未来へ-01
『この度の戦いによって、多くの方々が命を失った事に、心からの謝罪と、お悔やみを申し上げます』
グロリア帝国首都・シュメルに用意された放送機材は本来、非常事態の避難誘導等に用いられる、警告用という扱いだ。
しかし今はその放送機材を通して、一人の女の子の声が首都中に響き渡っている。
私……クシャナ・アルスタッドと、妹のファナ・アルスタッド、お母さんのレナ・アルスタッドは、ファナを中心に三人で手を繋ぎ、グロリア帝国に存在する代表的な教育機関である、聖ファスト学院の正門から出てきた所だった。
『民の皆様方が、帝国政府や帝国王という存在に対し、不信感を抱くお気持ちは重々承知しております。故にわたしは、今後も皆様の心に負われた傷や不安と向き合い、これからも精進してまいりたいと、願っております』
放送機材から聞こえる声を耳に、私が僅かに表情を曇らせてしまったのかもしれない。けれど、私と手を繋ぐファナが手を引っ張り、ニッコリとした笑顔を向けてくれたからこそ——私も笑顔を浮かべる事が出来た。
『わたしの帝国王就任は、あくまで復興が行われるまでの間、政治的空白を設けない為の、やむを得ない処置と、皆様もご存知である事と思います。けれど、わたしはそれでも、皆様が応援をして下さる限り、わたしに出来る事を果たそうと、フレアラス様にお誓い致します』
ラウラ王と私達の戦いから、既に一週間。その翌日、私とフェストラの戦いからは、六日という日数が経過している。
その間、帝国政府そのものは阿鼻叫喚の様相を呈していたと言っても過言じゃない。
そもそもフェストラが私を帝国王に据えようとする計画は、既に十王族全体に行き渡らされていて、彼の行方が分からなくなって以降も、彼のポストに収まろうとした連中が多くいた。
つまり……私を帝国王の座に収めようとする連中だ。
『帝国王の選出については、民の皆様方にも、異議異論が在る事でしょう。ですが、私は将来的に、この国を帝国主義からの脱却を図りたいと、願っています。それが——フェストラさまの、意向でありました』
けれど、私という女はそもそも、ラウラ王の遺伝子など欠片もありはしない。加えて帝王という存在にあるべき教養にも無関心だった私という女が帝国王に据えられても、フェストラという男がいないのでは、お飾り程の役にだって立ちはしないだろう。
それに——私は肉に飢え、いつ誰に襲いかかるかも分からぬ怪物だ。そんな私を帝国王に据える事が、どれだけリスキーな事か、それを理解しているか?
それを十王族の連中に問うと、彼らは一堂に口を閉して、黙りこくった。
唯一、私が帝国王の座に掛ける事を反対していたアマンナちゃんと、ハングダム家の当主となったシニラ君だけは、私の言葉に拍手をしてくれて、結局私が帝国王になるなんて荒唐無稽なお話は、流れた。
ただ一度は決まりかかっていた話だったから、その当該記録の消去に合わせ、さらには新たな帝国王候補の選出、その中から民衆の反発が一番大きく無いだろう一人を選ぶのに、私も参加させられていたけれど。
「クシャナ、ファナ。これから私、元職場へ挨拶に行ってくるわ。二人はどうする?」
まだ、私とフェストラ、そしてガルファレット先生とシガレットさんの戦いによる爪痕が残る大広場で、お母さんがファナの手を離して、国営運送仕分場へと体を向けた。そこも戦いによる被害を被ったのか、従業員達が総出で瓦礫の撤去作業を行なっていた。
元々、国営運送の荷物仕分けを仕事としていたお母さんだが、私とフェストラの偽装婚約に際し、仕事を辞めざるを得なくなっていた。
そもそも、偽装婚約をする事になったキッカケが、お母さんが仕事に出向こうとした時、アスハさんに狙われた事が原因ではあったが、今はこうして再就職に動かなければならない手間がある。フェストラめ、面倒な事を。
「私はアマンナちゃん達の所に行くよ、約束していたし。ファナはどうする?」
「アタシもアマンナさんとお話したい!」
「ふふ、そうね。いっぱいお世話になったもの。アマンナちゃん——いいえ、アマンナ様に沢山お礼を言っておいて頂戴な」
手を振りながら別れたお母さんに、私とファナも手を振り返す。
お母さんが元職場へと入っていく所を確認しつつ、私とファナは偽装婚約時代に使っていた十王族用の通用門を守る憲兵さんに挨拶し、帝国城へと入っていく。
既に向こうも顔馴染みだし、彼は未だに私の事を「夫であるフェストラ殿を亡くされた、若き未亡人」と思っているらしい。私未亡人属性身につけちゃったのか……? いや、でもヤバい。今思うと未亡人って、ちょっとエッチな響きだ。
そんなアホな事を考えながら、私が向かうのはフェストラの使用していた執務室だ。
