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帝国の夜明け-07

 時は一時間ほど遡る。


アマンナとヴァルキュリアにファナの護衛を頼まれたガルファレットは、その大きな体を魔術学部校舎へと向けて歩かせていた。


屈強な彼は実に目立つし、幅も取る。故に多くの生徒が彼を避けていく中で――ガルファレットは魔術学部三学年の教室に辿り着くと、ノックをしてから入室し、ファナ・アルスタッドの席へと真っすぐに向かっていく。



「アルスタッド、少し時間を貰えるか?」


「ふふぇ?」



 どうやら同じクラスの女子たちからお菓子を貰っていたようで、リスやハムスターのように頬袋一杯にお菓子を詰め込まれていたファナ。


周りの女生徒たちも「え、何この筋肉ダルマ」と口にしていたが、ガルファレットは内心 (筋肉ダルマ……)と傷つきながらも平静を装った。



「昨日はウチの生徒を治療してもらって助かった」


「……えっとぉ」


「ヴァルキュリアだ」


「あっ! ヴァルキュリア様のクラスの担任の先生っ!」



 どうやらガルファレットの事を覚えていなかったようだが、ヴァルキュリアの担任と言えば納得してくれた。



「礼をさせて欲しい。丁度いい茶葉と茶うけが手に入ってな。美味い菓子だ」


「え、美味しいお菓子ッ!? 行きます行きますッ!」



 じゃあゴメン行ってくるねーっ! と元気にクラスメイトへ手を振りながら、ガルファレットさえも置いて教室から出ていこうとするファナに……クラスメイトたちは苦笑した。



「……その、先生?」


「……なんだ?」


「あの子に、知らない人からお菓子あげるよって声かけられてもついていかないようにご指導お願いします」


「俺もそうしようと思っていた所だ」



 廊下でワクワクと目を輝かせながらガルファレットを待つファナ。彼はファナを連れて剣術学部五学生の教室まで行くと、適当な椅子に腰かけさせ、用意していたティータイムセットを取り出した。



「すまないな、わざわざこんな所にまで来てもらって」


「いえっ! あの、それよりお姉ちゃんとヴァルキュリア様は……?」


「あー……六学生の生徒と、校外学習だ。俺は留守番でな。暇だった事もあり、この時間を使ってお前へ礼をしようとな」



 適当な言い訳をしながら、ガルファレットは手際良く、紅茶を淹れていく。


 優雅な香りが、ささやかに鼻孔をくすぐるような感覚がした所で、ガルファレットは事前に用意していた、サンドイッチ、スコーン、マカロン、小さなケーキが美味しそうに並ぶケーキスタンドを、教室に備え付けられた保管庫から取り出した。



「昨日はあれから、ヴァルキュリアに護衛をして貰っていたそうだな」


「あ、はいっ! えっと……フェストラさんって人から、アタシを守る為、みたいですっ」


「クシャナの言い訳だな……確かにフェストラは褒められた生徒ではないが、婦女を狙うような奴でもない」



 紅茶を淹れられるようになるまで、少し時間がかかる。その間に、クシャナがファナへした嘘を訂正する為、席を一つ挟んで会話をする事に。



「実際に君を狙っているのはフェストラじゃない。何故そんな嘘をクシャナがついたかは分からんが、恐らくは目に見える脅威じゃないと君を納得させられないと判断したからではないか、と思う」



 実際には「フェストラの野郎を困らせてやりたい」以上の理由では無かったのだが、ファナもガルファレットも彼女の真意を知り得ない。故に好意的な解釈をした。



「えっと……じゃあアタシを狙ってるのって、誰なんですか?」


「正体までは分からんが、最近になって有能な魔術師を狙う輩が多く存在してな。君の治癒魔術は実に見事だった。ほとんど再生魔術と言っても良い程に。その力量を見たヴァルキュリアとフェストラが、君を護衛した方が良いと判断したわけだ」


「でもアタシ、成績も全然良くないし、治癒魔術位しか出来ないんですけど……」


「成績はそうかもしれないな。調べさせて貰ったが、確かに君の成績はお世辞にも、褒められた成績ではなかった」



 客観的事実を述べられ、うぅ……と唸るファナだったが、しかしガルファレットは首を横に振る。



「しかし治癒魔術の技量に関しては、俺も手放しで称賛する。昨日フェストラが切った腕を、三十秒とかけずに治療を終えた君は、既に一級の衛生魔術師と言っても良い」


「あ、ありがとうございます」


「所で気になっていたのだが……あの時口にしていた【イタイノイタイノ・トンデイケ】……とは何なのだろうか? 聞かん魔術詠唱だと思ってな」



 先日、ファナがフェストラの傷を治癒魔術で治す際に、口にしていた言葉がガルファレットから飛び出て――ファナは顔を真っ赤にしながら、驚いた。



「あ、アタシそれ言ってました!?」


「言っていた。確かに魔術詠唱は、当人の心象作用が起これば良いとされているから、どんな言葉でも構わん筈だが、それにしてもどんな言語とも一致せんと思ってな」



 通常、魔術を用いる際には二つの発動方式が存在する。一つが【詠唱方式】で、もう一つが【短縮詠唱方式】だ。


 短縮詠唱方式は、事前に外部魔術媒体や魔術回路そのものに、詠唱や魔術式等を書き込み、それを読み込む事で瞬時に発動させるものだが、大規模な魔術になればなるほど、発動が難しくなり、また発動したとしても実際の出力は詠唱方式に及ばぬ事が多い。


