シックス・ブラッド-10
「後悔するよりも、オレ達に出来る事をするしかない――そうだろう、ガルファレット。リスタバリオス」
三人のいる部屋の扉を開け放ち、入室した人物が三人。
一人はフェストラ。
その後ろにアマンナが……そしてもう一人、クシャナ・アルスタッドが続いて、彼女はヴァルキュリアに向けて手を小さく振るう。
「く、クシャナ殿!」
立ち上がり、近付こうとしたヴァルキュリアだったが……クシャナは苦笑しながら手で制し、一定の距離を保とうとしている。
「色々と、心配させちゃってごめんね、ヴァルキュリアちゃん」
「も、もう大丈夫なのであるか!?」
「うーんと、あんまり大丈夫じゃないけど、まぁこのメンツなら私がちょっと衝動に負けても、返り討ちしてくれるでしょう? 後でまた、ドナリアもいる隔離施設に行くとするよ。……でも、早々に話し合っておきたい事があってね」
そうした会話によって起きたのか、目を擦り、欠伸をしながら身体をベッドから起こしたファナが、クシャナを見ると表情を明るくさせ「お姉ちゃんッ」と駆け寄ってくる。
それを邪険にはしないが、しかしクシャナはファナから少しだけ、遠ざかる。
「ごめん、ファナ。今のお姉ちゃんはちょっと、危険なんだ」
「危険……?」
「うん。……後でアマンナちゃんに教えて貰いなさい」
クシャナがアマンナに視線を送ると、彼女は頷きながら、ファナの小さな手を取った。
「……少し、別室でお話を」
「お話し、ですか……?」
「はい。……色々と、込み入った事をお話しします」
そう説明し、ファナを連れて部屋から出ていこうとするアマンナに、ついていこうとはするが……その前に、聞かねばならぬと言わんばかりに、足を止め、問いかける。
「お姉ちゃん、傷は大丈夫……? それだけがアタシ、心配で……」
「うん、大丈夫。……ファナに痛いの痛いの飛んでいけ、して貰ったしね。本当にファナは、いい魔法使いになれたと思う。お姉ちゃんは鼻が高いよ」
ニッコリと、笑顔を浮かべて述べたクシャナの言葉に、ファナはホッと息をついて、笑顔を返す。
そうして退室二人を見届けて――ヴァルキュリアは問う。
「ファナ殿に、全てを伝えるのであるか?」
「私の事と、アシッドについて伝えて貰うようにアマンナちゃんへお願いしてる。……でも、ファナの事に関しては、まだ内緒だ」
「理由は分かるだろう、リスタバリオス」
クシャナの考えを知っているだろうフェストラの言葉に、ヴァルキュリアも頷いた。
「敵は……【帝国の夜明け】なる組織は、ファナ殿ついてを知り得なかった」
「今回の事態に際しては幸いだったが、考えなければならない事が増えた事に他ならない」
聖ファスト学院を襲撃した帝国の夜明け。
その狙いはファナ・アルスタッドの身柄を押さえる事では無く、クシャナ・アルスタッドというハイ・アシッドの排除と、帝国の夜明けという存在を世間に認知させる事だった。
しかしその首謀者であると思われるドナリア・ファスト・グロリアはクシャナによって倒され、現在は拘束を施して捕えている。
そして帝国の夜明けという組織についても、世間には公表される予定はなく、その情報を知りえるのは一部官僚と、帝国政府の人間、そして帝国警備隊の一部部署だけ。
つまり、ファナの事を敵は知らず、加えて敵の狙いは果たされなかった、という事だ。
「拙僧とアマンナ殿は、アスハと呼ばれる人物と接触している」
「ドナリアと同じハイ・アシッド……それも奴の事を小物と断じるとはな。ドナリアという男はネームバリューだけで言えば、この国で桁違いに高い筈だが――アスハとかいう女は、帝国の夜明けでもドナリアより地位が高いのか、それとも」
ふむん、と顎へ手をやって考えるフェストラだが、ガルファレットが「今はそれが本題じゃないだろう」と脱線を指摘する。
「結局、ファナ・アルスタッドを狙っている組織は帝国の夜明けではなく、別の組織である可能性が高い、という事だろう?」
「ドナリアも、そのアスハとかいう女も、ファナ・アルスタッドの特異性……つまり、第七世代魔術回路を持ち得るという事を、知らぬ様子だった」
アスハについてアマンナから報告を受けているフェストラがそう述べると、ヴァルキュリアも腕を組み、考え込む。
これまで彼女達は「アシッドを使役する軍拡支持派を基盤とする組織が、ファナを手中に収める為に彼女を狙っている」と考えていた。
しかし、ドナリアは「ファナ・アルスタッドやレナ・アルスタッドを使ってクシャナを呼び出す餌にする」事は考えていたようだが、それは最優先事項ではないとしていた。
加えてアスハも、自らが手傷を負わせたヴァルキュリアやアマンナが回復している事に疑問を抱いていた。
