夜明け-06
簡単な結論だが、強引な解決方法があったものだ、と思わず呆然としてしまうクシャナ。
だが確かに、窓には衝撃を拡散する処理がされているだろうが、帝国城外壁全体にそうした処理が行えるとは思えない。マナの必要量が莫大になるという問題だけでなく、単純に適用範囲の問題においても、窓ガラスや一部薄い外壁を守る為だけに展開するのは効率的だ。
特に今いる十王族関係者用の邸宅エリアは国家防衛上の観点から、元々外壁は厚めに作られている筈だ。ならばそこを破壊される可能性は低いと、術式の展開がされていない可能性は考えられただろう。
「クシャナ殿……任せる……ッ!」
「――ああっ!」
二度、壁へと亀裂を叩き込み、既に壁の耐久力を可能な限り無くす事は出来ただろうと言わんばかりに、ヴァルキュリアは息を荒げながら膝を落とし、クシャナへと願い出る。
クシャナもその言葉を受け、骨が砕けて痛みを訴えている右手に、今一度力を籠めた。
再度、今度はヴァルキュリアの作った亀裂に向けて振り込む拳。堅いが、しかしクシャナの振るった拳の勢いを受け止めた壁は瓦解し、瓦礫となりながら崩壊した。
そしてその崩壊した壁の穴が、人が数人通れる程度の大きさであると認識したクシャナは、まずはファナを抱き上げ、続いてヴァルキュリアの腕を取ろうとしたが……しかし彼女は首を横に振りながら、歯を食いしばって立ち上がる。
「拙僧は……良い」
「何を言ってんのさヴァルキュリアちゃん、逃げないと!」
「……アスハ殿、頼む」
一度、手から零れたグラスパーの柄を握り直したヴァルキュリアは、たった今部屋へと訪れたアスハにそう呟き、アスハもヴァルキュリアの姿を見て、真意を理解してくれたかと言わんばかりにホッと息をついた。
「ヴァルキュリア、やはり来てくれたか」
「おかげ様で……満身創痍で、あるがな」
苦笑し、ふらつく体でアスハの肩にポンと手を乗せたヴァルキュリア。
アスハはそんな彼女の手に、シャイニングのマジカリング・デバイスを手渡し……頭を下げた。
アスハとヴァルキュリアは、それだけで分かり合えたと言わんばかりに言葉の語らいを終えたが、しかしクシャナとファナはそうじゃない。
二人の身体を抱き寄せ、壁に出来た穴から逃げようとするアスハだったが、しかし二人はヴァルキュリアへと視線を向けている。
それが分かっているからこそ、ヴァルキュリアは言葉を遺す。
「クシャナ殿……ファナ殿……お二人は、お二人の結論を……導き出されるが良いだろう」
ヴァルキュリアはその手に再び握る事が出来たデバイスに憂いの目を向けながら、指紋センサーに指を乗せる。
〈いざ、参る!〉
響く大仰な機械音声に合わせ、ヴァルキュリアは短く「変身」と音声認識システムに吹き込んだ。
〈いざ、変身! 現れよ、魔法少女ォ!〉
ヴァルキュリアから、煌煌の魔法少女・シャインへと変身を遂げていく彼女の姿に、クシャナもファナも目を見開いて、彼女と相対する男の姿を見た。
アスハを追いかけ、ここまで訪れた……フェストラの姿だ。
「フェストラ殿との、決着は……その後でも、遅くはなかろう……ッ」
「ヴァルキュリアちゃん……ッ!」
それ以上待てない、と言わんばかりにクシャナの身体を強引に持ち上げたアスハが、細やかな瓦礫が詰まれた壁の穴から飛び降りて、概ね四階建ての建物と同等程度の高さを落ちていく。
そんな三人を追いかける為に訪れたフェストラが、目の前で立ちはだかるシャインに、問いかける。
「……リスタバリオス。お前も、オレとクシャナの決着を望むか?」
「さて……それは、クシャナ殿と、ファナ殿が、決める事……拙僧は結末が……どうなったかさえ、知れれば……それで良い……っ!」
変身をする事で、多少身体能力を向上させる事の出来たシャイン。
しかし、既にアスハとの戦いで体力を使い果たし、シャイニングのマジカリング・デバイスを起動する際に用いる虚力というエネルギーも、マナさえも枯渇寸前であった彼女には、溶解炉マニピュレータを起動する力も、リスタバリオス式剣術を発動する力も残っておらず、フェストラという男へと向ける事が出来る力は、父の遺したグラスパーの刃しかあり得ない。
フェストラには、その刃を容易く金色の剣で弾き、シャインという少女に向けて、左手の拳を叩き込む。
「ゥ――ウァァアアッ!!」
しかしそれでも……シャインは抵抗する意思を閉ざす事なく、フェストラの腹に抱きつき、彼を決して離すものかと力を籠めた。
それによりフェストラは押し込まれ、廊下へと出された上で、園庭が見える手すりに背中をぶつける。
「だが……だがっ! クシャナ殿や、ファナ殿が、二人が納得のいく、結末は……望んでいるっ! その為に、今はフェストラ殿に、好き勝手させるわけには、いかない……っ!」
鬼気迫る彼女の表情を見て、フェストラは思わず息を呑んでしまうが、そこにクシャナの時にもあった違和感を覚えた。
