未来へ-04
霊子端末を操作して、青白い光の粒となるように消えていくカルファスさん。
彼女は先ほど言ったように地球へと戻り、成瀬伊吹を殺す為に、きっとその一生を費やすのだろう。
そこにどんな覚悟と決意があるかは、分からない。成瀬伊吹の事なんて、知りたいとも思わない。
けれど彼女という存在が、赤松玲の近くにいてくれる限り、玲は退屈なんてしない筈だ。彼女ほどに破天荒で何をしでかして来るか分からない人が一緒なら、きっと。
だから私は——私達は。
彼女と共に、いてあげるべきなんだろう。
銀色の髪、それは下ろしていれば腰ほどまでの長さがあるだろうが、それをポニーテール状でまとめて、美しさを際立たせている。
顔立ちは髪に負けずより一層美しく、引き締まっているけれど可愛らしさも感じる事が出来る端麗な顔つきは、十七歳の少女が持ち得る美しさとしては最上とも言えるかもしれない。
着ているのは聖ファスト学院の制服で、スラリとした細身の体躯は、一見するとか弱い女子のようにも思える。
しかし、その軽やかな足運び、何よりも腰に据える一本の細く長い剣を歩く度に鳴らしながらこちらへと向かってくる姿には、剣士としての強さを感じる事が出来る。
「——やぁ、ヴァルキュリアちゃん」
「こんにちわ、ヴァルキュリア様っ」
「む、クシャナ殿とファナ殿か。こんな所で、奇遇であるな」
私達の挨拶に対し、ヴァルキュリアちゃんは少し驚いたような表情こそ浮かべていたものの、しかし私たちと認識すると笑顔になり、その手に握る小さな花束を胸に抱えた。
「お参りかい?」
「うむ。先程まで、母上の墓前に伺ってきたのである。故に、次はこちらへと思ってな」
私達よりも前に出て、慰霊碑の下に綺麗な花束を置き、そのまま深く、深く頭を下げる。
数分程の長い礼だったけれど、それを終えるとスッキリとした表情で私とファナに向き合い、何を言うでもないけれど、私達三人は近くにある椅子へ腰掛けた。
「お二人は、何故こちらへ?」
「私はただ、みんなへの挨拶ついでに、ここへ時間を潰しに来たって感じなんだけど」
「アタシはお姉ちゃんの付き添いです! お姉ちゃんってばちょっと目を離すとすぐに色んな女の人にチョッカイ出すんだもんっ!」
「チョッカイ出すとは人聞き悪いなぁ。美しい女性へのアプローチは、むしろそうした女性に対する礼儀というものさ。ファナはまだ子供だから分からないだろうけどね」
「アタシそんなのが分かるのが大人なんだったら子供のままでいいもんっ」
むーっ、と可愛く頬を膨らませるファナに、ヴァルキュリアちゃんがクスクスと笑いながら、私の方を見た。
「その、クシャナ殿は、大丈夫なのであるか?」
「……今はね」
フェストラとの戦い、私はファナの蘇生魔術を受ける事で、ブーステッド・フォームによって拡張された私の能力を全盛状態とした上で、彼に挑んだ。
ただ彼と戦うだけであれば、きっと戦いが終わった後も、誰と会話をする事も難しい程に、誰と共にいる事も難しい程に、食人衝動を湧き上がらせていたかもしれない。
それ程、今の私という存在の全盛は、通常のハイ・アシッドよりも危険性に満ちている。
その筈なのだけれど……。
「固有能力で、アイツの根底にある全てを見た。アイツと全力でぶつかった。それで力を使い果たした、のかな……アイツを丸々喰ったけど、それ以降これといって、大きく食人衝動が襲ってこない」
無論、無いというわけじゃない。けれど無意識的に肉を求めるような、そんな危険な状態とは違う、という感じだ。
ヴァルキュリアちゃんを見ても、ファナを見ても、美味しそうとは思うけれど、喰らいたいと思う程じゃない。
でも——どうして、私はここまで食人衝動を抑える事ができているのか、それは分からないでいる。
根底にこべりついた欲求が、そう簡単に消える筈が無い。赤松玲として過ごした長い年月でさえ、何年も人と会う事なく、ただ一人部屋に籠って、ようやくその欲求に抗えるようになったのだから、フェストラと戦うだけで、その欲求が全てなくなるなんて、あり得る筈も無い、と思ったのだけれど……。
「……クシャナ殿の根底にあったのは、ただ肉を喰らいたい、という欲求とは、違うのではないのか?」
「? どういう事さ」
「上手く、言えぬのだが……その、フェストラ殿を食らう事で、欲求を満たす事が出来たのではないか、という事である」
私の欲求は……人を喰らう事じゃ、無かった?
