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ヴァルキュリア-03

 それにもあまり好ましく思っておらぬ、とシャインは感じながら、しかしまずは率先して行わなければならない残党アシッドの掃討を終わらせようとした。


その間に自分がどうするべきか、それを悩むつもりであったが……どうやらその時間を使って、ファナに何があったかを説明する時間になりそうだ。



 シャインの口から語られるのは、フェストラの企てた野望……そのシャインが何とか頭を捻って理解できた内容の一部だ。


まず、フェストラは自身をアシッドとする事で、死ぬ事の無い永遠の命を手にした事。


そして同じく死ねない存在であるクシャナを、ラウラの子供であり、国をラウラの手から救った戦乙女であると祀り上げ、彼女を帝国王の座に就かせる。


彼女をお飾りの王として、象徴として玉座に就かせ民主制への移行を果たす事により、民衆の不信や不満を解消し、更に死ねないクシャナがラウラの計画と同じく死なぬ王として君臨する事で、その信仰を集める。


そして――表舞台から姿を消したフェストラが、民主制へ移行した筈の政権を裏から操る。



「ラウラ王が神として、王として自ら表に立つ事で行われる独裁とは異なり、フェストラ殿のやろうとしている事は、あくまで表向きは民主制への鞍替え。しかしその実態は、ラウラ王と同じく神如き死なぬ存在による、究極の独裁政権の樹立だ」


「で、でもそれじゃ、お父さんのやろうとした事と、一緒じゃないですか?」


「国民にとっては違う。国民にとってラウラ王の策略は『民意の反映されない彼の主義主張だけが反映されたものだが、逆らう事が許されない』もの。対してフェストラ殿の場合は『民意の反映された政権の樹立により声が届けられていると誤認識出来る』ものだ。……国民の幸福度は、果たしてどちらが上だろうな」



 神を名乗る王に圧政された国家を生きる事と、紛いなりにも自らが選んだ政権によって作られた国家を生きる事、そのどちらが民衆の幸福度を上げるかと問われれば……多くの人間が後者を選ぶのではないだろうか。



「で、でもそんなの絶対間違ってます! だってそれ、みんなに嘘ついて、みんなの意見を聞いてるフリして、聞いてないだけ、騙してるだけじゃないですか!」


「ええ、そうよ。けれどもし、もしよ? ファナちゃんは『絶対に間違いを選ばない一人の政治家』と『五十人が間違いを選んじゃうかもしれない百人の政治家達』……どっちかを選べと言われたら、どっちを選ぶ?」



独裁主義の利点は正にそこで、多くの人間が政権に与する民主主義とは異なり、独裁主義の根幹は「一人または少数の人間が意思決定を早急に下せる」という点にある。


その意思決定が誤りでない事が前提にはなるが……もし誤りを全く犯さない人間による独裁であるならば、むしろ民主主義よりも厳格な国家の在り方を貫く事が出来るのだ。


そして……フェストラには出来る。決して誤る事の無い正しい統治……自らさえも駒の一つとして捉え、如何な状況であっても俯瞰して見極める事の出来る彼が、老いる事無く永遠にこの国を裏から統治する。


それが間違っているとは……シャインもシガレットも断言は出来ない。



「フェストラ君の存在は、メリー・カオン・ハングダムという男によって隠匿され続ける。ハングダムの英知を知り尽くした彼にとって、そんな事は赤子の手を捻るよりも簡単な事」


「そして民衆も、やがては国家そのものも、フェストラ殿という存在を認識する事なく、彼が『より良き道』と見定めた道へと行くように、誘導されるようになり、この国に生きる者は安寧な未来を歩む。……まさに影の王と言うべき存在であろうな」



 ファナがどれだけ、フェストラの計画を理解する事が出来ただろう。ヴァルキュリアだって幾度も頭を巡らせて、何とか辿り着いた答えなのだ。それを、普段から勉学を苦手とする彼女に理解できたかは疑問だろう。



「……お姉ちゃんは……どうなっちゃうの……?」



 だからだろうか。彼女はフェストラの理想とする国家としての在り方ではなく、あくまで「クシャナ」という少女が、これからどうなっていくのか、彼がクシャナをどうするつもりなのか、それを問うた。



「アマンナさんは、アタシとお姉ちゃんにとっての幸せは、フェストラさんの作る未来には無いって言ってた! それってつまり、お姉ちゃんやアタシは、そんな国を作る為に利用されるって事でしょ!?」


「ええ、そう。……だから私は、ファナちゃんをフェストラ君から守った。それを、ガルファレットも望んでいると、思ったから」



 でも、と言いながら、シガレットはその場で立ち止まった。


シャインも立ち止まり、彼女の方を見据える。



「でも今のグロリア帝国は、既に首都機能を失っているに等しい。帝国王を失い求心力も失ったままの国内で、混乱を止める事が出来ずに時間が悪戯に過ぎていけば……この国は瓦解し、多くの人間が国という器から溢れ、彷徨う事になる」



 クシャナという人間を帝国王へと据えるのは、最も今のグロリア帝国という国家の再建に相応しい存在だからと言える。


そしてファナも、クシャナの代わり……もしくは彼女と同じ位に居座らせる事で、二つの信仰対象を得た民衆に安らぎを与えるという意味でも必要なのだろう。



「ファナちゃんがもし、フェストラ君の言いなりになる事で、多くの人間が救えるとしたら……貴女はその道を選ばない?」


「っ、それは、それは……っ」



言葉を詰まらせるファナ。


シガレットの問いは、ファナにとって残酷すぎる問いである。


彼女は元々、傷ついている人たちを笑顔にしたい、癒してあげたい、そんな存在に……かつて自分を笑顔にしてくれたクシャナのような、魔法使いになりたいという想いを以て、戦い続けてきた。


ファナがもし、フェストラの選択した道に従えば、それによって多くの人間が救われるのだ。


それがファナにとって、幸せでないと誰が言えるだろう?



