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シックス・ブラッド-08

 フェストラが、ファナの肩にポンと手を置きながら、空を仰いだ。


屋上からこちらの様子を見ているドナリアが、今にも私の下へと降りて、私にトドメを刺したいと考えている筈だろう。


私を喰いたいと考えている筈だろう。



だが――それは出来ない。



何故なら、私にはまだ、仲間がいる。


今、私の眼前を影が通り過ぎた。


少女のスカートと、その中身の白い布が見えて思わず私は「おっ!」と言っちゃったけど、それは許して欲しい。だって見えちゃったんだもん。純白のパンティ。


それはさておき――彼女は、地を蹴り、私の眼前を通り過ぎた後、壁を伝うように駆けながら、刃を抜き放った。


抜かれた刃は、本来真っすぐと延びる刃である筈だが――しかし今、私の目には七つの刃へと分裂したように見えた。



「弐の型――!」



 一本のワイヤーにも似た半透明の光によって繋がれた、七つの刃が彼女を覆った。


しかし次の瞬間、刃は全て、無軌道にドナリアの方へと延び、彼の腕に絡みついた。



「【セッバリオス】――!」


「リスタバリオス……ッ!」



 腕に絡みついた剣を弾く様に振りほどいたドナリアと、今校舎の屋上へと降り立った彼女……ヴァルキュリアちゃんの二者が、向かい合いながら互いの得物を振るった。


如何にヴァルキュリアちゃんと言えど、ドナリアを殺す事は出来ない。


奴はハイ・アシッドへの覚醒を遂げていて、その思考能力も全てが人間よりも優れた存在だ。


だけど、ヴァルキュリアちゃんはそんな、私たちの予想を遥かに上回る力を有している。


ならば、時間を稼ぐ事位は出来るだろう。



「……ファナ」


「お姉ちゃん、大丈夫!?」


「うん……でも、ちょっと痛いから……昔教えてあげた、魔法をかけてくれないかい?」



 血で塗れた手で申し訳ないけれど、ファナのもちもちとしたお肌を撫でる。


すると、ファナは顔を僅かに赤くしつつ……けれど、頷きながら私の頭を、撫でてくれた。



「……【イタイノイタイノ・トンデイケ】」



 その言葉と共に、私の全身を光が包んだ。


身体が太陽の光を直接浴びているような温かさによって覆われ、しかしそれがどこか心地良かった。


全身を劈くような痛みはどこか消え――目を開く。



「ファナ、ありがとう」


「……痛いの、飛んでった?」


「うん。ファナは凄い魔法使いになれたね――とても美味しそうに見えちゃったよ」


「へ?」



 最後の言葉は、良く聞こえなかったようだけど、それで構わない。聞かれたくもない言葉だ。


私は手を用いず両脚で立ち上がって、いつの間にか生えていた右腕をグルグルと動かした上で地面に転がっていたマジカリング・デバイスを拾い上げ、フェストラへ頼む。



「フェストラ。アマンナちゃんに頼んで、ファナを避難させてくれ」


「もう、治療する必要は無いのか?」


「うん――これから先の光景は、ファナには見せられない十八禁だ」



 膝を曲げて、強く跳ぶ。


それだけで――私は確信する。


ファナの治癒魔術の効力か、私の肉体は『全盛期のプロトワン』と同等程度の力にまで戻っていると。


校舎の屋上を軽々と飛び越す程の高さまで跳んだ私の事を、今互いに得物を弾き合ったドナリアと、ヴァルキュリアちゃんが見据えた。



「クシャナ殿!」


「お待たせ、ヴァルキュリアちゃん」



 空中で回転しながら、屋上へと降り立った私。


しかし落ちた時の衝撃が強すぎたのか、両脚で着地した瞬間、グラグラと校舎全体が、揺れた。



「っ、お前、何が……ッ!?」



 たったそれだけで、一目私を見ただけで、ドナリアは気付いたのだろう。


私が、先ほどまでの私よりも、圧倒的に強い力を有しているという事を。



 ――奴よりも強い、ハイ・アシッドへと至っている事を。



「何が起こったか、それを貴方が知る必要はないけれど――私が何者かは、教えておこうか」



 マジカリング・デバイスの側面にある指紋センサーへと指を乗せ、放たれる〈Stand-Up〉という機械音声を聞き流しながら――私は名乗り上げる。



「私は四つの名を持つ女。クシャナ・アルスタッドであり、赤松玲であり、プロトワンであり――幻想の魔法少女・ミラージュでもある女さ」



 口元へ、マジカリング・デバイスをかざし、マイクに音声コマンドを入力。



「変身」


〈HENSHIN〉



 全身を包む光と共に、私の身体を包む外装。


しかし短かったスカート丈が長くなり、加えて僅かに紫のラインが入ったデザインに変更している事、通常の私が肩程までしか伸びていない黒髪である筈が、今の私が僅かに赤みがかった、背中辺りまでの長さへと伸びた事が自分自身驚いた。


