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夜明け-02

 フェストラの言葉が何を意味するか、メリーには理解できなかったが、アスハには理解できたようだ。


彼女はペコリと頭を下げた後、ファナの護衛へと向かう為に部屋を出て行った。



「どういう事ですか、フェストラ様。アスハは、何を」


「別に、何でもないさ。それより、お前はお前の仕事をしろ。……もうすぐ、お前が望む世界は手に入るだろう? 気合を入れろ」



 ポンとメリーの肩に手を乗せたフェストラ。それはこれからの護衛に対する労いのようにも思えたが、しかしどこか違う気がする。


そう、どこか――お前も苦労しているなとでも言わんばかりの、憐憫の意味を込めた手であったように思える。


 部屋から出て行った二人の背中を追いかける為ではないが、自分もクシャナの護衛をするべく部屋から出て、帝国王用の寝室へと向かっていく。


 だがその足取りも、どこかゆっくりとしているし、僅かにふらついている。



(……アスハ、何があったというんだ。私が、何か気に障るような事でも、しただろうか?)



 確かにフェストラの計画が成就する事に対して躍起となり、戦いに疲れている筈の彼女を酷使し、おざなりにしていた部分はあるかもしれない。


しかし、アスハだってフェストラの計画を聞き、それが最善なモノであると理解している筈だ。


今は彼の計画を成就させる為に、今が正念場なのだと。


それは全て――アスハの為だとも。



(もう少し……もう少しで、アスハが、幸せになれる世界が……やってくる)



 メリーという男は、これまでの戦いで多く、身近な存在を失ってきた。


ドナリアの命も、ルトの命も失い、彼にとっての大切な人間は、もうアスハしかいない。


だからこそ……メリーはフェストラの計画を何としてでも遂行し、彼女に永遠の幸せを与えてあげたかった。



(私は、アスハやフェストラ様と違い、因子の追加供給さえなければ死ぬ。そして……アシッド・ギアなどと言う力は、今後の未来に必要なものではない。こんな呪われた力は……私を最後に、二度と使われるべきではない)



 先ほどアスハから徴収したアシッド・ギアの一本を握り、そのUSBメモリ形状のケースを見据える。


養殖のアシッド因子とも呼ぶべき、ラウラの作り出した因子は、通常肉体から十日前後の日数を経て消滅していく。


追加の因子注入が行われない場合、因子が自己保存を図る為に体内のエネルギーを全て吸い尽くす。どれだけエネルギーを蓄えていたとしても、死に至る未来が確約されているのだ。



(私は、死ぬまでにアスハだけでも幸せに暮らせる世界を、作らねばならない。でなければ……でなければ私は、何の為に、多くの仲間を犠牲にしてきたのか、分からない)



 アスハは、理解してくれる筈だ。そう信じている筈なのに……先ほど叩かれ、拒まれた手が、未だにメリーの心を蝕んでいく。



「……絶対に、何があっても、私は……っ」



 唇を噛み、血を流す。そうしていると、少しだけ気が晴れた感覚を覚え、メリーはクシャナのいる部屋へと辿り着き、ドアをノックする。



「クシャナ様、入ります」



 そう声を挙げても、特に中から返事はない。クシャナが返事をする事は無いだろうと想定していたからこそ、意外ではないがため息をつきながら、メリーはドアノブを捻ろうとする。



――しかしそこでメリーは、ドアノブに乗せた手を止めた。



(……おかしい)



今は帝国軍人を二名配備し、クシャナを見張らせている筈だ。それも内部……クシャナの見張りというだけでなく、外部からの侵入者を阻む目的もある。


先ほどクシャナからの返答がなかった事は想定内だったが、帝国軍所属の人間が、外部から訪れるメリーの入室前に、彼をチェックしないとは考えられない。



「まさか――っ」



 ドアを勢いよく開け、中を見据える。おおよそ人が眠るには不必要とも思える程に広々とした空間の寝室を一望するのにだって時間がかかったが、しかしドアを開け放った先、一メートル手前の位置に、配備していた帝国軍人二人が呻きながら横たわっている光景を見据える。



「おい、何があった!?」



 急ぎ駆け寄って問いかけると、内の一人が腹部を抑えながら、何か言葉を残さなければという使命感のように、口を開けた。



「う……、しろ」



 一瞬、彼が何を言っているのか、理解する事が出来なかったが、しかし理解した瞬間、メリーが背後へと振り返ったと同時に、女性の細腕が勢いよく伸びて、メリーの顔面を強打した。


鼻の骨が折れる感覚と共に、後頭部を地面に打ち付け、一瞬意識がトビそうになる。しかし、口の中に溜まった血に不快感を覚えた彼は、それを口から思い切り吐き出す事で、何とか意識を保たせた。



「、……ク、シャナ……っ」


「は、……っ、はぁ……っ!」



 人を殴る事に対して慣れていない、クシャナ・アルスタッドが鬼気迫る表情で地面へ倒れるメリーの胸倉を掴み、声を荒げながら問う。



「マジカリング・デバイスは、どこだ……ッ!」


「、答える、必要は……ありません……ッ!」



 マジカリング・デバイスの居場所を答えるつもりはないと叫ぶメリーに、クシャナが舌打ちをしながら追撃とも言うべきもう一打を打ち込もうと拳を振り上げたが、しかし振り上げられた拳程、掴みやすいモノは無い。


