ファナ・アルスタッドという妹-04
「仮に、ファナ・アルスタッドという娘の魔術行使だけを抑制する方法を考えるとしたら、お前はどうする?」
フェストラと違い、アマンナは対魔術師……魔術師の暗殺や情報調査・操作技能を生業としている。
魔術回路の質はフェストラの方が上でも、裏方に特化した術に傾倒してきたアマンナだからこそ、分かる事もあるだろうと問う彼の言葉に、アマンナは二秒ほど沈黙した後、口を開いた。
「まずは……魔術回路にリミッターを設ける方法ですが……これは、考え辛い、と思います」
「何故だ」
「そもそも……治癒魔術を一瞥しただけで……お兄さまやヴァルキュリアさまのお二方が、第七世代魔術回路であると、認識出来たが故、です」
もしリミッターを設けられていた場合、使役する魔術もそれだけ品質が劣化する。その上で軽い怪我を治癒する魔術という、実力を読み取りにくい魔術行使においてフェストラとヴァルキュリアの二者が気付けたという事ならば、リミッターが掛けられているとは考え辛い。
「次に……妨害魔術等により、一部空間だけ、魔術行使に妨害を行う事……です。例えば、ファナさまが普段魔術を使役なされている、教室……とか、魔術学部の校舎全体に、とか……ですけど」
「そもそも、そんな妨害魔術が展開されていればオレやお前が気付く。他の生徒も教師陣も含めて魔術行使が妨害されるし、それほど大規模な魔術となれば、一定以上の実力を持つ教員達が感知出来ん筈も無い」
「それに……少なくとも五年間……それも、ファナさまと三年間は、同じ校舎で学んでいる筈の……ヴァルキュリア様が、気付かないというのも、おかしいかと」
ヴァルキュリアは現在こそ剣術学部に属しているが、一昨日までは魔術学部に所属していた。それも五年間、休日以外は一日たりとも休む事無く魔術を学んでいたと調べている。
そんな彼女が、妨害魔術等と言う大規模な魔術が同じ校舎内で展開されていると気付かない筈もない。
少なくとも上記の二つ以上は思いつかなかったようで、そこでアマンナの言葉が途絶えた。フェストラは、顎に手を当てながら、ファナの回路情報に目を通し、ふと言葉を連ねる。
「現状、第七世代以上……つまり八世代等の魔術回路を持つ存在は確認されていない。正確に言えば、公表されている中ではレアルタ皇国第二皇女のカルファス姫が持つ7.3世代魔術回路が、現状における最高位と言ってもいい」
魔術回路の世代と言うのは厳格に規格が定められており、その世代を知るだけでも、ある程度の力量を計る事が可能だ。(交配した者の魔術回路によって若干の品質が異なる関係上、小数点で区切る場合もある程に規格は厳格でもある)
今名の上がったカルファスという異国の姫は、その人類における最高位の魔術回路を持つが故に、皇族という立場であるにも関わらずレアルタ皇国での新魔術開発、魔導機開発を独自に行う程の技術を持ち、現在のレアルタ皇国が世界経済を牽引する程に発展を遂げた要因の一つにもなっている。
「ファナ・アルスタッドは、カルファス姫にも匹敵し得る7.1世代魔術回路を持ち得る。その情報は確かに外部へ漏れぬよう隠匿すべきであるかもしれない。が、学院側や教師陣がその事実を知らずにいるというのは、危機管理の観点から見てもおかしい」
「……つまり、お兄さまは……学外の人間が、そうした隠蔽や、記録の改竄を行った、と……思っているのですか……?」
「結論は急げないが、可能性は十分にあると考えている」
しかしそれならばそれで、面倒になる。
むしろ学院側が彼女の身柄を守る為、もしくは第七世代魔術回路を持つファナを囲い込む為に事実の隠蔽を図っている、という事の方が単純で分かりやすかった。にも関わらず、そうではない可能性まで浮上しているのだ。
となると彼女に対する策は、学院側に対するものだけではなく、他にも立案をしなければならないという事でもある。
「アシッドの件はオレがあの庶民から色々と問い質しておく。他にも聞きたい事はあるしな。お前はリスタバリオスと共に、ファナ・アルスタッドの周辺調査及び護衛をしろ」
「……はい」
アマンナが返事を、言葉を放つ時にゆっくりなのはいつもだが、しかし今の返事には、僅かに葛藤の様なものが感じられた。
「何か不満か?」
「……いえ。お兄さまの、護衛を、どのようにしようか、検討しておりまして……今日、私がいない時に……ヴァルキュリアさまと……殺し合ってた、みたいだし……」
「そもそもオレに護衛はいらん。オレはお前を護衛としてじゃなく、諜報員や戦闘員として重宝しているだけだと、何度言わせる」
何にせよ話は終わった。フェストラは彼女から視線を外した後に「それと」と言葉を挟む。
「『お兄さま』と呼ぶな。これも何度言ったら分かるんだお前は」
「……申し訳、ありません。フェストラさま」
最後には一瞥をする事も無く、フェストラは研究施設から退去していき、その防音かつ強固の扉が閉じられた。
