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夜明け-11

 思わず足を止めてしまいそうになった。けれどそれは許されない。アスハという女とまともに接近戦で戦い、勝つ事ができる見込みゼロに近いのだ。



『私にとってドナリアは、誰よりも本音で話せる友人でありました。そして私にとってメリー様は、何時だって手を差し伸べ、道を示して下さるお方です』



 ドナリアとメリー、二人それぞれに感じる愛の形は違っただろう。


 ドナリアには友愛。それは今もヴァルキュリアやアマンナに抱く愛情と同じで、時にぶつかる時もあれば、ぶつかり合った上で分かりあい、認め合う事も出来た。


 メリーには敬愛。それはフェストラやかつて自分の生き方を説いてくれた祖父に抱いた愛情と同じで、導きを賜り、その言葉を噛み締めて自分の生き方に重ねる。けれど——その言葉を受け止めてどう行動するかは、まさにアスハの心次第だ。



『メリー様はアスハ・ラインヘンバーにも、山口明日葉にも、道を示してくださりました。それはこの先の未来でも一生忘れることのない御恩です』


「……それでも、私の事を討つというんだな?」


『ええ。恩を仇で返すような方法となってしまった事は、自分自身も気が重く——この戦いが終わった時、私は自分の罪を晴らす為に命を終わらせる覚悟を持ち合わせていたのですが』


「……が?」


『ファナに、死のうとする事は逃げる事と同義であるからこそ、許さないと怒られました』



 それもまた、予想が出来てしまった。思わず笑ったメリーに続き、アスハのクスクスとした笑い声も僅かに聞こえた所で、足を止めた。



『私にはこれまで積み重ねて来た罪がある。そして死ぬ事も咎められるとなれば、その贖罪方法も限られてしまう』


「……遠慮する事はない。私に対する恩義を重しにする必要もない。なにせ私も、これまで多くを助けて貰い、心の拠り所である君を、殺すつもりなのだから」


『そう言って頂ける事を、嬉しく思います』



 足を止めた理由は、アスハから逃げる事を諦めたからではない。


 むしろ逆。足を止め、音を聞き、気配を辿らねば——メリーは次の瞬間に振われた刃を避ける事が出来ず、首が落ちていた事だろう。


 メリーが足を止めて数秒間、感じていた気配はどれだけ遠ざかろうとしても、アスハが迫る殺意にも、冷気にも似た冷酷な気配。


 その気配を感じる事が出来たからこそ、周囲を見渡しつつ気配の他に音を探り、アスハの姿が果たしてどこにあるのかを特定しようとし……それは成功した。


 殺気が強まった瞬間、メリーは両足にマナを投じて脚部強化を行い、地面を蹴り付けながらバックジャンプし、大きく体を動かす事で、空から疾く駆け落ちてくるアスハの振るった刃を避けたのだ。



「——では、お覚悟を。メリー様」


「……覚悟をするのは君の方だ、アスハ!」



 バックジャンプと同時にベルトに固定していたスタングレネードを乱雑に引き抜き、その際にベルトと結ばれていたピンが外れ、グレネード本体だけがメリーの手に収まる。


 それを地面に転がしながら物陰に隠れて耳を塞いだメリー。スタングレネードの存在自体には気付きつつ、しかしそれが何かを判断出来ていなかったアスハは、不意に強烈な光を放ちながら破裂音を奏でる事により、視覚と聴覚を同時に塞ごうとする兵器の恐ろしさを知る。


 キィ——とアスハの耳を劈く耳鳴り、それに思わず体を揺らめかせそうになった。それだけではない。補助能力として目覚めた彼女の死角も同様に、スタングレネードの放出した光の情報を多く取り入れすぎた結果、その目が光に焼かれてしまったと言ってもいい。


 熱いという感覚は分からないが、眼球がレンズのピント調節機能を狂わせられたかのように視界が定まらず、聴覚と視覚が双方ともに使い物にならないと確認。


 周辺探査魔術が展開されているので、本来ならばメリーの居場所も理解できるはずなのだが……そこはハングダムの技術を習得した男。目と耳が使い物にならなくなったタイミングから彼の気配を感じる事も出来なくなり、ただ彼女の体を幾多の銃弾が貫いたという事実だけが理解できた。



「ぐ、むっ」



 痛覚が無いからこそ銃弾が何発体を貫こうが、それによって悶える事はない。しかし銃弾によって貫かれた部位が、両肩と両膝であるという事が問題だ。


 思わず膝を折ってしまうアスハ。そんな彼女に決して接近する事なく、メリーはAK−47のトリガーを引き続け、絶え間なく銃弾を撃ち込みながら、ワイヤーを近くの建造物屋上に目掛けて投げ込み、ワイヤーの先に備えていた鉤爪付きの重しが何かに引っかかった事を確認しつつ、屋上へとワイヤー伝いに駆け上がっていく。


 再び、アスハから距離を取る為だけの時間が始まる。


 通話も必要なくなったからとBluetoothインカムの電源を切り、屋根伝いにシュメルの街を駆け出そうとしたメリーの目に、光が届く。


 まさしく今、夜が明けた。

 

 

 **

 

 

 既に幻想の魔法少女・ミラージュ–ブーステッド・フォームに変身を遂げているクシャナ・アルスタッドは、帝国城へと続く道を歩みながら、アスハより授かった五本のアシッド・ギアの内一本を取り出した。


 既に幾度か使用されており、既に因子数も減っているそれを、ブーステッド・ホルダー装着後のスロットに挿入し、それによって肉体に循環するエネルギーを感じる。


 因子数は六。つまり作成できる分身数も六体。それで構わないと言わんばかりに手を振るった彼女の動きに合わせ、ミラージュの背後に六体の分身ミラージュが出現し、彼女の後ろに付き、従うように続いた。


