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夜明け-09

「ならファナは、生きてしたい事があるのか?」


「アタシは、いっぱいあるよ。もっと身長とかおっぱいとか、お姉ちゃんみたいに大きくなりたいし、色んなお仕事もしてみたいし、グロリア帝国だけじゃなくて、色んな国にも行ってみたいし! えっと、それからそれから……」



 本当に楽し気に、未来の事を想い指を折るファナの姿は、希望に満ち充ちている。


 ファナはまだ、十五という年月しか生きていない少女であるから当然なのかもしれないが、彼女には生きてしたい事なんて沢山あって、どんな経験だって自分の糧になると、心の底から信じている。


 それは良く言えば無邪気、悪く言えば世間知らずと表現していいのかもしれない。



「……勿論、アタシの命が永遠にあって、永遠の中で変わらず、ずっと楽しい事とか、嬉しい事とかばっかりじゃないって、それはアタシも分かってるんだ」



 でも、それでも――と、ファナは唱える。



「世の中や世界が変わっていっても、変わってく世界でも楽しい事なんて、いっぱい出てくると思うんだ。アタシは、そうして楽しい事とか嬉し事とかを積み重ねながら、生きていきたい。どうせ自分で死ねないのなら、そういう楽しみを、見い出していきたいって思うんだ」



 未来を信じるという行為は――クシャナにもアスハにも、赤松玲にもプロトワンにも、ラウラにもフェストラにもメリーにも、ドナリアにだって出来なかった事。


 ファナはそれだけ、人間と言う世界を信じ、この世には楽しい事で溢れていると、今とは違う楽しさや嬉しさが、見えない未来にきっとあるのだと、純真な心で願えるのだ。


 そうした彼女が年を重ね、それでも尚、人間の世界が楽しさに満ちていると思えている内は……きっと、この世界も捨てたものじゃないという証になるのかもしれない。



「そんな未来へと進もうとする人たちを、その時々でちょっとでも助けてあげる事が、永遠の命を持ってる、アタシ達みたいなアシッドの出来る事、なんじゃないかな?」



 そんな未来を想える存在――世界に溢れる小さな喜びを見い出し、未来を創っていこうとする人間を、少しでも助けてあげられる存在――それがファナにとっての「正しさ」であり、彼女が夢見る【魔法使い】としての在り方なのかもしれない。



「だから……うん。やっぱりアタシも、ずっと囚われのお姫様なんて、イヤだ。勿論、お姫様っていうのもやってみたい気もするけど、アタシなんかはお姫様って柄じゃないし」


「そうかな? 私にとって、ファナは何時だって可愛いお姫様だよ」


「ああ。私にとっても、ファナは唯一無二の王であり、魔法使いだ。その在り方が似合わないなんて言えないさ。……けれど、確かにお前は、玉座に腰かけてふんぞり返るより、誰かの下へといち早く駆け出して、手を握ってやる方が、似合っているとは思う」



 結局、どんな存在よりも強かで、世界の在り方を正しく見ていたのは、この小さくて何の力も無い少女だったのだろう。


ならば……この子の夢見る世界を守る為に、クシャナとアスハは、戦わなきゃいけない。


湯船に浸かるファナの手に、クシャナは自分の手を重ね、指を絡め、手を繋ぐ。



「ファナ」


「何? お姉ちゃん」


「痛いの痛いの飛んでいけ……してくれるかい?」


「……うん」



 繋げた手に力を込めるように、ファナはギュッとクシャナの手を握ってくれた。


それだけでも十分、クシャナにとっては元気の源にも感じる事が出来たが、ファナはその上で、クシャナと繋がっている手にマナを込めた。


 繋がれる手から、少しずつ光が包んでいく感覚を覚え、クシャナはその温かさに心を委ねる。


そうして、身も心も光が覆った状態で……ファナは目を閉じて、心を込めた言葉を、浴室に響かせた。



「――イタイノ・イタイノ・トンデイケ」



 幼い頃、クシャナがファナに教えた魔法の言葉。


それはかつて、重責に苦しんでいたラウラという男さえも救った、彼女の優しさが込められた呪文。


そんな詠唱と共に発動した蘇生魔術によって、クシャナの身体を包んでいた光は彼女の身体を癒していく。


それとは正反対に、マナが身体から失われ、意識が遠退いていく感覚に陥りながら、それでもクシャナの手を強く握りしめて意識を保とうとするファナは……最後に、姉へと言葉を残す。



