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帝国の夜明け-12

 あまりに驚いてしまったが故に、彼女の言葉をしっかりと受け止める事は出来なかったけれど――ヴァルキュリアちゃんは叫び足りないと言わんばかりに、声を張り上げる。その声量に、気絶していたファナも、目を醒ましたようだ。



「クシャナ殿が死ねば、ファナ殿は悲しむッ! 拙僧もそうだ! であるのに何故、クシャナ殿が自分勝手に組み立てた死の結論が、最上であると手前勝手な事を言う!?」


「だって――もう、これ以上の結論は」


「その結論を出す前に、まずは皆で知恵と力を合わせるべきだ! フェストラ殿とて恐らくそう考えるであろうがッ!」



 そこで、ヴァルキュリアちゃんはようやくクールダウンを果たした。


というより、彼女はアマンナちゃんよりも消耗が大きかったらしく、貧血のようにフラリと身体を揺らしながら、私の身体へと向けて倒れたのだ。



「だ、大丈夫? ヴァルキュリアちゃん」


「……問題、無いのである」



 ただどうしたって負傷が影響を及ぼしていると理解するには十分すぎる程に、彼女は身体を小刻みに揺らしている。


 恐らく出血量が多く、血流が悪い状態での低体温状態が良くないのだろうと察した私よりも前に――ファナが、ヴァルキュリアちゃんへと駆け寄って、その状況を確かめながら、私へと言葉を紡ぐ。



「えっと、お姉ちゃん。何があったかとか……わかんないけど……アタシも、お姉ちゃんには、生きててほしいよ?」


「……ファナ」


「何が起こってるか分かんないし、アタシにそんな大した事は出来ないけど、アタシに出来る事で、お姉ちゃんが生きていられるなら、頑張る。だから、えっと……ヴァルキュリア様の言ってたように、皆で考えよう!」



 本当に、ファナは何が起こっているかもわからなさそうに……それでも、私が死ぬかもしれないという事実にだけ目を向け、精いっぱいの言葉をかけてくれる。


この子は、昔からそうだった。


この子を導くお姉ちゃんであろうとした私は、何度この妹という存在によって、心を救われたか分からない程に、純粋で、無垢。



――だからこそお姉ちゃんとして、無茶をしたくなるのだ。



「ファナ、ヴァルキュリアちゃんとアマンナちゃんに、治癒魔術をかけてあげて欲しい」


「うん、わかった!」



 率先してヴァルキュリアちゃんに治癒魔術を展開していくファナを信じて、私はアマンナちゃんの身体を起こして、近くの椅子に彼女を腰かけさせる。



「アマンナちゃん――フェストラは何を考えていると思う?」


「……恐らく、連行された先の、状況把握です」


「状況把握?」


「現状……敵勢力はお兄さまを、すぐに殺すつもりは無いでしょう。敵の目的が、クシャナさまを探している以外に、あるかは分かりませんが……それでも、お兄さまの持つ政治的権能は、捨てがたい。利用できる内は、殺されない筈、です」



 そして敵は現状、学院内に立てこもっている状況と考えられる。


アマンナちゃんとヴァルキュリアちゃんが学院内へ入ろうとした時に学院の封鎖を行おうとしていた所から察するに、既に脱出済みという事は考えられないだろう。



「そして学院内には、残っていた生徒や、教員の方々が、いると思われますが……クシャナさまが敵の目的であるなら、下手に殺す事はせず、一か所に集めて人質状態にすると、予想出来ます」


「それまた何で?」


「……クシャナさまなら、救える命を守る為なら、無茶をするでしょう? だから、人質を集めて何時でも殺せる状況にして、クシャナさまを誘き出すんです。わたしなら、そうします」



 ちょっとアマンナちゃんが怖い事を言いおったけど、正直私もその考え方には同感だ。



「となると、どこかに生徒や教員の方々を集めてると考えられる……場所は」


「……講堂でしょうね」



 学院のグラウンドから少し歩いた場所にある、離れの講堂があり、学院長などのお言葉を聞いたりする時に集まる場所である。


人間を数百人単位で集める事が可能な事から、そうした場所が最適だろう考えられる。



「お兄さまはきっと……わたしやヴァルキュリアさま……そして、クシャナさまが動けると信じて、連れていかれたのでしょう。そして、わたし達が上げる反撃の狼煙に乗じて、動けるように、連行先の状況を、把握しようとしていたの、かと思います……」


「アイツが、あの一瞬でそれだけ考えてたって事……?」


「恐らくは」



 その上で私がアマンナちゃんにそう思考させるよう、可能な限り情報を残すように敵と会話をしたフェストラの事を鑑みると、その可能性は高そうだ。アイツの機転は、正直に言うと若干引くレベルだ。



