帝国の夜明け-03
ねぇ最近の私ってフェストラと一緒に行動している事多くなぁい?
私ってばマジでコイツの事嫌いなのにー、結構な頻度で一緒に歩いている所を周りに見られてて、付き合ってるんじゃないかと勘違いされるとマジで困るんですけどー。マジでキレる五秒前っていうかー。
おおっと、いけないいけない。つい九十年後半代のギャルみたいな話し方をしてしまった。ギャル語ってかなり早く移ろいゆくから、MK5って今の地球でも使われているんだろうか謎だけど。
さて本題に入ろう。私は現在、フェストラに連れられて教室を出て、授業中である筈の剣術学部校舎を後にした。
「どこに行かれるんです、フェストラ様」
「良いからついてこい」
有無を言わさぬ態度は相変わらずだ。コイツについていれば教師とかから止められる事も無いし良いのだけれど、コイツは私を引き連れてる事が多いのを噂されたりしてないのだろうか?
「お前のような庶民とそんな噂が流れる筈ないだろう」
「何で私の考えてる事見抜けるんです?」
「丸わかりだ阿呆め」
中庭の道を通り抜けながら、フェストラが進んでいく先は、魔術学部でも剣術学部でもない、もう一つの校舎だ。
特殊準備棟と呼ばれる校舎で、正直この校舎には何があるか、私も詳しく知らない。恐らく私以外の生徒も、多くはそうだろう。
「聞いても良いでしょうか、フェストラ様」
「特殊準備棟は、魔術工房に関する授業を行う際に用いられる」
私の問いを分かっていたように、先んじて答えるフェストラに、私も手間が省けて助かる。
「魔術工房って言うのは、魔術師が魔術の研究とかする時に用意する場所って事ですか?」
「ああ。例えばオレなら周囲に影響を与えかねない空間魔術を使役する際のテストに用いる。つまり、この校舎内では何を仕出かそうと、外部に影響が漏れ出す事が無いようにされている、というわけだ」
「そりゃまた凄い。まるで校舎自体が特殊な魔術で出来上がっているみたいだ」
「よく分かったじゃないか」
クク、と笑いながらその通りだと認めたフェストラに、私も少し驚いた。適当に言ったのに事実だったのだから驚きもしよう。
「正確に言えばこの校舎自体が魔導機なんだよ。外界へ一切の影響を漏らさない特殊空間を作り出す魔導機で、世界中でもこれだけ大掛かりの魔導機を開発したのはグロリア帝国だけで、レアルタ皇国のカルファス姫でさえ開発していない」
「カルファス姫って、ゴルタナとかいうのを開発していたレアルタ皇国の皇族ですよね? そりゃお姫様なんだからそんなの開発しないでしょ」
「いや……正直しかねんぞ、あのお姫様なら。一度会ったが、魔術への傾倒具合が酷くてな。二度と会いたくない」
フェストラの青白い表情は珍しい。是非一度そのカルファス姫にお会いして、コイツをもっと青白くしてほしいモノだ。
他の校舎と違い、常時施錠してある様子の特殊準備棟の扉を開き、フェストラが重い扉を開け放つ。
すると――何か空気が異なる、異界のような雰囲気を醸し出す、冷たい風が奥から抜けて、私もちょっと怖くなってきた。
「安心しろ。この校舎自体に、そほど神秘性は無い。だが他の魔術師が使用している場合は気を付けて進め。どんな魔術を使ってどんな魔境に変化しているか分かったものじゃない」
面白そうに述べるフェストラ。とは言っても、現状では他の生徒は利用していないそうだ。
「まぁ、そういう時間を見計らってきてるからな」
「……つまりここなら、タメ口で喋っても良いって事?」
「ああ。オレもお前の整っていない敬語が若干息苦しくなってきた」
「フェストラのへんたーい。おっぱい好きー。幼女趣味ー」
「お前を永遠にここへ閉じ込めてやろうか?」
「冗談だよ」
中へ入ってみると、感覚は何か異界という雰囲気を覚えこそいるけれど、案外普通の木造建築校舎と言っても良い。
入り口を通るとすぐに廊下があって、廊下にはいくつかの教室が用意されている。
フェストラが進んでいくのは、一番奥にある教室らしい。彼の歩幅に合わせ、若干距離を開けるように進んでいく。
「それで、なんでここに?」
「アマンナの調査結果を知らせると共に――やはり人目がありそうな所で会話をする事は今後控えた方が良いだろうと判断し、学院側を買い取って、あの教室をオレ達が常時使えるように抑えた」
辿り着いた場所は、特殊準備棟七教室と呼ばれる部屋。
鍵も何もついて居ないドアを開けても、普段私たちが授業している教室と同様の間取り、同様の机が用意された教室だ。
「ここなら喋っても特に問題無いって事?」
「いや、ここならじゃない。……もうひと手間、加えよう」
パチン、と指を鳴らしたフェストラ。
瞬間、教室の景色が消えて無くなり、教室の間取り分、白く、何もない空間が広がっていき、私は思わず息を呑む。
「な、何コレ」
「空間魔術だ。簡易的な部屋だが、ここなら誰の盗聴も鑑みる必要は無い。何せオレが指定した人物以外入れないからな」
