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シックス・ブラッド-01

 その日、聖ファスト学院が【帝国の夜明け】なる組織に占拠された事を知る者は、少なくとも一般大衆には存在しなかった。


全容を把握しているのは、一部官僚及び帝国軍司令部、加えて帝国政府の人間だけである。


そうなった理由の一つは、何と言っても聖ファスト学院自体が閉鎖された環境に存在する為だ。


そもそも学院の周囲を囲むように設けられた外壁は校舎全体を覆い隠す程の高さがあり、校舎の屋上や給水塔の一部を僅かに視認できる程度であるからこそ、外からその内情を目視する事が出来ない。


加えて現在は帝国の夜明けが有する人員によって、校内へ入る為の正門・裏門の双方を閉ざされており、その事態に何事かと疑う者はいても、その理由を知れる者など多くないだろう。


さらに聖ファスト学院はグロリア帝国における教育を一手に担う教育機関であるからこそ、防音処理に関しても完全であると言っても良い。



 帝国警備隊特務捜査課一班の隊長を務める、シュワレイツ・バルは、学院周囲の状況を部下に監視させた上で、校門の前に立っている。


門の中を見る事は出来ないが、その門の向こう側にいる何者かに声を届ける事も、要求を聞く事も出来る。



「ドナリア・ファスト・グロリアが率いる組織は【帝国の夜明け】と名乗ったな。君達は一体、何が目的なんだ」



 平静を装いながらシュワレイツが問うた言葉に、門の向こうにいる男は『後で答える』という端的な内容で返す。



「君達の組織が何を目的にしているか、内部の状況がどうなっているか、それが分からんでは我々も君達の要求を呑めるか否かが判断できん。せめて残された生徒の安否などを確認させて欲しい」


『後で答えると言っている。こちらも残された生徒や教員たちの名前や数を正確に把握できているわけではない』


「ならば私だけでも中に入れてくれ。そうすれば、私から君達の目的や要求を上へ伝える事も出来るのだから」


『後で答える』



 取り付く島もないとはこの事か、と口に一本の煙草を咥えたシュワレイツ。彼は周囲の人間から見れば怪しい人間やもしれない。


が、そうして民衆の目を学院にではなく、怪しいと思われる人間に集めて、学院に何が起こっているかを悟らせぬようにする任務も、彼ら特務捜査課が兼任している。



「おい、聞こえているか?」



 それ以上、言葉を発しても返答はなかった。恐らく近くにはいるのだろうが、向こうからの要求が固まらなければ、話す事は無いという意思表示でもあるのだろう。



帝国警備隊特務捜査課という課は、そもそも国内におけるテロ行為や反乱行為にいち早く対応し、被害を最小に抑える事を目的として設立されている。


故に聖ファスト学院や、例えば帝国政府などが異常事態に陥った場合、彼らの元へ自動的に通報が成されるようになっている。


今回の場合は、元々意図していない校門の閉鎖が作用して通報が働いた形であるが、それから一班が対応に動き出した時には、既に要求を伝えられる準備は整えられていた。



……しかしそれにしては、占拠後の動きが遅い事も事実。こうした占拠後は時間をかければかける程、占拠者の疲弊はどうしてもあり得る。故に短期決着を付ける事がセオリーだと言うのに。



「……向こうも、焦って行動してる、って事なのかもな」



 既に煙草をフィルター近くまで吸っていた事に気付いたシュワレイツは、ポケットに入れていた携帯灰皿を取り出し、火を消した上で入れ込んだ。



**



フェストラ・フレンツ・フォルディアスと、ドナリア・ファスト・グロリアの二者が対面に用意された小さな椅子に腰かけながら、目を合わせて早十五分程度が経過した。


帝国の夜明けという組織名を口にしてから、ドナリアは口を開く事なく過ごしていた。


先ほど自分が頭を撃ち抜いた事で、生徒たちが恐怖に怯え、その声が届いてしまう事が鬱陶しかったと言わんばかりに、そちらへと殺意の視線を向けながら。



「要求は何だ」



 その目線を、自分に向ける為にかフェストラが口を開く。


するとドナリアは溜める事無く「クシャナ・アルスタッドの身柄を確保する事だ」と答えた。



「我々の持つ【アシッド・ギア】なく肉体の変質を可能とするクシャナ・アルスタッドは、我々の野望への障害となり得る」


「アシッド・ギア――それが、この機械の名称か?」



 ポケットの中に入れていた、人差し指サイズの小さな箱、その機材を見せられたドナリアは、フェストラの背後にいた兵へ顎で指示し、それを回収させた。



「ここ最近、シュメルで発生しているアシッドによる被害は、そのアシッド・ギアを用いた貴様らによる犯行だと断定して構わんのか?」


「ああ。グテント所属の魔術師連中が、アシッド・ギア製造に関与しているとしたお前の判断は、実に手早かったよ。加えて、アシッドによる被害や捜査に関する情報を、お前の組織内で差し止めていたせいで、こっちとしても動きにくい事この上無かった」



