クシャナ・アルスタッドという女-03
個人的趣向として私は男性をあまり好かないけれど、確かに彼はイケメンと称しても問題がない。
その整った顔立ち、光に当たると輝く煌びやかな金髪、そして全体的にスラリとしている体格は、世の女性からしたら目の保養だろう。
結果として、彼は多くの取り巻きを引き連れている。
……否、違う。彼は連れて歩いているつもりなど無い。
周りにいる者共……男子は彼の権力に平伏し、女子はその権力に加えて男性的な美貌に惹かれ、付いていっているだけ、彼はそれを咎めず、ただ共に歩く事を許している立場でしかない。
フェストラは、周りにいる者たちの名を、一人も呼べはしない。
「クシャナ殿、こちらの殿方はどちら様ですかな?」
「うん? ヴァルキュリアちゃんは六学年主席様の事をご存じなかったのかな?」
今日、魔術学部から編入してきたというヴァルキュリアちゃんだが、恐らく魔術学部でも、フォルディアス家くらいは名が通っているだろうに。
一応、お伺いを立てるように視線を奴に向けると、ニヤリと笑いながら「許す」と短く口にした。
「フェストラ・フランツ・フォルディアス様だ。覚えておいて損は無いかもね」
「フェストラ殿でありますな。拙僧は本日剣術学部に編入を果たした」
「ヴァルキュリア・ファ・リスタバリオス、だろ? リスタバリオス家は親父が懇意にしてる軍人家系だからな。名は聞き及んでいる。まぁ、覚えておいてやる」
乱雑に手を振りながら去っていくフェストラと、表面上楽しそうに会話していたように見えたのか、私たちの事を恨めしそうに睨みつけつつ彼へ付いていく取り巻き達。
その取り巻き達に「あれほど密集していては足元がおざなりになるであろうに」という、なんだかよくわからない所に注目するヴァルキュリアちゃんのマイペースぶりは、ちょっと面白い。
「フェストラ殿は随分と、人気者なのでありますな」
「フォルディアス家の嫡子だからね。名前くらいは知らなかった?」
「申し訳ない。拙僧は修行中の身故、世俗に疎いのだ。父や母からも『修行に専念せよ』とだけ教えられているのである。フォルディアス家、という家名も、そういえば聞いた事があるような、という印象でしかないのである」
「軍人家系の子なら王族の名前くらいは教えておいてもよさそうなモノだけどね」
まぁ家庭の事情に首を突っ込むのもよろしくないから、深くは聞かない事にしよう。
「それよりヴァルキュリアちゃん、今の主席様とした会話のせいで始業まで残り数分。ここは一度教室へ向かい、教室で先生へリボンについてを伺い立てるのはどうかな?」
「そうであるな。もし教諭が認められるのであれば、そうした問答を教員室でして時間を無駄にすることも宜しくない」
多少面倒な性格はしているけれど、ヴァルキュリアちゃんは生真面目なだけで素直に人の言い分を聞く事が出来る子だと思える。
そうして納得してくれたのならば話は早い。私は先んじて教室へ向かう為に歩き出し、彼女は私の後ろをちょこちょことついてきてくれる。何か、プレステのゲームでこういうのあったな。私が死んだ二千二年頃にはプレステ2が既に発売していたが。
「クシャナ殿、先達である貴女に一つ伺いたい」
「何だい? 先達と言える程、私も優秀な生徒ではないけれど」
「拙僧は昨日まで魔術学部に在籍しており、剣術学部とはほとんど顔を合わせる事は無かったのだ。故にどうした形態の授業を執り行っているのか、先に伺っておきたいのである」
「妹から魔術学部の授業については色々と聞いているけれど、魔術について学ぶ所を剣術に置き換える感じだよ」
「妹君が魔術学部に在籍していたのだな。であれば有用な意見が頂けよう」
「あまり教える事も無いと思うがね」
とは言え、既に出来上がっている人間関係の中にこれから飛び込んでいく事となる彼女を無下にする事もあまり好かない。だからこそ、一応説明をさせて貰うとする。
「基本的に剣術学部の授業で、魔術学部との違いは二つ。騎士作法についての教育と、剣術の実技授業だね」
「剣術学部はそもそも帝国軍人の養成所であった、という理由からであるな?」
「その通り。昔はそれこそ軍人家系か王族家系、もしくは上流階級しか教育を受けられなかった時の名残から、騎士としての作法が重要だという事だね」
もう少し詳細な説明をすると、そもそもグロリア帝国という国は二十年以上前まで、他国からの圧力に屈する事ないゴリゴリの帝国主義を掲げていて、聖ファスト学院は他国への侵略を行う際のエリート兵士を育成する、軍人養成校であったという所から語らなければならない。
そもそも過去のグロリア帝国は、元々魔術と錬金術、剣術と呼ばれる三つの技術が盛んな国であり、技術力だけで言えば世界でも随一と呼ばれているレアルタ皇国さえ凌いでいたとされている。
