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シックス・ブラッド-06

「無駄だ。アシッドは因子による自己再生能力を持つ故、頭部を完全に、肉片の一つ残さず消し去らぬ限り、死ぬ事は無い」


「実に面倒であるな」


「だろう? ……しかし驚いたな。ヴァルキュリア・ファ・リスタバリオス、貴様は実に強い。流石フェストラ・フレンツ・フォルディアスが見込んだだけはある」



 ふむん、と顎に手をやった女性。


何か考え込んだ女性に向けて、構えだけを整えたヴァルキュリアだったが――そこで女性が、僅かに姿勢を崩した。



「っ、おっと」



 その両脚、踵の筋に短剣が刺さっていた。


それも斜めに角度が付けられて地面にも刃が通っていて簡単に抜けそうにもない。


女性はそれを手で引き抜こうとしたが、続けて彼女の手にナイフが一本ずつ刺さり、女性はム、と視線を背後に向けた。



「アマンナ・シュレンツ・フォルディアスも、観察力に優れている。アシッドの弱点にも、私の能力にも気付いているな」



 能力、と口にした彼女の言葉。


そのアスハが褒め称えたアマンナは、どこからか姿を現した。


否、恐らく先ほどからそこにいたのだろう。


気配遮断によって、味方であるヴァルキュリアでさえ意識出来なくなる程に、その場に溶け込む事により、二者から認識されなくしていたのだ。



「……貴方、痛覚遮断、してますね……?」


「ああ。戦いに痛みは必要ないからな」


「そして、貴女は……アシッドは、身体に異物がある場合、上手く再生を果たす事が出来ないと、クシャナさまが、言ってました……だから、貴女達の動きを止めたい場合は、こうしておく事が得策、ですね」



 足元から二本の短剣を取り出したアマンナは、アスハの額に向けて刃を投擲。


その内一本は避けたが、避けた先にもう一本の短剣が放たれていて、突き刺さったアスハだったが――痛む様子もなく、しかし引き抜かぬ限り、血がどんどんと傷口から溢れていく。



「……なるほど。あのお方がお前たちを見逃すように指示した理由が分かった」


「何?」


「あのお方……? そのお方とは、ドナリア・ファスト・グロリアではないのですか……?」


「奴のような小物を崇拝する理由などあるか。……私が崇拝するのは、ただ一人だ」



 無理矢理、足を動かして地面に刺さった剣先を抜き、指を器用に動かして短剣を一本一本、刺さった順に抜いていく彼女へ、追撃を仕掛けようとはアマンナもヴァルキュリアもしない。


どっちにしろ今はクシャナがドナリアと戦っている最中で、アスハを殺す術はない。ならば、彼女を撤退させる状況を作り出す事が得策としたのだ。


そして……まるで二人の願いが通じたかのように、女性はヴァルキュリア達へ、背を向けながら笑った。



「いいだろう、私もお前たちが気に入った。ヴァルキュリアとアマンナ。いずれまた相対する事もあるだろう」


「こちらとしては、二度とない事を願いたいのだが」


「つれない事を言うな。……私としても、強い女は嫌いじゃなくてな」



 最後に不敵な笑みを浮かべた女性が再生を果たした両脚を強く踏み込んで、どこかへと消えた。


恐らくは学院を囲む壁さえも飛び越える程の脚力で跳んで行ったのだろうと推察したアマンナとヴァルキュリアは……そこでため息をつき、足を崩した。


 緊張の糸が切れて、そこで一息つかなければ潰れてしまいそうな感覚が不快だったから、何度も何度も息継ぎをする。



「はぁ……、はぁ……っ!」


「……何とか、なりました、ね」


「殺せぬ敵を相手取るというのは、実に億劫だ。何とかやり過ごす事しか出来ぬわけであるからな」


「……だから、お兄さまはクシャナさまを、殺さないように動ける……ヴァルキュリアさまの技能を、買ってるのです」



 だがヴァルキュリアには多く休憩を取らせるわけにはいかないと、手を伸ばして彼女を起こそうとするアマンナ。


そしてヴァルキュリアも、自分の仕事がまだ残っている事を知っている。


 故にアマンナの手を取り、無理矢理身体を起こして――視線を校舎の方へと向けた。



 幻想の魔法少女・ミラージュと、ドナリア・ファスト・グロリアの戦いは、まだ続けられていた。



**



ゴルタナという兵装には基本的に弱点というものが存在しない。そもそもが装着者の身体機能を向上させる魔術外装システム故に、利点は存在しても難点はあり得ない。


装着者が戦闘を熟知しておらぬ者であったとしても、ある程度は訓練を経た騎士程の技能に至るまで身体機能を向上させる事が可能である点や、一定の衝撃を受けても内部で拡散処理を行い、可能な限りその衝撃を装着者へと与えぬようにされている。


また許容値を超える衝撃を受けた場合も、可能な限り衝撃を拡散させた上でゴルタナの展開を強制的に解除する事で、解除したゴルタナが残る衝撃を吸収するという特性も存在し、安全性能だけで言えば、どのような鎧や近しい魔術外装よりも優れている。