 フェストラはこれまで、アシッドによる被害や、アシッドそのものに対する情報を帝国政府高官などに流さぬように情報統制を行っていた。


その理由は間違いなく「アシッドを使役している勢力はアシッド被害によっての国内情勢の悪化」を目的としていると判断したからであり、ドナリアとしてもフェストラの判断によって想定よりも国内情勢の悪化が引き起こされない事を問題としていたのだろう。



「貴様らの野望とやらは、最終的に諸外国と締結している軍縮条約の破棄、及びラウラ王の掲げる政教分離政策の撤廃、という事で構わんか?」


「加えて、エンドラスの提唱した汎用兵士計画の実施だ」


「ハイ・アシッドによる軍勢を作り上げる事は、目的としていないと?」


「アシッドについてはまだ研究途上だ。故に汎用兵士育成計画にアシッド化を取り入れるかどうかは、検討中と言っていいだろう」


「なるほど――何故世直しを考える連中は、こうも過激派が多いのだろうな」


「そうしなければ国を変えれんからだ」


「目まぐるしく変わる国内や世界情勢に目を向けられん、思想に囚われ過ぎた負け犬の思考だ」



 何にせよ【帝国の夜明け】が目的としている大目標は、先ほど述べていた事そのままだ。



一つ、軍縮条約の破棄。


一つ、政教分離政策の撤廃。


一つ、汎用兵士育成計画の国家による推進。


そして未確定ではあるが、一部兵士に対してアシッド化による強化を施し、国を守る防衛力と出来るようにする計画も検討中である事。



加えて、今回この聖ファスト学院の占拠について、つまり彼らが目先で取り組まねばならぬ小目標は、以下の二つと思われる。



一つ、クシャナ・アルスタッドの排除。


一つ、帝国の夜明けというテロ組織の存在を世間に認知させる事。



フェストラとしては、大目標に関してを現状で帝国の夜明けが成し得る事が出来るとは考えていない。


だが問題は小目標二つだ。



クシャナ・アルスタッドの排除は、フェストラ達対アシッドチームが有する問題に直接関係する。


つまり、現状アシッドに対抗できる存在が彼女しかいない事であり、彼女を排除されてしまえば、フェストラ達は……否、この国の防衛機構も、アシッドに対抗する術を無くす事に繋がってしまう。



もう一つの【帝国の夜明け】という存在が、世間に認知されてしまう事。これも非常に面倒だ。


何せ現状、フェストラが意図的に情報規制を行う事で、民衆はアシッドと言う存在を知らぬ事が出来、混乱を抑えている。


帝国の夜明けという軍拡支持派が多く組していると思しき存在や、アシッドと言う対処方法の限られる存在が世間に知られるという事は、国内治安への不信……即ち国内情勢・治安の混乱を招くだろう。


特にドナリア・ファスト・グロリアという存在が敵の中枢にあるという事実が知れ渡るのも厄介だ。


少なからず彼は前帝国王・バスクとも、現帝国王・ラウラとも血の繋がりがあり、ネームバリューだけでも厄介であるのに、彼が行方不明になる前も、彼の思想を信仰していた一般大衆も少なくはなかったとされている。


民衆が持ち得るやもしれない強い国家への関心や、元々軍縮条約締結や政教分離政策に不満を持つ者達からの期待、それを叶えると宣言する彼の強いカリスマ性によって、民衆が少なからず彼の思想を認めてしまうと現帝国政治への不信にも繋がってしまう。



上記の全てが組み合わさると、政治・経済共に大打撃を被り、国力の疲弊が起こり得る。


そこに付け込んだ、帝国の夜明けによるクーデター……それもアシッドを兵士として使役できる連中による内乱となれば、現政権の崩壊、それによる大目標の実現も目前と言っても良いだろう。



その為に必要な一歩として、クシャナ・アルスタッドの排除と、グロリア帝国で唯一の国営教育機関である聖ファスト学院の占拠という、一大イベントを引き起こす必要があったという事だ。

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