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シックス・ブラッド-09

「ドナリア。お前がその幻想から救われる方法を、一つだけ教えてあげるよ」



 救い。


その言葉が聞こえたドナリアは、私へと懇願するような視線を向けてきた。


だから私は、そんな彼へ報いる為に――手を伸ばし、彼の手を取った。



「死ぬ事さ。――私に食われてね」



 握った彼の手を強く引くようにすると。


ゴギュと肩が外れるような音と共に、ドナリアの右腕を、その肉を、筋を、全て引き千切った。



「ア、あがっ、がああああ、ッ!!」



叫ばれる嬌声、噴出した血飛沫。私はその血を頭上から受け止め――今、頬から口元へと滴る粘度の高い彼の血を、舌でペロリと舐め、飲む。



「ああ。久しく口にしていなかったから、忘れていたよ」



 ドナリアの腕、その上腕二頭筋の辺りに向けて、私は口を開き、齧りつき、肉を食い千切る。



「頭じゃない場所の血肉って言うのは、こんなに美味しかったっけか」



 口を閉じながら咀嚼しても尚、グチュグチュと音が口外へと漏れ出す感覚。


ヴァルキュリアちゃんは口を押え、吐き気を何とか堪えている事が分かったけれど、私はつい次の一口へと進んでしまう。


筋肉の筋と、肉そのもの、人の皮は正直厚いし喰えたものじゃないけれど、歯ですり潰せば血と一緒に喉の奥へと納める事が出来る。


 今度は骨を頂く事とする。実に密度の高い骨はまるでダイアモンドのように硬かったけれど、アシッドとして強靭な顎を有する私たちにとって、骨は煎餅のようなものだ。


バキバキと音を鳴らしながら、丁寧に噛み砕き、歯に残りそうと思ったら、それを吐き出して次の肉へと進んでいく。



「ク……クシャナ、殿」


「何だい、ヴァルキュリアちゃん」



 今、彼の右腕を全て喰い終えた。


地面に転がるドナリアの身体、その腹に黒剣を突き刺した上で、私は彼が肉体を再生出来ぬように留めておく。



「ひ、一思いに……一思いに、殺してあげて欲しいのだ……クシャナ殿には、それが、出来るのだろう……?」


「出来るよ。けれどしない」


「な、何故……!? い、生きたまま喰う事等、残酷で残忍、何よりも狂気であろうっ!」


「そうだね。悪いとは思うし、個人的にも好みじゃないよ。けど、彼にはまだまだ、聞かなければならない事があるんだ。つまり、まだ殺せない」



 帝国の夜明けが有するアシッド・ギアについて、アシッドの因子がそもそも、どこから与えられたものなのか、私たちは知らなければならない事が数多存在する。


それを知るまでは、私はコイツを殺す事は出来ない。



――それに、そうでなくとも、私は今のコイツを、殺すつもりはない。



「コイツには、分からせる必要がある。自分たちの仕出かした罪の重さと、その痛みをね」



 決して消える事のない幻惑に囚われている今のドナリアにとって、私に喰われる死と言うのは一種の救済だ。


だから彼は自分が喰われる事に対して、抵抗をしない。


喰われなければ、幻想が消える事は無い。



だから喰われたい。


早く、首を引き千切り、その頭を全て喰い尽くし、命を終わらせて欲しいと。


 でも、そんな事はしない。



それだけの幻惑を見る程の罪を背負ったコイツが、たった一つしかない命を簡単に終わらせる事が出来ると思ったら、大間違いだ。



「それを理解出来ないなら、私はコイツを殺さない。――永遠に、幻惑で苦しみ悶えながら、自らを殺す事も出来ない事実を呪い、生き続けて貰う」



 ……かつての赤松玲が、そうであったように。



「アシッドになるというのはそういう事なんだと……コイツ等、帝国の夜明けに見せしめる必要があるんだよ」



 私の言葉を、ずっと聞き続けていただろうドナリアが――今、その股間から僅かに放尿しながら、地に伏せて、気絶した。


恐らくは出血多量におけるショック状態と、脳が見せ続ける幻惑に耐えきれず、肉体が休止状態に入ったのだろう。


黒剣を抜いてしまうと再生が始まってしまう。私は授業で用いるコンバットナイフを取り出し、先ほど引き千切った右腕の切断面から身体へと押し込んで、身体の中に埋めておいた。



これで、戦いは終わった。


私は魔法少女としての変身を解き、ハァ――と深く息を吐いた。


屋上の転落防止柵付近まで歩んで腰を下ろし、膝を折って顔を埋める。


疲れた、というのも勿論あるのだけれど――視界を覆いたかったというのも理由の一つだ。



……でも、アシッドというのは面倒だ。五感が人間よりも優れているから、足音や僅かな空気の流れだけで、誰がどう動いたか、近くならば分かってしまう。


例えば、未だに足を震わせながら、しかし気丈に立ち、私の下へと近付こうとしたヴァルキュリアちゃんの事を察する事が出来た私は……つい、彼女へ「来ないで」とだけ声を張り上げ、彼女を止めてしまう。



