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情動-08

『……誰を、隣に置きたいと感じる事も、無いの?』


『感じるも何も、誰を置けと言うんだ。オレは王となる男だ。誰もオレの隣に立てる筈がない。そんな願いを抱く筈もない。王という孤独の存在と並び立ち、共に在ってくれる者など、いる筈もないのだから』


『もしかしたら、そんな物好きな子がいるかもしれないわよ』


『ならば貴女は、そう在りたいと思うか?』


『……思わない。私は王の隣に立てる人間じゃない。アマンナもきっと、そうでしょうね』


『そうだ。オレの至るべき場所というのは、そういう場所だ。オレが誰かを束ねる事はあるだろう。従える事はあるだろう。けれど、誰かがオレの隣に立ち、共に在ろうとする事は無い。あるとすれば——』



 と、そこで遠き昔のフェストラが言葉を止めて、苦笑を零す。


 そんな事はありえないと理解しているからこそ、その言葉を口にする必要さえ無いと分かっていると言わんばかりの態度だったが、ルトもそれ以上何も言わなかった。



(誰かがオレの隣に在ろうとする。それは、考えるだけで可笑しな光景だ。王という存在は、人ならざる者だ。人ならざる者だからこそ人の上に立ち、人々を律し、導く事の出来る存在。そんな存在が、オレや母上以外にいる筈もない——この時のオレは、そう感じていたのかもしれない)



 それが幾度目なのか、もう既に数えてすらいない。時と場所が移り変わっていく中で、フェストラという男の姿が、目に見えて大きく成長を果たし——クシャナと同じ光景を認識する今のフェストラと、ほとんど同じ姿となった。


 十八歳の、フェストラ・フレンツ・フォルディアスだ。



(何かが変わる事もなく、ただ月日だけが経過していた。オレは聖ファスト学院の剣術学部に入学を果たして、帝国王となる未来を着実なものとしていた)



 詰まらなさそうに、聖ファスト学院の六学年教室に用意された自らの椅子に腰掛け、教室全体を見渡す。教壇には担任のイブリン・トーレスが立ちながら座学授業を行い、周囲の生徒たちはほとんどが彼女の授業を真面目に取り組んでいる。


 一部の女生徒はフェストラに対して憧れにも恋心にも近い眼差しで見据え、時々イブリンに注意されては頭を下げる。


 ただ、一人だけフェストラの視界にも映らない少女がいた。妹のアマンナであり、彼女は常にフェストラの死角から、彼の安全を確保する為に周囲への警戒を怠っていない。



(だが——そんなオレの人生を変える事件が、幕を開けたんだ)



 変わっていく景色。


 それは、クシャナにとっても感慨深い、懐かしい光景が広がっていた。


 否、懐かしい光景、というには少し違う。なにせそれは、視点が違う。



 ——それは、フェストラの視線。フェストラの視界。彼がその瞳に焼きつけた、生涯忘れる事の無い地獄の光景だったのだから。



 クシャナ・アルスタッド——幻想の魔法少女・ミラージュと呼ぶべき彼女が、泣き、喚きながら、人の頭らしき物を貪り喰う光景。


 その光景に、フェストラはただ目を奪われていた。



(何が起こっているか、本来はそれを問うべきだったのだろう。けれど、分かってしまった。彼女が——クシャナ・アルスタッドという女が、何を目的とし、何をしているのか)



 アシッドと呼ばれる存在についてを語った彼女は、自分の人生を「終わっていいんだ」とした。


 人は、自分を殺す事が、唯一犯す事の出来る罪だ、と。


 なのに自分は、自分を殺す事も許されず、これから先の人生を無為に生きろというのか、と。


 そんなのは、あんまりだと嘆いていた。


 最初は何を言っているのか、それが理解できなかった。


 甘ったれているとさえ思った。


 そうして塞ぎ込んで自死を望み、結果として多くの命を失う事になれば、それはお前の罪だと叫んだ。


 その言葉が功を奏したのか、アシッドという存在を殺す術が無いとして塞ぎ込んでいた彼女が、妙な格好をして再び現れて、それと戦うとした時にも、何が起こっているのかも、上手く理解はできなかった。



 ——ただ、彼女がアシッドの頭を食っている時に、気づいたのだ。



(分かってしまったんだ。クシャナ・アルスタッドという女の事を。——彼女はきっと、オレと同じ存在なんだ、と)



 それは、フェストラが人を食う怪物である、と言っているのでは無い。彼女は、本当に人ならざる何かなのだと。死ぬことの出来ぬ何かなのだと、そう気付いたのだ。


 けれど彼女は、人としての矜持を忘れてはいなかった。だから、自分が食われる事で、一つしか無い自分の命を、終わらせようとした。



(こんな気持ちは、初めてだった。母上とは違う、オレとも違う人ならざる存在。苦しみながらも、誰かを守る為に戦おうとして、傷つき、涙を流す彼女が……美しいなんて思うと共に、それが酷く狂っているようにも思えた)



