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王-13

 心酔し切った言葉を投げるメリーだったが、しかしフェストラは彼の言葉を必要以上に聞く必要はないと言わんばかりに前を向き、先ほどから呆然とする他無かった、レナ・アルスタッドと視線を合わせた。



「大変失礼をしたな、レナ・アルスタッド」


「……フェストラ、様」


「今のオレは、クシャナの偽装婚約者ではないし、未来の権力者でもない。もうその呼び方も止めてくれて結構だ」


「なら、フェストラ君……?」


「ああ、それでいいさ。慣れなければどちらでも構わんしな。オレもまた貴女の事を、お義母様とでも呼ぼうか?」



 かつて彼女を守る為にレナの事を「お義母様」と呼んだ事を思い出し、苦笑をしながらフェストラは歩き出す。


少しずつ近付くフェストラに、レナは緊張の汗は流すけれど、しかし視線は外さない。


 彼女の目の前へと着き、彼女が抱えるラウラの頭へと手を伸ばそうとするフェストラ。


が、レナが反射的に彼からラウラを守ろうとしたのか、腰を捻じって、ラウラをフェストラの視線から隠す。



「ダメ、この人は、クシャナに……娘に……っ」


「……大罪人の心を晴らさせる為に、娘を泣かせるつもりか、レナ・アルスタッド」



 ぐ、と息を詰まらせるレナに、フェストラはため息をつきながら手を伸ばす。


それはラウラの首を無理矢理奪おうとするのではなく、ただ「こちらへと渡せ」と、促す手だ。



「貴方やカルファスは知らないだろうが……クシャナはこれまで多くのアシッドを喰らい、葬り、その度に涙を流してきた」



 フェストラはその光景を知っている。


幾度も見て、幾度も唾を呑み……その度に彼女が流した涙に、見て見ぬフリをし続けた。



「自分が口にした者の名を絶えず覚え、その心に刻む。その末に、口にした者達の無念を少しでも晴らす……ああ、確かに高潔な行為だよ。ラウラもそうする事で報われるかもしれんさ」



 しかし、そうして見て見ぬフリをし続けてきたからこそ……今度は彼が、同様に彼女と同じ苦しみを味わなければならない。



「けれどその行為によって、またクシャナは涙を流す――オレが喰う事でアイツを泣かさずに済むのなら、その方がいい筈さ」



 優しく、諭すような言葉に、思わず躊躇いを見せるレナ。しかしそれでも、レナはラウラの事を差し出そうとはしなかった。


だが、そこで彼女の腕に抱かれるラウラが……諦め、悟るような表情を浮かべて、レナへ言う。



『……レナ君、よい。フェストラへ、我を渡すんだ』


「で、ですが……っ」


『既に我は、十分に幸せだ。……奴の言う通り、クシャナにこれ以上……苦しみを与える、べきではない』



 ラウラの言葉に、母として生きる事を決めたレナと、ラウラを愛した女として生きた過去のレナが、心の中で感情の渦を形成するけれど……しかし最後には今ある【母】としての感情の方が勝り、彼女はフェストラの伸ばす手に、ラウラを差し出した。


 差し出されたラウラの髪の毛をむんずと掴んだ上で、フェストラは自分の顔までラウラの頭を持ち上げる。


既に瀕死状態である筈なのに、不死性を有するが故に死ねない彼は、フェストラと目を合わせた瞬間、彼へ最後の言葉を綴っていく。



『フェストラ……お前の望みは、確かに……我の意志を、継ぐモノかもしれん……しかし、お前はクシャナを……我が娘を、傀儡とする未来を選んだ……それは、我の望んだ、未来ではない』


「ああ、そうかもしれん。少なくともお前の望みなど、これっぽっちも考えていなかったよ」


『だからこそ、最後に……この言葉を、残そう……お前が地獄に来る事を待っている、とな』


「……クク、それはお前が毛嫌いし、殺した弟の言葉だろうに」



 それ以上、ラウラは言葉を放つ事無く、目と口を閉じたまま、押し黙った。


さっさと喰らえ、という意味を以ていると理解したフェストラは、今一度レナ・アルスタッドへと視線を向けた。



「目を閉じていた方がいい。耳も塞いでおく事を勧める」


「……いいえ。この人の……ラウラの最後を、私も見届ける。どれだけ、惨たらしい光景で、あったとしても」



 彼女の瞳には涙が浮かんでいたけれど、しかし泣き喚く事はせず、ただ真っ直ぐフェストラの事を見ていた。


 覚悟を込めた彼女の言葉に、フェストラは頷きながら、それ以上は何を言う事も無く、彼女の目の前で、ラウラの頭に直接かぶりついた。


 人の頭部がまるで果実であるかのように、その鋭利かつ硬い歯で噛み進められていく。


 グジュ、ジュル……と、血と脳髄液をすすりながら喰らう音と、目から入るドロドロとした液体の滴る光景、更にはラウラの肉片がフェストラの歯によって噛み進められていく光景は、レナの喉元を強い衝動とも言うべき吐瀉物が通りそうになる。


しかし……彼女は口元を押さえ、姿勢と顎を僅かに上向きにする事で吐き気を抑え込み、目が乾こうとも、どれだけ見ていられない光景であっても、決して目を逸らす事なく、食われゆくラウラの最後を見届けていた。


