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帝国の夜明け-04

 ハ? と思わず声を出した私と、アシッドを生み出す箱を投げて遊ぶフェストラの、意見が食い違う。



「今回の事態は、グテントが技術を生み出し、どこかの軍拡支持派組織に、この箱を流通している可能性もある。そしてその流通情報がグテントに残っているとは考え辛い。流通元を捕らえた所で、流通先を捕まえる手立てがなくなるのは面倒だ」


「もし流通経路や流通先の組織があるとしても、今は一刻も早く、アシッドの製造を止めるべきだろう?」


「グテントを検挙すれば、そいつらが技術を持って身を潜めてしまう。そして時間を開けて、グテント以外の企業や研究機関を使って製造に着手させるに決まっている。もっと頭を回せ」


「一時の被害を無くす事は出来ると言ってるんだよ!」


「長期間に亘り多く被害を出さぬ為に必要だと言っている……!」



 頭では理解している。フェストラの考えは正しい。確かに製造元を潰しただけでは、敵を完全に潰えた事にはならない。それは分かる。


けれど、これは薬物取引でのネズミ捕りや、ヤンチャ小僧共を動かしてるヤクザを検挙する事とはわけが違う。


アシッドと言う存在の多くには見境が無い。そして多く喰えば多く喰う程に、奴らは手が付かなくなる程に凶暴化と強化を繰り返す。


例え対策が後手に回ったとしても、一時の被害を少なくした上で少しずつ大本に近づく事も必要であると、コイツは理解していると思っていた。



「……オレも、お前の言いたい事は理解出来る。しかし、事態はそう簡単じゃない」



 フェストラの、相手を立てるような言葉を聞いたのは初めてだ。


故に私も口を閉ざしてしまうし……そうして口を閉ざした事で、フェストラはようやく理性的になったかと言わんばかりにため息を吐き捨てる。



「三つ、オレがこうしなければならんと言う理由がある」


「三つも?」


「一つはハイ・アシッドの存在だ。これまでオレは、アシッドがただ闇雲に民を襲うだけの低知能だと考えていた。故に敵……軍拡支持派もアシッドを、国内情勢の混乱化をさせる為の手段に用いていると考えていた」


「……けれど、ハイ・アシッドという存在をもし敵が認識している場合は、違うという事か」


「ああ。確かに敵がただ国内情勢の混乱を突いた内乱を引き起こす事が目的なだけなら、早々にアシッドの製造元を潰した方が良い。何せ混乱させる方法を一つ潰すという事だ。手が早い方が好ましいだろう」



 だが、もし敵が国内情勢の混乱だけでなく……ハイ・アシッドの製造を目的としていれば、違うという。何が違うのか、今の私には分からない。


ハイ・アシッドを作り出す為に一番手っ取り早いのは、アシッドの肉を同じアシッドに捕食させ、その上でハイ・アシッドに進化させる事……所謂共食いをさせる事だ。


つまりハイ・アシッド製造を一番邪魔する手立ては、やはり製造元を早期に潰す事が最適だと思うのだけれど。



「二つ目。これまでの状況から、ある程度のハイ・アシッド製造は完了していると見ていいだろう」


「どうしてそう言えるんだ?」


「これまで遭遇してきたアシッド、その内の二体は、お前曰く『ハイ・アシッドに近しい』存在だったからだ」



 私が遭遇し、倒したアシッドは三体。


一体目……シルマレス・トラス。私とフェストラ、アマンナちゃんの三人で遭遇したアシッドであり、彼は自我を、意識を有していたとは思えない。最もポピュラーなアシッドだった。


けれど二体目……グラバー・ファム。私とヴァルキュリアちゃんが、アルステラちゃんとの一件で出会ったアシッドは、僅かながらに自我を有していた。私は珍しいタイプだと言ったけれど、アレも多くアシッドを喰い、かつ人肉も喰らいと続けていたが故に、そうなっていた可能性も高い。


そして昨日の三体目……トラーシュ・ブリデル。彼はアシッドへ変質を果たした後も、自我を有した状態であった。思考を回す事はどうにも難しかったようだが、それでも自分の使命や役割に沿いながら、目的を果たそうとする考えはあったようだし、ほとんどハイ・アシッド一歩手前だったと言っても良い。



「分かるか? 敵はハイ・アシッドになりかけていた奴さえも先兵としていた」



 敵がもしハイ・アシッドの製造を目的としている場合、ハイ・アシッドになりかけていたトラーシュ・ブリデルを先兵として使う筈もない。


もっと彼に安全圏で人肉か、アシッドの肉を捕食させて、ハイ・アシッドへの進化を遂げさせた筈だ。


だがそうしなかった。それは――トラーシュ・ブリデルというハイ・アシッドになりかけている奴さえも使い捨てに出来る程、既に行動を終えているからだと言うフェストラの仮説は、確かに正しいのかもしれない。



