シックス・ブラッド-03
「聞いて損した。下らん戯言を垂れ流しやがって」
熱意を込めた言葉を聞いた上で、そう言い切ったフェストラの態度に、ドナリアは「否定」という敗北感に心を侵されたのか、ギロリとフェストラを睨みつけるが、フェストラは彼を睨み返した。
「そもそも貴様ら軍拡派は、非軍拡派の言葉をその耳かっぽじって脳に叩き込んだか?」
「……何?」
「お前らこそ自分達の思想を盲信し、それ以外の思想を認めないとする、客観性の伴なってない愚かしさに充ちてるんじゃないのか、と聞いてるんだよ」
フェストラは彼の言葉を、彼らの代表とするドナリアの言葉を、真意を聞いて、その上で判断し、問い質している。
彼だからこそ、この言葉には意味がある。
「ああ。戦争とは外交手段の一つだという話は認めよう。民衆が戦争と言う外交手段の一つに対して意味も無く否定的な事もな。『愚かしい群衆』という言葉にも、一応は同意してやろうじゃないか」
彼が理解できる、同意できる内容をすぐに言葉として直す。
するとドナリアは「ならば」と口を挟みそうになるが、しかしフェストラは間髪入れずに「だが」と否定を口にした。
「その愚かしい群衆に対し、何故自分たちの思想を理路整然と語り、理解させようとしない? 何故そうした行動を前に、武器を手にして振るう? 自分達がその愚かしい群衆の思考にも劣る、屑ばかりだと自覚しているからか? だとしたら本当にお笑い種だ、自らが阿呆であると大々的に広めようとしてるんだからな!」
立ち上がり、両腕を広げ、周囲で警戒していた敵の目を自分に集めるよう、大声を張り上げる。
そうしたフェストラの言葉に――ゴルタナを展開し、顔も見えない兵士たちも、怒りを露わにしていると分かるほどに、殺気を感じるが、それでも彼は口を閉ざさない。
「貴様らは軍拡派以外の意見を認めない! 認めようとも、聞き入れようともしない! 耳を塞いで目を閉じて、その口から自分たちの考えが正しいんだと妄執だけを垂れ流し、聞き入れて貰えないから暴力に訴える、屑の負け犬だッ! 何故このオレが、そんなお前らを率いらにゃならん? 馬鹿も休み休み言いやがれ――ッ!」
叫びは、講堂内にいる全員の視線を集めていた。
何時その手に握られている銃口がフェストラに向けられ、トリガーに指をかけるか分からぬ状況であったが――フェストラはスッキリとした面持ちで、ドナリアへと向き合った。
「……残念だよ、フェストラ・フレンツ・フォルディアス。俺達の願いを聞き入れて貰えないのはな」
「オレはスッキリ出来て嬉しいよ、ドナリア・ファスト・グロリア」
「最後の言葉はそれで構わんのか?」
「いいや、もう一つだけ聞かせて貰おうか――何故、ファナ・アルスタッドの身柄を率先して回収しようとしなかったのか、だ」
ファナ・アルスタッドの事は、帝国の夜明けなる組織にも知られている事だと思っていた。
そうでなければ、ファナの寝込みを襲うようにアシッドの襲撃があったとは思えない。
……だが、ドナリアの述べた回答は、フェストラにとっても、想定外の言葉だった。
「ファナ・アルスタッド――クシャナ・アルスタッドの妹か。確かにクシャナ・アルスタッドを誘き出す為に彼女を確保出来た方が好ましかったが、最優先事項と言うわけではなかった。ここにいる人質だけでも十分だという判断だな」
「……なんだと?」
「貴様らはあの娘を何故特別扱いする? あの娘も母親も、資料を見る限りでは特別な存在でもない筈だが」
フェストラにとっても予想外な回答。色々と考え直さなければ成らぬ事は増えたが――しかし今の状況では、その回答であった事が喜ばしい。
思わず湧き出たクククという笑みに、ドナリアや周囲の兵達、果ては捉えられている生徒や教員たちも、首を傾げるしかない。
「そうかっ! いやありがとう。貴様らが本当の愚か者で、バカで、実に助かった!」
「何を」
「何をだと? 決まっている――この状況が打破できる可能性が増えたんだから、感謝位するさ」
フェストラの放った言葉と同時に、ドナリアは全身の神経が一斉に動き出すような感覚を覚え、後ろへ振り返った。
瞬間、魔術使役妨害用魔導機の一つが設置されている、講堂入り口に近い四隅の一辺へ、爆ぜるような衝撃が襲った。
木造の講堂、その壁を突き破った白銀の輝きを放つ刃が、魔術使役妨害用魔導機を破壊し、周囲に展開されている妨害魔術が、乱れた。
「アレは――リスタバリオス、参の型ッ!」
そして妨害魔術が少しでも乱れれば、フェストラは動く事は出来る。