口に溜まるラウラの白髪と髭、そして頭蓋の硬い部分を吐き出すながら、ラウラは残った脳を掴んだまま、顔を上にあげて口を大きく上げ、それを握りしめながら、飲み込んだ。



「――不味い、筈なんだがな。どうにも喰らえば喰らう程、美味いと感じるのが不思議だよ」



 彼の言葉が、ラウラの死を証明した。レナは彼が……かつて愛した男であるラウラが本当に死んだのだと実感すると、そのまま震える膝をついて地面に倒れ、意識を閉ざした。



「知っていた筈だったが、やはり強い女だよ、貴女は。……母親というのは、こうも強い存在になれるものなのか。男として、尊敬しかない」



 意識を閉ざし、既に聞こえていない筈のレナにそう称賛を送ると、フェストラはレナの腕を掴んで彼女を抱えようとするが……しかしそこで、フェストラの手を弾きながら、カルファスが彼とレナの間に距離を置かせた。



「……邪魔が出来る立場か? カルファス姫」


「私は確かに、今のフェストラ君を邪魔出来る立場じゃない。けれどレナさんは、私がここに連れてきたんだ。私には最後まで、彼女の安全を守る義務がある……レナさんは、こっちで回収させて貰う。いいよね?」



 ギロリと睨むカルファスに対し、今のフェストラが対処する事は容易い。


しかし目の前にいるカルファスを対処は出来るが、問題としてカルファスという女性は【根源化の紛い物】という常軌を逸した力を有しているからこそ、敵に回すと非常に厄介である。


もし現状、レナをこのまま彼女に授けるだけでカルファスと敵対せずに済むというのなら、その方が賢明だ。フェストラとしても、レナは必ずしも必要なファクターではない。


 小さく頷き、カルファスがレナの身体を優しく抱き上げると……彼女はフェストラに背を向け、それでもまだ言うべき事があると、口を開く。



「フェストラ君……君はアマンナちゃんを前にして、それでも自分が正しいって、言える?」


「……言えるさ」


「そっか。……アマンナちゃんがどんな選択をするか、楽しみだね」



 カルファスが乱雑に左手を掲げると、その手に引っ張られるように、エンドラスが遺したグラスパーが彼女の手に収まった。


剣の軌道に一瞬意識を奪われたメリーだったが、しかし瞬きをした次の瞬間、カルファスの身体は小さな霊子となって消え、その青白い光さえも既に見えなくなっていた。



 **



どれだけ長い時間、泣き続けていたアマンナの隣に居続けただろう。


アスハ・ラインヘンバーは、無事であった帝国警備隊の人間や帝国軍人達に、帝国城内に取り残されながらも助かった者達を整理すべきだと進言し、彼らにそれらを任せた上で、ルト・クオン・ハングダムの亡骸を抱き続けるアマンナの傍で、立ち尽くしていた。


戦いはもう終わったのだろう。先ほどまで僅かに聞こえていた戦闘における音がアスハの耳に届かなくなったので、きっとフェストラとクシャナがラウラを倒していると信じ、そこでようやくアマンナの肩に手を乗せた。



「アマンナ」


「……はい」



 未だ、ボロボロと流れる涙を落としながら、鼻水で塞ぎ切った鼻を鳴らしながら、それでもアマンナはそう、アスハの言葉に応じた。



「一旦、ルト・クオン・ハングダムの亡骸を、どこか荒れていない部屋のベッドに、寝かせてあげよう。何時までも硬い床の上というのでは、彼女も落ち着けない筈だ」


「……はい」



 とはいえ、アマンナの体力は先ほどまでの戦闘でほとんど失われている。


アマンナがルトの亡骸に対して未練を残しつつ放すと、アスハが彼女に代わり、ルトの身体を抱き寄せる。


軽い彼女の身体を、近くの部屋に用意されていたベッドに横たわらせ、その顔に付いていた血を軽く拭った所で、毛布をかける。


アマンナがまだふらつく体を動かして部屋に入り、ルトの手を握りながら再び泣き始めた所で……アスハのポケットに入っていた携帯電話が震え出した。



「はい」



 着信音と画面の表記で、相手がメリーであるとは分かっていた。だからこそアスハはその部屋から出つつ応じると、電話口の向こう側から、メリーの声が聞こえてきた。



『アスハ、君一人かい?』


「いえ。アマンナと共に居ます。……しかし、ルト・クオン・ハングダムが」


『知っている。……私としても、胸が痛い。しかし、立ち止まるわけにもいかないんだ』



 メリーが、何を言っているのか分からなかった。


電話越しであるというのに首を傾げてしまったアスハの事を理解しているかのように、メリーは彼女の返しを待つ事無く、本題に入った。



『アスハ、遂に来たよ。私達が恋焦がれた、新たな世界の始まりが』


「……何を」


『これできっと、ドナリアも報われてくれる筈だ。フェストラ様が――フェストラ様が、私達の望む世界を作る為に、動いて下さるんだよ』



 メリーの声が、心なしか狂気を孕んでいるような気がした。


恐ろしい何かを感じ取り、アスハは思わず通話を斬りたくなるような衝動に駆られたが……しかしそこで、アスハは更なる違和感に、気付いた。


通話の為に一旦離れた部屋、ルトの亡骸を横たわらせた筈の部屋に戻ると――そこには、アマンナの姿も、ルトの亡骸も、何もなくなっていた。



『アスハ? 聞こえているかい、アスハ。アスハ!』



 静寂なる部屋中に、携帯電話から漏れるメリーの言葉だけが木霊する。


アスハは今……何を考える事も、出来ないでいた。

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