「ファナちゃんとクシャナちゃんが、フェストラ君の望みを否定して、もし彼が望む世界を作る事が出来ずに、多くの人間が不幸になったら……それが貴女達にとっての幸せになる?」



 確かにフェストラが見据える未来で、クシャナやファナという少女達には、永遠の不自由が与えられるかもしれない。


しかし、彼女達がそれを許容さえ出来れば、多くの人間が救われるかもしれないのだ。



対して、クシャナとファナがフェストラの未来を否定すれば、クシャナやフェストラは永遠の自由を謳歌出来るかもしれない。


 しかし、それを許容しない事で、多くの人間が不幸になるかもしれない。



しれないだらけで、確たる証拠なんて無い。


 けれどどちらに転んでも誰かが不幸になるとしたら……自分たちが不幸となる事で多くの人間を救う、そんな自己犠牲を果たす事で、クシャナとファナに不自由だけれど確かな幸福を与える事が出来るのなら……大人としてその在り方を示す事だって、必要なことかもしれない。



「私が分からないのは、そこなのよ。……ガルファレットはこんな時、クシャナちゃんやファナちゃんに、何て言ってあげるのかしら。何が正しくて、何が間違っていると、そう言うのかしらね」



 既にガルファレットは死んでいる。だから彼が、自らの言葉を口にする事は永遠に無い。


でも、だからこそ、シガレットは彼の事を思い、彼の願いを代弁する事が必要なのだと考えるのだろう



「ねぇ、ファナちゃん、ヴァルキュリアちゃん。聞いても、良いかしら」


「なんであるか?」


「ガルファレットは何を、望んでいたと思う?」



 そんな大雑把でどうとでも捉えてしまえる問いに、明確な答えなどある筈はない。


ファナも、シャインも、口を閉ざし……考え込んでしまう。



「自分が導くべき……子供の幸せかしら?」


「……ううん、違う」



 けれど仮定として呟かれたシガレットの問いには、ファナが首を横に振る。



「そんなの、当たり前にあってほしいだけだった……と、思う」


「幸せが、当たり前にあってほしい、か。でも……そうね、それはとてもあの子らしいかもしれないわ」



 誰もが幸せになる権利がある。


彼はきっと、そう言って誰かを鼓舞するのだろう。


けれど一人ひとりの人間が抱く幸せが、常に同じである筈がない。


誰かの不幸によって誰かが幸せを享受する事も、その逆もまた在り得てしまう。それがこの世の摂理だ。


誰もが幸せになる事を望むのは正しいけれど、しかし誰もが幸せになれると、そう断言は出来ないのだから。



「ガルファレット教諭殿は、聡明な方だったと思う。現実を正しく受け入れているにも関わらず、だからこそ、常に理想を求めたのだろう」


「誰もが幸せであって、誰も不幸にならない世界。あり得ない世界だけれど、あり得ないからこそ、そんな世界があってほしいと、そう願うって事ね」


「うむ。……だからこそ、同じ目的を持っていた筈のシガレット殿が敵となってしまった事を、大層悲しんでおられたのだ」



 元々、ガルファレットの望みは、シガレットという老婆が願った、誰もが平穏で、幸せに暮らせる世界という、あり得ない願いから来たものだったのだろう。



「シガレット殿、拙僧もガルファレット教諭殿の事を、全ては知らぬ。だが彼は、子供へ、生徒へ、答えを早急に求めるような事はしなかった」



 かつて、ヴァルキュリアがシックス・ブラッドという組織に属するべきかを悩み、フェストラという男の真意を計りあぐねていた時、誰が彼女の気持ちに寄り添ってくれた?


どんな時でも心が落ち着けるようにと、温かくて美味しい紅茶を淹れてくれて……決して声を荒げる事無く子供達に言葉をかけ続けてくれた大人は、誰だった?



 ガルファレット・ミサンガという男は、教師は、そんな風に何時だって生徒の傍に立ち、生徒達が悩んでいれば心に寄り添い、ほんの少しだけ手助けをする……そんな些細な事しかしてはいなかったと、ヴァルキュリアは思う。


 しかしそれによって……シックス・ブラッドという子供達の集まりは、確かに救われていたように思う。



「シガレット殿がもし、ガルファレット教諭殿の望みを叶えたいと思うのならば……彼のようにあろうとする事だ」


「……ガルファレットの、ように?」


「うむ。他人の心など幾ら考えた所で分かる筈がない。何せ他人の事だからな。しかし、彼のようにあろうとすれば、それによって自ずと、彼の心の一端だけでも垣間見る事にも繋がるであろう。……拙僧には、出来なかった事であるが」

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