表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
327/329

未来へ-03

 お母さんに教わりながら作ったシガレットさんの料理を食べ終えて、私とファナはまた、散歩に出かける事にした。


 とは言っても、街はまだまだ復興ムード、遊べるような場所もなければ、ゆっくり出来るようなカフェもほとんど開店していないのが現状だ。


 ならば、と私達が向かった先——そこは今回の戦いで命を失った者達の名が刻まれた、慰霊碑と呼ぶべき場所だ。


 慰霊碑は低所得者層地区から高所得者層地区へと向かう道の途中にある、高台に設けられた。設置されてから二日ほどの間は色んな人達が出向いていたが、今は人の姿がほとんど無い……筈だったのだが。


 慰霊碑の前に、四人ほどが立って、何か話している光景が目に入る。一人は見た事無いが、もう三人は、見た事がある顔だった。


 私とファナは、慰霊碑の近くにあった木々の影に隠れて聞き耳を立てると、内の一人——メガネをかけた男性がチラリとこちらを伺ったが、しかし見てみぬフリをするように、顔を逸らした。



「……そうか。ラウラだけでなく、フェストラめも死んだのじゃな」


「うん。とは言っても、彼の場合は自業自得って言っちゃえばその通りなんだけどね」


「あ奴め、吾輩と並び立てられる実力と見込んでおったにも関わらず、安易と死におってからに。ラウラもラウラじゃ、愛し方にも数多在ろうに、何故子を作る事に躍起となったのやら、それが我輩には分からぬわ」



 会話をしている一人は、カルファスさんだ。今やプロフェッサー・Kとしてアイマスクをつける事なく、レアルタ皇国の王服に身を包んでいる彼女は気品溢れる女性といった風貌をしているけれど、普段着ていた薄手のシャツとハーフパンツの印象が強くて、私なんかは違和感を覚えてしまう。


 もう一人は……以前、ビースト騒動という事件の折、フェストラと共に事態の状況整理に一役買ってくれた、レアルタ皇国の第三皇女、アメリア・ヴ・ル・レアルタさんだ。その美しい金髪のロングヘアを靡かせ、紅を基本色にしたドレスが風でヒラヒラと舞う姿は、どこか妖艶ささえ感じられる。


 何故彼女がここに——と思ったが、元々彼女はレアルタ皇国外務省長官で、今回の事件に際してもラウラ王を追い詰める際に、名前を貸してもらっていた。その関係でこっちまで来ていて、今日ここに着いたのかもしれない。



「アマンナちゃんから領事館経由で連絡があったよ。国連協定への加盟、前向きの検討をしているって。また近々会談の予定を組みたいってさ」


「アマンナ、のぅ。フェストラに比べ、あの娘はまだまだ実力が足らん。故に吾輩へ早々に取り入ろうという魂胆なのじゃろうが——まぁ、放ってはおけん。愛い子じゃしの。前向きに検討してやろうではないか」



 ため息をつきながらもカカカと笑うアメリアさんが、従者さん……一人はアメリアさんの護衛を以前も担当されていたサーニスさん、もう一人も同じく従者なのだろう二人を引き連れてその場を去っていく。最後まで私とファナの事は従者さん二人にはバレていたようだ。



「さて——クシャナちゃんとファナちゃん、何を覗きしてるのさ?」


「別に覗いてたわけじゃないですよ。女性二人のキャッキャウフフに割り込むのはマナー違反で死刑ですから」


「クシャナちゃんってたまに二千年代前半に死んじゃったとは思えない言葉使うよね……」


「? どういう意味です?」


「気にしないで。それより——挨拶、しに来たんでしょ?」



 彼女の言葉通り、私とファナがしに来たのは、慰霊碑へのお参りだ。木々の影から体を出して、慰霊碑の前に立った私達は、両手を合わせて頭を下げる。



 ——ガルファレット先生、エンドラスさんやルトさん、メリーの奴も、この慰霊碑に名が刻まれている。この国を救った英雄として。



 本当はここに、フェストラやドナリアの名前を刻んでやりたかったし、アスハさんもそれを望んでいたけれど、二人の死体は発見されていない。


 フェストラはその体を全て私が喰らい、ドナリアはその肉体を完全に消滅させられている筈だ。ならば、死亡を確認できないという事もあって、慰霊碑に名を刻む為の条件が揃っていないのだ。



 だから——民衆の中には、まだ信じている人たちもいる。


 フェストラという男が生きていて、どこかでまた立ち上がってくれる事を。


 ドナリアという男が再び立ち上がり、屈強なる国への変革を目指して奮起してくれる事を。



 あの二人にはそれだけ人を動かすカリスマ性があって、だからこそ多くの人間に慕われていたのだ。



「あの……カルファスさんって、政治とか色んな事にも詳しいんですか?」



 最後に一礼を済ませたファナが、カルファスさんにそう問うと、彼女は苦笑を浮かべながら「そりゃ皇族だしね」と自分がそれなりにレアルタ皇国でも偉い人なのだとアピールする。いや、アピールどころかマジで偉いんだけど。