そんなグロリア帝国が他国との戦争の際に重要視した存在こそ、騎士と魔術師だ。
魔術師による高火力な魔術行使に加え、騎士のどんな状況においても対応できる汎用性を合わせた戦略は如何な戦場においても有効であった為、魔術師と騎士の教育は今後を鑑みても必要不可欠だった。
故に聖ファスト学院という教育機関が産まれた。
帝国軍人の養成所である剣術学部に加え、優秀な魔術回路を持つ者を歴戦の魔術師へと仕立て上げる教育システムにより、長らく侵略国家としてグロリア帝国は君臨し続けた、というわけだ。
「ヴァルキュリアちゃんは歴史の勉強をしているかな。元々魔術師は上流階級以上の者が、そして帝国軍人には上流階級以上の者達が見定めた者が選ばれていて、聖ファスト学院はそうした子供たちを養成する為の、選ばれた人間しか門を叩く事が許されなかった場所だと」
「父から少し伺っているのである。確か、選民的思想……というのだとか」
「そうだね。選民という言葉が近しいだろう。何にせよ、魔術師と騎士の関係は古くから存在し、それより下流の人間は、聖ファスト学院への入学などあり得なかった」
そしてさらに言うのならば、元々グロリア帝国が打ち出していた教育指針は何といっても「上流階級以上による高等教育」が優先であり、中流階級以下の帝国民は簡単な読み書きしか教わる事は無かった。
そもそも他国を侵略する事による国土及び資源の確保が重要であり、後は食料自給を行う為の農民と、侵略戦争の際に必要な先兵の数さえいれば良いとする考えがあっての事だ。
だがそうした時代は終わりを告げた。
簡単に言えば、如何に強大な軍事力を有する国家だったとしても、社会が国際化に進めば進むほど、侵略における正当性を他国から求められるようになり、侵略戦争を仕掛ける事のメリットが少なくなってしまった。
結果としてグロリア帝国は侵略の為に有していた軍備を縮小せざるを得ず、また軍事力の増強を目的として設立された聖ファスト学院も、次第に軍事養成機関としてではなく、一般的な教育機関としての側面を重要視せざるを得なくなった。
その為、今の聖ファスト学院は、私のような小市民の入学も許可しているし、そうした子供たちにも十分な教育や、旧来の礼儀作法等を学ぶ為に必要な教育カリキュラムも設備も整えている。
それに昔は卒業後の進路など、それこそ「帝国お抱えの魔術師になる」、「帝国軍人となる」事以外に存在しなかったが、今ではそうした卒業後の進路は自由意思を尊重されているし、国営産業しかなかった時代とは異なり、今は一般企業も多く国内に存在しているから、そうした企業への就職も視野に入れる事が出来る。
と、まぁ……ここまでは「公にされている情報」だ。実際にはそんな、単純な話ではない。
階段を昇り、五階に辿り着いてすぐにある、一つの扉を開ける。
大学における講義室のように、段差毎に横長の机が並んだ広々とした部屋。
その部屋で多くの生徒たちが談笑していたけれど――入室した私の事を見るなり、談笑の声は途絶えてしまう。
「うん? 何故皆黙るのだ?」
「気にする事ないよ。ここではこれが普通さ」
首を傾げるヴァルキュリアちゃんにそれだけを伝えた後、先生がまだ来ていない事を確認し、適当に奥の席へ就く。
「ヴァルキュリアちゃんも、適当に座っていると良い」
「うむ。ではクシャナ殿の隣に座るとしよう」
「ふふ、どうぞ」
私の隣に座るヴァルキュリアちゃんを見る、周りの目。
それがどうにも彼女は気になったようで、つい声を張り上げた。
「皆はどうして、私の事を見るのだ?」
声に返答はない。それどころか、何も知らぬ彼女に対して、僅かにクスクスと笑い声が聞こえた。
「何故笑う? 何がおかしい?」
「君の存在を笑っているんじゃない。みんな、私なんかと一緒に行動する君が可笑しいと思っているだけさ」
「うん? クシャナ殿は同じ学びを共有する仲間であろう? それは確かに女性を誑かしこそするが……」
「いやまぁ、そこじゃないよ。皆は小市民の私がここにいる事自体がおかしいと思っているだけさ。――なぁ、そうだろう? 愛おしい同期諸君?」
先ほどまで、含んだ笑いを浮かべていた者達の声が途絶え――そして全員から、同意と取れる程に侮蔑を含んだ表情を向けられる。
確かに、今の聖ファスト学院は立場による区別を行っていない。魔術学部は魔術回路の有無こそ重要視されるが、剣術学部への入学は心身共に健康であれば、後は基礎学力試験を合格さえすれば、入学は可能だ。
けれど――上流階級以上の者達から、帝国軍人になるべく産まれた子供たちからしたら、私と言う小市民は「身分の違いを理解できぬ愚か者」にしか映らない。
それが可笑しくもあり――相対的に自分たちの価値を貶められている気になってしまい、私を排斥したがっているというわけだ。