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情動-01

 アスハ・ラインヘンバーが首都・シュメルの工業区画まで足を運びつつ、未だ光がチラつく眼を瞬きさせる事で何とか視界を確保している。


 また聴覚強化を行なっていた耳も、破裂音によって未だ聴覚が正常稼働を行なっておらず、全く聞こえないという程でもないが、しかし細やかな音を聞き取れているか、という疑問があれば、そこには否という言葉が続く。


 メリーという男は、アスハという女の弱点を知り尽くした男と言ってもいい。


 山口明日葉として過ごしていた期間も、その後にアスハ・ラインヘンバーとして再びこの国に戻ってきた後も、メリーは常にアスハとドナリアの二人を率いる為、二人の長所も短所も見続けてきたのだから、当然だ。


 姿を晦ませたメリーを探しながら、なるべく狙撃不可能の場所を探し、そこを通る事でメリーからの銃撃を防ぐ。


 先ほど狙撃された時は、ある程度の狙撃ポイントを見極めた上で銃弾を補助能力で捕捉し、クシャナを守る事ができたが、今は難しい。補助能力を用いる為の眼球は光に焼かれ、少しずつ視力を取り戻しつつはあるが、しかし普段よりも明らかに再生が遅く、視覚は当分の間、全力を発揮出来そうにない。



「分かっていた事だが——やはりフェストラ様は、私の再生能力は解除していない、か」



 フェストラの固有能力である【平伏】によって、クシャナとアスハはそれぞれ、一つずつ力を奪われていた。


 一つはクシャナのマジカリング・デバイスが、機能停止状態に陥った事。しかしこれは、フェストラが解除したのか、何か条件があって解除されたのかは不明であるが、機能は復活し、彼女は変身を可能としていた。


 だが、アスハの再生能力は違う。


 先ほど、AK-47によって撃ち込まれた銃弾は全て貫通しているにも関わらず、アスハの全身は未だ銃痕が残り、その傷口より血が溢れている。


 勿論、全く再生がされないわけではない。人間より圧倒的に優れたハイ・アシッドとしての再生能力が機能していないだけで、通常の人間と同じ自然治癒機能はある筈だ。


 しかし、自然治癒だけではすぐに傷が塞がる筈も無く、また抜けていった血液も十分に補充できる筈もない。


 アスハの体は時間を経れば経る程に、血が抜けていって体力も少しずつ消耗していく。


 長期戦になればアスハは不利となっていき、最終的に致死量の血液が体から抜け、行動不能になりながらも死ねないが故に生きている、という状況になりかねない。



「……仕方ない。少し気は乗らないが、罠にかかるとしよう」



 アスハが「罠」と言い切る状況、それにわざと乗っかるつもりで、彼女は地面を強く蹴り付け、建造物の屋上へと着地する。


 顔を上げ、周囲を見渡す。現状の視覚状況は彩度が強く出過ぎて細やかな色味などは分からない。が、彼女の有する周辺探知魔術と合わせれば、至近距離だけならそれなりの精度を有する情報が得られる筈だ。問題は——


 銃声が聞こえるよりも前に、僅かだが殺気のようなものを感じ、体を転がしながら屋上の床を転がる。


 先ほどまで立っていた場所に、次々と銃弾が撃ち込まれていく。冷や汗を流しつつもそれに気付かないアスハは、銃弾がどこから撃たれたのかを確認するように、撃たれた方向を見据えた。


 AK-47を構えながら、近くの建造物屋上からこちらを見据えるメリーの姿が、微かに見える。もう一度狙いを定めてトリガーを引く彼と、体を素早く動かしながら放たれる銃弾を器用に避けるアスハ、二人が同時に動く。


 メリーは体を起こしつつトリガーを引き続け、銃弾がその度にアスハへと放たれる。建物の貯水タンクに身を隠す事で銃弾を避ける彼女に対し、メリーも同様に貯水タンクの後ろに隠れつつ、アスハの方を見据える。



(わざわざ撃たれやすい場所に来てまで短期決戦を挑みに来るとは……やはり、フェストラ様の平伏能力が効いている、という事だな)



 メリーも同様に、アスハがフェストラの固有能力によって再生能力を失っている事を知っている。だからこそ、今回の戦いにおいて勝機があるとも。


 元々、アスハとメリーの戦闘能力には天と地程の差が存在する。帝国の夜明けとシックス・ブラッドの二組織において、アスハに勝る事が出来る逸材は、それこそヴァルキュリアかガルファレットしかいないだろう。


 対してメリーは、恐らく単純な戦闘技術という点においては、クシャナにも劣る可能性がある。勿論、ハングダムの認識阻害技術や暗殺術等の専門技術については他者よりも圧倒的に優れているが、それだけだ。


 そんな二者には、共通している特性がある。アシッドとしての不死性を有し、優れた再生能力を持つ事、そして常人の四十八倍も優れた身体機能だ。


 元々優秀な戦士であったアスハに、その三つの特性が加わる事により、彼女はより最強に近い戦士となった。それに比べて、メリーは元より大した事のない実力が多少優れただけに留まった。



(本来、私がアスハに敵う術等ない。けれど再生能力を失ったアスハが相手ならば、時間さえ稼げれば勝てる)



 アシッドという存在は、無敵の存在ではない。例えば再生能力がもし何らかの理由で封じられた場合、失血による意識不明状態を引き起こしたり、両足を封じるだけでも動きを抑制できるからだ。


