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シックス・ブラッド-02

「アマンナやリスタバリオスが、グテントへの潜入を仕掛けたタイミングを見計らったのも、オレ達の抵抗を可能な限り少なくする為か?」


「少し違う。オレ達としても今回の突入は、条件が結果的に整ってしまったからこそ行った、突発的な出来事と言ってもいい。ここにいる連中も、オレ以外にハイ・アシッドへと成れた者は現状いない」



 フェストラが把握できるだけでも、講堂内にはゴルタナを展開した兵士の数が八人。しかし連中はハイ・アシッドとしての進化を果たしていないという。



「つまり――貴様らとしても、オレ達の動きがあまりに早すぎた為、準備・練度不足の状態で行動へ移らざるを得なかった、という事だな?」


「歯がゆいものだがな」



 ――となると、こちらにも付け入る隙があり得るという事か。



フェストラはそう思考しつつ、しかし現状がフェストラ達にとって不利である事は変わりないと判断し、次の問いへ。



「何故、馬鹿正直にオレへそうした内情を知らせる?」


「フェストラ・フレンツ・フォルディアス――俺は、俺達は、お前の技能や才能を買っている。お前の政治手腕を用いて、俺達と共にこの国を変えないか?」



 ピクリと、フェストラが思わず反応を示した事が、ドナリアの言葉にあった歯止めを効かなくしたと思える。



「お前も理解しているだろう。愚か者達が蔓延る今の世界が、幻想の平和という脅威の上にあるという事を」



彼は先ほどまでよりも声色を落とした、しかし情熱の入り混じった、重たい言葉を次々に連ねていく。



「戦争とは外交カードの一つでしかない。その意味を理解せず、言葉そのものに否定的となり、拒絶反応を示す愚かしい群衆……平和という言葉だけを有難がり、その平和が如何にして守られているかを理解しようともしない連中が多い事を……!」



 それは彼の心から出た野望、願望、悲願が、彼の脳にある言葉を用いて具現化した妄執であると、フェストラは感じた。


右手に頬を預け、冷めた視線でドナリアを見据えるフェストラは――しかし目と耳を彼へ向け、決して塞ぐ事はない。



「だが、残念な事に俺は、長らく国政や情勢と無縁の世界にいた。そして、オレには王としての器が無い事を、理解している。……故に、お前の力が欲しいと考えている」



 そうして彼の言葉を全てを聞き入れた上で、フェストラはようやく目を閉じて……。


こめかみを三回、人差し指でコツコツと叩きつつ、深い深いため息をついた。



**



アマンナ・シュレンツ・フォルディアスと、ヴァルキュリア・ファ・リスタバリオスの二者、加えてファナ・アルスタッドという少女は、魔術学部の屋上へと昇り、その姿が敵に発見されないように、周囲の状況と、フェストラやガルファレット、捕らえられた生徒や教員たちの存在する講堂を警戒・監視をし始める。


そこから講堂までの距離は五百メートル弱、少し遠いが魔術強化を施した視界によって、講堂を観察する事も出来る。


とは言っても、行動には小さな窓が幾つか存在するだけで、その数を把握する事は出来ないが――しかし、敵兵の数をある程度数える事は出来た。



「本当に……凄い、ですね」



 アマンナが驚嘆しているのは、ファナの治癒魔術がどれほどまでに優秀であるか、だ。


アマンナは先ほどまで、数か所の打撲と内臓の損傷を確認していた筈なのに、既に自覚できる傷や損傷は無く、むしろ平時より体調は万全な状態だ。


 血流促進、免疫力向上、疲労感解消……人間の有する様々な肉体的な問題も含め、ものの五分程度で治療したファナの治癒魔術は、既に神秘を体現する秘術という意味で【大魔術】の域に達していると言っても良い。



「であろう? 拙僧は前回、そう大した治癒を受けておらんが……治癒魔術と言う基礎的な魔術を、大魔術とも言うべき偉業にまで至らせているファナ殿の実力は、見事と言わざるを得ない」


「え、えへへー。そんなに褒められると、何か照れちゃいますよぉ~。アタシみたいなちんちくりんの使う魔術を大魔術なんてー、口がお上手なんですからヴァルキュリア様ってばー」



勿論、彼女の非凡なる才能……つまり第七世代魔術回路があってこそ成せる事ではあるが、その高みへ至る為には、相応の努力や、覚悟が必要である事に変わりない。


ファナ・アルスタッドという、十五歳の少女が、それだけの努力を、覚悟を、積み重ねた結果が今なのだろう。


だが――これから先は彼女にも、危険の一端を担わせる事になる。



「ファナ殿、本当に良いのであるか?」


「えっと、はい。なんかよくわかんないですけど……テロ組織の人が、学校の人を人質にしてるんですよね? じゃあ、怪我した人とかいるかもなので、早く治してあげないと」


「……正直に言えば、拙僧もクシャナ殿と同意見だ。これより先は危険と隣り合わせの、戦場となる。故に、ファナ殿は安全な場所に避難して貰った方が、好ましいと思うのだが」