もし、ファナの情報を仕入れていれば、帝国の夜明けは彼女の確保に最優先していたはずだ。
つまり――少なくともあの二人は、ファナが「クシャナ・アルスタッドの妹である」以上の情報を持ち得ない事に他ならない。
「勿論、帝国の夜明けという組織が一枚岩ではなく、幾多も内部組織が存在し、その内の一つが狙っている可能性は否定できない。今の所アシッド・ギアとかいう機械を持つ組織は、帝国の夜明け以外に確認されていない」
しかし、その場合も第七世代魔術回路持ちのファナという存在を知り得ながら、組織内で情報を共有しないとは考え辛い。
ならば帝国の夜明けという組織が、彼女の特異性を知らない、と考えた方が今は適切だろう。
「結局、敵の事については分かったけど、ファナを狙っている……というより、ファナの事を知り得る連中については分からない、という事だね」
「だが何にせよ、ファナ・アルスタッドを狙う連中がいる事は確かだ。……プロフェッサー・ケー、だったか? ソイツが何か知っていれば早いんだが」
プロフェッサー・Kという人物について、フェストラはクシャナとアマンナから報告を受けていた。
第七世代魔術回路を有し、ファナの事を守ろうとした人物。
ガルファレットが帝国の夜明けに捕えられたとしても、ファナだけを回収してクシャナへと返した事と合わせ、以前からアマンナに接触していたという事実を聞けば、どうにも帝国の夜明けに属する人間とは思えない。
「色々と考えなきゃいけない事も増えたし、それと並行してファナを守って、っていうのは流石に効率が悪すぎる。だから、あの子を守りやすい状況にしたいんだ。……あんまり気は乗らないけど」
「つまり……ファナ殿も、対アシッドチームへ迎え入れる、という事であるか?」
「そうだね。ファナを狙うのが誰にしろ、あのアシッド・ギアとかいうオモチャを使ってるんだ。アシッドについて……そして私についても、分かってくれていた方が良い」
いずれは第七世代魔術回路を持ち得ている事も伝える必要はあるだろうが――それにはどうしても、家族について、血の繋がりについて、彼女が捨て子であるという過去を理解してもらう必要がある。
となれば、レナ・アルスタッド……母を交えての話になるだろうとしたクシャナに、ヴァルキュリアも頷いた。
「さて――他にもいくつか聞きたい事はあるが、その前に庶民」
「何さ、フェストラ」
「そろそろ『対アシッドチーム』、といういい加減な仮称にも飽き飽きしてきた。何か組織名を付けろ」
「は? 私が? ていうか今? 別に名前なんて何でもよくない?」
「何事においても名前と言うのは重要だ。それにお前が組織の要となる。お前が名付けるのなら、全員納得するだろうさ」
ヴァルキュリアもガルファレットも、フェストラの言葉に頷き、彼女へと視線を向けた。
クシャナとしては名前など、という考えはあるのだろうが、そうして求められたのならば……としばし口を閉ざし、考える。
そこで今日、帝国の夜明けとの戦いで、六人の人間がチームとして、彼らと戦い、多くの人間を守った事を思い出した。
ファナは傷ついた皆を癒し。
クシャナはドナリアを打倒。
フェストラは反撃の基盤を作り上げ。
アマンナは情報を得て取りまとめ。
ヴァルキュリアは戦況を見極めて剣を振るい。
ガルファレットは数多の敵を一掃した。
それは六人の内、誰か一人でも欠けていれば、きっと果たす事の出来なかった反撃だった。
故に帝国の夜明けを打破する事が出来た。
――そしてこれからも、この六人で戦う事になる。
そう考えていたクシャナの頭に、フッと浮かんだ言葉を、そのまま口にした。
「【シックス・ブラッド】……地球の言葉で、直訳すると……六つの血、とか、どうかな?」
安直だろうか、と考えたクシャナだったが、しかし全員の反応は良好だった。
「うむ! シックス・ブラッド、であるな。拙僧は良いと思うのだ!」
ヴァルキュリアは頷き、目を輝かせている。言葉の意味には触れていないが、何度もその名を繰り返して笑っている所を見ると、音の響きを気に入ったようだ。
「六つの血、か。なるほど、良い名だ」
ガルファレットも、言葉の意味を繰り返すと、異論は無いと言わんばかりに紅茶を飲んで、微笑みを浮かべる。
「良いじゃないか。個人的にも好ましい名だ。……異なる六つの血が集まる組織を表すのに相応しい」
一番好印象を抱いているのがフェストラだった事に驚くクシャナだが、フェストラは立ち上がると、高らかに宣言をした。
「まだ、敵の組織については分からん事などもある。が、今回の事態を経てオレは確信した。
【シックス・ブラッド】――オレが集めた面々は、帝国の夜明けを打破するに相応しい、力を持つ【六つの血】だとな」





