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ファナ・アルスタッドという妹-05

四人掛けを想定している机に広がる、野菜炒めやサラダと言った野菜を中心とした料理の数々に、ヴァルキュリアちゃんは少しだけ……困惑というより、罪悪感があると言いたげな表情を浮かべた。



「その……良い、のだろうか……?」


「気にしないで良いよヴァルキュリアちゃん。私がベジタリアンなだけ」



 何故彼女が困惑や、罪悪感を感じるような表情を浮かべているか。


それは、ファナとヴァルキュリアちゃん、お母さんの三人には、美味しく焼き目の入れられたハンバーグが用意されているにも関わらず、私には用意されていない事が要因である。


 私は取り皿に自分が食べる分だけのサラダと、肉だけを除外した野菜炒めを前に、両手を合わせて黙祷を行う。



「ヴァルキュリアちゃんは、食事前の黙祷はするのかしら?」


「あ、はい! 拙僧は一食毎に十五分程度、でありますが」


「あら、家より十分も多いわぁ。ファナ、私たちも一食十五分の黙祷にする?」


「そ、それは……え、えっと、アタシは五分間の間にそれだけフレアラス様への崇拝を注いでいるから大丈夫なのっ!」


「ふふ。ファナはお姉ちゃんの言葉をちゃんと学んでいるねぇ」


「お、お姉ちゃん、シーッ!」



 きっとファナはこれ以上祈りの時間が伸びると、朝早く起きなければならない、という理由で避けたかったのだろうが、どんな理由があるとしても、知識を積み重ねて自分の意見に出来るのは成長だ。


 私は椅子に腰かけながら。他三人は棚の上に作られた小さな祭壇へと向かい、その片膝を付けた状態で、手を合わせて黙祷に入る。


 二分ほど黙祷した後に「頂きます」と食事の挨拶を言葉にして野菜炒めを口にしていくと、ファナの「ムッ」とした表情が私へ向けられたが、私は気にせず食べ進める。


 五分の黙祷を終え、お母さんが立ち上がってペコリとフレアラス様の像へ一礼をした後、席へ就く。


両手を合わせて「頂きます」と口にしたお母さんは、真っ先にハンバーグへとフォークとナイフを伸ばした。



「――ファナ殿」


「は、はいっ!」



 五分経っても黙祷を終えないファナに、ヴァルキュリアちゃんが声をかける。



「無理に拙僧の黙祷に合わせる必要は無い。先ほどファナ殿が仰っていたように、信仰心とは時間では無いのである」


「え、で、でもぉ……その、ヴァルキュリア様だけを残してご飯食べるのも……」


「ふむ――では、拙僧がファナ殿に合わせるとしよう」



 立ち上がったヴァルキュリアちゃんがファナの手を取って微笑むと、顔を真っ赤にして目を僅かに逸らした。



「ファナ殿、どうしたのだ?」


「にゃ、にゃんでもないでしゅっ!」



 声を乱しながら母さんの隣に陣取り、ファナが「頂きましゅっ!」と元気よく食事の挨拶を。



「うふふ、若いって良いわねぇ」


「どういう意味でありましょうか?」


「気にしないでヴァルキュリアちゃん。さ、食べて食べて。お口に合えば良いのだけれど」


「はい。では――頂きます」



 ナイフとフォークを丁寧に扱い、音を立てる事無く一口サイズにまで切られたハンバーグを、口に入れたヴァルキュリアちゃん。


最初はあまり食べた事のない味に、少しばかり困惑していたようだが――これはこれでアリだと考えたのか、次第に表情を綻ばせた。



「どうかしら?」


「実に美味しい! 拙僧は料理や家事等と言った作業を全て使用人に任せているが故、あまり馴染みの無い料理であったが、しかし旨味が口に広がります!」


「お母さんの料理はどんなお店よりも美味しいんです! お姉ちゃんもお肉が食べられないのはもったいないよっ!」


「お姉ちゃんはあまりお肉が好きじゃないんだよ」



 お母さんの料理が口に合うようで良かった。


今日ヴァルキュリアちゃんがお昼に用意していた弁当は(開け方を誤ったせいでグッチャグチャになってたけど)分厚いステーキ肉だったりの食事に溢れていて、彼女が如何に普段から高級な料理を口にしていたかが分かっていたから、ちょっと心配だったんだ。