 これから先の作戦は、フェストラに意見を伺う暇も方法も無く、アマンナとヴァルキュリア、そしてクシャナの立てた計画に、ファナがついて来ようとしているものだ。


クシャナも最初こそ、ファナを何とか思い留まらせようとしていたが……ファナが「妹を仲間外れにしようとするお姉ちゃんキラーイ」とクシャナに対して必殺の威力を有する言葉を放つ事でクシャナの心を一撃で破壊し、同行に至った。



「……正直、状況なんかよくわかってないですし、怖いです。でも、あそこにいる人たちは、もっと怖い思いをしてるんですよね?」



 ファナには、そう大した魔術強化を行う事も出来ないし、中がどんな状況になっているかを把握する術はない。


だがファナとて、考えなしの子供じゃない。


人の命を殺める事さえも覚悟している者達が、善良な人間達を捕えていて、僅かな抵抗も許さぬと力を振りかざす事だって有り得てしまうと理解している。


でもだからこそ、ファナは現実と向き合い、一人でも傷ついていれば、その人たちを癒してあげたいと願ったのだ。



「ガルファレット先生、言ってたんです。『君は今のままでいいんだ』って。『高みへ至る事ではなく、至ろうとする理由こそが、本当に大切な事なんだ』、って」



 数時間も経過していない、今日の出来事。


ガルファレットは、ファナを守る為に戦い、その上で敵に捕らえられてしまったと考えられる。


ならば――ファナとしても、彼をそのままにしておく事等、出来はしないのだ。



「アタシは、お姉ちゃんみたいに、誰かを笑顔に出来る、そんな魔法使いになりたくて、今まで頑張ってきました。だから、目の前で怖い思いをしている人を、放っていたくない」



 そうした彼女の決意を、熱意を言葉として聞き届けて――ヴァルキュリアは、小さく「強いな」と口にしつつ、グラスパーの刃を抜き放つ。



「ファナ殿、貴女は拙僧にとっての理想だ」


「あ、アタシがヴァルキュリア様の理想だなんて……っ」


「否。ファナ殿の心は高潔で、純潔で、純粋だ。故に、拙僧やアマンナ殿とは違う」



 敷かれたレールの上を歩く事だけ、求められたヴァルキュリアやアマンナ。


それで良いと思っていた。そう育てられていた。


その先に、彼女達が至るべき未来がある、求められた事を成す事こそが、国や人を守る事に繋がるのだと、彼女達は妄信し、盲信した。



けれど、ファナは違う。


温かな家庭によって愛されて、十五の齢までを生き……けれど、誰に言われるでも、誰に強制されるでもなく、自分自身で、憧れを見出した。


憧れた未来の先に、救える命や、守れる者達がいると理解し、その為に自分が出来る事を、時には危険さえも顧みず、行動する。


それは、どんな英雄にだって、簡単に出来る事じゃない。



「であるからこそ、今一度誓わせて欲しい」



 右手には剣を、左手にはファナの手を取り、ヴァルキュリアはファナの前に跪き、ファナの手の甲に口付けた。



「拙僧は、ファナ殿を命に代えても御守りする。これは誰かに願われたからでも、頼まれたからでもなく――拙僧が果たしたい、拙僧の願いだ」


「~~っ!!」



 あまりに整った顔立ちのヴァルキュリアが、美麗な彼女が恥ずかしげもなく繰り出した騎士としての誓いは、乙女のファナを強く興奮させるに相応しい威力を有していたが、アマンナがファナの肩をポンポンと叩き、気絶寸前の彼女を正気に戻した。



「……あの、そろそろ……作戦を開始しようかと思うので……気絶は、勘弁してください」


「ひゃうっ!?」


「む。フェストラ殿が動いたか」


「……はい、こめかみを三回叩いた音がありましたので、多分捉えられている人数は、お兄さまとガルファレット先生を除いて約三十人弱、と言った所です」


「多いであるな」



 アマンナの耳には、その小さな穴にはめ込まれた通信機が入っていて、フェストラとガルファレットに仕掛けられた盗聴器から入る音声を全て受信している。


加えてアマンナは、周囲の状況をその眼で把握している。


二つの情報を組み合わせれば――ほとんど学院内部の状況は筒抜けと言ってもいい。



「敵は、ドナリア・ファスト・グロリアを除くと、講堂内に八人、それ以外が七人……全員ゴルタナを……展開しているだけで、ハイ・アシッド化した者はいない……との事です。ガルファレット先生を、解放できれば……勝機はあります」


「うむ。拙僧は教諭殿の実力を知り得ないが、アマンナ殿が言うのならば信じよう」



 では、と。


ヴァルキュリアはグラスパーの柄を強く握り締め、両足と右腕にマナを集中させ、遠くの一点を見据え、その切っ先を何時でも突き出せるように、意識を整える。



「――作戦開始の狼煙は、派手に行こうではないか」

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