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情動-03

 アスハの表情に、嘘は感じられない。


 元々彼女は、嘘というより台本の言葉を口にする、偽りの言葉を得意とした。故に、彼女の言葉が最初は、メリーを動揺させる言葉なのではと、疑心暗鬼にも駆られてしまったが——そもそも、彼女はそんな台本の言葉に、偽りの言葉に嫌悪感を抱いた女性だ。


 例え、メリーという男を倒す為とは言え、自分の思いや願いをねじ曲げる事など出来るはずがない。


 もしそんな器用な女性だったなら——彼女はメリーと敵対する事もなく、幸せな人生を歩めたのだろうに。



「確かに……フェストラ様も、クシャナも、ファナも、ヴァルキュリアもアマンナもルト・クオン・ハングダムも、あのドナリアだって、メリー様にとっては……美しい人間だったでしょう」



 元々、シックス・ブラッドも帝国の夜明けのメンバーも、メリーを除けば外見の整った美男美女が多かった事は違いない。年輪を重ね、筋肉質な外見を有していたドナリアやガルファレットという男たちもいたが、彼らも顔立ちだけならば、それなりに整っていただろう。


 だが、そんな外見の事だけじゃ無い。


 その心が、メリーから見れば誰もが真っ直ぐで、輝いて見えたのだ。


 見た目の美しさに嫉妬し、自らの醜さを呪うしか出来ずにいたメリーとは違い、誰もが自分の理想や望みに目を向ける姿が、美しくないと言えば嘘だろう。



「ですが、ですが私には、メリー様も、同じだったのです。自分の事ではなく、私や、ドナリアという同胞の幸せを……何より、この国の変革を求める貴方に、憧れていた……そのお姿を、ようやくこの目に焼き付ける事が出来たのです。その本音を、今こうして打ち明ける事ができた。私は、私は……この時まで生きていて、良かったと、本当に願います……っ」



 涙を浮かべ、笑みを浮かべ、彼女はメリーに想いを叫んだ。



「私は、私はっ! メリー・カオン・ハングダムという男を、遠藤怜雄という男の子を、目が見えぬ時から、愛していますっ!」



 胸元から取り出すは、一本のアシッド・ギア。メリーは本来、彼女の手に握るそれを、撃ち落とさなければならなかったのだろう。



「自らを呪いながら、けれど自らの呪いを他者に向けなかった貴方を、貴方の正しさを求める心を、私は尊敬していた。自分を重ねた。その末に——貴方と共に、永遠にありたいと、そんな願いさえ、抱いたっ」



 けれど、撃てなかった。ベレッタの引き金に指をかけながら、しかし震える手で撃っても当たるはずがないと自分に言い訳をして、彼女がそのアシッド・ギアを、自らの首筋に突きつける様子を、ただ見ていた。



「貴方の事をこの目に焼き付ける事が出来て、本当に嬉しい。これで二度と、貴方の事を忘れる事はない。——これから先、続いていく永遠の命が迎える未来で、どんなに苦しい事があっても、貴方とドナリア、二人と共にいた思い出が、私を守るっ!」


「アスハ——ッ」



 首筋にアシッド・ギアの、USB端子にも似た先端部を押し込み、挿入。それにより、彼女の肉体にアシッド因子が投入され、彼女の体を僅かに歪ませた。



「ぐ——ゥ、ぅううう、がぁぁあああああっ!」



 アシッド・ギアを抜きながら、うめき声にも獣の遠吠えにも聞こえる絶叫が、メリーに届く。その瞬間、メリーは唇を噛みながら震える手でベレッタのトリガーを幾度となく引き、銃弾を発砲。


 計七発の銃弾が放たれ、その半数がアスハの体に着弾、貫通している筈なのに、彼女は絶叫をやめる事なく、ただアシッド・ギアを引き抜いて、地面に叩きつけた。


 もう、必要ない。こんな力は——そんな想いさえ感じるほどの勢いと共に、彼女の体に変化が訪れた。


 先ほどまで彼女を苦しめていた筈だった、数多の傷口、焼き爛れた火傷痕。その全てが、少しずつではあるが修復を始めているのだ。



「な、なぜ」



 と思わず言葉に出かかったメリーだが、そんな事を考えている余裕すらない。


 アスハは、獣の如き眼光をメリーへと向けると、先ほど手から離れた剣の柄を蹴り付け、メリーへと蹴り飛ばしながら、駆け出したのだ。


 その動きは早く、動揺していたメリーには、どう対処するべきかを一瞬の内に試行させない。


 ただ急ぎベレッタを構えてアスハの両足に撃ち込もうとしていたメリーだったが、焦りと動揺の入り混じる彼に冷静な射撃ができるはずもなく、銃弾は足をかすめただけに留まる。


 地面を蹴り付け、メリーへと拳を突きつけるアスハ。正確に顎を狙った一打を避けることは出来たが、問題は続けられた攻撃だ。


 彼女は振るった拳が避けられた事だけを確認すると、先ほどメリーの方に向けて蹴り上げた剣が回転しながら、自らの頭上に落ちてきた事を確認。そのまま剣の柄を握ると、拳を回避して僅かに姿勢を崩したメリーの左腕に向けて、剣を振り下ろした。



「が、ぐぅ——ッ!」



 切り裂かれる左腕。メリーは噴出する血に身を濡らすアスハに対し、右手でベレッタを握り直し、彼女の脳天に二発、銃弾を撃ち込む。



「なぜ、なぜ再生が出来ている……!? アスハ、君は一体、何をしたと言うんだ……!?」


「わかって、いるんでしょう? フェストラ様の、平伏能力が有する、欠点を」



 脳天を撃たれたからか、僅かに言葉が途切れ途切れとなっているが、アスハは死して倒れる事もなく、ただその銃弾が貫通した額に手を当て——その再生が行われると、手を離した。



