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帝国の夜明け-02

 アマンナは生まれた時から今まで、役割に沿った生き方を強制され、そして彼女自身も、その生き方に対して疑問を抱く事は無い。



「それで、役割に従うアマンナ殿は、フェストラ殿と相対した拙僧の事を殺したいと思っている、というわけであるか?」


「……いいえ。フェストラさまに怪我を負わせた事を、怒ってこそいますが……貴女は、フェストラさまにとって、必要で、優秀な人……」


「歪な事であるな。既に狂信か盲信の域である」


「貴女に、言われたく……ありません」


「であろうな」



それはそうだろうと、ヴァルキュリアも理解せざるを得ない。


ヴァルキュリアもまたそうであったから。


父に生き方を強制され、そうした生き方をする事が正しいのだと、別の角度から家族という存在や将来と言うモノを見た事は、一度も無かったから。




「それで、何の用であろうか。何もないのであれば、一人で集中させて欲しいのであるが」


「……少しお話が、あって」



 しかし、ずっと目の前に立たれていても気分が悪い。ヴァルキュリアは彼女の隣に立ち、アマンナもそれを決して咎めはしない。



「ファナ殿を狙っている組織について、何か進展はあったのであろうか?」


「……少しだけ」


「ほう。それはなんであろうか」


「とは言っても、無いに等しいです……学院内の教員や生徒に……疑わしい者が、居ないという程度で……」


「確かに、後退では無いな」



 学院内の教員や生徒に疑わしい者がいないという事になれば、確かに進展はなくとも後退も無い。何せファナの安全に関する情報が一つ増えたという事になる。


現状はファナを守る為に専守に徹底せねばならぬ状況であるが故に、一つでも安全圏が確保される事は重要だ。



「どっちかというと……アシッドに関する事の方が……分かりました」


「軍拡支持派による犯行であると、断定できそうなのであるか?」


「断定は……出来ませんが……ヴァルキュリアさまは、魔導機製造メーカーの、グテントという企業を、ご存じでしょうか……?」



 そのメーカー名にどこか聞き覚えがあるな、と考えたヴァルキュリアは、ふと先日クシャナとした会話を思い出す。


グテントは、クシャナが六歳の頃に、レナ・アルスタッドに指示して株を買わせたメーカーの筈だ。頷くと、アマンナは「意外と物知りさんですね……」と、ぱちぱち手を叩いてくれた。



「グテントは……軍拡支持派が多く在籍する……帝国警備隊の魔術師達が、天下り先として選ぶことの多い企業なんです」


「天下り、であるか。一般層の就職難が顕著となる時代に、良く出来るものであるな」


「ちょっと、誤解が……三十を過ぎると、魔術師はどうしても、魔術に衰えが訪れますから……五十となると、もう警備職は、出来なくて……でも技能に冴えはあるので……魔動機開発が出来る、有能な人が、引き抜かれるって感じです」



 グテントとしても有能な魔術師を囲い込み、魔動機開発に従事させる事が出来るし、魔術師側は持ち得る技能によって職を得て、研究に勤しむ事が出来る。


一般的に給与のみを目的とした、官僚による天下りと異なり、適正技術を持つ存在が技能を買われた結果にそうなる事を、悪しき風習と同一にする事も如何かと、アマンナは首を傾げる。



「あ……話が逸れちゃいました……ごめんなさい」


「否、拙僧の認識が誤っていたという事の訂正である故な」


「続けると……それだけグテントは、社内に軍拡支持派を多く抱えている事が、分かって……それも、技術力も、資金力も高い企業ですし、怪しいかな……と。それで、昨日はあれから内部調査をしてたんですけど……」


「……けど、なんであるか?」


「真っ黒、でした……いえ、アシッドがどう、じゃなくて……帝国政府との癒着……という面で、でしたけど」



 まずグテントという組織と帝国政府の繋がりは、約二十年ほど前にさかのぼる必要があるとされている。


当時帝国魔術師の一人として活動していた、現帝国王・ラウラが、数多くの魔導機開発メーカーに出向した事で、実力のある魔術師を囲い込む重要性に気付いた新興の魔導機メーカー・グテントは、帝国警備隊の早期定年魔術師の天下り採用に向けて動き出した。


帝国政府も、技能の問題でどうしても定年が早くなってしまう帝国魔術師を、年金で飼い慣らす事を疑問視していたが故に、天下り先に率先して手を上げるグテントの存在はありがたく、便宜を図る事とした。


便宜の内容は幾つもあるが、グテントの名を最も高く盛り上げた要因は、間違いなく十年前……農産省による農産業完全自動化に関する魔導機開発推進に、参入企業としてグテントを入れた事である。


当時のグテントは知名度として低く、株価等も低迷、常に下限値付近を往復していたりと、あまり業績の良い企業とも言えなかったにも関わらず、参入企業として選ばれた事で株価は下限値から最大三十七倍にまで膨れ上がったのだという。



