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ファナ・アルスタッドという妹-08

「軍拡支持派は多くがエンドラスの提唱する『汎用兵士計画』を支持している。その根幹にある考えは『国を守れるだけの高い軍事力を保持する』事に他ならない」


「確かにアシッドはその『高い軍事力』には最適だろう。けれど、思考能力が無く目につく人を食い殺す獣を使役するにはリスクが高すぎる……だから、ハイ・アシッドの製造を進めたいと考える筈、という事だね」


「ああ。今お前が言ったように、元より実力を備えた兵士がハイ・アシッドとして進化を果たしてみろ。もうお前ですら手が付けられん」



 現状、私は幻想の魔法少女に変身する事で、理性を持たないアシッドを倒す事が可能になる程度の実力を有する事が出来る。


けれどもし……それこそヴァルキュリアちゃん並の実力を持つ騎士がハイ・アシッドと化した場合、今の私に倒す事が出来るかと言われれば、それは否だと答えざるを得ない。


ここまで考えが至れば――フェストラが私に動物性たんぱく質の補給を促し、アシッドとしての力を取り戻させようとする理由も分かる。


もし私に全盛期……かつてハイ・アシッドとして同胞を喰い尽くした頃の実力が戻り、加えて幻想の魔法少女としての力が備われば、十分に対抗できるとは思う。



……けれど、正直私は気乗りしない。



「本当に、軍拡支持派が今回の騒動を引き起こしていると思っているのか?」


「いいや、まだ分からん。確たる証拠も無ければ、製造元も判明していないからな」


「確信も無く、ここまで仮説を垂れ流したというのかい? ほとんど妄想にも近いと思うけど」


「確たる証拠は無い――が、そう推察するに値する状況証拠は揃えている」



 先ほどの写真と同じように、一枚の写真と書類が乱雑に机へ放り投げられた。


書類を手にし――そこに記入されていた項目と、バストアップの男性を写した証明写真を見て、私は目を細める。



「この人は……昨日アシッドになっていた人か」


「ああ。お前の処理で頭部が無くなっている上に、アシッド化の影響か遺伝子情報も全く異なるモノになっていた。つまりDNA鑑定による特定はほぼ無理だろうが――お前もリスタバリオスも、コイツの顔は見ているだろう?」



 グルバー・ファム。帝国警備隊第四捜査課一班所属の人間で……その顔は、先日私が倒したアシッドと、よく似ている。



「そしてこれが、オレとお前、アマンナの三人で遭遇したアシッドの方だと思われる」



 続いて置かれた書類と写真。


シルマレス・トラス。こちらは医療魔導機メーカー開発を主に行う企業・ガーレンツの新型技術開発部門に所属している、第三世代魔術回路を有した魔術師。


確かに……私たちが苦戦していた事もあって、顔も似ていると分かる。



「あくまで似ているだけだ。証拠はないし、証明する手立てもない。だが、この二人が本当にお前と相対したアシッドだとしたら、どちらにも共通している事がある」


「……軍拡支持派閥に属している事か」



 二人とも……グルバー・ファムは個人で軍拡支持派に属していて、シルマレス・トラスは父親が元々帝国魔術師の軍拡支持派閥側に属していた人間らしく、彼が所属している可能性も十二分に存在する。



「それ以外に二人を結ぶ共通項は今の所、同じ性別であるという事位だ」


「そして軍拡支持派には、アシッドを使役する理由も、アシッドを従える方法を求める理由もあり得る、という事だね」


「そうだ。ならば現状、軍拡支持派による犯行であると仮定し、その方向性から調査・対策を行った方が建設的だろう」


「まだ納得は出来ないけど……その考え方には同感だよ」



 気分が悪くなるような写真や書類は机に置き、私はそこで話が終わったと思い込んだ。



「もし他に何か進展があれば聞かせてくれ。アシッドの事も、ファナの事もね」


「待て。まだ伝えておくことがある」


「まだ何かあったの?」


「まずは一つ。その二者に共通する傷として、首筋に四ミリ程度の空洞が空いていた。これはお前の能力によるものか?」



 差し出された写真を見据え、私はじっくりと観察する。


確かに左首筋辺りに、小さな穴のような空洞が開いているけれど……ちょっと思い当たらない。



「いや、少なくとも私の能力じゃないし、何かも検討はつかないかな」


「そうか。この首筋辺りから遺伝子情報の組み換えが行われているらしいのだが」


「もしかしたらそこから、アシッドの因子を注入している可能性はあるね」



 結論が導き出されない事を無駄に考える事を好かないフェストラは、私の言葉を聞いて「最後だ」と早々に次の話題へ移る。



「ファナ・アルスタッドについてだ。現状ではあの娘が学院だけでなく、より大きな組織があの娘の記録を改竄していた可能性が高い」


「より大きな組織?」


「ああ。それに第七世代回路を持つ娘が捨てられていたというのも納得がいかん。そうした組織による、何らかの思惑があったとしか考えられん。となれば今のリスタバリオス一人で護衛を行う体制では不十分な可能性もある」


「ならどうしろと?」


「あの娘の身柄をオレに引き渡せ。そうすれば現状よりも優れた護衛を用意できると同時に、あの娘の存在を隠蔽しようとしていた連中を誘き出す事が出来る」



 思わぬ言葉に、私はつい手を出していた。


彼の胸倉を掴んで引き寄せ、もう少しで鼻と鼻が接する程にまで近付き、睨みつけてしまう。



「あの子を私たち家族から引き剥がし、利用しようというのか?」


「元よりお前たちの子供でも、本当の妹でも無いだろう」


「今はもうウチの子だ」


「そうして家族の情とやらにほだされて、あの娘を永遠に失う事となるのはいいのか?」



 嘲笑するように鼻を鳴らしたフェストラに、思わず腕が出そうになってしまうけれど……堪えながら彼を突き飛ばし、舌打ちをする。



「あの子は私とヴァルキュリアちゃんが守る。お前のような輩に守ってもらう必要はない」


「そうかよ。ならばファナ・アルスタッドについて、オレはオレなりに動かせてもらう」


「勝手にしろ。ファナはお前の事を『性犯罪者で幼女趣味の変態かつ偏屈的な愛情表現する頭おかしい奴だ』と思っているから、接触しようとしても相当高いハードルがあると思えよ」


