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王-05

 立ち上がったラウラは、彼の背中を見届けるレナとファナの視線を背中で受け止めながら、振り返る事なく、去っていく。


ミラージュは……クシャナは、その美しい緑の風景を脳に焼き付けながら、自分の目の前で一筋の涙を流す、今のラウラが放つ言葉を聞く。



「懐かしい光景だった。我も歳かな、まだ十数年前の光景、それもレナ君との思い出を、殆ど忘れてしまっていたとは。我にとってあの光景が、自分の深層心理に刻まれた光景であるなどと、思いもよらなかった。……いや、無意識下の心理状態という意味である深層心理というのは、得てしてそういうものか」



 しかし、クシャナと同じ光景を見続けていたラウラは、だからこそ納得できると言わんばかりに頷いた。



「そもそも我はあの日から、人である事を捨てた。王となる事に躊躇わず、やがてこの国を導く神として君臨する事を目指す人ならざる者。そんな存在になると心に誓ったのだ。そもそも過去を思い返す事とて、本来は無駄な事だ」


「……それでも、お父さんは」



 思わず、喉に力が入らず、そこで言葉が途切れてしまう。けれど、ラウラは言葉を挟む事無く、クシャナの言葉が続く事を待っている。



「お父さんは、この光景を忘れかけても……理想だけは、忘れなかったのか……?」


「忘れる筈もあるまい。目的も無く人間は走り続ける事など出来ない。だからこそ昔の我は、王となる事に対して僅かながらだが億劫となっていた。その目的を明確化してくれた瞬間だ。根強く心に残ってもおかしくは無いだろう」


「でも……でも、これじゃあ、これじゃあ……っ」


「そうだ。君にとっての誤算は、この光景が我にとってのアキレス腱ではないという事。むしろ我が、何故こんな素っ頓狂な野望を抱くに至ったか、その再認識を果たさせるに相応しい効果があったと分かるだろう」



 自分の目的、野望についてを『素っ頓狂』と言う程には、自分がどれだけの事を仕出かしているのか、その自覚はあったのだろう。


否、違う。最初にその方法を見出した時から、彼はそんな方法を採る事に対して恐怖さえ感じていた筈だ。


人としての自分を捨てるという事、そして何よりも、愛する人と隣にいる事が出来ない苦しみを負い続ける恐怖を、これから永遠に感じ続ける事になる。


それに対して、恐怖を感じぬ者がいるものか。



「視なければ良かったな、クシャナ。我の事を知らねば、それだけで君の力となったのだよ。自らと同じ人と異なる存在、神を騙り人々を惑わそうとする悪逆・ラウラを討つ、それが君にとって何よりも行動原理となっていた筈なのに」



 これまで得た情報から、ラウラの最終目的は『グロリア帝国を自らの権能で統治する』という大目標があり、その大目標を果たす過程で、彼が愛したアルスタッド家の三人が幸せに生きる世界を作るという小目標があると思っていた。


確かに、その考え自体は正しいが……そもそも重視する順番が異なったのだ。



「我にとって、グロリア帝国という国が、我の権能で統治される事など、二の次でしかない。何よりも求めたのは、レナ君が幸せを得られる世界。そしてレナ君にとっての幸せは、二人の子供が幸せである事。それ即ち……君とファナの幸せだ」



 カツン、と杖が地面に突き立てられた瞬間、十二体残るミラージュの内、六体が一斉に姿を消した。空間魔術によるプレスによって潰された事は明らかだったが、しかし本体のミラージュは、その行方や方法についてなど、もう思考さえ回さない。



「我がファナという娘を生み出した『自己満足』という理由を、フェストラとメリーは『嘘だ』と叫んだが、嘘ではない。自己満足が先んじてあり、後に我が新種のアシッド因子を取り込むにあたって、ファナという実験結果を経た後だからこそ、果たす事が出来ると踏んだだけの事」



 今一度、カツンと杖が音を立てると、残り六体のミラージュも先ほどの六体と同様に、姿を消す。


もう、残りはミラージュ本体、クシャナ・アルスタッドだけだ。



「我の根源にある願いを知った今、本気で我と戦う事が出来るかな? もし出来ると言うのならばそれも良いが……心というのはそう簡単に、決意する事など出来る筈がない」



そして彼女がこれ以上戦おうとするのなら、その時こそラウラは容赦なく、彼女の四肢を砕き、逆らう事が出来ぬようにする。


どんな惨い行為だとしても、今より人ならざる怪物へと変貌を遂げてしまわぬように……それが娘の幸せを願う、父親として考え抜いて見出した結論だ。



「さぁ――答えを聞こうか、クシャナ」



 このまま戦いを続けるのか、否か。


その答えは分かり切っていると言わんばかりに、手を伸ばすラウラ。


彼女の胸元、そのマジカリング・デバイスを奪い、彼女から戦う力を削ぐ。それこそ、彼女を守る為の方法であると信じて。



――けれど、クシャナはラウラの伸ばした手を、自分の手で弾き、彼の胸を押して遠ざけた。



「……駄目だ。駄目なんだよ、お父さん」


「クシャナ」


「ああ、そうだ。私は確かに迷ってるよ……お父さんの仕出かした全てが、私とファナの為に、お母さんの為にあったなんて事を聞いて、迷わない筈も無い。私はそんなに強い女じゃない……っ!」