「……がんばって、おねえちゃん」


「……うん。頑張る」



 伝えるべき言葉も残した。


クシャナに戦える力も与えた。


ならばファナにこれ以上できる事は、もうない。


そう言わんばかりに、最後はニッコリと笑顔を浮かべながら身体を湯船の中でふらつかせ、自分の身体へともたれかかったファナを抱き留めるアスハ。


 対してクシャナは、ゆっくりと湯船から身体を出し、立ち上がった上で……ファナとアスハを見ぬように、脱衣所へと向かっていく。



「力が、戻ったか?」


「……うん。正直、今の私にここまでの力があるなんて、思わなかったけど」


「そうだろうな。しかし、ファナの蘇生魔術がどんなものかを考えれば、それが普通だ。――だからこそ私は、お前こそフェストラ様を倒すに、相応しい女だと見込んだんだ」



 ファナの用いる蘇生魔術は、ただ身体の損傷や疲労を回復させるだけのものではない。


蘇生魔術は展開された存在の全盛状態まで、肉体と魂の在り方を復帰させる、言ってしまえば肉体限定の時間渡航が可能になる神術であると言っても良い。


クシャナにとって自身の最盛状態は、かつてプロトワンとして生き、多くの同胞……ハイ・アシッドを喰らった時であると考えていた。


そしてその考えは確かに正しく、これまで彼女がファナに蘇生魔術を展開された際は、その時と同等程度の実力を有するまでに復活を果たした。



けれど、今は違う。


クシャナの肉体は既に、ブーステッド・ホルダーを経由して大量のアシッド因子を体内に取り込んだ状態が記録されている。


そしてその因子がもたらすエネルギーが体内に残った状態に、動物性たんぱく質も十全に補給されている状態が彼女の全盛である事は、誰が考えても明らかだろう。


 脱衣所で軽く身体を拭き、クシャナは自分の部屋へと出向いた上で新品の下着を身に着け、新たな聖ファスト学院の女学生服を手に取り、纏っていく。



「もう行くのか?」



 新品を用意したクシャナと異なり、アスハは普段着ている帝国の夜明けメンバーが着る軍服を今一度身に纏いながら、まだ身体が濡れているファナを抱きかかえ、着替えるクシャナに声をかける。



「うん。……下手に時間をかけると、ホントに暴走しちゃいそうだから」


「そうか。……ほら」



 アスハがマジカリング・デバイスを投げると、クシャナはそちらに目を向ける事無く受け取り、指紋センサーに指を乗せてみる。



〈Stand-UP BOOST.〉



 フェストラに封じられていた筈のマジカリング・デバイスが動作している。


これには幾つか理由が考えられる。


まず一つ目に、フェストラの平伏能力には時間制限が設けられている可能性がある事。確かに強力な能力には強力な制約がある事は常であるが、しかし対ラウラ戦を思い返せば、自分にもラウラにもそれなりの長時間、平伏能力を適用していた筈だ。それを考えれば、可能性は低いと言わざるを得ない。


他には、適用可能距離が定められている可能性。これはそれなりに考えられるが、これまで経験したハイ・アシッドの能力は、ドナリアのような直接的な固有能力を除き、クシャナの幻惑もアスハの補助も、適用距離という概念は存在しなかった事から、これも可能性としては低いかもしれない。


残る二つ……というより一つは、平伏能力自体がフェストラの体力を消耗する為、一度解除を行い、再び相まみえる時に再度展開する事を想定し、解除した可能性だ。


これが一番考えられるし……この理由とも繋がる、もう一つの可能性もある。



「……フェストラ様は、全力のお前とぶつかろうとしているんだろうよ。お前が変身できなければ、それだけ自分が有利であると、分かっていらっしゃるだろうに」


「ホント、不器用な奴だよ、アイツ」


「本当にそうだな。……けれど、私はそうして不器用なフェストラ様を、尊敬しているよ」



 静かに寝息を立てるファナの身体に服をまとわせ、アスハはファナの自室へと彼女を抱えていく。


ベッドに横たわらせ、ファナの額に軽く唇を乗せると、ファナは僅かに笑顔を浮かべた事が、アスハも嬉しかった。


ファナの部屋を出て、目を細めながら懸命にアスハの方を向かんとするクシャナの肩に手を乗せる。



「お別れは、良いのか?」


「私にとってのお別れは、喰う事か、皆が遠ざかっていく事だから。……私が生きて帰るなら、お別れなんていらないよ」


「……寂しい考え方をするな、お前も」


「でも、生きて帰ってくるっていう約束でもあるよ」



 アスハの言葉に苦笑を浮かべながら、クシャナとアスハは横並びに歩み、アルスタッド家から退去。


そして首都・シュメルの中心部へと向かう道、まだ太陽の昇っていない薄暗い夜道を二人で歩きながら……クシャナは、ブーステッド・ホルダーの装着されているマジカリング・デバイスを今一度手に取り、その指紋センサーに指を乗せる。



〈Stand-UP BOOST.〉



 誰もいない、静かな夜に響く機械音声に合わせるように、クシャナは自分の声を乗せる。



「変身」


〈HENSHIN〉



 クシャナ――否、幻想の魔法少女・ミラージュ-ブーステッド・フォームへと変身を遂げた彼女は、隣で自分の手に剣を握るアスハから、残る五本のアシッド・ギアを受け取りながらも、しかし何も言う事なく……ただ、足音だけを響かせる。

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