帝国の夜明け-09
「コイツは一体、何が目的で」
疑問を口にしながら、しかしまずはファナを安全な場所へ避難させる事が必要だろうとしたガルファレットは――そこで再び扉の向こうから、三人のゴルタナを装備した者達が銃を構えながら、室内へ突撃してくる様子を捉えた。
「動くな」
どうやら内の一人がそう言葉を発したようだが、誰が発した言葉なのかを理解する事は出来なかった。
全員、同じ黒い装甲を身にまとい、姿どころか顔を見る事も出来ない。
ガルファレットが戦闘に長けている騎士と言えど、ゴルタナを展開した三人――それも全員が武装をしている状況で下手に抵抗をすれば、ファナにも流れ弾が当たりかねないと判断、両手を上げて無抵抗を示す。
「ガルファレット・ミサンガだな」
「そうだ」
「フェストラ・フレンツ・フォルディアス、及びクシャナ・アルスタッドはどこだ」
ピクリと、眉を潜ませながら言葉の意味を考える。
この者達――ゴルタナを展開している連中は、第七世代魔術回路を持つファナを目的として行動しているものだと思っていた。
しかしそうではなく、フェストラとクシャナの両名を狙っているとなれば、どう動いて良いものかの判断もつきにくい。
「……何故だ?」
「答えろ」
「既に帰宅しているのではないかと思うが? 貴様らの様な人間は教養を受けられず分からんかもしれんが、既に下校時刻であるが故な」
「理解している。それに――教養もそれなりにあるつもりだ」
二人のゴルタナ展開者の間に居た一人が、ゴルタナの展開を解除して、その生身を晒した。
黒の髪の毛を全て逆立て、その無骨な表情と長く整えられていない無精ひげを生やした男性だった。
彼は宙に浮かんだ正方形のキューブ……展開の成されていないゴルタナを掴み、ポケットから一本の煙草を取り出すと口に咥え、指先に点火した炎で、煙草の先端に火をつける。
そして――ガルファレットには、その顔に見覚えがあった。
「まさか、貴方は……何故、何故こんな事をっ!?」
ガルファレットの驚きを表現した声に、男は答えない。煙草の煙を吐きながら、今一度問う。
「フェストラ・フレンツ・フォルディアスと、クシャナ・アルスタッドはどこだと聞いている」
「お答えください。何故こんな、いや、そもそも貴方は今までどこに」
問いに答えず、それどころか質問に質問で返すように言葉を発するガルファレットに痺れを切らした男は、右足のホルスターから一丁のハンドガンを取り出し、彼の屈強な右足に向けて、発砲。
響く破裂音と共に撃ち抜かれた右足の腿、ガルファレットが痛みに耐えながらも足を下ろすと、その顔面に向けてつま先を振り込んだ。
足に受けた痛みと、顔面に響く鈍痛、その二つが襲い掛かる事で、地面へ伏せる他なかったガルファレットの頭を踏み、その上でハンドガンの銃口を、下方へと向ける。
「ぐ……ッ、」
「次は頭だ。……三度目は言わせるなよ」
「何故……何故……ッ」
頭を踏まれ、銃口を向けられ、それでもガルファレットは男の問いに答える事は無い。
煙草のフィルター付近まで吸い終わり、男は脳内でカウントダウンを開始した。トリガーに指をかけて、今まさに撃てる状況を作り出した上で――
少し離れた場所にある机から、ガタンと揺れるような音がした。
瞬間、ガルファレットがビクリと身体を動かした。見つかってはならない、とでも言いたげな表情と共に。
物音のした方に銃口を向けていた、男の連れた二人の兵士。ゴルタナを展開している彼らに、顎で「撃つな、見てこい」と指示をした男。
一人がアサルトライフルからハンドガンに持ち替えた上で、物音のした机へと向かう。
だが、何もない。男は念のため、別の机や教室全体を観察するが、生徒の私物らしきもの以外は見当たらず、首を横に振って「何もない」とジェスチャーした。
「ここに何かあったのか?」
それにしては先ほど、ガルファレットは強く反応を示していた事が気がかりだと、男が問うと、ガルファレットが頷いた。
「……最近、この教室に住みついている野良猫がいまして、それかと。ただ、自分は猫が苦手なのです」
「そうか」
興覚めだ、と言わんばかりに銃へ安全装置を施し、ホルスターに仕舞い込んだ男は、ガルファレットの身柄を押さえるように、ゴルタナを展開した二者へ命令し、その上で教室を後にする。