 今のアスハはまさにこの状況だ。平伏能力によって再生を果たせない彼女を倒す手段は幾らでもある。それまでに、自分が死なない事を念頭に入れる必要はあるが、メリーは仮にも、かつてハングダムという家の次期当主に選ばれていた男でもある。それだけの技術は自分にもあると自負している。


 貯水タンクから体を出し、AK-47の銃口をアスハが隠れる貯水タンクへと向け、発砲。銃弾が十幾発と放たれ、貯水タンクに穴を開けて中の水が僅かにピュゥ、と飛び出るが、しかしタンク内の水が銃弾を止めているのか、貫通している様子は見受けられない。


 そんな貯水タンクに身を防がせているアスハは、僅かに荒くなる息に気付く事なく、どう動けば良いかを思案している。



(メリー様の勝利条件は、私がくたばる直前に至るまで待つ事。彼は私の首を落とす必要などない。再生が果たせない私は、待っていれば自然と失血によって意識が遠のいていくだろう。意識を失った私の首を落とし、食らえばいい。それで彼は勝利となる)



 可能な限り傷口に布等をあてがい、出血を抑えるようにしているが、それでも軽く動くだけで血が吹き出し、より血液が体から失われていく事だろう。


 つまり極端な話をしてしまえば、今の状況でも長く足止めをしてさえいれば、いつかアスハは出血多量による意識の混濁が行われ、やがて意識を失う筈だ。


 気絶を少しでも早めたいという思惑と反撃の機会を与えない為に、彼はこうして銃撃を止めないでいるのだ。



(対して私の勝利条件は、メリー様の首を落とす所までいかなければならない。そして、彼もハングダムの技術を叩き込まれた男だ。そう簡単に、近付けさせてくれる筈もない)



 もし再生能力が問題なく発揮できる状態であるのなら、銃撃など気にも止めず、速度重視の突撃を行い彼を捕らえ、首を叩き斬りるだけだが、今現状ではそれが許されない。


 銃撃が止む。しかしそれはメリーが攻撃を止めたわけではない。銃の持ち替えだ。



「ハァ——」



 先ほどまでの銃声が止んだ瞬間、アスハは自分の聴覚が正常に近い状態になっている事を認識する。まだ僅かに耳鳴りはするが、しかしその程度ならば意識を持っていかれるという程でもない。


 瞳を閉じて、微かな音を頼りに、メリーが貯水タンクの裏で何の銃へ持ち替えようとしているのか、それを探る。



「重いな」



 マガジンの差し込み時の音が、彼が普段用いるベレッタM9よりも押し込む力強さ感じた。その後のスライドを引く際にも、勢いがある。恐らく、銃が元々大きく重たいタイプなのだろうと予想出来る。


 そして、聞いた回数は少ないが、彼が銃を用いる際にこれと同様の音を幾度か、聞いた事がある。



「大口径、デザートイーグル」



 五十口径のAE弾を撃つ事が出来る銃の一種だ。可能な限りの高威力を引き出し、貯水タンクを貫通させてアスハを撃とうという思惑があるのだろう。


 しかし、撃った際の衝撃が強いデザート・イーグル、それもアサルトライフルであるAK-47とは異なり連射性能に劣る自動拳銃であれば、射線さえ気を付ければ避ける事も容易い筈だ。



「仕掛けるチャンスか、それとも——」



 何かメリーにも思惑があるとしか思えない。アスハの実力を知り得ている筈の彼が、そうして銃の持ち替えをアスハが気付かない、など考える筈もないだろう。即ち、見抜かれていても何か手を考えてあるか、もしくはそれさえも囮としているのか。


 だが、考えていても始まらない。確かにデザート・イーグル程の大口径拳銃ならば、貯水タンク内の水に勢いを完全に殺される事なく、アスハへと届く可能性も否定できない。


 顎を引きながら剣を構え、タンクから身を乗り出した彼女は、たった今姿を僅かに曝け出し、読み通りデザート・イーグルの銃口をこちらへと向けて、トリガーを引いたメリーの姿を目の当たりにする。


 発砲。轟音と共に射出される銃弾の着弾位置を概ね銃口から読んでいたアスハは、そのまま身体を横飛びさせて銃弾を避け、地面を蹴りながら二発目が放たれる前に跳び上がる。


 二発目の発砲も早い。しかし、急いで狙いを定めた事と合わせて撃った際の反動も大きい銃の連射は、アスハの身体に当たる事なく脇腹付近を空振り、アスハはそのままメリーへと向けて剣を振るった。


 だが、メリーもその状況を想定しているかのように、すぐ腰を落としながら両足を動かし、アスハの振るった剣を何とか避けつつ、現在いる屋上から隣の建物へと飛ぶ。


 逃がさない——そう考えながらアスハは乱暴に放棄されていたデザート・イーグルを掴むと、そのトリガーに指をかけ、隣の建物屋上へと移った彼の右足に向けて、発砲しようとする。



 ——その瞬間、アスハが背にしていた、先ほどまでメリーが隠れていた貯水タンクの下から、ぴっ、ぴっ、と言う電子音が響いている事に気付く。



 アスハがその音に気付き、そちらを見ると、掌で包めば隠せてしまうほどの小さな箱が貯水タンクに貼り付けられていた。



「な——ッ」



 マズイとその場から急ぎ離れようと、メリーと同じ建物へと飛ぼうとしたアスハだったが——大きく距離を稼ぐ事が出来ぬまま、アスハの背後で強い爆発が起こされた。

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