帝国の夜明け-10
サラリと嘘を連ねていきつつも、逆に相手を挑発するフェストラ。その鎧で表情は見えないが、相手にも僅かに困惑が見て取れる。
『それよりこちらも聞こうか。貴様らは何者だ』
『黙れ、口を閉じて両手を頭の後ろで組め』
『三世代型ゴルタナに加えて見た事の無い装備……そして真っ先に問うのが、あの庶民についてか……ヴァルキュリア・ファ・リスタバリオスや、ファナ・アルスタッドの事を聞かない点から推察するに、貴様らの目的はあの庶民だと見ていいな』
『黙れと言っている……っ!』
今、三人ほどの応援が教室内に入ってきた。全員が同じ黒い鎧をまとっている。
私の近くに来た一人もいたが、そもそも空間魔術と実際に存在する空間は存在する次元が違うのか、触れてみようとしても触れない。
『これだけ多くの三世代型ゴルタナを仕入れる事が出来るとは……かなり大きな組織力を持ち得るとしか思えん。なぁ、そうなのだろう?』
『良いから黙っていろ――連れていけ』
フェストラが囲まれながら連れていかれる光景を見届けながら――私は彼と視線を合わせる。
否、奴はきっと私がその視線の先にいると分かったから視線を向けただけで、合わせようとしているわけじゃないだろうけど……その眼には、僅かに力が籠っていた。「頼んだぞ」と言わんばかりの、強い眼力だった。
連中とフェストラが特殊準備棟に居た時間は、約五分程度だったと思う。
しかし特殊準備棟の周辺調査や見回りを行い、完全に特殊準備棟からの撤退を図るまでの時間はジャスト十分。
私がいた空間魔術が展開を解除されても……誰も私の存在に気付く事は無い。何せ、気付ける人間が近くにいないのだから。
腰を下ろし、回らない頭を精いっぱい動かして考えようとしても……理解は全然及ばない。
「フェストラの奴、私の判断で動けって言ったって、こんなのどう動けってんだよ……っ」
分からない事が多過ぎる。アイツは私に何をやらせようとしている?
あの連中は何者だ? 何を目的に行動しているかも分からない。私に分かるのは、少なくともアシッドではないという事だけだ。
というか、アイツがこうして私を空間魔術で隠したように、アイツも隠れれば良かったのに、何故そうしなかったんだ?
「私、アシッド以外にはなんにも出来ないんだぞ……? そんな私に、何しろってんだよ……っ!」
「戦えばいいんじゃないのぉ?」
「おっひょぉおおーっ!?」
急に後ろから綺麗な女性の声で話しかけられ、奇声を発しながら飛び跳ねてしまった。
これでさっきの連中の仲間だったら私最大のピンチ、と思いながらその声を放った人を見たら――怪しい人がそこにいた。
金髪のボブカット女性が、銀のマスクを目元につけて顔の全貌は分からないけれど、整ってる顔だって言うのは分かる。
薄いシャツと紺色のハーフパンツ……その格好は、ちょっと露出度高いけど……少なくとも、グロリア帝国では見ない、地球における衣服であるように思える。
――そして、その女性に両腕で抱えられてグッタリと倒れている、一人の少女が。その薄桃色の髪の毛は……。
「ファナっ!」
「大丈夫。ちょっと静かにして貰う為に気絶させただけ」
抱えられていたファナを、私に返すように優しくこちらへと寄越してくれる、謎の女性。
静かに寝息を立てているファナは、確かに死んでいたりはしていないけれど……。
「いやぁ、まずい事になったねぇ。ひとまずファナちゃんに危険が及ぶ可能性あるから、ガルファレットさんの所から逃がしてきた来たけど」
そう軽快に言葉を発する女性から、遠ざかる様に数歩下がる。
この人は、まだ確信はないけれど地球におけるファッションを着込んでいる。
そして、先ほどフェストラを連れて行った連中も、地球におけるAK-47を装備していた。
その異常な共通点から、私は愛妹を守る為に、警戒はしないとならない。
「……貴女は?」
「そう警戒しないで大丈夫だよ、とは言いたいけど。まぁ警戒しちゃうよねー」
「申し訳ないが、こちらも混乱しているんだ。だから怪しい人物は警戒せざるを得ない」
「ファナちゃんを助けたのも、私が貴女を動かしやすくする為、とか考えてるのかなぁ?」
目が見えないから何とも言えないが、目の前にいる女性はクスクスと笑いながら、私を試すようにそう言葉を発した。
怪しさは勿論あるけれど……確かにもし、奴らの一味であったとするなら、私の事を他の連中に報告せず、ファナだけを回収して私に返す理由は分からない。
けれど、何か理由があると考え、疑ってかからなければ、極限状態で生き残る事など出来ない。
