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ファナ・アルスタッドという妹-09

 獣の気配を事前に感じ取っていたヴァルキュリアは、飛び掛かる男の口から逃れるように身を屈めつつ、その懐を突き飛ばす。


窓の近くまで身体を転がした男は、しかしその衝撃を何とも感じていないように疾く起き上がり、床板を拉げさせながら再びヴァルキュリアへと迫る。


だが、ただ襲い掛かる獣に対して対抗できぬ彼女ではない。


伸ばされた腕の付け根を狙い、振り込まれたグラスパーの一閃により、その左腕は家の天井へと至るまでの勢いで切り飛ばされた。



(実にまずい事となった……ッ!)



 狭い家内、しかも気絶している様子だが、男の狙うファナも室内にいて、今の衝撃が家中に響いたか、一階で家事をしていたレナが訝しむように二階へと階段を昇る音も聞こえてくる。


このままでは事態がより悪化する可能性を鑑みた時――声が響いた。



「ヴァルキュリアちゃんッ!」



 窓ガラスが割れ、開きっぱなしになった事で良く声が通る様になっている外から、クシャナの声が聞こえた。


 ヴァルキュリアは腕を切り裂かれた男の足を蹴り、姿勢を崩した所で左手の拳に力とマナを籠める。


振り込んだ全力の一撃が、男の頬に直撃。窓へと身体を吹き飛ばされた彼は、真っ逆さまに地面へと落ちていく。



「クシャナ殿!」



 急ぎ、窓へと駆け寄ったヴァルキュリア。家の前まで走ってきたのか、汗だくのクシャナが落ちてきた男へ視線をやり、スカートで隠された、太もものホルスターに手を伸ばす。



「はぁ、はぁ……っ、アシッドか……!」



 マジカリング・デバイスを構え、荒れた息を整えるように男の前に立ちふさがるクシャナが、その側面部にある指紋センサーに人差し指で触れ、画面を点灯させた。



〈Stand-Up〉


「変身」


〈HENSHIN〉



 マイクに声を吹き込みながらデバイスを宙へ放り、右足を振り込んだ回し蹴りを画面へと叩き込む。


瞬間、彼女を覆う光。瞬時に変身を終わらせたクシャナ――幻想の魔法少女・ミラージュは、地面を強く蹴りつけ、展開される魔法陣から出現する黒剣を構える。



「ヴァルキュリアちゃん、お母さんとファナを頼む!」


「了解した!」


「あ、言い訳もお願いっ!」


「え、あー、う、うむ了解した!」



 あまり彼女の言い訳はあてにならなさそうだな、等とミラージュは思いながらも、起き上がったアシッドの表情が、苦痛に歪んでいる事に気付く。


 アシッドは基本的に自我を有していない。本能のまま行動する獣と言っても良い。


そんなアシッドが――まるで怪物となってしまった事を嘆く様に、痛みを訴えるような表情を浮かべる事は、あまりクシャナとしても経験はない。



「まさか、お前」


「わ、我らが、主……フレアラス様の、教え……歪める……許さ、許さな……ッ!」


「……ハイ・アシッドになる寸前じゃないか、チクショウ……フェストラの手の上で踊ってる気分だ……っ!」



 腕を広げた瞬間、四人へと分裂――否、幻影を用いた分離戦術を展開したミラージュ。


地面を蹴りつけて飛び上がった一体に目を向けた男――アシッドの隙を縫うように、三体のミラージュが突撃し、右足と左足で強く蹴りつけた二体は即座に消滅し、飛び上がった一体が振り込まれた腕を首筋に叩きつけられ、消滅する。


残る一体は、右腕に掴む黒剣を大きく振り込み、身体を斬られた事で動きを止めたアシッドの脇腹を強く蹴りつける。



『ヴァルキュリアちゃん、ファナ? 何かあったの? 大きな音がしたけれど』


『そ、その……え、えっと……』



 アシッドとヴァルキュリアによる攻防を聞きつけ、部屋までやってきたレナへ向けた言い訳に困っているヴァルキュリア。普段であればクシャナが手を貸すのだが、今彼女はアシッドとの戦闘を行わなければならない。



『そ、そのですね……えっと、クシャナ殿が窓からファナ殿の下着を求めて侵入したようでして……賊かと勘違いし、蹴り飛ばしてしまいました……申し訳ありませぬ……』


 だがあまりにも拙く意味の分からない言い訳をし出したヴァルキュリアの言葉を聞いた瞬間、ミラージュは思わず(ヴァルキュリアちゃんッ!?)と声にならない戸惑いを向けてしまう。



『……なるほど、そうなのね。あの子昔からファナの事をエッチな目で見てるものだから……』


『え……えぇ……』


『まぁあの子も思春期ですものね……ファナには内緒にしてあげて……』


『か、かしこまりました……』


(お母さん納得しないでよっ!)



