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王-07

エンドラスという男の死によって、ミラージュの……クシャナ・アルスタッドという女の心は、熱く滾らせる何かに包まれた。


クシャナは、エンドラスという男についてを良く知らない。


ヴァルキュリアと彼の間にあった確執が、どうなったかも知らないし、知った所で自分に口出しが出来る筈も無い。


しかしそれでも――彼はヴァルキュリアという子供の未来を、娘の望む未来にしようと、忠誠を誓っていた筈のラウラに対して刃を向けた。


多くを犠牲にしてでも、自分の果たしたいとする野望があった筈なのに……彼はそんな自分の願いではなく、ヴァルキュリアの為に、死さえも受け入れた。


そんな彼の想いを理解できぬ程……クシャナという女は、人間である事を辞めたつもりはない。


瞬間、彼女は頭の中でグチャグチャとしていた気持ちが、どこか彼方へと吹き飛んでしまったような感覚に見舞われる。



「う、――ぁあああああっ!!」



最後の二本、クシャナが虎の子として用意していたアシッド・ギアを取り出し、ブーステッド・ホルダーに挿入。



〈Acid Gear-Convert MODE Start.


 one,two,three,four,five,six,seven,eight,nine,ten……OK.〉



 読み取り終了を示す音声、しかしクシャナはアシッド・ギアを引き抜き、もう一本を挿入した上で、声高らかに叫ぶ。



「まだ、だぁあ――ッ!!」



 ミラージュという存在の肉体に注ぎ込まれる因子。そればかりか、注ぎ込まれた因子は即座に彼女の体内でエネルギーとして変換され、エネルギーは彼女の身体を循環する。


それによって彼女の身体は苦痛に歪むけれど、しかしその上で彼女はもう一本分のアシッド因子を、エネルギーとして取り込む。



〈Acid Gear-Convert MODE Continuation.


 eleven,twelev,thirteen,fourteen,fifteen,sixteen,seventeen,eighteen,nineteen,twenty……OK.〉



エネルギーの膨張が、彼女の全身を僅かに肥大化させていく。しかしそれだけでは膨大なエネルギーは循環する事が出来ず、彼女は耳や口、目元から血をダクダクと流しながら、左足を軸にして、右足を後ろへと引いた。


エネルギーが可視化され、バリッ――と、赤い電流にも似た力場を放ち、視認できるようになる。


動けない身体でミラージュの方へと首を向け、息を呑んだラウラ。


その攻撃が、エンドラスによって全ての障壁を破壊され、今なんとか新たに一枚展開する事の出来た防御障壁では、防ぎきれない一撃として放たれる事を理解したのだ。



「止めろクシャナ……止めるんだ……っ」



 ではあの攻撃を避ける方法はないか、それを思考するラウラだが、それも難しい。


そもそもミラージュは五体満足の状態で、ラウラは両足を失い、再生を待っている状態だ。操作魔術などで自分の身体を移動させる方法はあるが、それでも移大した距離の移動など出来る筈も無く、ミラージュは彼の動きに合わせて、攻撃の軌道を変えるだけだ。



「クシャナ――ッ!!」



 だからこそ、無様だと理解していても、ラウラはクシャナの名を叫んだ。


その叫びによって、少しでも彼女の良心に訴えかける事が出来れば、生き残る術があるかもしれない。


淡い期待を込めて叫ばれた言葉に……しかしミラージュは、鋭い目線を彼へと向けて、一言。



「……終わらせるよ、お父さん。これまで犠牲になった人の無念も……娘の私が、全てッ!!」



 クシャナ・アルスタッドは……彼女に刻まれた赤松玲という女性の魂は、これまで多くの同胞を食ってきた存在だ。


今更、命乞いをされた所で足踏みをする女ではなく、そしてその結果が生み出す被害を、彼女は知っている。


だからこそ、彼女はただの同情や良心の呵責で、行動を止めはしない。



〈TWENTY Factor Rising.〉



赤い力場の込められた右足で強く一歩踏み出すと、彼女はそのまま空へと舞い上がる。


天井に設けられたステンドグラスから差し込む光が、ミラージュの姿を覆い隠し、ラウラは右手を彼女へと向けようとするが……しかしそこで、一人の女性が魅せる笑顔を脳裏に浮かべ、その手を下ろした。