 元より知っていたつもりだった。ラウラがクシャナとファナの為に動いていた事を。


けれどそれは、彼が目的とした世界が、二人にとっての幸せでもあるのだと、ラウラが自分で勝手に見出しただけだと、そう思っているだけでも、彼を倒す為に前を向く事が出来ていただけの事。



「どれだけ言葉を着飾っても、心を偽っても、私がお父さんと戦う事は、お父さんを喰う事は、そんな想いを無駄にする事で……これまでお父さんが積み上げてきた犠牲を、無為にする事と同義なんだって、分かってる……分かってるんだ……っ」



 これまでラウラが積み上げてきた犠牲は、全てクシャナとファナの為に、レナの為にあった。


 その全てをラウラのせいにして、彼に全てを押し付けて、見て見ぬフリをする事は簡単だけれど、クシャナはそんな事をしたくない。



――誰かが誰かを想い、善意から始めてしまった事に対してただ否定してしまう事は簡単だ。けれど、それ以上に惨い行為がどこにあろうか。



「でも……でも駄目なんだ。お父さんの目指す未来に、私とファナにとっての幸せなんてないんだよ……私が、ファナが欲しい幸せは……っ!」



 溢れ出る涙、クシャナは……ミラージュはその涙を拭う事無く、自分に向けて手を伸ばそうとするラウラに対し、黒剣を構え直して、下段から勢いよく振り込んだ。


ラウラの防御障壁を叩き割る黒剣、その障壁の穴を突く様に、ミラージュは彼の腹部に右足を叩き込み、彼を遠ざける。



「私とファナが欲しい幸せは、やっぱり皆が生きてくれる事、皆と一緒に、笑顔で生きられる未来なんだよっ!!」


「クシャナ……!」


「お父さんの目指す未来には、そんな皆の笑顔が無い。皆の命が無い未来だ! そんな未来を、私は認めない、認る事なんて、できない――ッ!!」



 体内にまだ、アシッド因子から生み出されたエネルギーは大量に存在する。このエネルギーを分身の生成に使っても良いが、ラウラに分身を多用する戦術は、やはり有効ではない。



「フェストラは死んでしまった。もしかしたら、他の皆も、戦いの中で死んじゃってるかもしれない……でも、それでも、これ以上失って欲しい命なんて、私にとっては一つも無い!」



ならば、自分の戦闘能力と再生能力を底上げし、一人で彼に迫る事こそが最も最善の策である筈だ。



「私は、皆の笑顔を守ろうとする、ファナのお姉ちゃんで、一人でも多くの命に生きていて欲しいと願ってる。




 だから私は――似合いもしない【魔法少女】になると決めたんだからッ!!」




 まだ、迷いはある。けれど迷いながらだって、戦う事も出来るし、果たしたい願いもある。


今のクシャナにとっての願いは、娘として父を止める事。



――その為に必要な力は、きっと自分の中にある。


――その為に必要な力があると、フェストラは信じてくれたのだから。



「……どれだけ決意を固めようと、我に叶う術はあるまい! 既に全力は見切った。我のマナが切れるよりも前に、我が魔法少女の力を打ち砕くまでの事!」



 そう、ミラージュにとってのネックは、ラウラに対して攻撃がほとんど有効とならぬ事。


彼の肉体を覆う強固な防御障壁、それはどれだけ破ろうとも幾多にも展開し直される。


ミラージュが一度に防御障壁を破れる限界は五枚。それはこれまでの戦いで見極められている事だろう。


それを破り、かつ彼の攻撃を掻い潜った上で、ラウラの首を落とす。


それがどれだけ困難かを再認識した所で――ラウラとミラージュの耳に、聞こえる筈の無い声が響いた。




「果たしてそう断言できるものでしょうか、王よ」




 歳をそれなりに取った、男性の声だった。


その声が聞こえた瞬間、ラウラは目を見開きながら慌てて帝国城より続く王の間へと至る為の通路を見据えると――通路より疾く、まっすぐに刃が駆け出し、それを肉眼で捉えたが最後、刃はラウラの握る杖の頂部、朱色に光る宝石の埋め込まれた先を貫通し、その宝石を粉々に砕けさせた。



「なぁ――ッ」



 ラウラの困惑には、二つの意味がある。


まず、ラウラの握る杖には、ラウラ当人と同様に幾多も防御障壁を展開し、加えて強化魔術が展開されていたにも関わらず、その処理を易々と破り、破壊された事。


そしてもう一つは……



「これで貴方は防御障壁を容易く展開できぬ筈。つまり――今のクシャナ・アルスタッド君にも、十二分の勝機がある、という事だ」



 刃の正体は、リスタバリオス型剣術を実現する為に必要な、グラッファレント合金製の剣・グラスパー。


 放たれた刃は誰が見ても間違いなく、リスタバリオス型剣術・参の型【グレイリン・グロー】によるもの。


そして――リスタバリオス型剣術の使い手で、ラウラの手の内を知り得る男など、一人しかいまい。



「何故……何故貴様が裏切る、エンドラス――ッ!!」



 王の間へと一歩一歩踏み出す男――エンドラス・リスタバリオス。


彼は全身を血に塗れさせ、痛々しい姿をしながらも……しかし敵を見据える鋭い視線で、ラウラの事を見据えていた。

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