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ヴァルキュリア-07

 そのヴァルキュリアの静かな言葉に、アスハは言い返す為に口を大きく開ける。


しかし、何を言う事も出来ない。


ただ大きく開けられた口から空気の漏れるような音が出ただけで、そんな吐息はヴァルキュリアも音を聞こうと思わない。



「拙僧もアマンナ殿も、かつては定められたレールの上を歩く事だけに従事してきた」



 正しい事と、間違っていない事は、アスハやヴァルキュリアにとって、同義じゃない。



「しかしそれは、拙僧らが幼かったからだけじゃない。無知であったからだけじゃない。――そのレールも、間違ってはいないと理解していたのだ」



 ヴァルキュリアとアマンナは、幼い頃から定められたレールに従って生きてきて、クシャナやファナと出会い、色んな経験を経た事で、それだけじゃない生き方もあるのだと、そうした道を選ぶ事だって出来ると教わった。


その上でヴァルキュリアは「魔法少女として誰かを守る為に戦う」という道を選び、アマンナは「お兄さまや仲間の為に戦う」という道を選ぶようになった。


けれど元々歩んでいた道を選んだとしても、彼女達は大きく後悔をしたわけではないだろう。


何せそれは――間違っていたわけじゃないと、理解していたから。


ただ幼かった二人にとって、正しい事であるのか、それを断言できなかっただけだから。


アスハにとって、今の迷いもそうだ。


フェストラという男が口にした言葉は間違っていない。


その理想を、思い描く未来も、理解は出来る。


彼の選択に何も考える事無く黙ってついていくだけでも、それなりに納得できる答えにはなるのだろう。それなりに納得できる結末には至るのだろう。


だが選んだ道が、正しくて何者にも恥じる事は無い、大手を振って未来に希望をと、称賛出来る程の理想なのかと問われた時――アスハはすぐに頷き、そうだと言えるのか、それを断言できないでいる。



「フェストラ殿の思い描く未来で、多くの民は救われる。命だけでなく、心もな。……しかし、それによってクシャナ殿とファナ殿は、フェストラ殿の【傀儡】となる」


「……違う、傀儡じゃ、ない」


「ならばお飾りの王であるか? どちらであっても、拙僧にとっては同じである。そうなればあの二人は、普通の人間として、ただの少女として生きる事は二度と許されない。拙僧とは二度と、隣り合って、笑い合う事の許されない存在となるのだろう?」



 身分の違いもそうであるが、ヴァルキュリアという女はあまりに強力の力を有し過ぎている。


クシャナやファナという女達の命を、終わらせる実力の持ち主だ。


もしフェストラの下にヴァルキュリアが就いたとしても……彼女の離反を恐れるフェストラは、ヴァルキュリアを決して、クシャナやファナの近くには置かぬ事だろう。



「拙僧は……うむ、それがイヤだ。あの二人と笑い合えぬ未来は、想像すると悲しくなって、苦しくなって……胸がキュッと、痛む気がする」


「……ヴァルキュリア」


「いつの間にか……拙僧は本当にあの二人が……心の底から好きになっていたのだな。離れ離れになりたくない、笑い合える関係でい続けたい。何時までもずっと、と……そう願ってしまう」



 結局、多くの人が救われるのなら、それも一つの選択肢なのかもしれないと、認める事は出来る。


けれどヴァルキュリアは……そんなフェストラの定めた「間違っていない」理屈よりも。


自分自身が「正しい」と思いたい、自分勝手な結末を選びたいと、そう思うのだ。



「だがこれは、拙僧のワガママだ。もし、クシャナ殿やファナ殿が、フェストラ殿の望む結末を最上足る未来と見定めるのならば……拙僧は自らの正しさなど捨て、間違っていない理屈に屈しよう」



その答えが分からないから、ヴァルキュリアは、煌煌の魔法少女・シャインとして、今出来る事をするべしと、戦っている。



「――答えて欲しい、アスハ殿。貴女は、何を正しいと定め、何を間違っていないとする?」


「私は……私は……っ」



 アスハの目が泳ぎ、視線がシャインから外れようとする。しかしそれに気付いたからか、シャインは疾く、その足を動かし、彼女の首元へとグラスパーの刃を突き出し、その首筋に僅かな切り傷を残す。



「目を逸らすな。――盲目である貴女に酷な事やもしれぬが、自らの決意を語る時、相手の目を見ぬ事は許されない」


「っ、私は……ッ!」



 目元を細めながら、アスハは自らの首筋横を駆けた刃に、自らの剣を振り抜き、姿勢を崩したシャインの顎に向けて、左の拳を向けた。


しかし僅かに軌道を読んでいたシャインは顎を引く。顎を狙った一撃はシャインの右頬に叩き付けられ、彼女は身体を後退させながら、殴られた場所を手の甲で掻いた。



「ああそうだ、私は迷っている! だがどうしろと言う!? 間違っていないフェストラ様の思想にメリー様は執着している。そして私には、それ以上の最善を、正しさを見いだせない。正しさ等思いつかない……ッ!」