彼女の振り下ろそうとする右手首を掴み、捻りながら引っ張り、彼女の腹を蹴りながら持ち上げる事で投げると、クシャナは背中から地面に勢いよく叩き付けられ、呼吸が出来ない事に喘ぎながら、咳き込んだ。



「ぃあ、っ、ごほっ、おほっ」



 その間にメリーは立ち上がり、僅かにふらつく頭を制しながらスタンガンを取り出し、クシャナへと近付く。



「暴れないで頂きたい……こちらとしては、あまり手荒な事が出来ないのでね……っ」


「ぃ、つぅ……っ、その、割には……殺意モリモリじゃないか……っ」


「ええ、申し訳ありません。何せ今、私は普段よりピリピリしております故……!」



 クシャナの胸倉を掴んだ上で、メリーは彼女の首筋にスタンガンを押し付けようとする。しかしその寸前、クシャナはメリーの首に両腕を急ぎ回し、そのスタンガンの先端が彼女の首筋に触れると同時に、勢いよく抱き寄せた。


 ギョッとするメリーだったが、しかしスタンガンのスイッチが既に入った状態だ。


改造され成人男性が十秒もしない内に気絶するほどの電流が、クシャナの首筋に突きつけられたスタンガンより放たれた。


それによりクシャナが一瞬の内に身体を震わせたが、それと同時にクシャナが直接肌に触れているメリーにも電流が伝播し、彼も同様に全身を跳ねさせた。



「ゴ、ガァ――」


「ギ、ィイッ」



 電流が流れ、筋肉が急速に弛緩を始め、メリーの手からスタンガンが離れた。その瞬間、安全装置が稼働する事で電流は止まり、メリーが遠のきかける意識の中で、それでもクシャナを逃がしてなるものかと必死に意識を保たせようとするも……しかしクシャナは、ラウラとの戦いが終わった際に受けた電流によって既に慣れていると言わんばかりに、まだ立ち上がれない足の代わりに手を伸ばし、スタンガンを手に取った。



「う――らぁッ!!」



 まだしっかりと握る事の出来ない手で、可能な限りスタンガンを握りしめながら、高く振り上げた腕を振り下ろす。スタンガンの硬さに加え、クシャナの振り下ろす腕の力が合わさり、叩き付けられる。


スタンガンのフレームが勢いよく叩き付けられるだけでなく、砕けたスタンガンと同時にクシャナの腕も強打し、メリーは頭を僅かに変形させながら倒れた。


未だ帯電しているメリーは時々身体をビクビクと震わせていたが、しかし死んだわけではない。そして、彼を喰っていられる程、悠長にしている時間もない。



「ぐ、ぅ……っ!」



 メリーの服を乱雑に漁り、五本のアシッド・ギアを見つけると共に、ブーステッド・ホルダーが装着されたマジカリング・デバイスも発見。


ホッ、と息をつくも、しかし喜んでばかりもいられない。


デバイスを着ていた寝間着のような服のポケットにしまいながら、未だ立ち上がれない身体を匍匐前進で進ませ、扉へと向かう。


外へ出て逃げ出せれば、まだ何とか出来る。その一縷の望みに縋るようにしていたクシャナだったが……しかし、そこで扉の前に立つ一人の男がいた。



「こうなると、思っていたよ」


「……フェストラ……っ」


「もう、諦めろクシャナ。……オレが、お前を手放すと思うか?」



 目の前に立つ男……フェストラの姿を見て、クシャナは与えられた希望を全て奪われたような感覚に打ちのめされる。


しかしクシャナは歯を鳴らしながら、最後の抵抗だけでもと先ほど服に忍ばせたデバイスに手を伸ばし、指紋センサーに何とか指を乗せるが……、その寸前でフェストラが強くクシャナを睨みつけた為か、どれだけ指紋センサーに指を乗せようと、普段のように変身を行う為の待機音声が鳴り響かない。



「ゴルタナと同じく、マジカリング・デバイスも力の一つだ。つまりオレの平伏能力によって発動させない事は出来る。お前がどれだけ抵抗を企てようと、オレに敵う事は無い」


「いいや、ま、だぁ……っ!」



 マジカリング・デバイスが使えなくとも――まだクシャナには、残されている力がある。


ポケットから乱雑に取り出した一本のアシッド・ギア。それを乱れて曝け出されている腹部辺りに挿し込む事で、養殖の因子を追加注入する。


それにより肉体に巡るエネルギー。クシャナは痺れる感覚が一気に解消された肉体を立ち上がらせ、目の前に居るフェストラへと追突する。


部屋の扉を叩き壊しながら、廊下の壁にフェストラの背中を打ち付けるが、しかし彼はそれでも平然とした表情で、至近距離にあるクシャナにいう。



「……まだ抵抗を続けるというのなら、もう容赦はしないぞ。お前の感情を奪い、本当にオレの傀儡としてやろうか?」



「、お人形遊びが好きなら、やってみろよフェストラ――ッ!!」



 激昂し、彼の身体から離れつつ拳を振るったクシャナと、その拳に合わせて自分の拳を突き出したフェストラ。


二人の拳が衝突した瞬間、帝国城内が一瞬、強い衝撃によって揺れるのであった。

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