人間は結局、衣食住のどれか一つでも満たされていないと感じてしまうと、一気にストレスが上昇してしまうから、今の所【食】の部分はお母さんがいれば問題はなさそうだ。



「ヴァルキュリアちゃんは、確かリスタバリオス家のお子さんだったわよね?」


「はい。母君は拙僧の家をご存じで?」


「いいえ、そこまで詳しくは。けれど高名な騎士……えっと、貴女のお父様だと思うのだけれど、エンドラス・リスタバリオスさんの事は、知っているわ」



 おや。お母さんは思いの外、騎士家系等についても知り得ているようだった。そういう事には疎い人だと思っていたけれど。



……というか私が剣術学部の人間なのに知らなかったにも関わらず、お母さんが知っているというのはどうなのだろう、と思わなくもない。



「父はそれほどまで高名であったのだろうか?」


「有名な方よ。十八年前まで、現帝王のラウラ様にお仕えなさっていたのだもの」



 お母さんはきっと、何気なく口にした言葉だったのだろう。しかし、その言葉には私も、ヴァルキュリアちゃんも驚き、目を見開いた。



「ち、父は昔、ラウラ王に仕えていたのでありますかっ!?」


「え、知らなかったの? ラウラ様がまだ王に就任成される前、バスク前王様の時よ」



 確かバスク前国王が退陣され、現ラウラ王に移り変わったのが、丁度十五年ほど前……つまり、ファナが家の子になって間もない頃だ。


確かそれまでラウラ王は、帝国魔術師として魔動機開発メーカーや帝国警備隊への出向を多くこなし、この国の発展と国防に多く貢献を果たした人物と言っても過言じゃない。


故に現帝国王としても人気が高く、支持率は常に半数以上を確保しているが、政教分離を推し進めている関係上、一部派閥からは大きく批判が出ている。



「父とは、そうした事を話した事が無く……というより、五分以上話した記憶が無いのである」


「そうだったのね。ごめんなさい、オバサンったら知っているものだと思って、ペラペラと喋っちゃって」


「い、否! 母君は何も悪くはないであります! ただ拙僧が父子であればするべき会話をしてこなっただけで……っ」



 それ以上、ヴァルキュリアちゃんが言葉を詰まらせてしまって、彼女はしゅんと肩を落とした。



「その、拙僧は……六年前に母を亡くしてから……否、亡くす前から、家族との語らいも、触れ合いも多くなく……故に、こうして食卓を囲むという光景は、新鮮でありつつも……少し、困惑しております」


「ヴァルキュリア様は、お父さんとかお母さんと一緒にご飯は食べないんですか?」


「時間が合い、同席する事はあれど、それはあくまで『同じ席で料理を食す』というだけの事であった」


「なんか、ちょっと意外です……リスタバリオスのお家って厳格に色々と時間が決められたり、とか想像してました」


「勿論、自堕落な生活は許されぬが、基本的に拙僧については放任していて、そもそも父や母が拙僧と共に食事を摂りたいと考えていたかも疑問である」



 ファナには分からない感覚かもしれない。


ファナは幼い頃からお母さんに、本当の子供と同じように愛されて、一緒の食卓で、同じ料理を食べ、そして笑い合ってきた。



けれどヴァルキュリアちゃんはそうじゃない。


ヴァルキュリアちゃんにとっての食事は、約束された美味しい料理を給仕に用意して貰い、決まった席に着き、食べ、時に時間が合えばお父さんやお母さんが同席するだけの事。



でもきっと、ヴァルキュリアちゃんがご家族に愛されていないというわけではないだろう。


あくまでアルスタッド家とリスタバリオス家で、価値観に相違が在るだけの事で、どちらが正しいというわけではない。


どちらもそれぞれに良さがある。それだけの事だ



「でもアタシは、ヴァルキュリア様と一緒にご飯できて嬉しいです!」


「それは何よりである。こちらもファナ殿のような愛い少女と共に食事を取る事が出来る事は幸せだ」



 えへへ、と顔を赤くしながらも喜ぶファナと、そんなファナの可愛らしさに表情筋を緩めるヴァルキュリアちゃん。



「何時かきっと、お父さんと一緒にご飯を食べられると良いですね、ヴァルキュリア様!」


「……うむ。そうであるな」



 何気なくファナが口にした言葉を聞いて。


 ファナは気付いていないかもしれないけれど――頷き、笑ったヴァルキュリアちゃんの表情が、一瞬だけ今とは異なっていた。


少し悲し気だけれど、しかしそれを他者に悟られたくないと言わんばかりに、視線を僅かに泳がせて……。



**



こんにちわ。ファナ・アルスタッドです。


現在は夕食を食べ終わり、グロリア帝国では珍しく小さな湯舟がある浴室へと向かいます。


昔……二年位前まで、お姉ちゃんとお風呂に入っていましたが、ちょっと恥ずかしくなってきた事と……何だか、アタシがちょっとずつ成長していくに連れ、お姉ちゃんがアタシのオッパイとかをジーっと観察してくるようになったから、何か身の危険を感じた為、一緒にお風呂は止めるようになりました。


衣服と下着を脱ぎ、産まれたままの姿になってから、温かいお湯を桶に汲み、身体へかけてから入湯。お母さんが熱ーいお風呂が好きだって事もあって、数分入ってるだけで茹でダコみたいになっちゃう事が玉に瑕ではありますけど、アタシもお風呂は大好きで、ついついのぼせちゃう位長居しちゃうのです。



 ……と、そんな浴室へと至る脱衣所に、誰かが入ってきた気配を感じ取ります。



「……もぉ、お姉ちゃんだな……っ」



 昔っからお姉ちゃんは妹離れが出来ないロクデナシお姉ちゃんなので、ちょっと本気で怒ってあげないといけないかもです。


浴室と脱衣所を遮る扉をガラリと開け放ち、涼しい風を感じながら、アタシは声高らかに拒絶します。



「お姉ちゃんってばいい加減、妹と一緒にお風呂入ろうとしないっ!」


「む……駄目であるだろうか? 拙僧はファナ殿の身を守る為に赴いたのであるが」


「そんな堅っ苦しい言い方してもダメなものはダ……メ……?」



 ちょっとおかしく感じたから、湯気で良く見えない姿を確認します。


そこにいたのはお姉ちゃんじゃなくて、既に衣服を脱ぎ終わり、一枚のタオルで身体を隠す、ヴァルキュリア様でした……ッ!!

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