「仮説であるのだが……クシャナ殿は、その……フェストラ殿の事を、好きであったのでは、ないのか? 故に彼を喰らい、彼と一つになる事を、欲求とした」
ヴァルキュリアちゃんの言葉に、何時もなら「オロロロロロ」と腹の中に溜まったシガレットさんの料理が吐き出されていてもおかしくは無かった筈だけど……それは無かった。
「拙僧も、答えを知りたい。クシャナ殿は、フェストラ殿の事を……どう思っていたのであるか?」
どう思っていたか。そう問われれば、普通だったらきっと「アイツの事なんて嫌いだ」とでも答えたのかもしれない。
でも、今の私は既にアイツを喰らい、アイツと言葉通りの一つとなった。
なら、これ以上遠慮をする事もないのかもしれない。
思いの丈を打ち明けるように、私は息を吸い込んで——ヴァルキュリアちゃんとファナに聞こえるよう、自分の気持ちを吐き捨てた。
「アイツの事——本当に、マジで、言葉を飾る必要もなく、大っ嫌いだった」
「え、えぇー……?」
「お、お姉ちゃん、そこは『本当は大好きだった』とかじゃ、ないんだ……?」
なんかヴァルキュリアちゃんもファナも、肩透かしといった様子だ。残念ながら、私とアイツの間にそんな甘酸っぱい青春物語みたいな感情はない。全く、無い。
「……でもまぁ、そうだね。熟年夫婦みたいな所は、あったのかもしれない」
長く連れ合い、互いに理解も許容もし終えて、やがては嫌な所に目が行ってしまう。いつの間にか互いを嫌う事だってしてくるけれど——最終的には何だかんだ、わかり合っちゃうような、そんな関係みたいな所は、私とアイツの間に、あったのかもしれない。
と、そんな事を思った瞬間……私は腑に落ちた所があった。
「ああ——そっか。そういう事だったんだ」
アイツと私の間に、色んな確執があった。だから戦った。それはきっと、熟年夫婦による喧嘩と一緒だったんだ。
互いの想いをぶつけ合って、分かり合って……最後には認め合った。
私が強い衝動に襲われていたのは、そんな彼との夫婦喧嘩に、心が乱されていたからだ。
だから理解し合って私がアイツを食ったら……そんな衝動なんてすっ飛んじゃったって事か。
「全く……未亡人って言われて怒れないね」
「み、未亡人、であるか?」
「ふふ、何でもないよ」
ヴァルキュリアちゃんの頭を撫でながら、少しスッキリとした頭に軽やかな気持ちを覚え、私は慰霊碑の前に立った。
「ヴァルキュリアちゃんは、どうだい?」
「む、拙僧であるか?」
「うん。君は君で、私と同じハイ・アシッドになったんだ。これから先の事、考えてる?」
慰霊碑を指で撫でながらの問いかけに、ヴァルキュリアちゃんは少しだけ悩むように……いや、違う。
少しだけ気恥ずかしそうに、表情を赤らめながら、両手の指を絡ませた。
「その……拙僧は、まだ……自分のやりたい事や、果たしたい事が、分からぬのだ。永遠の命を以てして、果たしたい野望も欲望も、何も」
「そんなものだよ。私……ううん。赤松玲もそうだったからさ。気負わず、生きながら探せばいいのさ」
「理解している。だ……だからっ」
勢いよく立ち上がるヴァルキュリアちゃん。その手は、隣にかけていたファナの手を引っ張って、彼女を立たせた上で、私の元へと駆け出した。
「拙僧は——クシャナ殿とファナ殿、お二人と共に、ずっといたいっ! 永遠の命を有する者同士、肩を並べて、共にっ!」
——共に、肩を並べて、か。
その言葉を、私はフェストラの前で口にした。
その言葉が、フェストラという男を変えてしまった。
その心情が……少しは私にも、わかった気がするよ、フェストラ。
心の底から溢れ出る、嬉しさと楽しさ、そして少しの寂しさも加えて吐き出された笑みと共に、私はヴァルキュリアちゃんとファナの体を、ギュッと抱き寄せた。
少し、痛いかもしれない。けれど、これが私の想いだから……受け取ってほしい。
「……うん。ずっと一緒にいよう。私も、ヴァルキュリアちゃんとファナが隣にいてくれる限り、どれだけ長い時間であっても、生きていけるって、信じてる」
「は、はいっ! アタシも、お姉ちゃんとヴァルキュリア様が一緒なら、どんな所だって楽しいもんっ!」
「よ……良かったのである、っ。断られたら、どうしようかと……っ、ずっと、怖くて……っ」
私とファナの言葉に、ボロボロと涙を流しながらも、喜びを表現するように笑ってくれたヴァルキュリアちゃんと、手を繋ぐ。
そして——三人でもう一度、慰霊碑を見据えて、けれどそれ以上何をする事もなく、ただ歩いていく。
「これからどうする? 私は、三人で旅に出るのも悪くないかなぁって思うんだけど」
「旅? 面白そう! アタシ、一回リュナスとレアルタ皇国に行ってみたいなぁ!」
「せ、拙僧は東方国・ニージャに! あそこはグラッファレント合金加工技術が高く、グラスパーの鋳造国でもあるのだっ! 父上の剣を使い続けるのも、悪くはないが……」
「ふふ。時間はたっぷりあるんだから、行きたい所を順番に回っていけばいいんだよ」
そう、時間はたっぷりある。
私達は、生まれの運命や因果、はたまた自分の定めた在り方に従って、永遠の命を手にした存在だ。
だからこそ、一人でいたら無限と続く時間の渦に心を流される。
一人で生き続ける事に、苦しむ事となってしまった、赤松玲のように。
けれど——私達は違う。
私と。
ヴァルキュリアちゃんと。
ファナ。
三人一緒に、肩を並べ続けていれば——きっと何時だって、楽しい日々を過ごせる筈だから。
……と、そんな事を思っていると、少しだけお腹が鳴った気がした。
お腹をさすって、それが何か催促のように思えたので、私は心の中で、返してやる。
(わかってる。お前も一緒だよ……フェストラ)
まるで私に「オレを無視するな」とでも言いたげな感覚があったから、私はそれを嗜めるように、微笑みかけると。
ファナもヴァルキュリアちゃんも、私と共に、笑ってくれた。
私の幸せは——ここから始まっていく。
そうだね。どうせ時間はあるんだし、幸せを記した記録でも付けようかな?
——長い歳月をかけて、異なる世界に迷い込んでまで見つけたこれまでの。
そして、これからも続いていく未来についての、新たな幸せの記録。
そう——『死ねない魔法少女の異世界転生記』とでも、名を付けて。
End.





