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夜明け-05

 アスハと目が合った上での命令――それは、クシャナの脳をグラリと揺らすような感覚であったと言ってもいい。


不意に無くなっていく自分の意識、しかしアスハはそれで良いとでも言わんばかりに剣を構え、凶弾に倒れるフェストラへと向けて斬りかかる。


だがその寸前、フェストラは指を鳴らしながら一体の魔術兵を顕現させ、アスハの剣を弾き返させながら、自身は彼女から遠ざかる様に地面を転がって、起き上がる。


起き上った時には既に魔術兵は袈裟斬りにされ、消滅し、地面を蹴ったアスハの一刀が、フェストラの急遽握った金色の剣と鍔迫り合った。


そして、それまでただぼぅ、と立ち尽くしていただけのクシャナが――フェストラやアスハに背を向け、アスハがやって来た道を、彼女の命令通り全速力を以て駆け出していく。



「――なるほど、考えたなアスハ!」



 顔面に空洞を作り、血を噴き出しながら、フェストラはアスハの剣を弾き返し、自らの背後に空間魔術を展開、バスタードソードの大群が一斉に射出され、アスハはそれを大きく回避運動を取る事によって避けつつ、避けられないモノは可能な限り斬り落とし、建物の影に隠れた。



「クシャナがどれだけ負傷していようと、ファナ・アルスタッドの場所を知らずとも、お前の支配には強制力がある。どんな妨害を受けようと、命令を果たすまでは何があっても止まらないだろうな!」


「多くを理解頂き、感謝致します。フェストラ様」



 剣の波が収まった瞬間を見計らい、アスハはグロックを構え直して銃口をフェストラへと向ける。


幾度のトリガーを引き、射出される銃弾。しかしアスハの正確な射撃は、だからこそ避け易いと言わんばかりに軌道から身体を逸らしつつ、フェストラが迫る。


アスハの振るった一閃と、フェストラの振るった一閃。それがぶつかり合い、衝撃が互いを襲った所で舞う火花が、二者の視線を焼く。



「どうした? オレには支配能力を使わないのか?」



 挑発をするように、フェストラが問いかける言葉。それにアスハは舌打ちを行う。



「やはり。お前の支配能力は人数制限がある。通常のアシッドでさえ三体が限度ならば、ハイ・アシッドへと進化した存在を何体も操れる筈も無い」



 彼の言う通り、アスハの支配能力には適用制限が存在する。ただの人間相手ならば五十人弱は可能だろうが、アシッド・ギアを用いてアシッドへと変化した存在は三体が限度で、たった今クシャナを支配して理解したのは、ハイ・アシッドを操れるのは一人が限度、という事だ。



「能力というのは適切に理解してこそ応用を利かせる事が出来る。お前としても重要なサンプルであるだろうし、オレにとっても重要な情報だよ」


「ならば一つ、お伺いしましょう」


「何だ?」


「何故、私の能力を、解除しないのです?」



 フェストラの持つ固有能力である【平伏】は、相手の有する力を一つだけ封じる能力だ。


だからこそアスハとしては、早々に自身の有する固有能力を封じられるものだと思っていたのだが……【補助】という視界情報を得る力も、クシャナを操る【支配】という能力も、封じられていない。



「封じているさ――お前の再生能力を、な」



 フェストラは鍔迫り合っている刃を弾きながら地面を蹴り、短く刃を振るう。


回避運動が僅かに間に合わなかったアスハは自分の右足を僅かに斬られたが――しかし、そんな小さな傷であっても、再生する事は無い。



「アスハ、お前の一番厄介な所は、固有能力じゃない。戦闘経験と、再生による継続戦闘技術だ。支配能力も補助能力も、解除した所でお前は対して影響を受けはしない」



 仮にもし、アスハがハイ・アシッドとしての身体能力や固有能力を失ったとしても、その自前で有する戦闘能力は、フェストラの技量を遥かに上回る。


それに加えてハイ・アシッドとしての再生能力を有されてしまえば……勝ち目などどこにも在りはしない。



「だからこそ、お前から真っ先に奪わねばならないのは、アシッドとしての再生能力だ」


「チ……ッ!」


「既に敵対を表明したお前に遠慮などしない。お前も喰らい、クシャナも喰らい、その上でファナ・アルスタッドを帝国王の座に掛けさせる。それで、全て上手くいく。お前が共に在ってくれない事も、少し寂しいがな」



 どれだけ彼の言葉に本心があるのか、それをアスハは見抜けない。しかし……何か彼の言葉に感じるものがあるからこそ、口が思わず動いた。



「……孤高なる裏の王、ですか」



 思わず呟いた言葉に、アスハ自身も少し、驚いていたのかもしれない。


 けれど、口は、喉は、言葉を止めない。止める事が出来ない。



「共にクシャナが在ってくれないと断言された今、フェストラ様は本当の孤独となる。それを、理解しているのですか?」


「理解しているさ」


「そう、ですか。それは……寂しい事だ」



 左手で握るグロックのトリガーを乱雑に引き、その銃弾が射出された音に、僅かな意識を向けるフェストラ。


銃弾はフェストラに向けて放たれたモノではなく、あくまで彼女の足元に撃ち込まれた。


しかし――それはフェストラの意識を、僅かに逸らす為のものである。


銃弾が放たれたとほぼ同時のタイミングで、アスハは素早く剣を縦に振り込む。その勢いを有する剣の一撃に、思わずフェストラも防衛を行うが、しかし勢いに押され、数歩程後退を余儀なくされてしまう。