「歩け」
ガルファレットの巨体を軽々と二人で持ち上げ、彼を連行していく兵士たち。
ガルファレットは、その者たちに気付かれぬよう、安堵の息を吐きながらも――机に隠していただけのファナがどこへ行ったか分からず、困惑するのだった。
**
フェストラが特殊準備棟の一室に展開した空間魔術内で、彼と私……クシャナ・アルスタッドの両名が口喧嘩した後の事である。
マナの無駄だとか何とかで、既に空間魔術の展開を解除して過ごしていると、放課後の時間にまでなってしまった。
アマンナちゃんとヴァルキュリアちゃんの、グテント偵察からの帰還を待つとして、会話も無くボーっとしていた時――フェストラがふと、何か異変に気付くよう、顔を上げて目を細めた。
「? どうしたのさ」
「特殊準備棟の扉が開いた」
「アマンナちゃん達じゃないの?」
「いや、鍵も用いずに無理矢理ドアをこじ開けた感じだ」
何故、フェストラがそんな気配を読み取れるかどうかは別として、特殊準備棟の扉は施錠が成されている。
オートロック方式で、出る時にも入る時にも鍵を開けないと入れない。
その扉を無理矢理こじ開けたと言う事は、少なくともこの教室へと訪れる予定だったアマンナちゃん達や、他の生徒でも無いだろう。
つまり――招かれざる客、という可能性もある。
今度は私にも足音が聞こえた。あまり足音を鳴らさぬようにしているようだが、しかし木造建築の校舎であるが故に音が響いてしまうのだろう。
その足音は幾多も存在し、私たちのいる教室まで近付きながらも、一つひとつの教室を探る様に扉を開く音もする。
フェストラはきっと、一瞬の内に色んな思考を回したのだろう。
僅かに冷や汗を流しながら顎に手を当て、その上で現状最適と思われる対処をしようとした所で……私に指を向ける。
「庶民」
「何だい?」
「十五分後に出られるようにしといてやる。しばらくはお前の判断で動け」
は、と口を開く前には、向けられていた指がパチンと音を奏でた。
再び展開される空間魔術、しかし空間魔術内に入るのは私のいる半畳分までで、フェストラは空間魔術内に入る事は無い。
「何を――っ!」
私の声は届いていないと言わんばかりに、フェストラが扉から少し離れた所の机に腰掛け、ゆっくりと身体を休めている。
そんな教室内に、扉を蹴破りながら侵入を果たす何者かが二人。
二人とも漆黒の鎧にも似た装備をつけていて顔も分からなければ、その手に持たれているのは……あまり銃器に詳しくない私でも、見た事がある。
「……AK-47……!?」
かつてソ連軍が正式採用していた自動小銃で、過酷な使用環境においても信頼性と耐久性を兼ね備えていたとされる銃器に酷似している。
生産性にも大きく優れている上に上記の特性を持つ事から、バリエーション派生も多く存在したらしいし、ソ連だけでなくあらゆる軍隊や武装勢力などにも使用されたらしい。
――だが、何故アイツらは、AK-47を、地球じゃないこの世界で所有している?
グリップに右手を、左手で銃身を支えながら構える鎧を着た男たちは、トリガーに指をかける事無く、フェストラに問う。
『フェストラ・フレンツ・フォルディアスだな』
『頭が高いぞ。何者だ貴様ら』
普段の彼らしく、大仰な態度でそう問うたフェストラに、コレが返事だと言わんばかりにトリガーを引き、三発の銃弾を彼の足元に発砲した。
瞬間、彼も言葉を引っ込めた上で……両手を上げて、無抵抗を示す。
『利口だな。……クシャナ・アルスタッドはどこだ?』
『……誰だったか……ああ、あの庶民か』
あの野郎、私がここにいない事を示す為とはいえ、私の名前を忘れた風にしないでもいいじゃないか!
しかしまぁ、肝が据わっている。下手に抵抗すれば何時撃たれるか分かったものじゃないのに冗談を言うとは、アイツこの状況さえも先読みしてるのか?
『アイツとは学外で落ち合う予定になっていたが、今どこにいるかは知らんぞ』
『嘘をつくな。学内でお前と行動していたと証言もある』
『一時間前までは確かにここで話をしていたが、既にアイツと話を終えて一度解散した。それ以降アイツがどこへ行ったかは知らん。――気に食わん回答ならば撃てばいい。撃てるものならな』