「おいちょっと待てあの娘にオレの事を何と説明しているっ!?」


「うっさいバーカ! 高い肉ご馳走様でしたーっ!」



 部屋を飛び出しながら罵声を吐き、逃げるように走って帰る私を追いかける気力など無いだろう。


けれど――走りながら、私はつい思考を回してしまう。


もしファナがフェストラに引き取られれば……確かに危険に巻き込まれる可能性は高まるけれど、それ以上に安全な場所へと居られる可能性も高まるのだ。


アイツの言う通り……あの子を事を想えばこそ、離れる事も検討はするべきなのかもしれない。



……でも。



いつの間にか随分と遠く離れて来た。帝国城をどのように抜け出したかすら覚えていないが、今は既にシュメルの大広間まで辿り着いていて、夜の人の少なさに、ため息をつく。


自分の頭に触れ、想い出すように、目を閉じた。



「あの子は、私の妹だ。……あの子が嫁に行くまでは、絶対に誰へも渡さない」



 かつての事――それはもう遠い過去の事。


この頭を撫でてくれた、二人の女性を思い返しながら、私は帰路へ付くのである。



**



風呂でのぼせた(と思われるがそれにしては笑顔で気絶していた)ファナを寝間着に着替えさせ、ベッドへと優しく寝かせたヴァルキュリアは、その愛らしい寝顔を見据えて息をつく。



(クシャナ殿は……居ないな)



 家内の気配を感じ、レナとファナの気配を感じる事が出来たヴァルキュリアだったが、クシャナの気配は感じれず、首を傾げる。


 出来れば彼女に許可を得てから行動したかったが、しかし対策は早く処置出来る事が好ましい。


 自分のポニーテールを束ねる髪飾りに触れ、その中に仕込まれていた小さい針を取り出したヴァルキュリアは、左手の人差し指に針を刺し、血を一滴床に溢す。



「【タル・マシャ(調べを)ーニャ・ファス(奏でよ)】」



 魔術回路を稼働させ、溢れる血に含まれたマナへ命令を送る。


タル・マシャーニャ・ファスという魔術は、落とした血の周囲に、僅かに魔力の音波を放つ。


放たれた音波は壁や物、人だけでなく、魔術的な作用にも反射されてヴァルキュリアへと戻り、周辺情報として還元される、アクティブソナーのようなものだ。


放たれる範囲、適用時間は術者の力量にもよるが、ヴァルキュリア程度の魔術師ならば落とした血の半径百メートルは範囲として適用でき、血液一滴で五時間程度は動作出来る。



「……?」



 返ってきた音波情報から読み取れる、人の姿がファナとヴァルキュリア、レナを除き二つあった。


一つはクシャナ・アルスタッドだ。彼女はゆっくりと歩きながら帰ってきているが――もう一人は、誰か知らぬ存在。


体格的には筋肉質の男、身長は百七十五センチ程度、帯剣はしていない。


流石に体格や装備以上の情報を読み取る事は出来ないが……その男が、それなりに早い速度で、真っすぐにアルスタッド家へと向かってきている。



「ッ、まずい……っ!」



 既に遅かった。ヴァルキュリアは苦肉の策として、ファナの胸元までかけられていた毛布を顔面までかけると同時に、自分の身体をファナに覆わせて、顎を引く。


部屋に備えられていた小さな窓を割り、一人の男が転がる様に部屋へ侵入を果たした。


割れた窓ガラスが突き刺さりながらも、男は何とも無さそうに身体を起き上がらせる。


その音と衝撃によって「な、なにっ!?」と声を上げて驚くファナだったが、目の前にヴァルキュリアの顔があって「ピィッ!?」と奇声を上げつつ顔を赤くして、再び気絶した。


そんな彼女を放置し、ヴァルキュリアは自分の身に振りかかったガラスを払いつつ、部屋に備えていた愛剣・グラスパーを抜き放つ。



「婦女の寝床に突然の来訪とは感心しない。今すぐ立ち去って貰おう」


「ぅ……っ、うぅうう……ッ!」



 ヴァルキュリアの言葉に頷く事も、答える事無く、男は呻き声漏らす。


そしてその表情も――まるで体を引き裂かれる痛みに耐えているような、苦痛の表情。


そんな男が、ズボンのポケットから……何か長方形型の、人差し指程度の細長い小さな箱に似た物を取り出した。



「ぅ……た、正しき……正しき、世界を……創造する、為に……っ!」



 取り出された箱の先端、その銀色に輝く突起を、自分の左首筋辺りに突き刺した男が、より表情を苦痛に歪めていく。



「ふ、フレアラス教を歪めた……愚かな、思想……今こそ正さん……ッ!!」



 叫び声と共に、突き刺さした箱の周囲から、禍々しい雰囲気を感じたヴァルキュリア。


 彼女が思わずその雰囲気に呑まれていた次の瞬間――男は既に理性を無くしたような表情で、ヴァルキュリアの首筋に向けて、その口を大きく開きながら飛び掛かる。


 その様子に、ヴァルキュリアは見覚えがあった。



「まさか貴様――アシッドかッ!?」

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