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ヴァルキュリア-01

シガレット・ミュ・タースを前にして、メリー・カオン・ハングダムは彼女を強く睨みつけながら、自分の失った右肩から手を離す。


まだ血は大量に流れ出ているが、どうせ止めても止めなくても、死なないという結果は同じだ。ならば何時でも戦闘態勢に移行できるようにするべきとした彼に対し、彼女は今、ガルファレットが愛剣として親しんだ大剣を構えながら、虚ろな目を俯かせた。



「……シガレット、さん?」



 自分の事を見上げるファナに、シガレットは視線を向ける事は無い。むしろ、彼女と目を合わせたくないと言わんばかりに、顔を逸らす。



「シガレット・ミュ・タース、もし貴女に邪魔立ての意志が無いのなら、引っ込んでいて貰おう」



 シガレットは、何も答える事は無い。しかしそうして無言の彼女に、メリーはより憤怒を掻き立てられると言わんばかりに、唇を噛んだ。



「そもそも貴女は、何の為に戦っていた!? ラウラ王の願いに共感するでもなく、彼の蛮行を内から止めようとするのでもなく、ただ状況をかき乱し、混乱させた……!」



 多くの血を失い、酸素不足に陥りながらも大声を発し、右手で血まみれのベレッタを構えるメリー。



「そんな女のせいで、ガルファレット・ミサンガという誇り高き騎士は死んだのか!? 私は、私はそれを認められない! 認められる筈がない……ッ!」



彼は震える手でベレッタのトリガーを引き、銃弾を一発放つも、しかしその銃弾は、シガレットが突き出した左手の人差し指と中指が挟むように受け止めた。



「……分からない。私も……何がしたかったのか、もう、分からないわ」


「分からないなら関わるな老害! 貴様のような死者が、生者の世界に関わる事こそが間違っているんだよ!」


「でも……ガルファレットが、守りたいと願った子供だけは、守らなきゃって……そう思ったの」


「――身勝手な事をッ!!」



 それ以上メリーは何という事も無いと言わんばかりに、ベレッタのトリガーを連続して引く。


放たれる銃弾は三発。シガレットは自らの頭部に放たれた一発を避け、残り二発は避けるとファナへ着弾する可能性を鑑み、ガルファレットの大剣を大振りで振るう事によって弾いた。



「……ここに居て頂戴」



 ファナにそれだけ言葉をかけた後、シガレットはガルファレットの大剣を地面に突き刺すと同時に地面を蹴り、ベレッタを構えるメリーへと突撃。


素早い左右二撃の拳。まず左の一打がメリーの腹部へと目掛け下方から叩き付けられた後、右の一打がメリーの顔面を捉え、彼を遠く殴り飛ばしていく。


常人ならば死んでいるべき威力を内包した二撃を受け、しかしアシッドであるメリーは嗚咽を漏らしてこそいるが、生きている。



「っ、シガレット・ミュ・タース!」



 彼女の名を叫んだと同時に、シガレットは高く飛び上がった後に空中で姿勢制御を行い、その長く綺麗な足を振り回しながら、メリーへと突撃。


しかしメリーも幾多の修羅場は潜り抜けてきた男。ハングダムの技術と言える瞬歩を用いて瞬時にその場から離れ、蹴りを空ぶらせながら着地した彼女の背に回り込み、ベレッタの銃口を後頭部に押し当てる。


その綺麗な顔を頭ごと吹き飛ばすつもりでトリガーを引く。


 しかしトリガーが引かれる寸前、シガレットもメリーと同じ瞬歩を用いて頭の位置を変えると、銃弾は彼女の頭を貫通する事なく空だけを駆け抜ける。


 そして銃弾を避けたシガレットが、ブローバックした銃のスライドを手で掴んだ瞬間、自分の握るグリップ部分以外が瞬時に解体され、メリーは突然の事に言葉さえ放つ事は出来なかった。



「――まだ、やる?」



 伝え聞いていた温和な表情を浮かべるシガレットの姿はそこに無く、あくまで戦いという存在に最適化され過ぎた女の姿がそこにあった。


思わずブルリと震えたメリーに対し、シガレットは暗い表情で手に持っていた銃のスライドを投げ捨てる。



「……貴女は何故、フェストラ様の野望を阻止しようと言うのです?」


「だって……だって、それを……ガルファレットが、望む筈も、無いもの」


「何故彼が望まないと言えるのです? 貴女が殺したガルファレットの求めていた世界は、戦争も人死にも無く、生徒が安寧秩序の下で暮らせる世界であったはずでしょう?」



 メリーが見る限り、シガレットはそもそも自分が何をしたいか、何をすべきかも理解できていない。考える事さえ出来ない。


ただ自分が殺めてしまったガルファレットの影を追い、彼の望んだ世界を作る為に、自分の命を使おうとしているだけの道化である。


ただその実力はあまりにも高すぎる。このまま彼女を野放しには出来ない。



「シガレット・ミュ・タース。もし貴女がガルファレット・ミサンガという男を殺した事の罪を償いたいというのなら、我らが神となるフェストラ様に従うと良い」



しかし彼女を殺す事が難しいのならば……味方として引き入れる事が最適解だろうと、メリーは考える。



「フェストラ様は、貴女を従えたラウラの意志を継ぐだけでなく、より良い方法でこの国に安寧をもたらしてくれる。それが何より、ガルファレットの求めた世界なのではないでしょうか?」