 美醜のどちらも併せ持つ存在、クシャナ・アルスタッドという女が持つ特異性を、フェストラは利用することとなった。


 彼女がハイ・アシッドという怪物でありながらも、同胞とも呼ぶべきアシッドと相対するように仕向けた。


 帝国の夜明けという存在が敵であると知った時も、彼女を巻き込んで戦わざるを得ない状況を作り、利害関係を構築する事で、共に戦った。


 そうして互いの利害を守る為に戦っている内、クシャナもフェストラも、互いの嫌いな部分が目について、嫌い合うようになったけれど、しかし心の奥底で、互いに認め合っていた事も間違いない。


 フェストラにとっては、そんな関係が——嫌いではなかった。


 女は嫌いで、クシャナという存在も嫌いである筈なのに……彼女と会話をしたり、戦っている時だけは、心に安らぎを感じる事が出来た。



(だが庶民にだって自分の生活や、守りたいモノがある。奴にとってはファナ・アルスタッドやレナ・アルスタッドといった家族が大切であり、オレという存在は、ただ利害の一致故に戦うだけの間柄だ。——そうしていれば、いつの日かアイツが苦しみに耐えきれなくなった時、オレを裏切る口実にもなる)



 それだけ、クシャナに対して見えない信頼というものを抱きながら、それでもフェストラは、一線だけは超えなかった。


 どれだけ共にあるように思えても、クシャナという女はあくまで、フェストラに従っているだけ、という一線。


 彼女も、フェストラと共に在ろうとする筈はないと。こうした利害関係が構築できているだけで、オレは十分に幸せなのだと、自分自身に言い訳をし続けていた。……そんな言い訳をしているとさえ、気づく事が出来ない程に。


 

 ——その言い訳にフェストラ自身が気付けたのは、ラウラ・ファスト・グロリアという男の正体と、その野望に気付き、フェストラが王にならずとも、永久なる安寧をグロリア帝国にもたらす事が出来ると、思い至った時だっただろう。


 

 フェストラという男が王になるという野望を、未来を、全て打ち砕かれて、彼には何も無くなった。


 何も無くなった彼に残ったのは、クシャナ・アルスタッドという少女との利害関係。しかし、その利害関係を続ける理由もなければ、これ以上利害関係を続けて、彼女を苦しめていい理由も無い。


 クシャナ・アルスタッド——赤松玲、プロトワンという存在の持つ、人ならざる力は、彼女も知らぬ内に利用されていた。


 この世界に争いをもたらしてしまったと、彼女は嘆いた。


 彼女のそうした嘆きに気付いた瞬間、彼は自分がとある一線だけは超えないようにという、無意識の遠慮をしていた事に気付いたのだ。



(オレは……ずっと隣に、クシャナがいてくれる事を、願っていたんだ。利害関係じゃなくて、利用し合う関係じゃなくて、ただお互いに信じ合い、助け合い、苦しい時には嘆き合える関係に、なりたいと願っていたんだ)



 自らが王となる幸せよりも、もっともっと尊ぶべき未来、幸せ。


 それがこんな近くにあると気付きながらも、フェストラは見て見ぬフリをしていた。


 見て見ぬフリをしていた彼が、これ以上クシャナを傷つけていい筈がない、と。


 これは、そんな愚かしい自分に対する罰なのだ、と。


 シックス・ブラッドという、彼にとって心休まる組織を解体し、自分はクシャナと共にある幸せも、王として君臨する幸せも、全て叶うことの無いまま、生涯を終える。


 それこそ、愚かな自分に相応しい結末なのだと、彼もまた塞ぎ込んだ。




 

 そんな彼に。


 彼女は。


 クシャナ・アルスタッドは、言ったのだ。


 言ってくれたのだ。

 




 

『お前と一緒に戦いたい』



『今度は、お前の言いなりじゃなくて』



『お前に色んな事を押し付けるんじゃなくて』



『お前との利害関係じゃなくて』



『……一緒に、肩を並べて』



 

 

 夢が、叶った瞬間だった。


 幸せが、実った瞬間だった。


 それをどこか認めたくなくて、彼は多くの言い訳を口にしたけれど、アマンナへの愛情が露見した事も、これまでの自分が何を願い、どんな想いで戦っていたかも知られ、心の中がグチャグチャになって——ようやく、彼は吹っ切れた。



(クシャナと肩を並べて戦える、今という幸せを守り続けたい。


 彼女と永遠に肩を並べ続ける為、アシッドという力さえ取り入れてみせる。


 ラウラを喰らい、クシャナと共にあり続ける事が出来る、未来を掴んでみせる。



 その末に——クシャナの幸せさえも、オレが叶えてみせる)




 そんな決意と共に……彼は、自らを空間魔術の中に飛び込ませ、新型アシッド・ギアを、自らの胸元に突きつけ、挿入。


 ゴボ、ゴボと変質していく体、それと共に失われていく意識、しかし——それでもその目には、決意だけが光っている。


 目の前に広がる血肉の山、それに食らいついて、血をすすって、うめき声をあげるフェストラの姿を最後に。



 幻想は、終わりを告げた。 

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