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シックス・ブラッド-11

通された別室の椅子に腰かけるようにアマンナへ指示されたファナは、アマンナの淹れた紅茶を飲みながら、彼女の途切れ途切れな言葉で、クシャナ・アルスタッドという女――自身の姉が、どうした存在であるかを聞いていた。


途中から、相槌を打つ事も出来なかった。



アシッドと呼ばれる、謎の因子を埋め込まれた進化した存在。


それ故に見境なく肉を喰らい、目に付きさえすれば人さえも食せる強靭なる者。


そのアシッドの中でも、人や肉を多く食し、より進化を果たす事で理性を取り戻し、かつアシッドとしての特性と食人衝動を得ながらも人間社会に潜み、生活する存在、ハイ・アシッドという者。


クシャナは、前世でハイ・アシッドと呼ばれる存在だったといい、何の因果かこの今生においてもアシッドとして生きてきたのだという。


 そこまで、ほとんど一人で喋り続けていたアマンナが紅茶を一口含む時間。



ファナは、考えていた。



「お姉ちゃん、昔っから病気とか、怪我とか、全然しなくて……」


「……クシャナさま曰く、アシッドである彼女は、免疫力も、再生能力も、人間の四十八倍、優れているから……との事です」


「お家でも、お外で外食する時も、全然お肉を食べないのも」


「アシッドの食人衝動を、長らく封じる為に、身体を肉の無い生活に、慣らす為……そして、可能な限り、人の身である為に、自分を意図して弱体化させる為、です」



 本来、信じられるような話じゃない。


お前の姉は人食いの怪物だぞと言われ、それを飲み込めるほど、ファナだってお人好しでも考えなしでもない。



けれど――ファナは今日、見ている。



死に急ぐ姉がヴァルキュリアに叱咤されている所を。


皆を守りたいと願い、見た事も無いような外装を身にまとい、ドナリアと呼ばれる男と死闘を繰り広げた所を。


そして――先ほど、無事な姉を喜び、近付こうとしたファナに、彼女は拒否こそしなかったけれど、自分に近づけようとしなかった。



「……ファナさまの治癒魔術は、ヴァルキュリアさまの、仰ってたように……既に大魔術と言っても、過言じゃ……ありません」


「えっとぉ……この流れで言うって事は……お世辞、じゃないんです、よね?」


「はい。……既に、再生魔術の域を越えて【蘇生魔術】に近いかもしれない……神の御業を体現する程の、魔術です」



 治癒魔術は人間の免疫能力や自己再生能力を促進させて傷や病気を癒す事を目的としている。消費するマナの量が少ない事にも合わせ、一人ひとりの人間がそれぞれ持つ治癒能力を促進させているだけなので、副作用が少ない事が利点に挙げられる。


再生魔術は、術者の放出するマナを用いて施す強化魔術の一種で、怪我や病気を直接治療する事を目的にしている。こちらはそれぞれの免疫能力や自己再生能力等に依存しない為、即効性の高い治療が可能な反面、個々人に合わせた再生魔術式を組み込んで展開しなければ、却って悪影響や重症化の可能性もあり得てしまう。



――そして【蘇生魔術】は、現在理論しか組み立てられていない、大魔術を越え、神の御業と呼ばれる【神術】だ。



この理論は人類最強の魔術師と名高い、レアルタ皇国のカルファス・ヴ・リ・レアルタ第二皇女が組み立てた理論でこそあるが、彼女を以てさえ「他者を蘇生する事は理論上不可能」と言わしめる程の神術。


 しかし、アマンナはファナの使役する治癒魔術は【蘇生魔術】に近しいものなのではないか、と邪推する。



「通常、治癒魔術は……人間の自然治癒力を高めるものでしか、ありません……瞬時に、怪我を負った当人さえ、気付かぬ内に、傷を治す……そんな治癒能力は、あり得ません」


「えーと、じゃあアタシの魔術って、治癒じゃなくて……」


「……何とも、言えませんけど……ファナさまの有する魔術は、蘇生魔術のなり損ない……けれど、神術のなり損ないだからこそ、大魔術ほどのものに見える……そんな風に感じるのです」



 そして――そのファナが展開した魔術によって治療されたクシャナは、かつて前世で有していた全盛期と同等の力を取り戻してしまったという。


結果として……それまで慣らしていた食人衝動も戻ってしまい、今の彼女は人間が全て、食料に見えるのだという。



「……ファナさまを、別室に移したのは……クシャナさまが一瞬でも欲求に抗う事が出来ないと、ファナさまを殺してしまう、危険性がある為、です……クシャナさまは、これから……数日以上、人に会わぬ隔離生活を、送る事に、なります」