 そう思いながらアシッドの身体を突き飛ばしながら窓から遠ざかる。アシッドと魔法少女状態を見られることが好ましくないという判断からだ。



「もう、色々とゴチャゴチャして気分が悪い……さっさと片付ける……!」



 それまで握っていた黒剣を逆手持ちで握り、腰を捻った投擲によってアシッドの頭部へと突き刺したミラージュ。


そうして痛みによって動きを止めながら――しかし動き生きているアシッドに対して、ミラージュは右腕に力を込めて、その腹部を腹部を殴りつける。


強い勢いと衝撃によって、殴られた腹部に穴が開き、貫通する腕。


ミラージュの力も、間違いなく上がっている。おそらくフェストラに用意された肉の動物性たんぱく質を補給をしたからだろうと推察した。



「が――ごおぉお……っ!!」



そうして動きを止めたアシッドの首を、突き刺した黒剣を抜きながら切り裂いたミラージュは……切り裂かれた頭部を掴み、目を閉じながら、口を開ける。



「……嫌なんだけどね、()()



闇夜に咀嚼音が響くけれど、誰もその音を聞いてはいない。


しばし時間が流れると――ミラージュは変身を解き、クシャナへと姿を戻した。


口元や顔にこべり付いた血を拭い、落としながら、クシャナは変身前の制服に血がついていないかどうかだけを確認した後、帰宅する。



「……その、ただいま」


『クシャナ。ちょっと居間までいらっしゃい』



 玄関を開けて次の瞬間に母親から放たれた言葉が「お帰り」でも無くその言葉である事に、クシャナはため息をつきながら、居間へと向かい、既に怒りの形相で椅子に腰かけるレナと、その隣で申し訳なさそうな表情を浮かべながら肩身の狭そうに座るヴァルキュリアを見据えた。



「……はい、お母さん」



 彼女に言い訳を任せたのは自分だと言い聞かせ、母の対面に腰かけると、レナはゴホンと咳払いをした後、少々顔を赤めて語り始める。



「クシャナ、貴女がお年頃というのはお母さんも分かります。そして貴女がファナを愛している事も。でも、してはいけない愛情表現というものがあるでしょう?」


「……えっと、はい」



 クシャナが(私まだ何もしてないのに)と内心思いつつも相槌を打っていたその時、ヴァルキュリアが外を見る事の出来る窓の方を見据え――目を見開いた。


先ほどクシャナが討伐したアシッドの死体があった場所に……アマンナ・シュレンツ・フォルディアスが訪れ、アシッドの死体を小さな身体で担ぎながら、窓越しに口元へ人差し指を立てる。そのまま装え、という意味だ。



「貴女は確かに成熟の早い子だったけれど、ファナはまだ子供っぽい所があるわ。そんなあの子がその……実のお姉ちゃんが自分の下着を盗んでて、その……い、致してる所なんて、想像したらどう考えちゃうかも分からないでしょう?」


「はい……はい、仰る通りです……はい」



 ヴァルキュリアへ向けて「事前にお前が切り落としていた左腕はどうした?」と言わんばかりに、自分の左腕を斬るジェスチャーをしたアマンナに、僅かに視線を上へ向ける事で指示する。


上――つまり気絶しているファナの部屋に、切り裂いたアシッドの左腕を隠してるという意味を示したのだ。


するとアマンナも頷いて、そのまま音を立てる事無く地を蹴り、どこかへと消えていく。



「こ、今後はそう言う……じょ、情欲が抑えられなくなり、今回みたいに、その、欲しいモノがあればお母さんに相談しなさい。可能な限り善処するわ」


「いやお母さんそれは実の娘相手にいう事じゃないでしょ……」


「だってそうしなきゃ貴女がファナの下着に手を出しちゃうんでしょう!?」


「もう二度としないと誓いますのでどうか恥ずかしい事を大声で言わないで下さいお母さんッ!!」



アマンナが窓を経由して室内へ侵入している気配を感じる。気絶しているだけで眠りは浅い筈のファナに気付かれぬ程、彼女は気配を消している。


チラリと、クシャナの方を見据えたヴァルキュリアだが……随分と疲れた様子のクシャナが、ヴァルキュリアへと視線を向ける。



(……終わってる……?)


(も、もう少し怒られて欲しいのである……)



 クシャナが馬鹿正直にレナから叱咤を受ける理由は、ヴァルキュリアがついた嘘に信憑性を持たせる為でもあるが、それだけじゃない。アマンナが行う事件現場の証拠隠滅を滞りなくする為、レナの意識をクシャナとヴァルキュリアに向けているのだ。



「じゃあクシャナ、貴女が原因で壊してしまったファナの部屋を、貴女がちゃんと直しておく事。いいわね?」


「えっと……こ、壊したのはヴァルキュリアちゃんなんですけど」


「ヴァルキュリアちゃんはファナを守ろうとした結果でそうしたの!」


「はい……直します……」



 今、アマンナの気配が完全に家中から消え去った。丁度レナによる叱咤も終わったようで、彼女は「よろしい」とまとめ、ヴァルキュリアに頭を下げた。



「ごめんなさいねヴァルキュリアちゃん……ウチの子が驚かせちゃったみたいで」


「い、いえ、その……窓は拙僧が壊したものである故に、修繕のお手伝いをさせて頂きたいのであるが」


「申し訳ないけれどヴァルキュリアちゃん、これはクシャナに与えた罰なの。だからこの子にやらせないと意味がないのよ。決して手を出しちゃダメだからね」


「…………はい」



 確かな信念を感じさせる笑みを浮かべて否を突きつけるレナ。そう言われてしまえばヴァルキュリアも受け入れざるを得ず、頷くと、クシャナはガックリと頭を垂れる。



(……因果応報ってこういう事なんだろうなぁ)



 これまで積み重ねて来た嘘故に、こうして何の罪もない自分が罰せられる理由はそうした因果が巡り巡って訪れたのだろうと、クシャナはもう金輪際、馬鹿な嘘は止めようと決意するのである。

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