「ク……クシャナ、殿……?」


「……ゴメン。でも、今の私に、近付かないで」



 随分と余裕がない私を見せる事は、初めてかもしれない。


けれど、許して欲しい。何せ今の私は「ファナの治癒魔術によって全盛期の力を取り戻したが故、食人衝動を完全に抑えきれていない」のだ。


今、ヴァルキュリアちゃんを見たら、彼女を喰いたくなる事になるだろう。



……そうした欲求を覚えてしまう事そのものがイヤだった。



私は、また人食いの化け物に戻ってしまったのだと……否が応でも思い知らされる事となってしまったのだから。



**



それから先の事を、ヴァルキュリア・ファ・リスタバリオスは、よく覚えていなかった。


フェストラとアマンナが用意した人員が、右腕の無いドナリアの身体と共にクシャナを拘束しながら連れていった事と、その護衛にアマンナが同行した事は覚えているが、そこから二人がどうなったか、彼女は知らない。


 ヴァルキュリアとガルファレット、そしてファナの三人が連れていかれたのは、聖ファスト学院で捕えられていた、生徒や教師などの関係者が保護されている帝国警備隊本部ではなく、帝国城内、フォルディアス家が所有している敷地の屋敷だった。


ヴァルキュリアとファナは同室に案内され、ガルファレットは別室に。それは男女故の別室だったのだろう。


通された部屋の広さ、煌びやかさ、豪華さに驚きながらも目を輝かせ、最初は「凄ーいっ!」とはしゃいでいたファナだったが、少し部屋中を見て回った後は、極度の緊張状態にあった事からか、用意されたベッドに横たわり、すぐに眠り始めた。


彼女の隣に、もう一つベッドが用意されている。故にヴァルキュリアも眠る事は出来るが――どうにも気持ちが落ち着かず、眠る事が出来ない。


 そうしていると、ドアをノックする音が。


ヴァルキュリアが「どうぞ」と言うと「失礼」と言いながらガルファレットが入室し、トレイの上に乗せたティーセットを見せた。



「少し、話せないかと思ってな」


「……はい」



 どうやらガルファレットも眠れないようだ。


外の様子を見ると、もう深夜になっているだろう事が分かる。それでも眠れないとなれば、翌日以降に影響を及ぼしかねない。


ならば少しでも気を紛らわす為にお茶をして、話しが出来ればいいだろうとした二者は、小さな机を囲むように、椅子へと腰かけた。


自室で用意したのか、香りの良い紅茶を淹れていくガルファレット。差し出されたカップを取り、温かな茶の風味を感じた後、問わねばならぬ事を、問う。



「……クシャナ殿は、何処に?」


「場所は俺も知らん。恐らくフェストラとアマンナは知っているだろうが、俺達に伝えるかどうか」


「クシャナ殿は、帝国の夜明けが行ったテロ行為を阻止したのであるにも関わらず、彼女の身柄を拘束したというのは……何とも、解せんのですが」



 ヴァルキュリアだって、理解はしている。


彼女はファナの施した治癒魔術によってハイ・アシッドとしての力を、その食人衝動ごと取り戻し、今はその衝動と戦っている。


故に誰であろうと彼女へ近付けることが危険であると、何より本人がそう理解し、自分を戒めている。



 だが……ヴァルキュリアは、彼女があの境地から皆を救ってくれた事を知っている。


そんなクシャナという女性を……少しでも労い、感謝の言葉を述べたいと。



――辛そうに膝を折る彼女へ、戦わせて申し訳ないと、謝りたい気持ちがあったのだ。



「その気持ちは理解できるし、俺もクシャナへは謝らないといけない」


「ガルファレット教諭殿が?」


「俺はファナを、クシャナの妹を守り切れなかった。それに、クシャナ一人が戦う事を良しとしてしまったんだ。……教師として、あの子の担任として、俺は謝らなければならない。……そこまであの子を追い詰めてしまった、自分の無力さをな」



ガルファレットが帝国の夜明けに捕まった後、戦っている姿をヴァルキュリアは知っている。


鬼神の如き暴走、しかし彼が守るべき生徒や教師たちには傷一つつけず、ゴルタナを装備した敵を一人残らず、その体一つを用いて倒しきった彼の事を、ヴァルキュリアは称賛したいと感じている。


 ガルファレットは、決して無力などではない。


しかし――彼はどうにも、それを誇っていない。


まるで、そうして暴れた事こそが、そうした状況にまで陥ってしまった事こそが、自らの弱さだと自戒しているように。

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