「……アタシの、せい?」


「いいえ、違います。……クシャナさまは、仰ってました。『ファナが痛い所を撫でてくれたから、お姉ちゃんは頑張れたんだ』……って」



 僅かに震えるファナの手を、アマンナは握り締める。



「ファナさま……わたしも、お礼を、言います」


「え」


「……フェストラさまは……わたしの、お兄さまなのです……腹違い、ですけど」


「腹違い?」


「……お母さんだけ、違うんです……お兄さまは、宗家の奥さまから産まれ、わたしは、分家のお母さまから、産まれたのです」



 だから、アマンナはフェストラの事を「お兄さま」と呼ぶが、フェストラはそれを良しとしない。



「……でも、わたしにとって……お兄さまは、お兄さまです……だから、クシャナさまが、もしあの時、ファナさまに治療されなければ……クシャナさまは喰われ、わたし達、全員も……喰われて、死んでいた、と思います……わたしも、お兄さまを、守る事も出来ずに」



 だからこそ、わたしからも、お礼をと。



「ありがとう、ございます。……わたし達は、ファナさまに、救われたのです……その心も含め、全てを」



アマンナは、頭を下げて――その上で、笑った。


目元にかかる髪の毛が、僅かにズレて……彼女の綺麗な目が見えた。



「ファナさま」


「はい」


「ファナさまは、誰かは分からないんですけど……狙われてる、みたいなんです」


「それ、ガルファレット先生も言ってました」


「その……御守りするついでに、今後も……わたし達と、一緒に戦ってくれませんか?」


「アシッドと、って事ですか?」


「……はい。ファナさまが、いらっしゃれば……わたし達、凄く助かります」



 突然の勧誘。しかし、ファナは笑顔だった。



――自分は、誰かを笑顔に出来る、魔法使いになれた。


――そしてこれからも、皆を笑顔に出来るのなら。


 ――どんな戦いにだって、一緒に行こうじゃないか。



「ハイッ! アタシ、みんなと一緒に頑張ります! 是非、皆の仲間に入れて下さいっ!」



 そうして笑顔で了承をしてくれた、ファナの姿を見て、アマンナも湧き出る笑顔を浮かべた。


けれど、笑顔を浮かべた事に、彼女自身は気付いていない。



つまり――造りでもなんでもなく、自然と出た笑みだったのだ。



**



エンドラス・リスタバリオスは、リスタバリオス宅に訪れた一人の男を縁側に立たせ、自分は男と視線を合わさず、囲炉裏にて焚かれる火を見据えていた。



「つまり……ドナリア君はフェストラ様によって捕らえられた、という事で構わないのかな?」


「ええ。フェストラ様によって情報は差し止められておりますので、この事は内密にして頂いた方が良いでしょう」



 エンドラスも、男も、同じ制服を身にまとっている。


帝国軍司令部の軍服、その白を基本色とした服。


エンドラスの肩には大佐を意味する階級章が。


そして男の肩には中佐を意味する階級章が付けられている。



「……あの子は無事なのか?」


「アスハが対応をしております。流石はリスタバリオスの血を継ぐ者。アスハと二度対峙し、その首が繋がっているとは、私も驚きました。……まぁ、一度は私が刃を収めさせましたが、それでも不意を突かれた状況で生き残った技量は素晴らしい」



 男がヴァルキュリアの事を褒めるも、しかし浮かない表情で囲炉裏の火を見据えるエンドラス。


男は、そうした彼の事を見据え、問う。



「エンドラス様は、ドナリアの野望に何故加担せずにいたのでしょうか?」


「彼が望んでいたのは、今の世の崩壊だ。それは、私としても本意ではない」


「ドナリアは貴方の語る理想を崇拝していました。そして私も、アスハもそうです」


「……君達は若いな」


「と言うと?」


「理想とはね、現実とかけ離れた遠い場所にあるものだ。故に、その理想と現実との差異を埋めるには、どうしても過激な方法を取る他ない。……それが難しい程に、私も年老いてしまったのさ」



 男は、表情を僅かに崩した。


それまでは笑みを浮かべて、エンドラスへと語り掛けていた表情が、眉を落とし、口を僅かに開けて……そう、まるで「悲しい」と表現をしているように。



「ドナリアは、愚かな男でした」


「そうかもしれない」


「ですが貴方の理想を信じ、この国を変える為に戦い、殉じようとした心意気は、私も尊敬しております」


「ああ、そうだな。方法はともかく、私としてもその想いは、好ましく思う」


「エンドラス様。私たちは、貴方に」



 言葉の途中で、エンドラスは囲炉裏の火を落とし、立ち上がった。


そして男の立つ縁側と部屋とを遮る襖に、手を伸ばす。



「済まない。私はもう眠るとする」


「……エンドラス様」


「何かな」


「頬が、煤で汚れております」


「……そうか。ありがとう」



 襖が閉じられた。これ以上は、言葉を交わす事も出来ぬだろう。


男は、だらりと手を降ろし、空を見上げて――数分間その場で立ち尽くす。



月光が、煩わしいと感じる程に、光り輝いている。

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