このまま空間消滅魔術を用いてしまえば……クシャナの頭部を消滅させてしまうかもしれない。


もしそうなれば、レナ・アルスタッドという女性を、これから長きに続く生涯において、幸せを与え続けると誓った女性の幸せを、奪う事となる。



――ならば、それは出来ない。


――もし、自分が死んだとしても。


――全てを失うとしても。


――レナの幸せが奪われてしまう事は、許されぬのだから。



「ぜ――やぁああああああッ!!」



 背部からブースターにも似た推進力を得て、右足をラウラの首元に向けて突き出しながら、急速に迫るミラージュ。


その目には涙が浮かんでいたけれど、しかし涙で瞳を曇らせる事無く、ただラウラと視線を合わせていた。



それはまるで、地を穿つ雷の如く、疾く、力強く落下した。


勢いよくラウラの首へと、その右足を叩き付けた一撃。その一撃が首を抉り地面に達すると、帝国城内全体を大きく揺れ動かす。


亀裂の走る大理石造りの床。その強すぎる衝撃に合わせて放出されたエネルギーの力場が、胴体と切り離されたラウラの首を吹き飛ばし……地面に転がるのだった。



「はぁ、はぁ……っ、ぐ、ッ!」



 そんなラウラの頭が転がっていく様を見届けながら、ミラージュは荒い息を整えつつ、彼の頭を手にして喰おうと手を伸ばしたが……しかしそこでミラージュは胸を押さえ、膝を折りながら、先ほど自分が最大威力のキックを叩き込んだ影響で、陥没した瓦礫に身を任せるように、倒れたのだ。



「まだ……っ、まだ、だ……っ」



 ラウラをまだ喰らっていない。それに、アシッド因子がある限り、ラウラは幾度も再生を果たし、蘇る。


今の内に喰わねばならない。そう理解しているにも関わらず、クシャナは身体が動かなかった。それどころか変身も解除されてしまい、自分の手元にマジカリング・デバイスが転がったにも関わらず、それに対して手を伸ばす事さえも億劫と感じる程に。


彼女の体内に注がれた、大量のアシッド因子から生み出されたエネルギーが彼女の身体を蝕んでいた事も理由の一つだが、一度に大量のエネルギーを体内から放射した事による副作用という面もある。


 しばらくすれば、アシッドの再生能力を以て回復を果たすだろうが、しかしそれはラウラも同じだ。



同じ事を、ラウラも考えていた。


今、クシャナは随分と弱っていて、自分を喰うまでに時間がかかる。それまでにある程度だけでも再生を果たす事が出来れば、きっとまだ生き残れる筈だ。


そう考え、クシャナが今にも起き上って来ない事を祈った所で……何かおかしいと気付いた。



――先ほどから、ラウラの身体が一向に再生を始めない。



最初は新種のアシッド因子による再生能力が、現在のクシャナと比例すると劣るからこその錯覚かと思ったが、違う。本来ならば、多少の怪我でも重症の怪我であっても、再生は少しずつ進んでいく筈だ。


少しずつでも再生が行われているのならば問題はない。問題は、一切再生能力が働いていない事だ。



『なぜ……なぜ……っ』



 首だけの状態でも生き長らえている事から、新種のアシッド因子が作用していない、というわけではないだろうが、しかし一刻も早く再生しなければならないにも関わらず、再生がされない事に対して疑問を溢していた、その時。



――女性が二人、王の間へと足を踏み入れる光景を、ラウラは見上げた。



『……なぜ、ここ……に』



 上手く喋る事が出来ない。発声器官がほとんどクシャナによって砕かれているものだから、外部より空気を取り込んで声帯を震わせる他、声を伝える方法がないのだ。


しかしそれでも、声は聞こえたようだった。


床に転がる頭だけのラウラを見て、恐る恐ると言った様子で膝を折り、手を伸ばすのは、美しい黒髪の女性だ。


顔立ちは非常に整っていて、身長もそれなりに高く、体形は所々が出ている部分もあるが、全体的に細くスラリとして、足も長い。


女性が伸ばした手によって、転がっていたラウラの頭が拾い上げられた。


頭だけのラウラを見て、決して声を荒げる事無く、しかし確実に驚きはあるように、困惑を込めた表情をした女性が……目元から、一筋の涙を浮かべる。



「……ラウラ様」


『レナ、くん……なぜ、ここに……?』



 レナ・アルスタッド。


ラウラはレナが、シガレット・ミュ・タースが昏睡状態にし、アマンナ・シュレンツ・フォルディアスによって元々彼女が住んでいた家宅へ避難させられた経緯を知っていた。


シガレットの用いた意識の昏睡作用は強力だった筈だ。一度昏睡状態となれば、目を醒ますのに一日は時間を要す筈にも関わらず……彼女はこうして、ラウラの頭を抱き寄せている。


何故目を醒まし、ここへ訪れたのか、という理由を見つけるのは非常に簡単だった。



レナの後ろには、レナと同様に美しい女性が立っていた。


カルファス・ヴ・リ・レアルタ――確かに彼女ならば、シガレットの用いた昏睡魔術を打ち消す事は可能だっただろう。



『カル、ファス……貴様、何故ここに……レナくんを……っ』


「……貴方へ、お別れを言わせに、ですよ」



 お別れ、と言ったカルファスの言葉。


その言葉を合図に、レナは自分の膝を下りながら地面に正座し、ラウラの頭を膝に乗せて、その髪の毛を撫でた。



 温かな手の感覚、それによって頭を、頬を、撫でられる感覚。


それは遠き昔の何時か……彼女から受けた温かさと、同じものだと感じる。

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