉ちゃんじゃありません。
でも、以前帝国の夜明けと戦った時に、アタシがお姉ちゃんの治療をしたら、そういう「お肉を食べたい」という欲求まで戻してしまったようなんです。
だから今は、フェストラさんの用意した隔離施設に自ら入って、お肉への欲求を排除しているようです。
「何にせよ今はクシャナ殿の意思を尊重する他無い。母君には心苦しいが、クシャナ殿がお戻りになるまで、この家は拙僧が守ろう」
「お姉ちゃんがいなくてもヴァルキュリア様がいれば百人力、いえ千人力です!」
「それはクシャナ殿の扱いが実に悪いと思えるのだが……」
アタシもこの間の戦いで初めて知りましたけど、お姉ちゃんってメチャクチャ強かったようなのです。
でもお姉ちゃんってば何時もアタシの事をえっちな目で見てくるイヤらしいお姉ちゃんなので、ちょっと強くても印象はそんなに変わらなかったりします。
……まぁ、優しくて綺麗なお姉ちゃんというのは認めますけど。
二人で家内へと戻り、朝食の前にフレアラス様の像を崇める為、拝礼を。
普段ならアタシたちよりお姉ちゃんが早く拝礼を終わらせ、ササッとご飯を食べに入ってしまい、アタシが怒るというひと悶着があったりしますけど、お姉ちゃんがいないとそれもなく、なんだか変な気分が。
それでも気持ちを落ち着かせながら、アタシたちを御守り下さるフレアラス様への信仰を注ぎ、五分ほど経過。
アタシたちは揃って席に着き、朝食を食べ進める中で、お母さんからこんな言葉が。
「そういえば、クシャナはまだお仕事から帰ってないのかしら?」
首を傾げながら問いかけて来た言葉に、アタシとヴァルキュリア様が一瞬だけ手を止めますが、そこでヴァルキュリア様がアタシの方を見てきます。
「う、うん。何か一週間後の、レアルタ皇国のお姫様を出迎えるパレードの準備で駆り出されてて、忙しいんだってー」
「そうなの……少しでも帰って来れればいいのだけれど。お母さんは娘に会えなくてちょっと寂しいわ」
「そ、その代わり帝国城に泊めて貰ってるし、内申点が貰えるって喜んでたし、良かったんじゃないかなぁ?」
寂しそうな表情を浮かべるお母さんと、誤魔化すアタシ。ヴァルキュリア様は申し訳なさそうにアタシへお辞儀し、アタシも苦笑を浮かべます。ヴァルキュリア様は嘘とか言い訳とか、そう言うのが苦手なのだと自他共に認めているのだとか。
……と、そんな時だった。
家のドアをノックする音が響き、お母さんが「朝早くから誰かしら」と立ち上がって、ドアを開ける。
「は~い」
「……アルスタッドさまのご自宅は、こちらでよろしかった、でしょうか……?」
「ええ、そうですよ」
扉を開けた先にいたのは、フェストラさんとはお腹違いの妹さんだという、アマンナさんがいて、アタシとヴァルキュリア様を見ると、ペコリとお辞儀を。
「ファナとヴァルキュリアちゃんのお友達?」
「うん、アマンナさん」
「アマンナ殿、本日は如何様でこちらに?」
「……本日は、わたしの家で、共にお勉強でも如何かと、思いまして、そのお誘いを……」
それはアマンナさんなりの嘘であろうとアタシもヴァルキュリア様も理解できましたが、お母さんはどうやら違うようです。
「まぁ、良かったわ! ファナってば一人だとどうしてもお勉強に身が入らないようだし、お邪魔じゃなければお勉強、見てあげてくれないかしら?」
「……はい。わたし、魔術も勉強しているので……ファナさまのお勉強、しっかり見ます」
「お願いねアマンナちゃん! あ、そうだ!」
お母さんは一度台所まで行くと、朝食の残りを確認し始めます。
「アマンナちゃん朝食は食べたかしら? 良かったら食べていかない? お母さん、ファナのご友人は名前を知ってるのだけど、クシャナのお友達って全然知らなくて、最近ヴァルキュリアちゃんと仲良くしてるのが嬉しかったのっ」
年甲斐もなくはしゃぐお母さんの圧に圧されるように、アマンナさんはアタシとヴァルキュリア様を見ますが、アタシたちはまだ朝食中なので、助け船も出せません。
「……えっと、じゃあ、頂きます」
「ええ! こっちにどうぞっ!」
ウキウキとした表情で普段お姉ちゃんが座っている席まで手を引かれたアマンナさん。
用意されているパンとスープの朝食を口にしながら、何気ない朝の会話が始まりました。
今日の朝ごはんは、普段よりお母さんが嬉しそうにしていた事が、印象強かったです。
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フェストラ・フレンツ・フォルディアスがその日出向いていたのは、魔導機メーカー・ギアンテの有する遺伝子情報研究センターと呼ばれる施設であり、フェストラが個人的に資金援助を行っている機関である。
多種多様な実験を行う研究施設という特性もあり、ハイ・アシッドとして進化を果たしたドナリア・ファスト・グロリアや、クシャナ・アルスタッドを投獄する際に必要である強固な防護室を所有している事から、二者はそれぞれ用意された部屋に監禁または軟禁されている。
ドナリア・ファスト・グロリアは全身を、特殊素材を用いた拘束衣をまとい、長い時間眠り続けている。
フェストラがそちらに入室すると、三人の見張りに囲まれながら椅子に固定されたドナリアは、一切彼を見る事無く目を瞑っていた。
その口からは涎が垂れ流され、時々ビクリと震える事はあるが、しかしすぐに動かなくなる。
「例の幻惑能力とやらが効いている、という事だな」
独り言を呟きながら退室。そのまま隣に設けられた別室には、指紋認証式の施錠が成されており、フェストラは自分の親指をかざし、開錠した事を察すると、ドアノブを押して入室。
「よぉ、庶民。調子はどうだ?」
「……お腹空いた」
「つまり、まだ食人衝動は抑えられていないという事で構わんか?」
「うん、まぁ……もうちょい放置してくれれば、その内食欲さえわかなくなると思うよ」
ベッドに寝転がりながら、スカートなどの乱れも気にする事のないクシャナ・アルスタッドだ。
長らく水浴びもしていない彼女の髪は乱れているし、以前よりも深い目の隈が、彼女の不調を物語っていると言っても良い。