魔術詠唱は決められた文言を放つものではなく、自分の心や頭に浮かぶ文言を唱える事が重要とされている。時に支離滅裂な言葉になっている魔術師も少なくないのだとか。


 その代わり、短縮詠唱方式と比べて詠唱時間が長ければ長い程、発動させた魔術の効力は高い。故に戦時等は短縮詠唱を、それ以外では魔術詠唱にて使役する魔術師も多いと聞く。


 恥ずかしそうに顔を赤くしたファナだったが、礼をしようとしてくれているガルファレットの問いに答えぬのもどうかと考え「お、お姉ちゃんには内緒で……」と断りを入れてから、語り始める。



「そ、その……昔のアタシ、おっちょこちょいで、よく転んで怪我をしていたんですけど……膝をちょっと擦りむいちゃった時とか、あって」



 そんな時、クシャナが何時も転んで泣き叫ぶファナへ近付き、傷口や打った頭などに触れながら、その言葉を唱えてくれたという。



『痛いの痛いの、飛んでいけーっ!』


『……おねえちゃん、それ、なに?』


『痛いのをどこかに吹っ飛ばす、魔法の言葉だよ。お姉ちゃん、本当は魔法使いなんだ』


『まほうつかいさん?』


『そう。ほら、ちょっとずつ痛みが引いてきただろう?』


『え……あ、うんっ! まだちょっといたいけど、だいじょうぶっ!』


『ふふ。お姉ちゃんは凄いだろう?』


『すごいっ! おねえちゃんすごーいっ!』



 今思えば、なんて騙されやすい子供だっただろうとファナも思う。


元々、膝を擦りむいた時の痛みなど、そう大したものじゃない。それでも子供ながらに痛みを感じ、泣いてしまいたくなっている所に、魔法の言葉といって気を紛らわせた結果、泣き止んだだけ。


本当の魔法使いなら、痛みをどこかへと飛ばすだけでなく、傷も治してくれている筈だろう。何であればその後、傷跡を消毒しようとしたクシャナの手際が悪くて痛かった事の方が多かったとも覚えている。



――それでも、その時のファナには、クシャナが本当の魔法使いに見えたのだ。


小さい頃のファナを、何時も笑顔にしてくれた、優しい姉の姿を見て――ファナは『お姉ちゃんみたいな魔法使いになりたい』と思えたのだ。



「だから、何か治癒魔術を使う時とか、本気で魔術を展開しようとする時は、その言葉が出ちゃって。……子供っぽいから、お姉ちゃんには知られたくないんですけど……うー、恥ずかしいーっ」


「そうか。……微笑ましい話だ」



 ファナが語っている間に紅茶を淹れる事が出来たようで、ガルファレットはカップに紅茶を注いでいき、ファナへと差し出した。



「魔術師の多くは優秀であれば優秀であるほど、研究する事しか頭に無い狂人が多い。そんな中で、幼い頃の目標を大切にする若き魔術師というのは、個人的にも好ましい」


「で、でもアタシ、ホントに治癒以外は全然で……その、もっと色んな事出来たらいいなぁ、なんて思っちゃうんですけど」


「君の身の上話を聞いたんだ。俺の身の上話でもしようじゃないか。……オッサンの身の上話ほど、聞いてて面白くないものはないと思うが」



 懐から、一枚の写真を取り出したガルファレット。


最近はカラーでの印刷も出来るようになっている写真機が多い中で、彼が取り出した写真は白と黒のインクを用いて出力する、モノクロのものだった。


 写真には、今とそう変わっていないガルファレットと……彼の押す車椅子に腰掛ける、温厚な表情を浮かべる老婆がいた。



「三年前の写真だ。他国で撮影した為、写真機にモノクロ写真機しかなかった事が悔やまれる」


「このお婆ちゃんは?」


「俺が仕えていた、帝国魔術師――シガレット・ミュ・タース様だ。全盛期の頃は第七次侵略戦争にも参加していたらしい」



 第七次侵略戦争とは、グロリア帝国の周辺に存在する七つの国……現在は属領扱いとなっている国の内、ナトラスという小さな国ながらも軍事力の発達していた国を侵略する為に、グロリア帝国が出兵を行った戦争だ。


現在から七十年以上前の侵略だが――この侵略は計七つある侵略戦争の中で、最もグロリア帝国側が苦戦を強いられた戦争だった。


当時から魔術師と騎士によるツーマンセル戦法は採用されており、剣術に関してはグロリア帝国の方が有利であったが、魔術に関して言えばグロリア帝国側がまだ発展途上であった事、加えてナトラス側には優秀な魔術師が多く存在した事から、魔術師による攻撃が無力化されてしまう事が多かった。


故にグロリア帝国側もナトラス側も多く人的被害を被り、最後には国力の差でグロリア帝国が侵略に成功したという。

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