フェストラは、今こうしてシャインに……ヴァルキュリアに迫られる事を、予見していた気がする。
であるのに、何故か彼は「そうなるだろう」という想定を基に動かず、ただ彼女の事をアスハに任せていた。
それは何故――と考えている時。シャインの表情は、一発の銃声が聞こえると同時に、変わった。
銃声が聞こえたタイミングとほぼ同時に、シャインの右側頭部へと銃弾が着弾。左側頭部より貫通した銃弾と共に血を噴き出した彼女は、白目を浮かべながらビクリと一瞬震え、そのまま身体を横倒しにし、意識を失う。
「ご無事、ですか。フェストラ様」
廊下の奥から、フラフラとした足取りでこちらへと歩み、ベレッタM9を構えたメリーがそう問いかける。
フェストラは胸の奥から湧き上がる息を吐いた後、変身が解けてヴァルキュリアへと戻っている彼女の身体を抱き寄せた。
ヴァルキュリアはブルブルと身体全体を震わせながらも、しかし生きている事が分かるだろう。
気絶こそしているが、既にハイ・アシッドとしての進化に至っている彼女は、銃弾が脳を破壊しようと、脳に埋め込まれているアシッド因子が体内の再生を行っているのだろう。希釈化アシッド因子がどうした効果を持っているかは不明だが、しかし概要は通常のアシッド因子と同様である筈だ。
今は身体に電気信号を伝える脳が銃弾によって異常が発生している為、身体を震わせているだけだ。次第に脳の情報伝達エラーも修正され、彼女の身体も震えなくなる。
「……ああ。礼を言う、メリー」
「すぐに、アスハ達を、追います」
「いや――もう、いい」
目を見開いたまま気絶するヴァルキュリアの身体が震えなくなったことを確認し、彼女の目を閉じさせた後、頭に触れる。
アマンナと同じく昏睡魔術を展開し、解除されるまで彼女が目覚めぬようにした上で、元々ファナが横になっていた筈のベッドに、ヴァルキュリアの身体を横たわらせた。
「……なぜ、いいと?」
メリーの気絶からようやく目覚めたから歯切れの悪い言葉や、彼が見せる虚ろな瞳が不気味に思えたフェストラは、彼から目をそらしながら、ヴァルキュリアに毛布をかけた。
「勿論、全てを諦めたわけではない。だが、どうせ決着は早い内に、否が応でも着くさ」
「ですが、このままファナ様も、クシャナ様も逃亡なされてしまう、可能性も」
「いや……そんな事はしないさ。あの二人はな」
自分が気絶している間に何があったのか、それさえ分からずメリーはフェストラの言葉が理解できない。
フェストラはよろめくメリーに肩を貸しながら、彼を椅子に腰掛けさせると、パチンと指を鳴らして、自身の背後に空間魔術を展開。
空間魔術内に備えられていた、大量の銃器をゴロゴロと、部屋の中に散らかした。
「これは……封印する、予定の」
「ああ。最後の機会だ、存分に使え。でないとお前はアスハと対等に渡り合えんだろう」
悔しい事に、それは確かにその通りだと、メリーも認めなければならない。
アスハの戦闘能力は、帝国の夜明けでもドナリアと並んだ最強格だった。そんな彼女に敵うとすれば、自分が有利なフィールドで、彼女と戦う事だけだ。
「しばらくすれば、クシャナとアスハは、オレ達との決着を着ける為に、ここへ向かってくるだろう」
まるで、全て理解しているかのように、その全てを理解した上で、どんな結末が訪れるのかを察しているかのように、彼はメリーへと告げる。
「オレは、クシャナと決着を着ける。お前はアスハとの決着を着けろ。……それが、互いに生んでしまった歪みと、向き合う最後の機会だ」
「……歪み?」
何が歪んでいるというのだろう、と。メリーはそんな風に感じてしまう。
メリーはこれまでの人生で、歪んでいない時など無かった。むしろそれが彼の中で当たり前となっていて、どの歪の事を言っているのか、それがアスハと何の関係があるのかと問いたくも思う。
しかしそれは、フェストラが教える事ではないと、そう言うかのように、彼は部屋を後にしようとしている。
「フェストラ様!」
「付き合わせてしまって、すまない。でも、お前が最後まで共に居てくれる事を……嬉しく思う」
彼らしくない、しかし本心だと根底で理解できる言葉を受け、メリーは問いたかった言葉を失い、ただ押し黙ってしまう。
そんなメリーに対して微笑を浮かべた後……フェストラは立ち去ってしまった。
シン……と静まり返る部屋の中で、ヴァルキュリアの寝息と、外から吹き付ける風の音だけが、メリーに届いた。
しかし呆然としてばかりもいられない。彼はフェストラの残した銃器に触れ、可能な限りアスハと亘り合えるだけの戦い方を想定しながら……呪詛のように呟く。
「私は……叶える。アスハが、幸せに生きられる、未来を……っ」
その為に――アスハを葬る。
それこそまさに、酷く矛盾し、歪んでいる事であると、彼自身は気付いて等いない。
気付いていれば……銃器を淡々と品定めするような事は、しないであろうから。