「けどそんなの、例えば私たち五学生の教室とかで展開してもいいんじゃないの?」
「空間魔術内に入れずとも、空間魔術を展開しているという痕跡を残す事になり、高位の魔術師にも展開を気付かれる。ここなら教室の一歩外からは痕跡さえも漏れ出さないようになっている」
加えて魔術の痕跡が残ってしまったとしても、魔晶痕と呼ばれる魔術の指紋みたいなのが大量に残ってるここだと、誰が何時どこでどんな魔術を展開しているか調べる事なんて無理なんだとの事。
なるほど、内緒話をするには、ここにフェストラの作り出した空間魔術とやらが最適というわけか。
「先に軽く聞いておこう。庶民、お前……というかお前の母親、レナ・アルスタッドはグテントの株を三百株所有しているな?」
「え? なんでそんな事知ってるの?」
「調べた。というか、アマンナがグテントの事を調べている内に分かった」
フェストラがそこから語っていくのは、グテントが元々早期定年を迎えた帝国魔術師の天下り先として利用されている企業である事や、農産省における農業自動化を推し進める動きにグテントがねじ込まれた事、そうした背景からグテントは元帝国魔術師の人間を管理できておらず、またそうした人間には軍拡支持派が多い、という事を聞き終えた。
「なるほどね。グテントが……というよりグテントお抱えの魔術師達と、その研究機関がアシッドの製造に関与している可能性が高い、というわけね」
「レナ・アルスタッドがグテントの株を所有している理由は、お前の差し金と見て良いな?」
「ああ。今こそ高くなってるグテントの株価、昔は一株十トネル位の下限値でレンジ相場を形成していたからね。高くなった今も配当と株主優待を目的に三百株残しておいて、いざという時に売れるよう残してある」
「お前はそうした、帝国魔術師の天下り先だという情報を仕入れていた、という事で良いのか?」
「うん。ファンダメンタルズ分析って言ってね、テクニカル分析……株価の推移とかと企業内の情報を照らし合わせると、企業の内情に合わせた株価変動と言うのはいずれ起こり得る」
可能な限り農産業用魔導機メーカーの企業広報を集めて、その中でも「優秀な魔術師を集めた」と大々的に広告していたにも関わらず、株価の推移が思ったように上へ伸び上がらずに同じような値段を往ったり来たりするレンジを形成していたグテント。
そんなグテントが雇った魔術師達は、帝国魔術師として名を馳せていた連中ばかり。
これは帝国政府との繋がりがある、恐らく農産業自動化に際して関係があると踏んだ私は、グテントが将来的に政府から何か恩恵を受けると考え、お母さんへグテント株に全額投入させた、というわけだ。
「投資家の真似事か」
「真似事じゃなくて、これでも前世では投資家だったんだよ。個人でやってたけど」
「ならば個人投資家、株主のお前から見て、最近のグテントはどうだ?」
「低迷してるね、間違いなく。今はまだ株価が許容値で推移してるから売ってないけど、一株当たりの配当利益が減りそうな決算結果となったらすぐに売る」
「そうだ。グテントは今、低迷している。今までは農産省を相手に既得権益で生き残る事が出来ているが、新技術の開発には失敗、農耕用機材しか手を出してこなかった関係上、個人や他企業への営業が上手くいかず、また天下りしてきた魔術師は管理が立ち行かない……ボロボロだよ」
コイツは別に、私の持ち株を心配しているわけじゃないだろう。
そして私もそこまで馬鹿じゃないと考えている。
「……ほぼ確定?」
「ああ。アシッドの製造技術に関しては、グテントが関与しているとみて間違いないだろう。問題はコイツだ」
先日、私が相対したアシッド……ほぼハイ・アシッドになりかけていた、トラーシュ・ブリデルという男性が用いた、人差し指サイズの箱にも見える、機材だろう。
「コイツの中にはアシッドの因子と思われる細胞核が無数に仕込まれていた。先端を肉体に刺し込むと、そこから因子が侵入し、肉体情報を変質させるようだ」
「……実験したのか?」
「残念な事に動物実験だがな――コレだ」
パチン、と指を鳴らした瞬間、今いる真っ白な空間に裂け目のような穴が出現し、そこから強固な檻が落ちてきた。
檻の中には、随分と暴れまわっているマウスがいて――それは私やフェストラを見ると、何とか檻を破壊できないかと言わんばかりに、小さな体を檻にぶつけている。
「コイツに残されていた魔晶痕を検査した所、元帝国魔術師、現グテント所属のファスタリック・ナ・パルマの魔晶痕と一致。言うまでも無いだろうが、ファスタリックは軍拡支持派の人間だ」
「ならもう後は、グテントが持っているだろう、その箱の製造所を取り押さえれば良いだろう?」
「いや――製造所の場所を把握する所までは、アマンナとリスタバリオスの二者に任せているが、グテントはしばらく泳がせる」





