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ヴァルキュリア-06

シガレットとファナが合流してから、既に四体に及ぶアシッドの首を斬った煌煌の魔法少女・シャインは、宙へ舞うアシッドの頭を掴む。


掴んだ瞬間、空気の膜が頭全体を覆い、内部を超高熱で満たしていき蒸発させていく姿は……ファナにあまり見せたくはない。


だからこそシガレットが少し離れた場所で、ファナの身体を抱き寄せる事で視界を封じている。


 燃え尽き、消滅したアシッドの頭部。それと同時に燃え尽きていた自分の右手も再生を果たしていくシャインは、周囲の気配を探索する様に見渡し、少なくとも近くにそれらしい気配がない事を察知した。


現在いる場所は工業区画の丁度真ん中付近……高い建物は存在しないが、それでも乱立された集合住宅や工業工場跡等々、通りは狭くまた視認性も悪い。


戦闘行動がしにくい、潜んでいる敵を見つけづらい、という難点こそあるが、しかしそれは身を隠すには十分な立地とも言える。



「シガレット殿、しばしファナ殿と共に、隠れていて欲しい。ここならばある程度、身を隠すに十分であろう」


「……私、もしかしたら貴女達を裏切るかもしれないのよ?」


「拙僧はただ、ガルファレット殿の願いを継ごうとするシガレット殿を信じるのみだ。その期待を裏切ろうというのなら、好きにするがいい」



 警告とも、信頼とも取れる言葉をシガレットにかけ、シャインはゴツゴツとしたグローブを付けた手で、シガレットの抱くファナの頭を撫でた。



「ファナ殿、もうしばらくはシガレット殿と共に居て欲しい。アシッドの全滅を確認次第、ファナ殿を安全な場所まで連れて行こう」



 とはいえ、現状のシュメルでは安全な場所などはない。まだフェストラの権力が及んでいないであろう首都外への避難が最善であろうが、しかしそれが最善手でなくなるのも時間の問題だ。なるべく早い方が好ましいだろう。



――それに、ヴァルキュリアにはまだ、考えねばならない事がある。



「……ヴァルキュリア様? 何か、悩んでますか?」


「少し、な」



 純粋なファナには隠し事は通じない。苦笑しながらファナより手を離した彼女は、手を振りながらその場から離れるように地面を蹴り、建造物の屋根に足を乗せた。


上から全体を見通すのも一つの目的だが、それだけでなくアシッド以外の気配を察知しようとする理由もある。



「……やはり、逃げ遅れた者達もそれなりにいるな」



 ラウラ討伐作戦の時から、工業区画の人間が逃げ遅れるかもしれないという可能性は問題視されていた。


工業区画にいる人間の半数は区画名の通り、工業製品の取り扱いなどを行う工場員が占めている。


だが残り半数は元々、不法滞在者や違法な仕事にありついている税金未納者等々。極端な言い方をすれば法律上、グロリア帝国という国家が守る必要のない人間も多く存在していた。


首都・シュメルの外に繋がる大門とも離れており、帝国城や聖ファスト学院には近しい立地ではあるが、犯罪者や税金未納者、不法滞在者となれば公的機関への救助要請が行いにくく、更には聖ファスト学院への逃亡も憚られる立場の人間が、この区画にまだ残り続けていたのだ。


事実、シャインが屋根から見渡すと、建物の窓等から僅かに人の影が見え、外の様子を時々伺っているようにも見受けられる。


確かに今はアシッドの数も減り、随分と静かになったが、しかし完全に討伐できたわけじゃない。


シャインが見る限り、今も工業区画で徘徊しているアシッドは二体。そして――その二体以外に、僅かだが鼻から感じ取れる、匂いが三体。



「アシッド化を果たした者の嗅覚、か」



 以前、クシャナはアシッドが人間の匂いを嗅ぎ、襲い掛かると言っていた事を思い出す。


今のヴァルキュリアは既にアシッドとしての変貌を遂げ、その嗅覚もアシッドと同様に冴えている。人間とアシッドの匂いを嗅ぎ分け、どちらがより栄養価の高い肉なのかを察知し……それを喰らえと、本能が叫ぶのだ。



「……こんな強い衝動に、クシャナ殿は抗い続けていたのか。何時も、あっけらかんとしているにも関わらず、強い女性だったのだな」



 ヴァルキュリアはまだ、人を喰らった事は無い。しかし人やアシッドの匂いを嗅ぎ、近付けば近付く程、それを喰らいたいとする欲求は強くなる。


欲求に抗おうとすればする程、蓄積された欲求は彼女を蝕み、人や肉に対する嗅覚をより鋭く尖らせる。


そして一度、人やアシッドを喰らえば……その肉を求める欲求に歯止めが効かなくなり、本物の怪物へと彼女を変えてしまうだろうと、本能で理解できた。



「……この匂い、普通のアシッドでは無いな」



 気を紛らわす為か、大きく鼻から吸い込んだ空気に紛れ、感じた匂いを嗅ぎ分ける。


通常のアシッドよりも栄養価が高いと感じ取れる肉の香りは、恐らくハイ・アシッドの匂いだろう。


そして、この世界に居るハイ・アシッド等限られている。


シャインは屋根を蹴って一番近くにいたアシッドの下へと跳ぶ。


周囲を見渡し、匂いを嗅ぎ分けながら徘徊する一体のアシッド、帝国軍の制服を着た一体が、突如感じ取った匂いに驚いたように顔を上げた瞬間、上空から迫っていたシャインのグラスパーがその身体を左肩から右わき腹にかけてを両断。


