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アマンナ-07

(一度根付いた恐怖心は、簡単には消えない。もしそれを消せるとしたら……恐怖を与えた存在に打ち勝ち、恐怖が幻である事を、証明するしかない)



 アマンナはフェストラの前でナイフを構えながら、しかし彼へと攻撃を安易に仕掛けるのではなく、ただ立ちはだかる事で、時間を稼ぐ。


 対してフェストラはすぐにでも、アマンナを倒してファナ・アルスタッドの身柄確保に移りたいと考えているだろう。



(けれどわたしは、今この場で、お兄さまに勝つ必要なんて、無い。お兄さまからファナさまを守り、逃がし、ファナさまのマナが回復するのを待って、蘇生魔術を施して貰う事で……お兄さまの首を、何時でも落とせるようにする事こそが……わたしの勝利条件)



 アマンナはファナが逃げ終わった事を確認し、自分も逃亡を図ればよい状況に対し、フェストラの勝利条件は非常にシビアだ。


彼がもしファナの身柄確保に成功したとしても、アマンナの身柄確保に失敗すれば、最終的にアマンナは自然に体力とマナを回復させ、時間停止の魔眼を用い、フェストラの背後から首を獲る事に成功出来る。


 結果としてフェストラは、ファナの身柄確保よりもアマンナの身柄確保を優先せざるを得ず、しかしアマンナにフェストラの意識が向けられれば、その分だけファナは逃げる時間の確保が出来る。



「本当に厄介なものだな。ルトはお前に、それだけの教育を施してたわけだ」



 まだ震えと汗が止まらない中、フェストラの声には、まだ余裕が在ると言わんばかりの明るさが残っているように感じた。


だがそれは、あくまで逼迫した状況でも自分を優位に見せる事で、相手を少しでも惑わそうとする、彼のよく用いる手法だ。


傍で見続けてきたアマンナだからこそ、その手には乗らない。



「……ええ、お母さんから学んだこと……その全てを使って、お兄さまの野望を、止めます」


「だが、この程度でオレを止められている気になっているのだとしたら、お前もまだまだ未熟者だ。思考がまだ、他者に自分を委ねている者の考え方だよ」



 自分のこめかみをコツコツと二回叩きながら、不敵な笑みを浮かべるフェストラ。アマンナはそれも、彼のブラフだと読んだ。


 だからこそ、その言葉に返答はせずにいて、フェストラはその対応に苦笑した。



「だんまりか。それも良いが、今の状況を俯瞰的に見る事が出来ていないのは、果たしてどちらだろうな?」



 状況を俯瞰的に見る――それは確かに、アマンナよりもフェストラの方が得意な事だろう。


だが現状、勝利条件が異なる二人の立場は明らかにフェストラよりアマンナの方が有利と言える。ファナは既に二人から認識出来ない程の距離を離れ、アマンナはもう少し時間を稼いだ後、離脱すればよい。


その後はフェストラの動きを見ながらファナの逃亡先を考えねばならないが、そもそも相手の動きを知り対処する、という点においてはアマンナが優位だ。


何せフェストラの動向や行動を見抜く為に必要な監視用魔導機は、アシッド騒動が起こるずっと前から、彼の所有物から衣服に至るまで設けられいる。


フェストラもその存在には気付いているだろうが、気付いていても排除出来ぬように手を施している。優位はアマンナに違いない。



「そうでもないぞ。お前がカルファス姫からどのように、オレの手札を聞いているかは知らんが、少なくとも彼女が知り得る情報を全て伝え聞いているとしたら、お前は甘いと言えるよ」



 フェストラの手札、というのは彼が動かせる人員について、だろう。


勿論、アマンナもそれを考えてはいる。フェストラは既にメリー・カオン・ハングダムを味方に引き入れている。そして彼に心酔し国家の変革を望んでいたアスハも、恐らくはフェストラの側に就いていると予想出来る。


しかしアスハとメリーを動かせるのなら、とうの昔にファナの確保に動いていた事だろう。


そうでなく、今まさにフェストラがこうしてファナの確保に動いているという事は、彼らを動かす事に不都合な点があると考えていた。


そう、例えばアスハについては、クシャナの監視が考えられる。


ラウラとの戦いでどんな死闘が繰り広げられたか、それは想像するしかないが、少なくともハイ・アシッドであるクシャナを止められる人材は、アスハという同じハイ・アシッドしかいない。


メリーではクシャナを帝国王として祀り上げる為に、彼女を捕縛する為に痛めつける事は出来ても、殺す事は出来ないし、戦闘にも長けていないのに対して、クシャナは抵抗して彼を殺める事も出来てしまう。元々敵同士であったメリーが自分の望まぬ計画に加担しているのだ。そこで彼に対して手心を加えるような彼女でもない筈だ。


