表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
284/329

アマンナ-01

 アマンナ・シュレンツ・フォルディアスは、ルト・クオン・ハングダムの亡骸がまだ辛うじて残している温かさを最後まで感じていたいと願うが如く、彼女の手を握り続けていた。


ルトの手は血に塗れていたけれど、アマンナが流した涙と血が入り混じる事で、その朱色を薄めさせている。


 そんなアマンナの居る場所は、帝国城に設けられた一室――ではない。


今は随分と瘴気の濃い、古びた建物の一室に居ると理解できた。



「アマンナちゃん。ここ、どこか分かる?」



 問いかける声に、アマンナはしばしの沈黙を経た後、声の方へと視線を向けた。


そこには表情に余裕を感じさせない、僅かに青いように思う顔のカルファス・ヴ・リ・レアルタがいた。



「……聖ファスト学院の、特殊準備棟、ですか?」


「うん、そう。ここなら、周囲に聞かれる事無くお話出来るからね」



 聖ファスト学院には三つの棟が存在する。一つは剣術学部棟、もう一つが魔術学部棟で、残る一つがアマンナの言う特殊準備棟だ。


特殊準備棟は、魔術工房としての役割を果たす巨大な魔導機として設けられており、この中で行われるあらゆる魔術使役は外部に漏れる事はない。


反面、この場に残る魔晶痕や魔術の残留力等が反応して魔界化してしまっている空間が無いとも限らない。故に魔術学部教員の許可を得なければ入室が出来ぬようになっている筈の場所だ。


現在は避難場所として開放されている聖ファスト学院にあっても、ここには一般人は立ち入る事が禁じられているだろうが……今、そこにアマンナと、亡きルトの二人は、帝国城で身体を横たわらせていたベッドと、腰掛けていた椅子ごと、この場所にいつの間にか移動させられていた。



「ルトさんの事は、その……なんて言えばいいかな」



 亡くなっているルトの亡骸に対し、片時も離れようとしないアマンナに、カルファスでさえ言葉を選ぼうとするけれど、アマンナは首を横に振って、僅かに笑みを溢す。



「良いんです。お母さんは……わたしを守れた事、喜んでた。だからきっと、未練はない筈、です」


「……そっか。ちゃんと、聞けたんだね。ならルトさんも、思い残す事は無い、か」



 カルファスはその背中におぶっていた、一人の女性を並べた机に横たわらせた。その女性の存在に、初めて気付いたアマンナが、目を開けて驚きの声を漏らす。



「レナさまが……どうして」


「大丈夫、気絶してるだけだよ。……惨たらしい光景を見ちゃっただけ」



 惨たらしい光景、その言葉に何があったかを思考できないアマンナに、カルファスもどこから説明すれば良いか分からないと言わんばかりに天井を見据えながら、適当な椅子に腰かけた。



「アマンナちゃん、これから話す事は、冗談でもなんでもなく、真実だ。それをアマンナちゃんがどう受け止めて、どう行動するかは、アマンナちゃん次第」


「何が、何があったのです……?」



 ルトという母親の真実を知り、その上で彼女を失ったアマンナに、これ以上ない仕打ちをすると、カルファスは理解している。


今の彼女は、昔のようにフェストラの言う事を聞き、行動するだけの影じゃない。自分で物事を決め、行動に移す事が出来るようになった、一人の女の子だ。



だが、だからこそ――これから語る言葉は、彼女にとって酷い仕打ちになってしまうのだ。



「……フェストラ君は、ハイ・アシッドになった。そして、彼がラウラさんの代わりに、この国を統治するに相応しい存在として君臨する事になる。……決して表舞台に出る事無く、国を動かし続ける影の権力者として、ね」

 


**



帝国城の内部は現在、凄惨と表現しても余りある程の惨状となっている。


城内の至る所に死体が転び、その死体の殆どは身体のどこかを喰われていて、中には顔も判別出来ず持ち物から身元を証明する他ない状態になっている者も大勢いる。


老若男女問わず地に伏せる死体を、元々いた数から考えれば雀の涙程度の人員しかいない帝国軍人と帝国警備隊の人間が丁寧に回収し、破壊されて粉々に砕けているフレアラス像のある園庭に横並びされている景色は、多く人死にを見てきた筈のメリーでさえ、込み上げてくる気持ち悪さがあった。


 しかし、そんな光景を見ても……否、そんな光景を目にしたからこそ、彼はより決意を固めたと言わんばかりに近くの扉を開き、扉の前で小さな椅子に腰かけながら眠る少女と、彼女の隣に立つ少年に頭を下げた。



「フェストラ様、帝国城内にアシッドはもう残っていません。他の生存者はここにいる方々を除き、全て別室にて待機させております」


「そうか、ご苦労。楽にしていろ」


「ハッ!」



 少年――フェストラ・フレンツ・フォルディアスの右斜め後ろで両足を肩幅程度に広げながらまっすぐ立つメリー。


そんな彼から見える光景は……フェストラの前に群がる、二十人程度の男女だ。



「さて。状況は理解しているかな? 十王族関係者諸君」



 フェストラは「十王族関係者」と言葉にしたが、実際に十王族に名を連ねる人間は、フェストラを除くとリングーム・ラル・カレストラーノと……ルトが亡くなってしまった今、戸籍上は彼の弟にあたる、シニラ・ケオン・ハングダムだけ。