「共にある事の喜びを知った上で、それを手放す。それがどれだけ寂しい事か、ご理解された上での選択は、痛ましい」


「ぐ、っ!」


「だからこそ……貴方を喰らうのは、私じゃない」



 姿勢を崩したフェストラの腹部に、アスハの右足が叩き込まれ、彼は廊下を何回も転がり、痛みに悶える。


その隙に、アスハはフェストラから背を向けて、先んじてファナの所へと向かっている筈のクシャナを追いかけるように、駆け出していく。



「チィ、っ!」



 立ち上がるより前に、六体の魔術兵を顕現させ、アスハを追わせる。戦力としてアスハに敵う筈もないが、しかし魔術兵の有する情報は、親とも言うべきフェストラにも届き、共有される。


それを知っているからなのか。


アスハは一瞬だけ足を止め、追いかけてくる魔術兵を一振りで全体消滅させるよりも前に……一言、フェストラに向けて言葉を残す。



「――それを、貴方も望んでいるのでしょう?」



 言葉を聞き取れたからこそ、フェストラは一瞬、動きを躊躇わせた。その一瞬が彼女を逃がす隙になると、理解しているにも関わらず。



横薙ぎの一閃が魔術兵を全体叩き斬り、消滅していく。しかしフェストラは動く事が出来なかった。


アスハは彼の生み出した隙を利用するかのように、彼へと一瞥の視線を送りながらも、再びクシャナを追いかけていく。


そうした彼女の動きを把握し、ようやく身体を動かせるようになったフェストラだったが、しかし隙が作りだした距離……アスハと、彼女を追いかけるフェストラの距離は、埋まる事なく、ただ互いの目的を果たす為の速力を維持するだけの時間が始まった。



**



ほぼ、無人に近い帝国城の中を、クシャナ・アルスタッドは駆け抜ける。それも、何か思考を以て駆けているわけではない。今はアスハの【支配】能力による操作を受け、彼女はハイ・アシッド特有の匂いに対するセンサーとも言うべき嗅覚を用い、ファナ・アルスタッドがいる場所へと向かっている。


その動きは、殆ど一直線だったと言ってもいい。


迷う事無く突き進み、たまたま城内の見回りをしていた帝国警備隊の男とぶつかり、勢いよく彼を突き飛ばし轢き逃げるようにしながらも、彼女は帝国城中心部の、十王族関係者の邸宅エリアへと向かい、ファナの眠っている部屋へと辿り着き、そのドアを開ける動作さえ時間の無駄だと言わんばかりに、その扉を蹴り壊した。


その際に発された衝撃音に、ベッドの毛布を被って耳を閉じていた筈のファナも思わず跳び起き、音のした方を見ると……虚ろな目をした姉の姿がそこにあって、ファナは声を挙げた。



「お、お姉ちゃんッ!」



 歓喜の声、その声が発せられると同時に、クシャナはかけられていたアスハの支配能力が解除され、意識を取り戻す。


何があったか、何故自分がこの場所にいるのか、先ほどまで何をしていたかを上手く思い出せない中、最愛の妹であるファナがクシャナの胸に飛び込んできた所で、ハッと意識を取り戻す。



「ファナ、逃げるよ!」


「で、でも逃げるって言っても……っ」



 そう、帝国城内はフェストラの支配下にあると言ってもいい。クシャナ一人で逃げ出すならばともかく、ファナも共に逃げるとすれば、帝国城内を走って逃げだすのは効率的ではない。


クシャナはファナを一旦自分から離し、空気の入れ替えを目的とした人の通れない窓以外の、サッシが取り付けられている窓も含めて全てが開けられない事を確認する。恐らく、開けられないようにする施錠・開錠防止魔術の類なのだろうとは、魔術に疎いクシャナでも分かる。



「なら――ッ!」



 ファナの身体に乱雑だが毛布を掛け、窓側から遠ざけながら、勢いよく窓に向けて腰を捻り、拳を叩き込む。


しかし強引な開錠も想定されているのか、ハイ・アシッドとしての腕力を有するクシャナの振るった拳でも、その窓を破る事は出来なかった。むしろ殴り慣れていないクシャナの指の骨が、何本か砕けたようにも感じる。



「チ、クショウ……ッ!!」



 物理的な衝撃を全て拡散する仕組みになっていれば、幾ら彼女が本気を出した所で破る事は出来ないだろう。加えてフェストラやメリーという策略家が、この程度の逃亡方法を予見して対策していないとは思えない。


となると、万事休すか……そう考えていたクシャナだったが。


そこで、クシャナの身体を横切った一人の女性が、その手に握った剣を上段から一閃、窓ではなく近くの外壁に向けて叩き込み、その壁に亀裂を入れた。



「ヴァ……ヴァルキュリア様……ッ!」


「ヴァルキュリア、ちゃんッ!?」


「はぁ、はぁ……ッ! 待たせて、すまないのだ……クシャナ殿、ファナ殿……っ」



 その全身を血で染め、既に尽きかけている体力で何とかここまで来た、と言わんばかりに声を荒げさせている少女……ヴァルキュリア・ファ・リスタバリオスが、その手に握るグラスパーに今一度力を籠め、先ほど入れた壁の亀裂に勢いよく、今一度刃を通した。

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