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王-09

『我は……君にとって、最良の未来を目指したと……今でも、思う。この考えは、多分、二度と覆らない』


「ええ、そうかもしれません。それによりクシャナ達が傷ついても、結果として最良の未来が訪れていた可能性も、否定しません」


『だが、だがしかし……我は、君が望まない選択を、したはずだ……それでも、それでも君は……我の選択に、善意があったと……そう言うのか?』


「はい。貴方様の仕出かした事は、永遠に償う事の出来ない罪です。それは決して許しません。けれど、罪そのものを憎んでも、罪を犯すに至った、その考えを否定していい筈もありません。……そこに善意があったなら、その善意は、受け取ってあげないと」


『……ああ、君は本当に……ずっと変わらない。清楚で、愛らしく、しかし……聡明で、高潔で……美しい』



 レナに好きなだけ抱かれた後、二人が愛した娘に……クシャナに食われ、死ぬ。


人間ではない存在へと昇格する事で、その両肩に背負う事を許された重みを捨てる。それによってラウラがどれだけ救われる事だろう。



『最後に、そんな贅沢が……許されて、良いのかな』


「さて。ですが死の間際まで、贅か否か等を案ずる事は無いのではないでしょうか? ……私も、最後まで見送ります。どんな惨たらしい姿であっても、貴方の最後を。それこそが、貴方を愛した【女】の、最後の役目」



 強いて言えば、この場にファナというもう一人の娘がいない事は、少し寂しいかもしれない。


けれど、大きな罪を抱えたラウラにとって、それ以上に幸せを求めては欲張りというものだろう。


彼はレナの胸に抱かれながら……カルファスへと視線を向ける。



『カルファス……君、なのだろう……? 我の再生を、遅れさせているのは』



 ラウラの言葉に、カルファスは何も答えない。


ただ真っ直ぐ、静かにラウラの事を見ているだけだ。


最後に交わす言葉もない、とでも言いたいのだろうか。



『……ありがとう。こんな姿でも、無ければ……我は、最後まで抵抗を、続けていた……みっともなく足掻いて……レナ君の胸に抱かれる事無く……最後の言葉を、かけて貰う事も無く』



 しかし、それでも良い。機会を与えてくれた、レナに全てを伝え、ここまで連れてきてくれた事だけでも、感謝しなければならない。


カルファスはこれまで、ラウラの計画に必要な情報を全て与えてくれた。


奪ったと表現しても良い方法ではあったが、それに感謝していた事は事実だし、彼女が自分の技術を良いように使われた事に対し、怒っているのならば、その謝罪もするべきだろう。



『君が、いなければ……クシャナも、ファナも、この世に産まれなかった……君には、悪い事をしたと、思う。けれど』


「別に、構いません。人命救助の為に必要な技術を使う位は、ね」



 そこでようやく、言葉を口にしながらため息をついたカルファスに、ラウラもホッと息をつく。


心残りを最後の最後まで引きずりたくはないという願いが、彼女に通じてくれた。それだけで、十分に嬉しいと思う。



「……でも、一つ……訂正を」



 しかし……どうにもカルファスの様子が、おかしい。


僅かに汗を流し、目も見開きながら……彼女は苦悩混じりの表情で、問いかけてきた。



「私……ラウラさんの再生を遅らせたりなんて、してません」



 思わず、ラウラも呼吸をし忘れたと言ってもいい。



「先ほどから疑問だったんです。なんで、ラウラさんは再生せず、生首のまま生きてるのか……勿論、新種のアシッド因子があるからこそ死なないって理屈は分かるんですけど、なら再生されない理由は、何……?」



 カルファスがブツブツと言葉を溢しながら、何か考え込んでいる。しかし、ラウラにとっても彼女の発言は衝撃だった。


ラウラは、カルファスが何かしら魔術的な手段を用いて、ラウラの再生を遅らせる事によって、レナがこうして彼を抱き寄せていると考えていた。そうでなければ説明がつかない。



「クシャナちゃん……? 違う、ブーステッド・ホルダーの機能に、そんな因子を破壊する力も、一部能力を封じるような力も与えてないし、元々イブキンが作ったマジカリング・デバイスの仕様書にも、そんな仕様はどこにもない……!」



 そもそもアシッド因子による再生能力というのは、アシッド因子の存在を知り、研究を続けていたラウラにも、未だ解明が出来ない部分も数多く存在する。


そうした中でアシッド因子の持つ再生能力だけを封じるなんて器用な事が、第六世代魔術回路以前の魔術師に出来る筈も無い。



 ――ではもし、魔術という方法ではなく、他の能力によって、その再生能力が阻まれていると仮定すれば。



二人の考えている事が分からず茫然として、ラウラの頭を抱くレナが首を傾げる中、ラウラとカルファスの思考が、合致した。



 まさに、その時の事だった。



王の間に設けられた、大理石造りの階段、その階段を昇った先にある玉座に触れながら、一人の男がゆっくりと立ち上がった事を、ラウラとカルファスが視線に捉えた。


その口や鼻には血の跡が大量にこべりついているが、元々有する端麗な顔立ちによって、それさえも化粧の一種にさえ見える男。


ゆらりと立ち上がった結果、彼の胸には長方形型の穴が空き、身体の向こう側さえも見る事が出来たが、しかし立ち上がったと同時に始まる肉体の再生によって、少しずつ向こう側の景色は見えなくなる。