倒れる身体、シャインは悲鳴を上げて藻掻くそれの半身を蹴りながら、溶解炉マニピュレータを起動。


燃え盛る炎を以てアシッドの頭部へ掴みかかると、その超高熱がアシッドの頭部を完全に溶かしていき……最後には動かなくなる。


 肉の焼け焦げる匂いはシャインの鼻からより食欲を昂らせるが、しかしシャインはその考えを振りほどく様に……その肉体も燃やし尽くすよう、出力を上げた。


アシッドの着ていた衣服に着火、人肉を焼き焦げさせていく様を見ているのが辛くて目を逸らした時。


先ほど感じたハイ・アシッドの匂いが、強くシャインの鼻をくすぐった。



「……どうやら目的は、同じようであるな」



 薄暗い通りは建物同士の間隔が狭く、声が反響してよく通るし、そうでなくても、恐らく彼女にはシャインの声が聞こえた事だろう。



『ああ。しかし私がフェストラ様の命によって動くのと違い、お前は自らの意志を以て行動している。どちらが高潔な者かは、目に見えて明らかだろう』



 遠くから聞こえる声、それは何の訓練もされていない常人ならば、風の音にかき消されて消えぬ程の声量だっただろうが、エンドラスに幼い頃から訓練を施されていたヴァルキュリアと、その身が変質したアシッドとしての常人よりも優れた聴覚が、その声を捉え……そして今、薄暗くて見づらいけれど、その人物の姿が目にも届いた。


銀色の髪の毛と端麗な顔立ち、そしてその顔立ちを映えさせる眼鏡と、スラリとした身体。


既に口元が血で汚れていたが、その血を気にする事無く、人の足と思わしき肉や筋、骨を口へとやり、咀嚼する。


彼女は左手で首の無い身体を引きずりながら帝国軍の制服を着た身体を連れており、その身体の足は一本無い。



 ――そうしてアシッドの肉体に宿る動物性たんぱく質を補給する姿に、シャインは思わず唾を飲む。



それが恐ろしいからではない。とても美味しそうに思えてしまったからだ。



「それにしても、随分と苦しそうだな。……強すぎる食人衝動に抗う事で手一杯、といった所か」



 女性――アスハ・ラインヘンバーは、引きずっていた亡骸を放棄し、シャインと数十メートルと距離が開いた所で足を止める。


自らの腰へ手を向けると、いつの間にか顕現していた一本の剣が、彼女の手に収まり、構えた。


 対してシャインも、その手に握るグラスパーを構え直し、アスハと対峙する。



「アスハ殿、貴女はフェストラ殿に従うのか?」


「……従わん理由はない。彼は私やメリー様の理想である、強靭なる国家への変革を認めて下さったのだからな。その為に、クシャナ様とファナ様の存在が必要なのだ」



戦闘態勢は整えた両者だが、しかしまだ語るべき事を語っていないと言わんばかりに、刃が互いに向いただけだ。



「ヴァルキュリア、お前もフェストラ様に従え。理解しているのだろう? 地の底まで失墜を果たしたこの国を再建し、民に安寧を与える為には、フェストラ様の理想が最も正しいものだと」



 声は荒げていない。しかし、アスハの言葉には僅かに興奮が見られる。



「お前が魔法少女になったのは、力の無い人々を守れる力を、その手に握りたかったからだろう。そんな怪物へと変貌を遂げてまで戦い抜いた先の未来に、安寧があって欲しいと思わない筈も無い」



 それは――まるで自分が本当に正しいのだと、この選択が正しいのだと、誰かに同意を求めているかのようだと、ヴァルキュリアには感じた。



「……アスハ殿は、迷っているのだな」


「迷って等、いない」


「否……真意までは分からぬが、アスハ殿がフェストラ殿の求める理想に対し、どこかで正しくないのではないかと、迷っている事は理解できる」



 他者に同意を求めるのは、自分の選択が間違っていないのだと、心に安心感を与えたいからだ。


元々アスハという女は、他者に理解や共感をして貰う事に対して、大した欲求など持ち合わせていない女だった。


帝国の夜明けとして戦い抜いていた彼女は、確かに自分の求める理想や未来があった事だろうと思う。


しかしその在り方を、多く戦ったヴァルキュリアやアマンナに強制した事は、一度も無い。


それは、自分の求めた理想や未来が正しいものだと、信じていたからだ。



今の彼女は違う。


フェストラの理想や未来を、正しいものだと「思い込みたい」だけなのだ。



「……何が間違っているという!? フェストラ様の理想はまさしく正しい! 正しい理想に対して共感し、私は彼の理想を体現する為に――ッ!!」


「うむ。フェストラ殿の理想は間違っていないのだろう。……しかしそれは、間違っていないだけ。正しくはないかもしれないと、アスハ殿が心の奥底で気付いているから、迷うのではないか?」

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