 光が散って、視認できるようになった私の姿をヴァルキュリアちゃんもドナリアも、見据えている。


ヴァルキュリアちゃんは、初めて私の魔法少女姿を見た時のように、僅かだけれど顔を高揚させて、口を小さく動かした。



「……綺麗だ」



 褒め言葉として有難く受け取ろう。けれど――ドナリアは私の美しさがどうとか、そんな事は感じていないだろう。


むしろ、反対だ。


彼には私が……否、この周囲が、とても言葉で言い表す事が出来ない、恐ろしいナニカに見えているのだろう。



 そして私も、これから先を美しく戦おう等と、思っていないし、そんな事は出来ない。



一歩足を踏みこんで、顕現した黒剣。しかしドナリアは私から僅かに遠ざかるだけで、剣に対抗しよう等と思考もしない。


何もない空間に刃と化した腕を何度も何度も振るい、しかしその度に、表情を青白くして、歪めるのだ。



「……な、何だ、何なんだよ……、コレェ……ッ!」



 重く苦しい言葉を捻り出して、何とか問うた彼に、私は短く答えた。



「お前が知りたがってた、私の固有能力だよ」


「っ、さ、先ほどまでと異なり過ぎている……ッ!」


「そりゃあそうさ。分離戦術は魔法少女としての能力であり、ハイ・アシッドとしての能力じゃないからね――まぁ、私の起源に基づいた能力である事は否定しないけれど」



 ハイ・アシッドと呼ばれる存在には、個々の深層意識に根付いたモノ――【起源】と呼ばれる「その個を構成する意識」というモノが具現化し、形となる事で顕現できる能力が存在する。


それが固有能力と呼ばれ、私の起源は【誘惑】、ドナリアの起源は恐らく【裂傷】とでも言えばいいだろう。


幻想の魔法少女・ミラージュとして変身した私が用いる分離戦術は、私が有する【誘惑】という起源を基にして、他者を惑わす事を目的として発現した魔法少女としての能力だろうと思われる。



 だが――今の私が、ドナリアへと見せている固有能力は、私がかつてプロトワンとして戦った際に用いた【誘惑】能力だ。



今、ドナリアが見ているのは……恐らく、数多の亡骸と共に歩く私。


彼がこれまで、自らの信じる理想の為と宣い、犠牲にしてきた者達の……アシッドとして作り替えられ死んだ者も、アシッドに食われて死んだ者も、はたまた彼がこれまで食い殺してきた者の、亡骸。


それがこの屋上に所せましと現れて、彼へと向けて歩み、その手を伸ばしているのだろう。


 それを斬ろうとしても、それは幻想だ。


故に空を斬るだけで、彼は殺そうとしても殺せない、けれど彼へと迫りくる、幻の存在に怯えるのだ。



「ヒ、ヒ……ッ!」



 呼吸さえも満足に出来ず、零れるような息を吐く事しか出来ないドナリア。


今足をもつれさせて、その地面に転がった彼を、私は攻撃などしない。



……コイツには、藻掻き苦しんで貰わなければ気が済まない。



「私の固有能力はね、他者の深層意識に潜り込み、その人物が最も恐ろしいと感じている事を見せ付け、追体験させる【幻惑】能力だよ」



 ヒ、ヒ、ヒ――と、声なのか呼吸なのかさえも聞き分けられない空気を洩らしている、恐怖心を隠す事も出来ない彼に聞こえているかは分からないけれど、説明はしてやろうと、述べていく。



「たかが幻想と考えようとしても難しいだろう? そりゃあそうさ。何せ脳が異常動作を起こし、五感さえも狂わせる能力だ。まともに思考を働かせることが出来る存在なら、それをたかが幻想と割り切れる筈もない程に、鮮明で、高品質の幻想を見せつけられるのだから」



 この能力の恐ろしい所は、ハイ・アシッド特攻と言っても差し支えない程に、思考能力を持ち得ていながらも本能に従って行動する人物が、この幻惑能力によって惑わされやすいという点だ。


ハイ・アシッドは如何に自我が確立していたとしても、食人衝動や本能に根付いた衝動が駆り立てられやすい。


例えば私のように、他者を惑わす事に対して衝動が駆り立てられる者は、可愛い女の子を見たらナンパしたくなっちゃうし。


例えばドナリアのような過激な思想家は、少しでも他者と思想が異なれば、思想ごと排除したくなるようになる。


 けれどそうした思想や衝動によって動かされた結果、後悔する事や嘆く事は、理性があればどれだけでもあり得てしまう。


 私の能力は、そうした後悔や嘆き、他者の弱さに付け込んだものと言ってもいい。



 加えてハイ・アシッドは、脳の制御能力も常人の四十八倍以上優れている。その脳が狂って見せつける幻惑を、簡単に振り払える筈もない。



「お前はそうして、本能に従って理想の為と排除してきた者達に対し、理性の只中では『彼らに報いなければ』という思考が介在していた。――今、お前の心が見せている幻想は、お前が恐れる『殺してきた者達からの怨念』だよ」



 涙と、鼻水と、涎、時に吐瀉、そして自分で自分の身体を突き刺して出た血が、彼の身体を彩っていく。


止めろ、止めてくれ、俺が悪いワケじゃない、俺達の理想を良しとしない者たちが悪い、と。


 こんなのは幻想だと、夢だと、目覚めろと自らを傷つけても尚、覚めぬ事に発狂する。


そうしているとやがて、幻想に対して命乞いを始めるドナリアの姿がどこか痛快で、私はクスクスと笑い、嘲る。



――そんな私を、ヴァルキュリアちゃんは困惑という言葉が似合う表情で見ていたけれど。

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