 戦闘の火蓋は、切って落とされたと言っても良いのだろう。


 人二人分程度の狭さしかない通りで満足に構える事も刃を大きく横薙ぎに振るう事も許されない中、二人は互いの刃と刃同士を幾度も弾き合わせ、その身に刻まれた剣戟の技術で、斬り合う。



「だが正しさが……正しさが何を救うッ!? 正しさで何かが救えるのなら、とうの昔に世界は平和で充ち満ちている筈だ! だが、だがそれはあり得ない。人にとっての正しさ等、立場が違えば意味も異なるっ!」



 アスハの勢い任せと言うべき体重の乗った上段からの一振り。それに対し、シャインは下段からの一振りで合わせると、衝撃が二者を多い、彼女達はその衝撃を受け流す為に後退り、距離を置く。



「誰もが正しさなんてモノを求めるから、相反する主義主張に人々は醜く争う。自らを律せよと唱えるその口で、自分の正しさに反する相手への罵詈雑言を、平気で口ずさめる……っ!」



 目を見開き、シャインの目と自らの目を合わせようとする。しかしシャインはその気配に気付き、自らの目を閉じた。


アスハの有する固有能力、その一つである【支配】の発動条件が、目と目を合わせる事であると、理解しているからだ。


 だがそれこそ、アスハの狙いだ。彼女が目を閉じねばならぬ限り、シャインの戦闘能力は数割ほど削減できたも同義である。



「ならば人々から正しさを求める心など、消えてなくなればいい。誰もが間違っていない理屈に従う事さえ出来れば、それだけで世界は大きく変わる……そんな世界を、フェストラ様ならば、きっと作ってくださる筈だっ!」



 剣を放棄し、アスハは両手を何時でも動かせる状態でシャインへと駆ける。


彼女へと迫る空気の音、そして僅かに感じる匂いや気配によって、シャインは素早く剣を横薙ぎに、しかし二人に圧迫感を与える壁に当てぬようにと繊細な振り方で薙いだ結果、アスハは身を低くする事で刃を避けるばかりか、彼女の脇腹に向けて左肘の強い打ち込みを叩きつける。



「ぶっ、……いいや、違う。アスハ殿は……自身の正しさを理解している筈だ。だが拙僧と同じく、それが自分よがりな正しさだとも理解するからこそ、口にするのを憚っているだけ。だからこそ、そんなモノ無いと偽っている……ッ!」



衝撃と共に痛みが走り、身体も吹き飛ばされるシャイン。しかし地面に靴を擦り付けるようにして衝撃を押し殺した彼女は、口から僅かに吐き出された血に不快感を表しながらも、グラスパーの刃を地面に突き刺した。



「だが――自分よがりの何が悪いッ!?」


「、っ!」



 フゥ、と短く息を吸い込んだシャインは、突き刺したグラスパーから手を離し、両手をただ眼前に出し、両足を地面に付けながらも動かし、まだ自分の足が健在である事を確認した後、左右にステップを踏む。



「自分の願いも理想も口に出来ない者が、他者の理想や思想にただ乗っかるだけよりも、遥かにマシだッ!」



 シャインの怒声、その内に秘めたる想いが殺気として放たれるようにして、アスハの背筋をゾクリと震わせる。


だからだろうか、普段であれば一旦冷静に状況を俯瞰的に観測する筈のアスハは、自己防衛機能が暴走するかのように地面を蹴り、壁に足をつけてシャインへと蹴りかかろうとする。


しかし冷静さの伴っていない攻撃など、その足音と空気の流れ、そして彼女自身の発する気配を感じ取れば、目を開かずとも避けられる。


シャインは足を大きく動かさず、ただ背後にステップを踏む事でアスハの振るった脚部を寸での所で避ける事に成功すると、左足を軸にした右足の回し蹴りで、彼女の腹部を打ち付ける。



「ぐ、……っ!」



 痛みを感じられぬアスハだが、しかし呼吸がしづらくなれば意識に乱れが生じるものだ。


シャインはそんな彼女の隙を感じ、勝機と判断し蹴り飛ばした彼女に向けて背部スラスターを吹かし、急速接近。


アスハの胸に拳を一撃叩き込みながら、しかし殴り飛ばす事無くスラスター出力を全開。


後押しされる体がアスハの身体をより強く押し出しながら、通りの先にある建造物の壁に、アスハの背中を叩き付けた。



「拙僧は、自分の内なる言葉を正直に告げた。クシャナ殿やファナ殿に対する、想いを告げた。ならば次はアスハ殿の番だ……っ」


「ぐ、ぅううっ……!」


「アスハ殿は、クシャナ殿とファナ殿を前にして、理屈に従い着飾られろと宣うか? 傀儡である事を、お飾りの王となる事に従えと、そう言えるのかッ!?」



 自らを締め付ける彼女の力に……否、自らに力強く叫ばれる、シャインの言葉に呻くアスハ。


だがシャインは……ヴァルキュリアは、彼女の心へと問いかける。



「アスハ殿は、言葉を失っていない! 耳を失ってない! 感情を失っていない! ――ならば、拙僧の言葉に対して、想いを叫ぶ事は出来る筈であろうがッ!!」

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