私は死んでも構わないが、今の私が死ぬ事は、ファナの命をも危険に晒す事と同義だからだ。
「クシャナちゃん、君の警戒は最もだよ。それでいい。それ位他人を疑う心を持たないと、正直これからファナちゃんを守るのは大変だと思うしね」
「何を」
「それより――入ってきてもいいんじゃないかな、アマンナちゃん?」
女性が、私の奥……先ほど蹴破られた扉の向こう側から、ヴァルキュリアちゃんを抱える一人の少女がいた。
アマンナちゃんだ。彼女は全身に血を浴びながら、荒い息を整えつつ、私と話していた女性の方を見据えた……と思う。目が髪の毛で隠れているから私からはよく分からない。
「……クシャナさま、お兄さまはどこでしょうか……?」
「黒い、鎧みたいなのを着込んだ連中に、連れていかれた、けど」
「……やはり、ですか」
アマンナちゃんが、抱えるヴァルキュリアちゃんを床に優しく下ろしつつ、少しふらつきながらも立ち上がった。
「それよりアマンナちゃんもヴァルキュリアちゃんも、血だらけじゃないか」
「……いえ、これは……返り血、というより……床に出来てた血溜まりに、沈んだだけなので、大丈夫、です」
そう言いつつも、アマンナちゃんも負傷はしているようで、時々脇腹辺りに痛みを訴えるように表情を歪めていた……が。
その視線は、相変わらず謎の女性へと向けられている。
「それより、何故、貴女がここに……?」
「アマンナちゃん、この人の事を?」
「……何度か、会ってて。正体も分からず……困ってたのが正直な所です」
アマンナちゃんの問いに、すぐ答える事もせず、女性は一歩一歩、私とアマンナちゃんに近付いて、私の前で名乗りを上げた。
「クシャナちゃん。私はプロフェッサー・Kって名乗ってる。……君はこの名前の意味を、理解してくれるよね?」
「……プロフェッサー、K……?」
プロフェッサーは、地球における英語の発音であるProfessor、そしてケーは、そのまま英単語のKと考えてもいいだろう。
そして私は、これまでクシャナ・アルスタッドとして生きて来た十七年間で、少なからず英語と同じ単語などを見た事は少ない。
ヴァルキュリアちゃんの名前も、ヴァルキュリャという地球の北欧神話における、戦場で死ぬ者と生きる者を定める女性と似た言葉ではあるが、グロリア帝国におけるヴァルキュリアという名前は、ヴァルキュ(戦いを)とリアー(見据える)を意味する言葉を合わせた造語を名前としていると思われる。
そして……そうした名前の意味を、誰でも無くこの私に問うという事は。
「貴女は、地球の人間なのか……?」
「正確に言えば、このゴルサって世界で産まれて、主な活動拠点を地球にしてる、って言った方が正しいね」
となると、やはり現時点で一番怪しいのはどう考えてもこの女性となってしまう。
敵の持っている武器、AK-47は明らかに敵の武器であり、この女性は地球を主な活動拠点としていると言った。
つまり、彼女には今この世界と、地球を行き来する術を持っていると解釈できる。
そんな簡単に異なる世界を行き来できる人間がいてたまるものか。つまり彼女が、武器を先ほどの敵に降ろしてる密輸業者とでも考えた方が、辻褄は合ってしまう。
――武器だけでなく、アシッドの因子さえも。
「別にさ、私の事をどう思ってくれても構わないよ。正直私は、君も、アマンナちゃんも、そこにいるヴァルキュリアちゃんも、敵に捕まったフェストラ君もガルファレットさんも、この戦いで死んじゃうのはしょうがない事かな、と思ってる」
堂々と女性はそう言い切って、だがそこで「でもファナちゃんは違う」と、首を横に振った。
「私は、あくまで同じ第七世代魔術回路を持つファナちゃんを守りたいだけ。魔術の進展を望んでってのもそうだけどさ……この子には私と同じような、辛い人生を歩んでほしくないからね」
女性の発言がどういう意味を含んでいるかも分からないし、そもそも真実である保証も何もない。
けれど、女性はそこまでを述べた上で、私とアマンナちゃんから背を向けた。
これ以上は説明をする意味もない、と言わんばかりに。
「そろそろ帰るよ。もう君達の手に、フェストラ君が残した、状況を打破し得る鍵は握られてる。後は君達がどう行動するかだけだもん」
女性の身体が、段々と薄い粒のように拡散されていく。
その様子を見受けながら――私とアマンナちゃんは、女性の言葉を聞き続ける。
『クシャナちゃん、貴女はなんでこの世界に転生を果たしたか、よく考えなさい。そして、今このグロリア帝国で何が起こっているか――きっとフェストラ君は、その辺りまで見通す為に頑張ってるからね』
それ以降、女性の声は聞こえなかった。