それ以外は十王族の妻であったり側室であったり……帝国政府の人間も先ほどまで僅かにいたが、しかしこの場にはそぐわない為、別室に退避させた。



「フェ、フェストラ。状況を理解できている筈が無いだろう? お前は、何を知っているんだ? そこの娘は、お前の婚約者と聞いていたが」



 椅子に掛けて眠る少女……クシャナ・アルスタッドの姿を見て、リングームが困惑を隠しきれないと言わんばかりに声を挙げる。



「婚約者、ね。確かにそうお前達を騙していた時期もあったが、それはこの方の身分を隠す為の偽装だよ」



 この方、という言葉に、リングームだけが驚きを表現するかの如く、口を大きく開けながら首を傾げる。


フェストラという男はこれまで、相手が年上であろうとも、どんな権威者であろうとも、その大仰な態度を崩す事なく接してきた人間だ。


彼が頭を下げるのは帝国王に対してだけ。その帝国王亡き今、彼が自分以外の存在に対して畏まる事などある筈がない。



「この方の名はクシャナ。亡きラウラ王の娘。そして彼と同じく不死の力を有する、現存神とも表現すべき存在だよ」


「げ、現存神……?」



 ぐったりと倒れ込む少女を見据え、しかし誰もがその少女が、そんな存在には見えなかった。聖ファスト学院の制服を着崩している事から、育ちもここにいる面々からしたら、平凡と予想出来ただろう。



「ラウラはアシッドと呼ばれる力をこの国にもたらし、現在の惨状を作り出した。クシャナ様は、そんな悪業な王であるラウラを討ち、この惨状を終わらせて下さった、我々にとって女神と呼ぶべき存在だ」



 と、そこで僅かに視線を逸らしたフェストラと、隅で膝を折りながら座る、シニラ・ケオン・ハングダムと目があった。


小さな身体と僅かに涙ぐんだ瞳、しかしフェストラの事を真っすぐ見据える彼に、フェストラは僅かだが微笑んだ。



「これからの事を話そう。この国は既に虫の息と言ってもいい。オレとリングームの二人を除いた八人の十王族当主も、ラウラ王のゴシップを火消しする為、帝国城にいた多くの政府関係閣僚も、アシッドによって殺されている」



 国家存続の危機、という言葉をわざと使わなかったフェストラだが、リングームも、この場にいる十王族関係者達も、ただ愚かしい者達ではない。彼の言葉をそれだけ聞けば、どれだけ危機的状況に陥っているかを理解できているだろう。



「その上、ラウラという悪王の所業によって、帝国軍人も帝国警備隊員も、それどころか民にも被害が及んでいる。このままではラウラ王の所業を止める事が出来なかったお前達は、民の暴動で殺されてしまうかもしれんな」



 お前達、と自分を含まない言葉を選んだ理由も、ここにいる面々には伝わった事だろう。


そもそも、民は今回の騒動が起こる前……つまりラウラのゴシップについてを垂れ込んだ存在がフェストラであると知っている。


そんな彼がラウラを止める為、クシャナと共に立ち上がった存在だと知れば、民はフェストラの事を英雄視するだろう。


そして……そんな彼とは違い、この状況が起こされるまでラウラの所業を見抜けなかった、止める事が出来なかった十王族や政府関係者に、行き場のない民の怒りが向けられる事も。



「そこで早急に、新たな帝国王を定め、民を統治して頂く必要がある。オレはその役割に相応しい方が、このクシャナ様であると考えている」



 未だ眠り続けているクシャナの事を手で示したフェストラに、一同がざわめいた。


確かに、ラウラの娘であるという言葉が真実であるならば、ラウラ亡き今、帝国王の座に収まるべきはクシャナで間違いはない。


 加えてラウラという男を彼女が討ったと知れば、悪王の討伐に自ら立ち上がった姫として、民はその存在を認める事だろう。



「我々は早急に、国の再建を図らねばならない。その為には民の信仰を一心に集める事が出来る求心力が必要だ。永遠なる命を有し、ラウラを討った戦女神として、この方を祀り上げる他に、この国が生き残る術はない。……異論が在る者は手を挙げると良い」



 異論があれば手を挙げろ、というには、フェストラの言葉には殺気と、無言の圧力が感じられた。


彼女の存在を認めぬ者は、これから彼が目指す新たな国家機能の再建に辺り、必ず尻尾切りが行われる筈だ。


ラウラに与していた可能性があるとして糾弾され、その疑いを民に与える事で、民が彼らを私刑する。その私刑を止める事が出来る防衛機構も既に存在しない。


しかし、フェストラは違う。まだ彼には自らの私兵が存在し、自分を守る事は出来る。加えて彼はクシャナと共にラウラと戦った者として民衆へ認知される事だろう。


彼に与し、クシャナが新たな帝国王であると認めれば……それはフェストラにとって都合が良い。民に対して彼らを売る事なく、生き残る事が出来るようにしてくれる筈だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