情動-05
フェストラが金色の剣を、手首の運動の如く軽く振るう。
それと共にミラージュもカツン、カツンと両足を左右の順番で鳴らし、足元に出現する二つの魔法陣から顕現した二本の黒剣を抜き放つ。
二本の刃が抜かれると同時に、フェストラが動く。ゴルタナによって底上げされた彼の速度に合わせ、ハイ・アシッドとしての剛力、魔術強化という常人よりも遥かに強力で強引な一撃をミラージュへと叩き込もうとするが、しかしその攻撃を黒剣の一振りで受ける事により衝撃を殺し、もう一本の黒剣が軌道を変えて受け流す事に成功。
だが、まだ互いに一本ずつ、得物が残っている。
二人は体を回転させながら、その構えた剣を相手の首目掛けて振り込むが、しかし互いが互いの首を狙うからこそ、剣と剣はぶつかり合い、衝撃が二人を襲う。
「オレも聞こうじゃ無いか。何故お前は、自分の固有能力を使わない?」
「、っ」
振り込む力も、互いの剣を押し返す力も同等。だからこそ二者はそのまま鍔迫り合いつつ、切り結ぶタイミングを計っている。
「恐れているのか? オレの深層意識を覗き見る事に」
「うるさい……ッ」
だが、そうして言葉による挑発を受け、ミラージュは思わず乱雑にフェストラを剣を弾いたが、しかしフェストラは彼女がそうして力を込めたタイミングに合わせ、左の拳を素早く突き出す事で、ミラージュの胸部を殴打する。
柔らかな胸の脂肪がクッション代わりになったのか、それともミラージュ-ブーステッド・フォームに変身しているが故の防御力か、彼女は強く殴られ地面を転がりつつも、しかし痛みはそこまで感じる事なく、すぐさま立ち上がる。
「オレとお前との実力差は明白だ。もしお前がオレに勝れる部分があるとすれば、それはお前の固有能力だけだろう」
「うるさいって、言ってんだろうがッ!」
冷静さを欠いた攻撃に意味はない。黒剣を振るうミラージュの攻撃を躱し、大きく振り込んだ一閃だけを剣で弾き、その弾き返した勢いを利用して、彼女の体へと横薙ぎに振るい、彼女の腹部に刃を通した。
だが——そこでフェストラは思わず目を開く。
ミラージュの腹部に刃を通し、吹き出した血。しかしミラージュは、そうして自身へと接近して刃を通した彼の腕を握り、引き寄せる。
「捕まえた……っ!」
「く、!」
金色の剣がまだ腹部に切り込まれたまま、ミラージュは腰を捻りつつ掴んだフェストラの腕だけは離さず、右の拳を力強く振り切った。
腰の入った強力な一撃、それがフェストラの顔面に叩き込まれる。
ハイ・アシッドとしての腕力、そして魔法少女へと変身しているからこそのスペックアップも合わせ、振り込まれた一撃によって、フェストラは勢いよく殴り飛ばされる。
強く、鋭い一撃を叩き込まれたフェストラは、その身にまとっていた魔術外装であるゴルタナの展開が強制的に解除される。
展開解除をする事で、受けた衝撃を可能な限りゴルタナが吸収してくれたはずだが、それでもフェストラの顔面は形が僅かに変わっていて、彼がゴフ、と勢いよく咳き込んだ瞬間、大量の血が口から吐き出された。
ゴルタナの展開が解除された事により、フェストラの美しく輝く金髪が見える。それと同時に、再生を少しずつする事で歪んだ顔面も端正な形に戻っていく。
そうして彼の表情を見ると、ミラージュは口を結びながら目を逸らす。そんなミラージュの様子を見ながら、口に残った血を吹き捨てたフェストラは、まだ僅かに震える足で立ち上がる。
「もしや、夢にでも出たか。オレの深層意識が」
ミラージュは答えない。しかしその沈黙が、彼には答えとしか思えなかった。
「まぁ、それもそうか。以前お前は、アマンナの深層意識にも夢で潜ったと言っていたし、ある程度近しい人間であればあるほど、深層意識を見るハードルも下がるという事だろう」
そう苦笑したフェストラだが、しかし事はそれだけが理由ではないだろう。
確かにクシャナは、フェストラの深層意識を垣間見た。しかしそれは、幼き彼の姿と、今の彼の苦悩。
それが入り混じった夢の中で……彼は、フェストラという男は、クシャナに問うたのだ。
(オレの根底にあるこの想いが、本当にエゴなのだとしたら……オレは何の為に生まれてきた? オレはどうして、こんな風になるまで、生きてしまった?)
彼の嘆きを表す深層意識を覗いた時、フェストラはクシャナの手を握りながら、眠っていた。
涙を流し、何かに懺悔するかのように。
きっと、彼の深層意識を今一度覗けば、彼の苦悩や後悔の形を、知ることができる。
そして——改めてクシャナは、目の当たりにする事となる。
彼がこうなってしまった理由。狂ってしまったワケ。
言葉で語られるだけならば、どうとでも自分にどうとでも言い訳が出来る。けれど彼の深層意識を覗いたが最後、その真意と嫌でも向き合わなければならない。
結果として、彼の心を揺さぶり、彼を倒すことが出来るようになるかもしれない。
けれどそうなった時、クシャナは本当に……フェストラという男を、倒せるのだろうか?