「そういう、天下り先っていう側面もあって……グテントも天下り入社の、魔術師に関して……ほとんど社内管理も出来ない状況、らしいです」


「他メーカーよりも魔術師は動きやすく、また資金力や技術力の面からも、アシッド開発にはうってつけの環境……加えて多くが軍拡支持派の人間である、という事であるな」


「はい……だから、色々と探りを入れようとしてるんですけど……流石に元帝国魔術師が多くいる企業に、わたし一人だと、限界が……意味を、ご理解頂ければ……ありがたいんです、けど」



 ヴァルキュリアも決して、頭が悪いわけではない。彼女がグテントへの侵入調査を行おうとしている事を察しているし、何故自分がその手伝いを願われているかも理解している。


以前フェストラが言っていた事でもあるが、信用できる部下として選出している四人には、それぞれ特出している点がある。


クシャナはアシッドの討伐。


ヴァルキュリアは戦闘技能。


アマンナは諜報や隠蔽等の多岐にわたる業務。


ガルファレットは……未だにどういった意図かは分からない。


だがフェストラは学院内もそうであるが、学外や帝国政府の人間にも手を回す事が出来る存在であるにも関わらず、この四人しか味方に引き入れていない。


そうした中で人手が足りないとなれば、アマンナは残る三人……もしくはフェストラ当人に手助けを願うしかなく、また残る面々の中で、諜報技能にも優れた人員となれば、フェストラかヴァルキュリアしかあり得ない。そしてフェストラはどうしても目立つ。故に最適なのはヴァルキュリア、というわけだろう。



「拙僧で良いのであれば、付き合わせて欲しい」


「……助かります」


「しかし、ファナ殿の護衛をどうするかが問題であるな」


「それ、何ですけど……ガルファレットさまに……お願いできないかな……なんて」


「何? いやしかし、ガルファレット教諭殿には教員としての職務が」


「その……ヴァルキュリアさまも、クシャナさまも……先日含め、授業に参加、なされていないので……大変お暇……なのだそうです……」



 ヴァルキュリアは言葉を詰まらせる他なかった。何せヴァルキュリアは先日途中離席の後早退をして、今日に至ってはファナの護衛で一度も授業に参加していない。


 だがヴァルキュリアは一応、ファナの護衛をせねばならぬからこそ参加していないだけで、クシャナは授業に参加する義務があるのではと思い付き口にしようとした所で。



「……クシャナさまは、お兄さまに呼ばれております……なので今、ガルファレッドさまは、教室で一人、今日の授業でお使いになる筈の、聖祭用装備の整備をしております……」



 一人寂しく教室で、聖祭に使われる剣の整備に明け暮れるガルファレットを想像して、ヴァルキュリアは頭を抱える。


そう言えば先日からガルファレットは「生徒が少なくなって寂しい」という旨を発言していたし、本来ならば参加する事が彼にとって好ましいのだろうが、現状ではそうもいかないのが悩ましい。



「と、いうわけで……グテントの調査、ご同行をお願いしたいのですけど……」


「……そう、であるな」



 何にせよ、早々に行動する事が好ましいと判断した二者は、その場を後にする前に――ファナを一望。


真面目に授業を受け、それでも難しい表情を浮かべる彼女は、どこか愛らしい。



「アマンナ殿」


「……はい」


「拙僧等は、ああいう育ちを経ていない」


「……育ちは、わたし達の方が、良い筈です」


「家柄や権力はそうであるな。しかし、果たしてそれが、正しい育ち方だったのだろうか。……拙僧には、分からない。答えなど無いのかもしれない」



 リスタバリオス家と、アルスタッド家。


クシャナは一日だけだが、その違いを経験した。


家族同士、何の弊害も無く自分たちの想いを曝け出しながら、それでも愛し合う家族の姿を見た。


母として子供に笑顔を振りまく母親の姿を。


妹の為にと汚れる事を惜しまぬ姉の姿を。


そんな家族に愛され、幸せを享受する妹の姿を。


その家族が皆で同じ、小さな机を囲みながら……語らいながらささやかな食事を摂る姿を。



その時ヴァルキュリアは、自分が酷く場違いな場所にいるという感覚を覚えたのだ。


それと同時に――この家庭を守り、戦う事が自分に与えられた使命なのだという、決意も。



「アマンナ殿は、フェストラ殿を守る為に戦う。しかし、その願いはアマンナ殿の心から願う使命なのだろうか――自ら与えられた役割に沿っているだけの、虚構と言うべき幻想の願いなのではないだろうか」



 アマンナは答える事無く、ヴァルキュリアへと背を向ける。


だがその表情は――その瞳には、苛立ちが感じられた。



(……お前に、言われたく……無い)



 ヴァルキュリアは再び感じ取る。彼女の殺意を。


その殺意が自分に向けられているものと知りながらも――アマンナの背についていく。



二人は確信する。


互いに、互いが苦手だと。

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