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ヴァルキュリア-04

 ヴァルキュリアという少女は、自分という在り方を貫き続けた。


それは、他者の心を顧みる事無く突き進んでいく事と同義であり、結果として彼女の強さに繋がった事は、間違いない。


しかしそれ故に、他者の心を理解する事を幼い頃から放棄し続け……父や母との交流に対し最小限に抑え込んでしまっていたと思う。


今は亡き父と母、もう少しでも二人と心を通わせ、二人の想いを理解できていれば……ヴァルキュリアが負った悲しみは無かったのかもしれない。



「拙僧にとって、父と母は憧れだった。否……今でも憧れだ」


「……ヴァルキュリアちゃんは、エンドラス君のやった事を」


「ファナ殿がシガレット殿を許さぬように、拙僧も父を許しはしない。しかし、拙僧も悪かったのだ。母上の祈りも、父上の願いも苦悩も……全て今の拙僧を形作ってくれた。二人の心を一秒でも早く理解できていたのなら……すれ違う事もなかったであろう。それを、今でも悔やむのである」



 行こう、と言わんばかりにファナの手を引き、前へと進んでいくシャイン。彼女の背を見据え、付いていきながら……シガレットは、自らが背負うガルファレットの剣に、手で触れる。



(ガルファレットの望みを、叶える為に……ガルファレットのようにあろうする事……)



 簡単のようで難しい。自分という存在を曲げ、他者のようであろうとする事の難しさは、何よりも他者の事を最も理解していなければならない。


シガレットはガルファレットの理解者であった自覚はあった。けれど、そんな彼女がガルファレットを殺めてしまったのだ。


自分が思う彼らしさが、本当に正しかったのか、その根本から疑わなければならない。


 ガルファレットと出会い、ガルファレットの苦悩を知り、彼を導き……そして、彼との別れを経た。


彼は最後、第七次侵略戦争における自らの罪を懺悔したシガレットに『暇であろうとする』事を約束してくれて……最後まで、手を握りながら、朽ちようとするシガレットに声をかけ続けてくれた。



(あれ……?)



 自分の顔に手を当てて、シガレットは思う。



(私……ガルファレットに、何て言われたんだっけ……?)



 最後、ガルファレットとした、会話。


彼は、その会話と共に、教師となっていった筈だ。


そこに、何か彼の根幹を定めるものが、あった筈だ。


それが思い出せない。遠き記憶だとしても、それは決して忘れてはならない筈なのに。


 枯れた筈の涙が、もう一筋だけ頬を伝う。


その涙の軌跡は、ファナだけが見ていた。



**



アスハ・ラインヘンバーは、帝国城最深部に存在する、帝国王用の寝室に立っていた。


寝室という場所であるにも関わらず広い間取りと薄暗い空間、そして中央に設けられた人が横たわるには大きすぎるキングサイズベッド……そのベッドには一人の少女が横たわっている。


聖ファスト学院の制服、黒と赤の入り混じった髪色、美しく整った顔立ちの少女は……クシャナ・アルスタッド。


 アスハは彼女の護衛という建前で、この寝室のドア前に立っている。


勿論、彼女を連れ戻そうとする何者かがいる可能性は否定できない。だからこそ彼女を守る護衛という立場が間違いであるわけではないのだが……彼女自身が目を醒ました後、逃げ出そうとしない保証はどこにもない。


彼女が変身する為に必要なマジカリング・デバイスは押収され、帝国城内に散見されたアシッド・ギアと共にアスハが管理している。しかし、元々ハイ・アシッドであるクシャナが本気を出せば、如何な警備だとしても逃げ出せる可能性をゼロに出来ない。


だからこそ、彼女をハイ・アシッドという実力だけで圧倒できるアスハが護衛と監視にはうってつけだとして宛がわれたというわけだ。



「……似合っていると言えば、嘘になるな」



 新たな能力で得た視界を用いたアスハは、帝国王の為に用意されたベッドに横たわる彼女を見て、そう評する。


クシャナを侮蔑する意味ではないが、元々彼女は何の変哲もない少女を演じていた。それも十七年という月日を、戦う事無く、世界と関わりを持つ事なく、これから先ずっと続く、自分一人で死ねない生涯と向き合う為に、そうした在り方を演じてきたのだ。


演じるという事は、そうした存在になろうとする事でもある。


そして、十七年という歳月をそうして在ろうとした事で、彼女は「何の変哲もない少女」としての在り方が染み付いてしまっている。


そうした彼女に無理矢理、帝国王としての在り方を与えても、それが似合う筈も無いのだ。


 彼女が魔法少女としての在り方を「似合わない」としていたように……彼女はもっと、ありふれた在り方の方が、似合う筈なのだから。



 そんな時、アスハの耳に寝室へと近付く一人の足音が聞こえてきた。


足音は多くの情報をアスハに与える。それがどんな意図を持って近付くのか、そしてその人物が誰なのか……長らく視界と感覚を持たずに生きてきたアスハにとって、その足音が誰のものかを察するには十分すぎる。