「……アマンナちゃん、回復出来たら、バレないように諜報準備をお願いできるかな?」


「その必要はありません」


「え?」


「既に、お兄さまとガルファレット先生の衣服には、盗聴器を仕掛けておりますから。……お兄さまには伝えてなかったのですけど……多分、お兄さまはそれを知った上で、連れていかれてます」



 怖い事を言う。そう思いながらも、アマンナちゃんがポケットから取り出した小さな機械に――私は苦笑を浮かべるのである。



 **



ゴルタナを展開している兵士五人に囲まれながら、フェストラが背中を押されるように連れていかれた聖ファスト学院講堂には、計二十七人の剣術・魔術学部の生徒と、八人の教員たちが集められていた。


三メートルはあるフレアラス像の足元に密集して座らされている面々の中には、一際目を引く大男が一人。


ガルファレット・ミサンガ。彼の姿と、流血する右足、そして捉えられている面々にファナ・アルスタッドの姿が無い事を確認。


 ガルファレットへ視線を送ると、彼は僅かに首を横へ振った事で、フェストラは誰にも気付かれない笑みを浮かべる。


 どのようにしたかは分からないが、予想通りガルファレットは、ファナ・アルスタッドの身柄を拘束されないように動いたというわけだ。



「座れ」


「無礼な連中だ。このオレを、こんな安っぽい椅子に腰掛けさせるとはな」



 講堂の天井にはステンドグラスが張り巡らされており、透過した光が彼らに降り注いでいる。とは言っても現在は夕刻に入り、夕日からの光という事もあり、若干の暖色である事から、僅かに視認性は悪いだろうと考える。


 備え付けられている椅子に腰かけたフェストラは、長方形の形で建てられた講堂の四隅に用意されている、何か機材のようなものに視線を向けた。



「……なるほど。講堂の四隅に魔術使役を妨害する魔導機を設置する事で、講堂に対魔術用空間を作り出したというわけか」


「喋るな」



 頭に突き付けられている拳銃は、フェストラに見覚えは無い。だがその武器が魔術的な防御等を用いなければ、一撃で人を殺める事の出来る兵器である事は理解している。



「だからお前たちも、魔術的な作用を必要としない銃器を使用しているというわけか。加えてゴルタナを展開していれば、生半可な攻撃ではお前たちを排除し得ない」


「そういう事だよ、フェストラ・フレンツ・フォルディアス」



 自分の頭に銃を突き付けている男と異なる、別の者がフェストラの対面に用意された椅子に腰掛けた。


その人物はゴルタナを展開する事なく、その逆立てられた黒髪や無精ひげ、雑に加えて吸っているタバコまでをも晒しているが――フェストラも、男の顔を見て、目を細めた。



「……ドナリア・ファスト・グロリアか」


「知っているようだな。俺はお前が一歳の頃に行方不明扱いになっている筈だが」


「軍拡支持の右翼思想で頭でっかちになっていたとされる元帝国王候補が、今更何をしようというのだ?」



 ドナリア・ファスト・グロリア。グロリア帝国の前帝国王・バスクの息子であり、現帝国王・ラウラの弟。


かつては第二王子とも呼ばれ、帝国騎士としても名を馳せていた人間だが……フェストラの言うように、エンドラスが提唱した汎用兵士育成計画に惚れ込み、軍拡支持派閥を率いていたという存在。


十七年前に行方不明となり、現在までその安否が謎とされていた人物だ。



「俺がいない間に、この国は腐り切った。退行をし始めても尚、留まろうともしない民衆の愚鈍ささえ、俺にとっては腹立たしい」


「かつてお前は、軍拡支持派における星と呼ばれた男らしいが、手前勝手な理想を他者や民衆へ押し付けようとし、受け入れられずに暴力へ走る奴だったとはな。……オレが嫌いなタイプの思想家だよ、お前」


「暴力ではない――正しい力の在り方を示すだけだ」



 ホルスターから抜き放った、一丁の自動拳銃。


その安全装置を解除し、自分のこめかみに銃口を当てたドナリアは――そのトリガーを引き、銃弾を脳へ射出し、左側頭部から貫通させた。


生徒たちはその瞬間、一斉に悲鳴を上げたが、突き付けられる銃口に恐怖し、次の瞬間には悲鳴が途絶えた。



ドナリアの右こめかみは、銃口から放たれた銃弾の火花によって、火傷跡と弾痕が残っている。


左側頭部からは僅かに血と脳の混じった液体が零れていたが――しかしやがて、そうした傷は再生を果たしていく。



「……お前、ハイ・アシッドか」


「ああ。俺は、俺達は、この国を守る為に必要な力を手に入れた。他国への侵略ではなく、自国を守る為の戦争を可能とする、この国を正しく導く為の力をな」



 プッ、と口に咥えていた煙草を、先ほど自分の頭から溢れ出した血溜まりに吐き捨て、鎮火した男は、宣言する。




「俺達は【帝国の夜明け】――この退行し続ける国の防波堤であり、国を守る力の象徴だ」

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