「私も、半信半疑でした。が、クシャナに聞いて、もしかしたら、と」



 アスハの言葉を聞いて、メリーは何を彼女が言っているのか、うまく理解できていなかった。


 しかし、フェストラの有する平伏能力について、クシャナがもし何かを言うのだとしたら、それは何だと考えれば、自ずと答えは見えてきた。



「……まさか、フェストラ様の平伏は」


「ええ。あの方の力は確かに脅威かつ強力な能力です。我々アシッドの固有能力を封じる事もできれば、アシッドの再生能力を封じるさせる事もできる。ですがそれが……全ての再生能力を封じるものじゃない」



 先ほどメリーが落とした左腕を拾い上げたアスハは、その口元に彼の腕を持っていき、指を噛み砕いて口にし、ゴリュゴリュと音を立てながら食い進めていく。



「フェストラ様は、平伏能力について、こう申していたそうですね。『有する力の一部だけを封じる能力である』と。そして『封じられる魔術は一つだけ。それも多少マナの調整を変えるだけで、扱いとしては別の力として扱われる』……と」



 そうしてメリーの腕を食らっていく間に、メリーの左腕も少しずつ再生を果たしていくが、それよりも動物性タンパク質の補給を行なっているアスハの方が、全身の傷口を素早く癒していく。



「つまり彼の能力によって封じられるのは、力の一つでしかなく、同様の形を有する幾多の力を封じることは出来ない。カルファス姫の有する変な魔術も、我々の再生能力においても、違う因子による再生は、平伏能力の対象外、と考えたというわけです」



 元々アスハには、カルファスから与えられたアシッド因子が宿っている。その因子がもたらす再生能力は、確かにフェストラによって封じられたかもしれない。


 だが、だからこそクシャナとアスハは、彼の言葉に注目した。


 もし、再生能力を封じられたとしても、彼が封じているのは「一つのアシッド因子がもたらす再生能力」であり「別のアシッド因子によってもたらされる再生能力」は、封じられていない可能性がある、と。



「とは言え、私としても賭けでした。本当にこれでどうにかなるとは思えない。だからこそ最後の最後、どうしても必要という時までアシッド・ギアは封じる予定でしたが——賭けは、私の勝ちであるようだ」



 メリーがアスハに勝る事の出来る、唯一の状況。彼女が再生を果たせないという状況を、見事に覆らされた。



「もう、終わりです。メリー様。メリー様には、私を倒せない。私を喰らう事など出来ないのです。——投降を」



 どう足掻いても、勝つ事など出来ない。


 アスハという女とメリーという男には、それだけ力の開きがあるのだから。


 故にアスハは、これ以上戦う必要はないと、投降しろと言葉にするが。



「……いいや、まだだ。私は、私達はまだ、負けていない」



 諦めの悪さを表現するかのように、メリーはベレッタを構え直した上で、アスハへと銃口を向けた。



「私は、諦められない。フェストラ様の目指す未来を、世界を」


「……メリー様」


「だからアスハ、私を止めたければ、誰も答えのわからい未来へと進みたいのならば、私を喰らうんだ。私は、生きている限り、フェストラ様の理想を体現するべく、君たちの前に立ちはだかる!」



 それは、何故かアスハの心が、震わされるような叫びだった。


 一聴するだけではその叫びが、まだ微かに残っている望みに縋っているかのように聞こえたかもしれない。


 だが、そうじゃない——そうじゃないのだ。


 それが分かるからこそ、アスハは両の瞳より溢れる涙をボロボロとこぼしつつ、剣を構えた。



「——君たちの未来を手にしたいのならば、この呪われた私を、喰らえッ!!」


「——はい。それが、貴方の望みなら」



 メリーが銃弾を一射する度に、アスハの握る剣も、同様にメリーを切り裂いた。


 一射目は左足を。二射目は右足を。三射目で再生を始めていた左腕を切り裂き、四射目でようやく、ベレッタを握る右腕を切り裂いた。


 両足を失った時点で、地面へと仰向けに倒れていたメリー。既に四肢を失った彼は——そこで綺麗に、首を切り裂かれた事で、頭だけが床に転がった。



「……見事だよ、アスハ」


「恐縮、です」


「泣かないでおくれよ、アスハ。私が安心して逝けないだろう? ——それに、寂しくなってしまうから」



 首を落とされ、後は食われるだけでこの世から去る筈のメリーは、先ほどまでの剣幕も、迷いも苦悩も感じさせない、明るい声が宿っていた。


 両手で彼の頭を拾い上げ、涙で彼の頬を濡らしながら——アスハは最後まで、彼の顔を目に焼き付けようと、誓う。



「大丈夫。私は、幸せだから。……ただ一人愛した、美しい君に食われ、君の中で、この先の未来を共に歩むんだ。同じく君に食われた、ドナリアと共にね」



 それが望みであると——彼はそう笑いながら、アスハの涙を受け止め続けた。



「だから、笑顔で私を喰らってくれないかい?」


「——それが、貴方の望みなら」



 下手な笑顔だと思った。


 けれど、アスハは確かに眼を細め、口角を上げた後、メリーの頭を食らっていく。


 涙はある。けれど、食う側も食われる側も、ただ笑顔であり続けた。



 ——その光景は酷いものであるかもしれない。


 ——けれど、今はそうだとしても。


 ——この先にある未来で、きっと二人に、三人にとって、共に未来を歩める、美しい光景があると、信じている。

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