二人の警備が立っていて、部屋の前に訪れた私とファナの所持品チェックを行なっていく。学園から持って帰ってきた得物のナイフだけは預けて、私とファナが部屋に入ると——そこには、一人の女の子が、放送機材に声を吹きかけながら、顔を赤くしている姿があった。
「わたしは、フェストラ様の——お兄さまの意向を継ぎ、皆さま一人一人が、政治に関われる国家の礎を、作り上げたいと願っています。まだまだ、未熟者のわたしですが、是非皆さまのお力とご声援を賜れる事を、願っています」
彼女——アマンナ・シュレンツ・フォルディアスちゃんは、煌びやかな王服に身をまとった上で、目の前に広がる原稿を震える手で読み終えた所で、マイクの電源をオフに。
瞬間、彼女は真っ赤な顔を冷やすように「ふぅ——」と大きく息を吐き出し、椅子の背もたれにぐったりと倒れ込んだ。
「お疲れ様です、アマンナ様。次の放送は、二時間三十分後を予定しております」
「は、はい……なんか、こんなにいっぱい、喋ったの……生まれて初めて、かも」
「それと、少々お言葉が固いかと。内容を変えられる必要はありませんが、もう少し若者にも意図を伝えやすいよう、柔らかい言葉にした方が好ましく思います」
「う、ぅう。せっかく昨日、二時間かけて原稿作ったのに……」
「内容を変えられる必要はありません。それより、来客です」
「はい」
腰掛けていた椅子から立ち上がり、私とファナを出迎える為にこちらへと歩み寄ってくれるアマンナちゃんは——微笑みながら、頭を下げてくれた。
「いらっしゃい、ませ。クシャナさま、ファナさま」
「やぁ、アマンナちゃん——いや、帝国王様ってお呼びした方がいいかい?」
「えへへ、アマンナ帝国王さまですねっ」
「や、止めてくださいっ、皆さんには、その——アマンナと、呼んでもらった方が、嬉しいです」
私やファナのからかいに、顔を真っ赤にしながら止めてくれと願うアマンナちゃん。
彼女は、ラウラ王とフェストラが亡き後、帝国王としてこの国の長として着任する事となった。
恥ずかしそうにしている彼女の手が、来客用ソファの方に向けられ、私とファナが腰掛けると、アマンナちゃんは未だ座り慣れないと言わんばかりに、その柔らかい重役用の椅子にちょこんと掛けた。
「色々と、お兄さまがご迷惑をおかけして、ごめんなさい」
「いや本当に。アイツ最後の最後まで私に対して変な執着してきやがって。ねぇアマンナちゃん、どう責任とってくれるぅ?」
「ひぅ、そっ、その、本当にごめんなさい……」
「いいや許されないね。いやでも私も大事にはしたくない。だから私と一晩ベッドを共にしよう。そうすれば何とか示談くらいには」
調子に乗って私がアレコレ言おうとした瞬間、ファナが私の靴を丁寧に脱がした後、足の小指に向けて蹴り付けた。タンスの角に足の小指ぶつける以上の威力は、私の体を身悶えさせる。
「ぁ、っぉおお、つぅぉおおお……っ!?」
「お姉ちゃん調子乗りすぎだし、移り気もしすぎっ! アタシの事を大好きって何時も言ってるのウソなのっ!?」
「う、嘘じゃ、嘘じゃな、っぉおお……っ!」
「もぉ、浮気ばっかのお姉ちゃんなんかキライ! もうこれからアスハさんの事をお姉ちゃんって思う事にするからっ!」
「そ、それだけは許されませんっ! ファナのお姉ちゃんは一生涯私! お姉ちゃんの座は誰にも渡さないんだからねっ!」
「お前ら、落ち着け」
私とファナの前に、一つずつティーカップが置かれた。アマンナちゃんの補佐として着任した、アスハ・ラインヘンバーさんが用意したものだ。
「全く。あれだけの戦いを経験した後だというのに、お前達は姦しすぎる」
「お姉ちゃん、カシマシーって何?」
「可愛い女の子が三人、何も起きない筈もなく……っていう、エッチな言葉だよ」
「嘘を教えるなクシャナ。漢字が合っているのが余計に厄介じゃないか。喧しい様を表した言葉だ」
アマンナちゃんの後ろに立ち、手元の時計を確認するアスハさん。どうやらアマンナちゃんは帝国王らしく、それなりに多忙らしい。今日時間を作れたのも、それなりに手間取ったのだとか。
「とは言っても、しばらくアマンナちゃんとお話出来そうに無いから、ちゃんとお話しようと思っただけなんだよね。これからの事とか」
「これからの、事ですか」
「うん。——今日付けで私とファナは、聖ファスト学院を退学してきたよ」
ラウラ王との戦いで、私は多くの民衆に顔を晒し、アシッドとしての特異性を披露してしまった。
結果としてその私を生み出したラウラという男の地位を失墜させる事に繋がったわけだけど——私の姿や顔立ちが、民衆の間で持ちきりになり、今や私は容易く外に出歩くわけにもいかなくなった。
学院内でも私や、私の妹であるファナの話題が上がってばかり。混乱している様子さえある。その居心地の悪さもあった事が、今回の退学に繋がったと言ってもいい。