仮にマジカリング・デバイスを没収されていたとしても、クシャナがハイ・アシッドとしての力を振るえば、メリーにならまだ、一矢報いる可能性はなくもない。


必然的にクシャナの監視には、アスハが最適となる。



「お前の思考通り、アスハはクシャナの監視、及び逃亡を図った際の捕縛要因として残しているとしよう。しかしメリーはどうだ?」



 返事はしないが、しかしそれだって、アマンナも思考は巡らせ、対処している。


先ほどファナに触れた際、彼女の服に周囲数十メートルへ近付く生物がいた場合に反応する探知機を仕込んだ。


もしメリーが彼女に接触を図り、拉致を敢行しようとしても、そもそも今のファナとはそこまで距離が離れていない。アマンナが本気を出せば、数秒で駆け付ける事が可能だ。


加えてアマンナは今、フェストラの動きだけでなく周囲の状況にも目を配っている。不干渉の魔眼を有する彼女には、メリーの持つ認識阻害術も遮断出来る。彼の姿を見る事も出来るからこそ、現状メリーが動いていないと判断できるわけだ。


 フェストラこそ、アマンナの張り巡らせた対処に気付いておらず、アマンナよりも自分の方が有利であるぞと惑わし、こちらの動揺を狙っているだけだ。



「……ここまで言って動かんか。強情だが、ならばオレとしても都合がいい。震える手で何とかお前を捕縛してしまえば、それで済むのだからな」



 言葉通り、震える左手でパチンと指を鳴らしたフェストラの動きと連動し、マナが放出され、魔術兵が彼を囲うように三体、姿を現した。



(三体……?)



 フェストラは同時に、六体の魔術兵を使役できる。六体以上の使役は魔術回路に対して負担が大きすぎる故に、それ以下の数字である事は理解できるのだが……六体以下に留める理由がどこにあるのか、それをアマンナは理解できずにいる。



「さぁ、迷えアマンナ。お前が迷えば迷う分だけ……オレはお前を追い詰めるぞ」



 右手に構えていた金色の剣を構えながら、フェストラが地面を蹴ってアマンナへと接近。それと同時に魔術兵も彼の後を追うようにバスタードソードを構えて突撃し、顎を引きながら自らへと迫る彼らを相手取ろうとしたアマンナだったが……。


しかし、三体の魔術兵は、アマンナから距離を取る為と言わんばかりに弧を描いて駆け出し、それぞれファナの逃げた方向へと駆け出していった。



「っ、やはり……!」



 メリーがどうとか、アスハがどうとか、手札がどうとか、それは完全にブラフで、やはりフェストラは一人でアマンナとファナの捕縛に動くつもりだ。


フェストラによる、金色の剣を勢いよく振り込んだ一閃を、アマンナは避けながら残る僅かなマナを投じ、ファナへと駆け出そうとする魔術兵へとナイフを投げる。


一本ずつ投げられたナイフを器用に避けた魔術兵だが、避ける為に足を止め、姿勢を崩した兵達を消滅させる事は容易い。


一番遠くへ駆け出していた兵へとナイフを構えて突撃したアマンナが、その脇腹に目掛けてナイフを突き付ける。



――しかしそこで、空中から降り注ぐ、大量のバスタードソード。フェストラの空間魔術内から射出されたものであるとすぐにわかると、アマンナは舌打ちをしながら足を止め、それを避け、地面へと突き刺さったソードを抜き放つ。



 抜いたバスタードソードを構えながら振り返り、彼女を追いかけてきたフェストラの振るう、金色の剣を弾き返す。



「何がやはりだ!?」


「色んな、事にです……!」



 息を吸い込み、左足を軸に振るった右足が、フェストラの腹部を殴打しようとするが……しかしそこで彼の背後から、空間の裂け目にも似た一本の線が浮かび上がり、アマンナは息を呑みながら横飛び、身体を転がした。


彼の背後から再び射出された、無数のバスタードソード。普段であればこうも容易く幾度も射出は出来ぬ筈だが、と思考した所で、アマンナは(だからか)と、先ほど三体だけしか魔術兵を使役しない理由を悟った。



(ファナさまを、追いかけるだけなら、確かに魔術兵は三体で十分……お兄さまは、わたしを止める事に、残る三体分のマナや魔術回路の稼働可能範囲を残している……!)



 加えてフェストラの貯蔵庫に残っているマナの残量も減っているのだろうと考える事も出来る。


 何せフェストラはラウラとの戦いも経ているだろうし、魔術兵のマナ消費はそれなりに多い。アマンナとの戦闘中においても最大限警戒しなければ、何時首を真っ二つにされるか分からない中、出来るだけマナも魔術回路の稼働可能範囲も残しておきたいだろう。



(なら、もうお兄さまに付き合う理由はない……さっさと離脱して、ファナさまを安全な場所に、避難させる……それが出来れば、お兄さまを止める事はどれだけでも)



 と、そこでアマンナは一瞬、思考に乱れが発生した。


 何せアマンナは、不干渉の魔眼を有するからこそ、ある光景を目にしてしまったのだ。



ガルファレットとシガレットの戦いにおいて、倒壊した建物が多く存在する大広間から、少し離れた場所の建物、その屋上。


そこにアマンナとフェストラの戦いを見据える一人の男性が……メリー・カオン・ハングダムが、不敵な笑みを浮かべて立っている姿を。



(何故……何故、メリーがあそこに……? ファナさまを確保しようと動くでも、お兄さまに助太刀するでもなく……ただ、立っているだけ……!?)

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