「トラーシュ・ブリデルよりも鮮明に自我や意識を保ち、食人衝動をある程度抑える事の出来る……人里に降り立っても問題無く行動が出来る、最強のテロリストを、幾体も作り上げ終えている可能性が否定できん」


「……でも、先兵としてのアシッドも最悪の敵だ。その製造ラインを潰すのは必要だと思うけど」


「最後まで聞け。……三つ目の理由は、お前だよ庶民」



 指を向けられ、私は思わず「私?」と繰り返してしまう。



「お前は人間を喰う気も、何であれば動物性たんぱく質の補給をしようともしない。ハイ・アシッドの中では最弱な存在と言ってもいいんだろう?」


「……そう、だね」


「だがオレ達対策チームはお前しか、アシッドの対処ができる人材を持っていない。長期戦となればなるほど、不利になるのはオレ達だ。今の肉を喰いたがらないお前ならばなおさらだし、お前が肉を喰うようになっても、長期的な作戦において不利である事に変わりはない」



 もし、アシッドを使役する組織……軍拡支持派の連中が、今よりも身を潜めて身柄を押さえにくくなっている間に、ハイ・アシッドの製造に注力し、より強大なハイ・アシッド集団を作り出したら……確かに、私一人では対処等出来ようもない。



「勿論、今後も被害を可能な限り抑えるべく努力は続ける。しかし、本当の意味で被害を最小限にする為には、大局を見誤る事は絶対に許されない。分かったか、頭の回らん庶民が……っ!」



 ここまでフェストラが怒る理由は、私の思考が至っていなかったからだけではない。


コイツは、私の「肉を喰いたくない」という意思をある程度尊重してくれた上で、それでも出来る事をやろうとしていた。


被害を最小に抑える為、一見すると非人道的な方法でも取らざるを得ないこの状況……それは、私が一端を担っていたんだ。


それなのに……私は、私に出来る事をしないで、その上でコイツを責め立ててしまった。


本当に私は……頭の回らん庶民だったようだ。



「……お前さ」


「これ以上下らん事を聞くなよ?」


「何で、私に無理矢理……肉を食わせようとしない?」



 私が肉を喰いたくない理由は、あくまで昔を思い出すからだ。


食べられないワケじゃない。食べようと思えば美味しく頂く事も出来る。


なのにコイツは、先日私へ喰わせた肉以上に、肉を食わせようとしない。



「……お前、昨日肉を食っていた時の事、覚えてないのか? 自覚してないのか?」


「……いい気分じゃない、って事位だけど」


「世界の終わりみたいな顔して喰ってるんだよ。表情を歪めて、咀嚼する度に泣きそうな顔して。……そんな奴に無理矢理、喰えなんざ言えるか」



 鼻を鳴らしながら、苛立ちを隠さずに表情に出すフェストラに――私は頭を下げる。



「ごめん。感情的になり過ぎた」


「分かれば構わん。……しかし、お前の言う事にも一理ある。製造元を早々に潰せんからこそ、お前には馬車馬のようにアシッドを狩ってもらうからな」


「……はいはい」



 素直に頭を下げた事は失敗だったかもしれないけれど、少なくともコイツは――人の嫌がる事はしない、させないという、いっぱしの倫理観は持ってくれている。


ならば、もう少しコイツの指揮についていってもいいかもしれない。


そんな事を思いながら今後についてを話し合おうとした、その時だった。



事件が起きたのだ。



**



グテントは工業区画の一角に、その本社と研究施設を併設している。敷地としてはそれほど大きくはないが、地下に魔術工房を設けている為、魔術的な防備が敷設されている。


グテント本社の扉を開け放ち、フロントにいる受付の女性に咎められることなく、アマンナとヴァルキュリアは学院の制服のまま、進んでいく。


ヴァルキュリアがポケットから取り出したカードキィを、認証システムにかざすと、扉に施されていた施錠が解除された。


開かれた扉の先には、近代的な魔術工房が広がっていた。前面を白で覆った空間、その中に一歩入り込んだだけで、ひやりとした空気が背筋に触れたような感覚。


ヴァルキュリアは息を呑みながら――しかし、自然を装って、今隣を横切ったグテントの社員に目をくれる事も無く、前へ進む。



(……凄いであるな)


(良い効能でしょう?)



 ヴァルキュリアがポケットに入れている、先ほど施錠解除にも用いたカードキィ型デバイスは、一種の認識阻害魔術を展開する、小型の魔導機であるが、その魔導機内部で動作を終わらせる関係上、魔導機外部に魔晶痕等の魔術痕跡を残す事がないというもの。


その為大変お高いものであるそうだが――驚いた事に、この魔導機を使用しているのはヴァルキュリアだけで、アマンナは魔術的な干渉を一切行う事無く、ここまでついてきている。


通常であればフロントの受付に止められても、先ほど横切った社員に声をかけられてもおかしくない中で、彼女は何の手品も無しに乗り切ったというわけだ。

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