加えて、現在ゴルタナを装着している者は戦闘を知らぬ素人というわけではない。


ある程度、騎士としての教育を受け、戦う術を知り得ている人材であり、彼らがゴルタナを展開するという事は、鬼に金棒という言葉が最適であると言っても良い。



……そんな彼らから見ても、目の前で青白い光を放ちながら正気を失ったかの如く暴れまわる、ガルファレット・ミサンガという男は、鬼神として捉える事が出来た。



まず方向など関係なく、彼が一歩足を踏み出した瞬間から、肌を刺すような殺気が背筋を通過する。


その一歩が自らの方向を向いていた時、殺気はより鋭さを増すのだ。


そして彼と目が合い、続けて二歩目が前に出た時――その時には既に、自分の身体が吹き飛んでいる。


今吹き飛ばされた男が吹き飛ばされた回数は既に十二回に及ぶ。


どう吹き飛ばされたか、五感さえ向上出来るゴルタナを展開していても尚、理解が得来ぬ程に速く、鋭い。


ただ何処に打撃を受けたか、どこを捕まれたか、そしてどこに飛ばされたかが分かるだけで、それに対抗する攻撃など、出来るわけもない。



「ウゥウウ、ウォオオオオオォッッ!!」



 咆哮が張り上げられる。


ガルファレット・ミサンガのデータは作戦開始前に全てを閲覧している。


かつて第七次侵略戦争に参加したシガレット・ミュ・タースに騎士として仕え、彼女の没後は彼の希望が通り聖ファスト学院の教員として赴任。


シガレット・ミュ・タースがそもそも第七次侵略戦争以後は後方支援部隊に属していた事もあり、仕えていた彼もコレと言って、大きな戦績があるとも、特筆した戦闘技能があるという話も、聞いたことが無かった。


故にガルファレットという男への評価は「特筆するべき技能こそないが模範的な帝国騎士だった」とする者が多く、彼らもその認識だった。



(嘘だろう? これで、後方の教育課へと移る事が許されていたというのか?)



 先ほどまでゴルタナを展開してAK-47を支給されていた、帝国の夜明けに属する一人が、既に立ち上がる気力も湧き上がらぬ程に打ちのめされ、ゴルタナの展開も強制的に解除された後に、視線だけを彼に向けて、そう心で問いかける。


幾度も幾度も、ゴルタナ越しで振るわれる暴力は、おおよそ人の身で受ければ圧死していてもおかしくない程の圧力を持ち得ていた。


その上で、どう動くか、動いたとして誰へ向けてその拳を、脚を向けるか、それさえ解らせない理性という言葉を悟らせぬ動きは猛獣……否、既に災害という言葉すら相応しいだろう。


災害に、人間は対抗する術はない。対応する術があったとしても、災害を打ち消す方法など無い。ガルファレット・ミサンガという男は、既にその域へと達している。


今、最後までゴルタナを装備した上で、何とか彼へと渡り合おうと自前のバスタードソードを振るっていた男が、その振るった剣を拳で弾かれた上で、顎を狙った強烈なアッパーを受け、すぐに振り上げられた右足の踵落としが顔面へと叩きつけられ、衝撃が許容値を越えた瞬間、ゴルタナの展開が解除され、気絶を果たした。


既に帝国の夜明け側として参加した兵八人、その全員が床へと倒れ、気絶する中、立ち上がって彼へ対抗しようとする者は、誰もいない。


後はもう、無防備な体を晒し続け、彼に殺されるのを待つだけだと……しかし帝国の夜明けに属する人間として、こうなる事は覚悟していたと言わんばかりに、目を閉じた者達。



――だが、そこでガルファレット・ミサンガの放つ、肌を刺すような殺気が薄らぎ、彼の肉体から放たれている驚異的な量のマナも、消え去った。



呆然と、男達が彼へと視線を送る中……既に装着していた鎧もほとんどが彼の圧によって弾け、生身の上半身を曝け出すガルファレットは、フゥ――と息を吐いた後、一人ひとりの持ち得ていた武器やゴルタナを回収し始めて、それら全てを回収し終えた所で、丁寧に一人ひとりを起こし、捕え始めていく。



「……何故、殺さない?」



 内の一人が、弱弱しい声でそう問うた。


殺される覚悟はあった。けれど殺される事が恐ろしいと考えていなかったわけではない。


故に逆らえば殺されるという考えがあったからこそ、声は弱くなったが……ガルファレットも、同じように弱弱しい声で、その問いに答えるのである。



「……我が師、シガレット・ミュ・タース様に、誓ったからだ」


「何を……?」


「俺は、人を殺さない……絶対に」



 信じられなかった。


人を殺す事でしか活かされない技能を持ち得ながらも、彼は相手が敵であっても、殺める事を良しとしていなかったのだ。



捕えられていく男達は……敗北を味わった。


帝国の夜明けの人間として、人を殺しても国を変えると、時に自らが死ぬ事さえも国の為であると考えていた彼らにとっては……



 そうして「人を殺さぬ」と誓う彼に敗北する事こそが、最も惨めな事に思えたのだから。

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