ドアから僅かに身を離し、静かに開けられるドアの向こう側から、一人の男が来室。


アスハは頭を下げると、男は手で「面を挙げろ」と示した。


フェストラ・フレンツ・フォルディアス――アスハにとっても、この国の瓦解を止めるべく動く、影の王だ。



「まだ眠っているか、クシャナ様は」


「はい。恐らく戦闘による疲れが溜まっていたのでしょう。……そして」


「ブーステッド・ホルダーとかいうデバイスの影響か」


「ええ。時折、随分とうなされておりました。今は落ち着いている様子ですが」



 クシャナは、マジカリング・デバイスの追加デバイスである【ブーステッド・ホルダー】を用いて、ブーステッド・フォームという新たな力を手にした。


ホルダーはアシッド・ギアの中にあるアシッド因子を自らの身体に注入し、その因子が持つエネルギーを戦闘能力に還元するシステムだ。


その力を用いて多くの因子を体内に取り込んだクシャナだったが、その副作用として残ったエネルギーが彼女の能力である【幻惑】を無差別的に発動させていた。


他者の深層意識に潜り、夢として見る――ホルダーを手にする前から、度々そうした能力の暴発を起こしていたようだが、ホルダーを使用した後は眠る毎にそうした夢を見るという。


結果として彼女の総睡眠時間は削られていて、今は身体がその失った睡眠時間を求めるかのように、彼女の身体を休ませているのだろう。



「アスハ、お前に二つ頼みがある」


「二つ……何でしょうか」


「一つはメリーの回収だ。ファナ・アルスタッドの身柄確保を命じていたが、どうやらシガレット・ミュ・タースが彼女の身を守っているらしい。何の準備も無く、アイツがシガレットの婆を降せると思えない。恐らく気絶させられているだろうよ」



 ガルファレット・ミサンガを殺したシガレットと、メリーが戦ったというのならば、確かにメリーの敗北は必須だろう。


メリーはアスハやドナリアと異なり、戦闘に特化していた人間ではない。彼の有する認識阻害能力もシガレットに対してどれだけ有効に働くかも疑問だ。



「もう一つ、こっちが本命だ。まだ首都内の市街地には、アシッド化した帝国軍人や警備隊員が残っている筈だ。お前に掃討を頼みたい」


「クシャナ様は宜しいので?」


「オレが見張っているさ。オレも連戦で疲れているのでな、しばし身体を休めたい」


「……かしこまりました」



 頭を今一度下げ、寝室から出ていこうとするアスハ。そんな彼女に、フェストラが近くの椅子へ腰かけながら語り掛ける。



「リスタバリオスも、意識を取り戻せば残党狩りに動くだろう」


「ええ」


「奴の処遇については任せる。お前の思う通りに行動すればいい」


「……宜しいのですか?」


「ああ。……今のメリーと違い、オレはそれなりにお前の事も見ているつもりだよ」



 その言葉にどんな意味が込められているか、それをアスハは言葉にしなかった。


ただ黙って寝室を後にし、扉が静かに閉じられた所で……フェストラは椅子の背もたれを動かし、クシャナの眠るベッドの前に腰掛ける。



「寝たフリがお上手ですね、クシャナ様」


「……気持ち悪い。お前、何で私に対して敬語なんだよ?」


「貴女はこれから王となられる方だ。当然でしょう?」


「やめて。気色悪いから、マジで普段通りにして」


「全く――ワガママな女だ」



 目を醒ましていたクシャナが、ベッドに横たわっていた身体を上半身だけ起こし、その柔らかすぎず、硬すぎないベッドの感触を味わうようにしながらも、フェストラへと向き合った。



「……シガレットさんが、ファナを守っているって、どういう事?」


「どうもこうも無い、そのままの意味だ。オレはお前だけでなく、ファナ・アルスタッドもお前と同じ立場にさせる事も検討している。お前がどこまでも強情なら、お前の代わりに彼女だけを玉座に掛けさせる事も出来るな」



 強く、フェストラを睨むクシャナ。しかし今の彼女に、フェストラと対抗する為の力も無ければ、体力も無い。



「強情なお前と違って、あの娘はどうだろうな。オレの計画により多くの民に平穏と安寧を与える事が出来ると分かれば……そんな在り方に自らを投じる事だって、一つの道と選ぶかもしれないぞ」


「お前……っ」


「仮説だ、そう怒るな。それにオレとしてはお前の方が、帝国王の座に相応しいと思っている。彼女はあくまで不測の事態に対する備えでしかない」



 だが――そう言葉を置きながら、フェストラは座っていた椅子から立ち上がり、クシャナの横たわっていたベッドの端に、手を乗せる。


そしてそのまま、彼女へと近付いて、頬を撫でた。



「もしあの娘がそうした在り方を選ぶとすれば、お前もあの娘と共に在る事を選ぶだろう。今のお前にとって、ファナ・アルスタッドとレナ・アルスタッドの幸せ以上に、求める幸せは無いだろうしな」


「私の幸せを、お前が勝手に決めるな」


「いいや、オレは勝手に決めつけて等いない。お前が望む幸せを口にすればいい。それが可能な事ならば……オレに出来る事は何だってしてやるさ」

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