「さぁ、反撃の狼煙は上がったぜ」
パチンと、指を鳴らしたフェストラ。その周囲に出現する、六体の魔術兵。
その内の二体は全身を覆う程のシールドを構え、フェストラを守る様に立ち塞がる。
残る四体は、フェストラに視線を向けていた兵士たちの脇を掻い潜りながら、一体はガルファレットの下へ、残る三体が他の魔術使役妨害用魔導機へと向かっていき、その手に握る剣で、破壊していった。
「な、何ッ!?」
それはあまりに一瞬の出来事で、ドナリアだけでなく、他の兵達も反応が出来なかった。
その状況に容易く至れた理由は二つ存在する。
一つは魔術使役を妨害する魔導機が設置されていたとしても、魔術兵の動きを制御するフェストラの脳内では、どの様に魔術兵を動かすか、そのシミュレーション及び魔術式の構築が可能だった。
あくまで妨害魔術は、魔術の発声を抑制するものであるからして、魔術を行使する為の発動準備を長時間整えられれば、それこそ、展開の乱れた妨害魔術さえも跳ね除ける事が可能となる程に、魔術兵達の精度をあげられるように出来る。
もう一つは、その場にいた全員がフェストラに意識を向けていた結果、突然の襲撃……それも、自分たちを優位至らしめる魔術妨害用魔導機が破壊された事。
その直前までフェストラが相手を挑発するように言葉を連ねていたのは、そうして彼らの意識を自分に向けさせる為であり、その結果として彼らは反応を遅れさせる他無かったのだ。
「ガルファレット」
フェストラが、魔術兵達に守られながら、自らの剣を抜くと同時に、そう声を挙げた。
ガルファレットを拘束していた縄は全て解かれ、彼は解放された。
しかし、右足に受けた銃弾は、そう簡単に人間を動かせるものじゃない。
「相手は三世代型ゴルタナ装備だ。――気にせず、暴れろ」
――だが、それは普通の人間ならばの話。そして、ガルファレットという人間は、普通の人間ではない。
フェストラの言葉を受けて、ガルファレットが立ち上がると、一人の兵が慌てて魔術兵に向けて銃口を突き付けている光景が目に入った。
銃弾が放たれ、魔術兵がかき消えると――恐怖で奮える、男女の生徒たちが見えた。
しかし、敵は既に状況をひっくり返され、まともな思考をしているかどうかも怪しい。人質に向けて銃弾を放つ可能性が、幾分か存在する。
否、フェストラ達が抵抗の意思を見せた段階で、そうしていてもおかしくはない。
一瞬の内に、それだけ思考を回したガルファレットは――フェストラの言葉に動かされ、立ち上がると同時に、雄叫びをあげるのだ。
「ゥ、ォオオオオオオオオ――ッッ!!」
空気が震える程の重低音、かつ大音量の叫びが、講堂中を揺らした。
既に耳を塞いでいたフェストラはともかく、その場にいた全員が彼の雄叫びによって耳を痛め、慌てて耳を塞ぐ程に。
しかし、問題は敵兵だ。
その場にいたゴルタナ装備の敵兵は、ゴルタナの持つ身体機能向上効果によって、聴覚機能も通常の人間より優れている。
本来人間に聞こえぬ程の低周波数の音波さえ聞き分ける事が出来る程に優れた聴覚機能が――通常の人間さえ耳を塞ぐ程の雄叫びに耐えられる筈がない。
そして、ハイ・アシッドとして進化を果たした存在である、ドナリア・ファスト・グロリアも同様だ。
ハイ・アシッドは、人間の持つ能力を単純に四十八倍も優れさせた進化した存在だ。故に、その聴覚機能は優れていて、彼もまた同様に、ガルファレットの雄叫びによって頭を抑え、足を崩す程に動揺した。
思わず、気絶しかけた兵士たち――しかしガルファレットは、そこで止まらなかった。
近くにいた、ゴルタナを装備した兵の頭を乱雑に掴み、腰を捻った投球フォームで強く投げ放つと、その男は講堂出入口付近、一番遠い壁まで真っすぐに投げ飛ばされ、その身を外に放出された。
「ガ、アア――ァアアアアアッッ!!」
既に、正気を失っていると表現しても良いガルファレットの全身から、青白い光がバチバチと放たれている光景を、全ての生徒たちが捉えていた。
その圧倒的な暴力は、その全身を包む驚異的なマナの量によって成せる技であると認識した一部の生徒たちが、自分たちも今のように、圧倒的な暴力によって殺されてしまうのではないかと考えてしまう程、彼から溢れる殺気はピリピリと肌を刺激する。
だが次の瞬間、ガルファレットはその場から疾く消えつつ――生徒たちを囲む兵達を、一人ひとり丁寧に、殴り飛ばしていき、続いて手刀を振り下ろし、捉えられていた教員たちの縄を、一つ一つ雑にではあるが、切り裂いていった。