「その決意が無いのなら、お前は自分の世界を守る器じゃ無い。大人しく、オレの傀儡となるが良いだろうよ」
フェストラは彼女を挑発するように、人差し指をミラージュへと向けて、動かす。
「オレは、オレの選んだ道が、理想が、真理が、正しいものだと証明してみせる。お前も、自分の選んだ道が、自分にとって正しいと考えたからこそ、オレとこうして相対しているのだろう? ならば、逃げる事は許されんぞ」
自らの深層意識と向き合う事に、何の戸惑いも無いと言わんばかりに、彼はミラージュと……クシャナと向き合っている。
「お前がオレを喰らい、自らの未来を進もうと言うのなら——オレの全てを超えていけ」
「……ああ、分かったよチクショウめッ!!」
固有能力【幻惑】を発動。ミラージュは、目を細めてフェストラの瞳と自らの瞳を合わせると、二人にだけ見える世界が周囲に展開される。
それまで広がっていた倒壊した建物の瓦礫に塗れた大広場ではなく……そこは誇り一つなく掃除が行き届いた、広々とした部屋の中に一人、ぽつねんと腰掛け、大量の本を読み進める幼児の姿があった。
それは、四歳程度の歳であるフェストラ・フレンツ・フォルディアスという子供の姿。
彼は誰もいない孤独の空間で一人、勉学に励んでいる。
(ボクには、アマンナという妹がいる)
幼児を中心に、クシャナとフェストラはただ、子供を眺めるだけだ。
(お父様は、アマンナの事を妹じゃないと言ったけど、ボクにはわかる。あの子は、ボクの大切な妹だ。誰よりも可愛くて、ボクの事を「お兄ちゃん」と呼んでくれる、たった一人の妹)
勉学に励んでいる彼の光景が虚ろい、次なる景色を映し出す。
部屋に運び込まれていた器具にぶら下がり、必死に腕の力を使って懸垂に励む男の子は、僅かに身長が伸びていた。
(アマンナはボクの影となる為に、ルトさんに教育を施されているけれど、ボクには影なんていらない。——ボクが、アマンナを守れる男になる)
そんな部屋の隅に、誰もいないと思われていた部屋の陰に、小さな体を隠しながらフェストラの事を見守る、一人の女の子がいた。
フェストラの妹であり、彼の影であるように命じられ、そのように生きる——アマンナ・シュレンツ・フォルディアスの姿だった。
そんな妹の見守る中、ただ懸命に体作りに励む彼の姿が、また霞のように薄れていき、次の光景をクシャナとフェストラの両者に魅せた。
そこはおそらく、帝国城の廊下。幼き日のフェストラはまた背が僅かに伸び、少しずつ大人へと至る階段を登っている事を示しているだろう。
彼が歩く先に、もう齢が四十は過ぎていそうな男性が歩む。フェストラは彼の斜め後ろにいながら、彼へと付き従っている。
『フェストラ、お前はアマンナを何と認識している?』
『妹です』
まだ声変わりも果たしていないフェストラだが、その言葉には今と変わらない、信念にも似た何かがある。
『アレはお前の妹などでは無い。シュレンツ分家の用意した薄汚い雌豚の子、つまりアレも、雌豚だ』
『お言葉ですがお父様。アマンナにはお父様の血も流れています。貴方が第六世代魔術回路を求め、アンス様と交わったからこそ生まれたのです。つまり、生物学的にアマンナとボクは』
と、そんな彼の言葉を遮る、父上と呼ばれた男——フェストラとアマンナの父である、ウォリア・フレンツ・フォルディアス。
ウォリアはフェストラの言葉を受けて足を止めると、まだ十歳にも至っていないだろう幼いフェストラの頬に向けて、右足を強く振り込んで、彼を蹴り付けた。
『お前は今、何と言った?』
唇を切った事で口内に溜まった血を吐き出すわけにはいかない。それを飲み込み、唇を拭ったフェストラは、しかしそうした暴力には既に慣れていると言わんばかりに、答えを渋る事なく答える。
『生物学的に、アマンナとボクは兄妹でありますと、お答えするつもりでした』
『違う、そうではない。——今、貴様はあの雌豚の名を、何と呼んだと聞いているのだっ』
大人の蹴りを受けて立てずにいたフェストラを起こす目的では無く、ただ彼を怒鳴りつける為に胸ぐらを掴んで持ち上げるウォリアに、フェストラは締め付けられる喉のせいで息が出来ぬ状態とされる。
『アンス様、様と言ったか!? この私を謀り、子を産みたいが為に金の無心をしてきたあの雌豚に対し、様付けだぁ!?』
『お、とぅ……さま……っ!』
『お前は将来、私が亡き後に玉座へ掛ける、フレンツ宗家の後継だぞ!? お前が頭を下げるべきは私と、現帝国王と成られたラウラ様だけだ! 二度とあの雌豚に対し様を付けるな……ッ!』
まだ小さなフェストラが息をできずに苦しむ姿など見向きもせず、ただ自らの苛立ちをぶつけるように、ウォリアはフェストラの体を乱雑に投げ、彼を床に叩きつける。
全身を打ちつけたフェストラは強く咳き込みながらも——しかしウォリアに対し、強い意思を以た瞳で睨みつけた。
『――父に向かって、なんだその目はッ!』