「流石にさっきのアメちゃんとか、皇帝のシドちゃんには負けるけど。それがどしたのさ」


「その……アタシ、あんま政治とか経済とか、詳しくなくて。アマンナさんがこの国の王様になって、それで何か変わっていくのかな……って。これからこの国は良くなっていくのか、イマイチよく分からなくて」


「ま、そうだよね。ファナちゃんはクシャナちゃんと違って、そうした勉強を率先してきた子じゃ無いし。しょうがないない」



 カルファスさんがファナの頭を「よーしよし」と、まるで子犬を宥めるように撫でると、ファナは恥ずかしそうにしながら、しかしそれを受け入れた。



「……正直に言うと、アマンナちゃんが言うような変革は、すぐに出来ないと思う。確かにアマンナちゃんは、今回の事件を解決に導いた英雄の一人で、フェストラ君の妹って事でそれなりに民衆からの支持もある。けれど、フェストラ君ほど熱狂的に支持を集められる筈もなければ、支持層の厚みを補えるような実力もない。それは、あの子が一番分かっている事だと思うよ」



 アマンナちゃんの望む世界は、結局の所フェストラが望んだ世界の、私とフェストラがいないバージョンだと思えばいい。


 帝国主義からの脱却をはかり、民主政権の樹立を行う。言葉にすれば容易いけれど、この国は元々帝国主義派閥が多くて長らく脱却を果たせていなかったのだ。


 二代前の帝国王・バスクを思い出せば早い。彼は諸外国との軍縮条約を締結した事によって、帝国主義からの脱却を狙っているとされた結果、多く支持率を落とした男だった。


 確かに今回とは状況が違う。今回の事件を経て、一人の王が全てを律する帝国主義において、王という存在が過ちを犯す可能性は否定しきれないと、皆は気付いた。だからこそ、王だけに主権を与えるのではなく、国民が代表として選んだ議員達が主権を握る、その考え方を国民に根付かせる事は出来ただろう。


 けれど——やはりまだ、帝国主義側の人間は多くいて、そうした人間は多かれ少なかれ、帝国主義における権力を持つ人間だ。自分の有する権力を失いたくないが為に、帝国至上主義を掲げて民衆を先導する力を有している。


 例えば私と言う人ならざる力を有する存在がいれば、そうした者の信仰さえも、私に多く集める事も出来たかもしれない。


 例えばフェストラという男ならば、そうした者達を黙らせ、自らの下に就かせる事だって出来ただろう。それだけの技量があった男だ。


 しかし——今のアマンナちゃんは違う。そんな技量もなければ、強かでもない。


 やはり、フェストラの理想というのはこの国を再建させるという目的だけで見れば、最も効率的であった事は間違いないのかもしれない。



「でもお姉さんとしては、フェストラ君よりもアマンナちゃんの事を、助けてあげたいかな」


「それはカルファスさんが妹萌えだから?」


「違、うとは言い切れないけど、それだけじゃないってば! ——私はそもそも、人っていう存在を数字で見るような考え方は、好きじゃないの。ラウラさんや、フェストラ君みたいなね。でも、アマンナちゃんは違う」



 人を数字として、数として見て、一人の力で民を動かすのではなく、アマンナちゃんは一人一人の人間がこの国で生きているのだと理解し、そんな彼らに力を借りて、これから皆で助け合いながら頑張っていこうとする考え方は……甘っちょろいけれど、嫌いじゃないのだと、カルファスさんは語る。



「フェストラ君やラウラさんの望んだ世界は、正しいかもしれないけれど、寂しいよ。そりゃ確かに、何か信仰できるものがあるってのは、人々にとっても心の救いかもしれない。でもね、その時に心の支えになってあげるべきは、同じ人間じゃないのかなって、私なんて女はそう思うんだ」



 人は神になれるけれど、神は人になれない。ラウラやフェストラの望んだ世界に神はいる。けれどその神は、人からの信仰や想いを受けることしかできず、自分の想いを人に注ぐ事ができない。


 けれど——人と人なら、想いを伝え合う事も出来る。想い合う事だって出来る。理解し合い、認め合い、時には喧嘩する事だって出来るんだ。


 王は確かに普通の人と同じように暮らす事はできない。けれど、人と同じ心を持つからこそ——人の在り方をよくしようと願えるのだ。



「王が人ならざる存在である必要なんてない。セインツさんの考え方だって極端だ。だから私はフェストラ君の事も、ラウラさんの事も、嫌いだったんだもん」



 同じようにアマンナちゃんがならなくて、本当に良かったと、カルファスさんは笑う。



「だから私は、これからも甘っちょろいアマンナちゃんを助け続ける。あの子がこれからも人を信じて、人を守ると誓い続ける限り——一人の女として、あの子の事を応援し続けるから」



 そう誓ったカルファスさんは、何かの気配に気付くようにした時、私も鼻で感じる匂いに気付いた。カルファスさんは私にクス、と笑いかけながら、その手に霊子端末を取った。



「じゃ、私もそろそろ地球に帰るよ。——赤松玲ちゃんは、私に任せて頂戴」


「……うん、アイツをよろしく。寂しがりやだから、精一杯かまってあげてよ」


「じゃ、クシャナちゃんとファナちゃんは——あの寂しがりやさんを、これからも助けてあげてね」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