今、立ち上がり終わった男が、確かな足取りでゆっくり、一歩一歩、階段を折りて玉座から離れていく。


まるでそこに腰掛けるべきは自分ではないと言わんばかりに、ゆっくりと遠ざかるのだ。



『……ば、かな』



 思わず、ラウラが溢した言葉。



「そんな……嘘、でしょ……?」



 カルファスさえも、その現実を受け止めきれないでいる。


 そんな二者の唖然とした表情を見て……男は口角を僅かに上げ、笑う。



「こんなバケモノだらけの戦いにおいて、人死にが一人減った位で、そこまで驚く事は無いだろうよ」



 男は軽やかな口調でそう返しながら、今王の間へと降り立った。


その姿を、倒れながら見ているクシャナさえも……男の姿を見て、それまで足掻きながら立ち上がろうとしていた手に、無意識的な力が入り、思わず顎から地面に落ちたけれど。


男はそんなクシャナに手を伸ばし、彼女の身体を起こそうとする。



「起き上がれないのなら、手を握ればいい。庶民」


「……どう、して」


「起き上れんお前に手を差し出す事がそんなに不気味か?」


「そうじゃない……そうじゃない……っ」



 何とか顔を上げながら、溢れ出ようとしていた血を吐き出したクシャナ。


しかし男は、彼女から吐き出された血が伸ばした手についても、何の不快感を表現する事も無く、クシャナの事を見据えている。



「何で……なんで生きてるんだよ……、フェストラ……ッ!!」



 男の名は……フェストラ・フレンツ・フォルディアス。


先ほどまでの戦いにて、ラウラの空間消滅魔術を心臓に受けた結果、その生命活動を停止させた筈の男。


そんな彼が今、その傷を自然と塞ぎつつ、クシャナに向けて手を伸ばしている光景が、異常でなくて何という?



「――オレはただ、お前の隣に立つべき男となっただけなのだがな」



 彼女の言葉を受けて、僅かに寂し気な表情を一瞬浮かべたように見えたフェストラ。


しかし彼の伸ばした手にクシャナが応じないのならばと手を引っ込め、そのままレナが抱くラウラの下へと、進んでいく。



「疑問に答えてやろうじゃないか。問えばいい」



 唖然とする他ないラウラとカルファス、本来格上の存在である筈の二者にそう悠然と発言できる優越感もあったかもしれない。


彼は余裕を以てそう述べると、ラウラが心の底から溢れさせた疑問を、口にした。



『何故……何故、生きてる、フェストラ』


「だから、言っただろう? オレはお前の娘、クシャナの隣に立つべき男となっただけだ。――コイツの力を使ってな」



 ポケットの中から取り出されたのは、一本のUSBメモリ型デバイス。


それがアシッド・ギアがであるという認識はラウラにも出来たが……しかしそれに驚愕し、続く言葉を発したのはカルファスだ。



「それ……メリー達にあげた、クシャナちゃんと同じ因子の……!」


「そうだ。貴女が帝国の夜明けに授けた三本の新型アシッド・ギアの内、メリーが使うべきか否か悩んでいた一本をオレが貰い受け、ハイ・アシッドへと至った、というわけだ」



 彼の手に握られていた、新型アシッド・ギアのケース、既に空となっている筈のそれを地面に落とし、それを足で踏み潰したフェストラが、手を伸ばせばレナの抱くラウラの髪を掴める位置にまで来た。



『つまり……貴様は、アシッドとなった、という事か……? あの時、我がお前を殺した際に』


「それは違う。オレがアシッドと化したのは、一週間前だ。お前のゴシップ記事が出回って三日後、ドナリアの死が確認できた日だな。でなければ、動物性たんぱく質の補給無くハイ・アシッドへと至れる筈も無いだろう」


『だが貴様は、先ほどまで、傷口を再生させる事なく、ただ倒れていた……貴様が既にアシッドであったのなら、その傷口がどうして』



 と、そこでラウラの言葉が止まった。


それと同時に、カルファスも押し黙り、この場で思考を回す事さえ出来ずにいるのは、レナとクシャナという二人だけだ。



「ああ、お前達の考えている通りだ。――オレが有するハイ・アシッドとしての固有能力は【平伏】。対象の人物が有する力の一つを無力化させる固有能力だ」



 今、カルファスが触れようとした左手のリング。しかしその動きを見切っていたフェストラは、彼女に向けて右掌を振りかざした。


瞬間……カルファスは身体の動きを止め、僅かにその眼も光を失くし、ただ押し黙る。


 そうして沈黙したカルファスの姿を見てため息をついたフェストラが、彼女のそれを解除するようにパチンと指を鳴らすと、その音に合わせてカルファスが動き出し、止まっていた呼吸を行うように、大きく息を吸い込んだ。



「は、はぁ――っ」


「こんな風にな。今のは貴方の力である【根源化の紛い物】を封じたわけだが、先ほどまでのオレも自分に能力を適用して、再生能力を封じていたわけだ。今のラウラが再生を果たせないのも、それが理由さ」

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