 帝国城を前にした大広場。ガルファレットとシガレットによる戦いによって倒壊した建物の瓦礫が乱雑に転がる景色を見据えながら……彼女と同じく大広場へと向かい、歩いてくる男の姿を見据える。


 首元まで伸びる金色の髪の毛、端正な顔立ち、そして聖ファスト学院の制服に身を包んだ少年……フェストラ・フレンツ・フォルディアスは、ミラージュの事を見据えると目を細めて、足を止めた彼女と同時に歩みを止める。


 十数メートル程度の距離。それは魔法少女であるミラージュにも、優秀な魔術師としてのフェストラにも、数秒と必要なく詰めることが可能な距離であろう。



「やはりお前は、最後までオレと向き合うか」



 鼻を鳴らしながらそう述べた彼に、ミラージュは頷く事なく彼に問う。



「フェストラ、辞める気はないのか?」


「あると思うのか」


「……思わないよ」



 ミラージュも理解している。フェストラという男が一度自分で決めた事に対し、理由もなく諦める筈がないと。



「なぁ。お前の目指す世界は、人を辞めてまで叶えなきゃいけない理想だったのか?」


「それが必要ならばするだけだ。オレという男には元々、そんな大それた才能も無ければ、人を超えた力などない。戦闘技術も、魔術もな」



 フェストラらしからぬ言葉である筈なのに、しかしクシャナにはどこか、その言葉を理解できた。



「しかし、このアシッドという力があれば、人を超えた力があれば、世界は変革出来る。それをラウラは証明してくれた」


「元々お前に備わっていた力でなく、お前以外の誰かがもたらしたものであってもか?」


「誰に与えられた力だろうが、力は力だ。お前のアシッド因子もマジカリング・デバイスも、ナルセ・イブキとかいう神に与えられた力なのだろう?」


「そうだよ。でもだからこそ、私は率先して人の世に関わるべきじゃないとしたんだ。この力を振るうのは、この世界にもたらされた人ならざる力を倒す為。人の世を変える為じゃない」


「人の世に人以外の存在が関わるべきじゃない、か。その信念は買うが……お前も理解できるだろう? そんな綺麗事で、世界は変えられない。人の意思や力だけで世界を変えられる筈がない」


「お前は……人の事を信じていないんだな」


「信じた所で、人は大枠から外れる事などできず、変われない。人が変われないのなら、人の暮らす世界が変わるはずも無い。……人は、どんな存在とて平等に、弱いものだ」



 フェストラは人の弱さを……否、自分の弱さを認め、人以上の力を求めた。


 人以上の力があれば、きっと人も変われる。人の暮らす世界も変わることができると。



「弱さを、憎んだのか?」


「それこそ、王たるオレが常に抱かねばならん感情だ。それ以上の感情はいらん。喜びも悲しみもなく、ただ怒りを以て民を、より良い世界に導く。その為に、弱さは不要だ」



 彼が懐から取り出すのは、黒い正方形のキューブ。掌で包める程度の大きさではあるが、しかしそれも、力を授ける兵装といえる。



「お前はオレの元を離れ、ファナ・アルスタッドと十分に語らったのだろう? ならばもう、言葉は不要だろう」


「……そうだね。お前と話す事も、これ以上無い。後は、私かお前のどっちかが、互いを喰らうまで、戦うだけだよ」


「ああ。ここから先は、お前が人の世に関わるべきでないとした力同士のぶつかり合いだ。——化け物同士、共に雌雄を決しようじゃないか」



 手に握るキューブを宙へと投げたフェストラ。彼はそれと同時に「ゴルタナ、起動」と音声を吹き込み、彼の声に合わせてゴルタナが溶け出し、フェストラの全身を包むように纏われた。


 ゴルタナを装着したフェストラは、右手の指をパチンと鳴らし、その瞬間に彼の周囲へ青白い光が発せられ、白いコートを着込んだ魔術兵が、バスタードソードを構えて壁のように立ちはだかる。


 対してミラージュも、事前に生成していた分身たちが思い思いの武器を取り出し、本体を守るように立ちはだかる。


 二者が何の合図もする事なく、それぞれが使役する分身と魔術兵がぶつかり合った事が、まさに開戦の狼煙だ。



「何時も何時も、お前はオレの邪魔ばかりをする」



 フェストラの心から湧き出る怒り、それは何時だって二言目には否定を入れて茶々を入れてくる、クシャナに対する不満だ。



「何時も何時も、お前は私の心を苛立たせてくる」



 クシャナの心から湧き出る怒りも同様に、何時だってフェストラという男に全てを見通され、思い通りに動くようにと仕向けられ続けた事に対する怒りだ。



「何時も……ッ」


「お前は、何時もそうだ……っ」



 踏み出すのはただの一歩、だがそれと同時に舗装された道は彼女たちの足が持つ力によって砕かれた事で……彼らは駆け出し、その手に得物を握る事なく、ただ拳を握り合い、その拳を強く突きつける。


 周囲一帯の轟く衝撃、その中心にある二者は、余裕など一切感じさせぬ表情を有したまま、叫び散らすのだ。




「だからお前は——このオレが、細胞の一つ残らず喰らい尽くしてやらねば気が済まんッ!」


「だからお前を、私が全て喰らって止めてやる……それが狂ってしまったお前に対する、私の責任だからなッ!!」




 互いの叫びが力となり、それぞれ衝撃によって吹き飛ばされると共に……今、夜が明けて、朝日に二人は照らされた。


 これから始まるのは——正にグロリア帝国という国がどんな未来を歩むのか、それを問う戦い。



 そして夜明けの朝日は、どちらの目指す世界に光を与えてくれたのか。


 それはまだ、誰にもわからない。

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