 シガレットの表情には、まだ迷いが見える。しかしメリーの言葉に心が揺れ動いている事は確かだ。


このまま語り続けていれば、彼女を従えさせる事も出来る筈だと考えていたメリーだったが。



「……ごめんなさい。少し、考えさせて欲しいわ」



 その言葉と共に、シガレットは目にも留まらぬ速さでメリーの顎に、一打の手刀を叩き込んだ。


余りに速すぎる手刀、その威力は大した事ないが、しかし確実にメリーの脳を揺らし、彼は白目を剥いて気絶してしまう。


バタリと倒れるメリーに、ファナが唖然とした表情で近付くも、シガレットが彼女の肩に優しく触れた。



「大丈夫、気絶しているだけよ」


「え……と、その、何が」


「私も、ちゃんと理解はしていない。けれど、フェストラ君がラウラ君と同じく、何かよからぬ事を考えているのは、確かみたい」



 ファナが知っているシガレットは、老婆然とした物腰柔らかな女性としての彼女と、ガルファレットの死に発狂した彼女しかない。


今の彼女は確かに物腰そのものは柔らかだが、既にガルファレットの死を受け入れて、しかし彼が死んだ事によって全てを失ったと言わんばかりに、表情を絶望に染めていた。


 そんなシガレットが、ファナの手を握りながら、聖ファスト学院とは別方向の、工業区画方面へと歩を進めていく。



「あ、あの! アタシ、アマンナさんから学院の方に逃げろって」


「駄目よ。学院の方もしばらくすれば、フェストラ君の権威が及ぶようになる。その時学院にファナちゃんがいれば、きっと身柄を拘束されるわ」



 加えて、シガレットには上手くやれる自信があるが、もし本当にフェストラがファナの身柄を確保しようと動いた場合、避難民の受け入れ先となっている学院内で揉め事が起こる事は避けたい。


避難民はアシッドの出現や各地で発生した争いという非常事態を間近で経験し、消えない恐怖を植え付けられた筈だ。そんな避難民の安全が重要となる学院での揉め事は、避難民がより心に傷を負う事になってしまいかねない。



「だから、しばらくこっちの方で身を潜めましょう。幸いこっち側はまだアシッドが残ってる筈だから、フェストラ君もそう易々とは帝国警備隊や帝国軍人の残りを動かしたりしない。……動くとしたら、メリー君かアスハちゃん、フェストラ君本人が出張る筈」


「そ、そう、なんだ……?」



 そもそも現状を理解していないファナにとって、フェストラに拘束される事でどんな事態が待っているかが理解できていない。


しかし、アマンナの鬼気迫る叫びや追いかけてきたメリー、シガレットの乱入等々、恐らくフェストラが何かを企て、その為にファナを捕らえようとしている事は理解できたので、力も知恵も無いファナはシガレットの従わざるを得ない状況でもある。


 工業区画の一本一本細い裏道を通っていくと、その地面に血のような液体によって水たまりが出来ている事に、ファナは気付く。


鼻で感じる僅かな鉄クサい匂いに思わず鼻と口を押えてしまうが、シガレットはそのまま道を進んでいく。



「……ヴァルキュリアちゃん、かしらね」


「ヴァ、ヴァルキュリア、さま……?」


「ええ。僅かに熱気も残ってるし、ホラ。壁もこんなに、溶けているでしょう?」



 シガレットが触れた、工業区画作業員用寮の壁は、確かに一部外壁が熱によって溶けているようで、未だに蒸発しているかの様に煙を上げていた。


 それはファナも話だけならば聞いた事のある、ヴァルキュリアが魔法少女に変身した能力によるものなのだろうと予想が出来る。



「一度、彼女と合流した方が良いわね。後の事は……ええ、その時考えればいいわ」


「な、なんかその……投げやり、ぽく感じちゃうんですけど」



 ファナが思わずそう問いかけると、シガレットはしばし沈黙した後に「ええ」と、彼女の言葉がその通りであると同意した。



「勿論、ファナちゃんの事を投げやりに考えているわけじゃないけれど……私は、そもそもこれからの事とか、今は全然考えられなくて……正直、何も考えたくないっていうのが本音よ」



 笑みさえ浮かべず、光さえ差し込まないシガレットの瞳は、薄暗くてどこか怖く感じてしまう。



「私は、ガルファレットを、殺してしまった」


「……はい。アタシは、一生シガレットさんを、許しません」


「それでいいわ。私も、許されようなんて思わない。だからせめてあの子の望む事を、してあげたいのだけれど……私ってば全然ダメね。あの子の主だったのに……あの子が、何を欲しがってたのか、何も……何も、分からないの……っ」

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