アマンナは寂しそうな表情を浮かべながら――しかし胸元から一本のナイフを取り出し、振り向きざまに強く、速く振り込んだ。
「ぉお、っとぉ!」
その刃を、胸元スレスレの所で避けきった人物がいた。
麗しい程に輝く金髪を肩程まで伸ばしたボブカット、目元から半分近く覆う銀色に輝くマスクが目立つ女性だった。
体形は全体的に細身でこそあるが、出る所は出ている理想の美体形。身長は百五十五センチのアマンナより、頭一つ分程度大きい。
肌着にも見えるラフな布地一枚のシャツと、腰から足の付け根辺りまでしか覆わぬホットパンツが、女性の細くも肉付きの良い脚部を全て曝け出している。
左手首には手首全体を覆う程の大きさをした腕輪があり、アマンナは経験から、その腕輪が魔術行使を並列演算処理する為の外部魔術媒体であると推察した。
「いやはや。気配完全に消してたハズなのに、バレちゃうかぁ。アマンナちゃんだっけ? もしかして相当な場数踏んでる対魔師だね?」
「……どちら様、でしょうか」
警戒は解かず、得物と魔術行使の準備だけを整えながら問うアマンナの言葉に、マスクをつけた女性は口元だけで笑みを表現しながら、緊張感のない声で答えた。
「私? 私は……あー、名乗っていい名前じゃないんだよねぇ、色々と。ただ怪しいモノじゃないから、安心してよ」
「……今の所、怪しさ満点、ですけど」
「そっかー。信じて欲しいんだけどなぁ。お姉さん悲しいなぁー」
ガクンと肩を落とす女性は、表情が見えないからこそのオーバーリアクションなのだろうが、アマンナからすれば随分と隙だらけに見える。
彼女の正体は気になる所であるが、まずは手傷を負わせて捕らえる事を優先すべきと、真っすぐ彼女の仮面を見据えた上で、ナイフを人差し指と親指で摘まむように持ち、手首だけで疾く投げた。
「おっと」
首筋を狙った投擲だが、それが避けられる事は予想済みだ。
アマンナは脚部に魔術強化を行うと同時に、瞬歩と呼ばれる足音や気配を殺して瞬時に動く足さばきで、女性の背後を取ると同時に首筋へもう一本取り出したナイフをつきつけようとするが――
「甘いなぁ、アマンナちゃん」
女性が、右手の人差し指と中指で、左手首の腕輪に触れた瞬間、女性の周囲から放出される衝撃波にも似た力場によって、アマンナはその軽い身体を吹き飛ばされ、急ぎ次の行動へ移れるように着地、視線を女性から片時も逸らさない。
「――嘘」
驚嘆、とも言うべき声を溢したアマンナに、女性は振り返りながら、彼女の言葉が誤りであるとでも言いたげに首を横へ振った。
「ウソじゃないよ。アマンナちゃんの思っている通り」
「……もしや貴女が……ファナ・アルスタッドさまの……回路を狙う者……?」
「違う違う。そもそもさぁ、どうして私があの子の魔術回路を欲すると思うの?」
「……ファナさまと、同じ……第七世代魔術回路を持つ者、だから……その貴重性を理解している、から……!」
そう、今対応しただけでアマンナは感じ取った。
この正体も分からぬ謎の女性が……ファナと同じ第七世代魔術回路を持つ人間である、と。
そして今、フェストラとアマンナは、彼女の貴重性や重要性に気付いたからこそ、彼女をある程度守る必要があると認識し、調べ上げている中、突如として現れた存在が、無関係であると思えない。
「そうだね。貴重性も重要性も……特異性も理解はしているけれど、私は別にいらないよ。だってあの子、別に自分だけの独自魔術を開発しているわけでも無いしね」
「なら……何故、彼女の事を……!」
「同じ第七世代魔術回路持ちだからね。守ってあげなきゃと思って、ある程度手をこまねいているの。……でもまぁ、疑われてるのは気分よろしくないから、一つだけ情報をあげる」
先ほどまでアマンナとフェストラが触れていた、アシッドやファナの調査記録を手に取った女性が、その内の一枚をアマンナへと向け、投げる。
――その一枚は、アシッドの研究・開発を行っていると思わしき施設一覧。本来三ページに渡り載っている一覧の、中ページである。
「ファナちゃんは、アシッドとかいう奴らと関係がある。クシャナちゃん……赤松玲、プロトワンの妹である、以上の関係がね」
「貴女は、何を知っているんですか……?」
「これ以上はまだ内緒。そもそも、この件はグロリア帝国が解決しなきゃいけない問題だからね。私は、ただ状況を見守り、時にちょっとお手伝いをするだけの存在だと思ってよ」
ホットパンツのポケットに手を入れた彼女の身体が、まるで霞んでいくように見えた。
否、霞んでいくように、ではない。
事実彼女の肉体は、霞んでいる。肉体を粒子以上に小さな粒に変化させ、その粒が光の屈折により、僅かだが光って見えるからこそ、霞んで見えるのだ。
『名乗らなずに帰るのもアレか。そうだね、私は……【プロフェッサー・K】……とでも、名乗っておこうかな?』
声すらもぼやけて聞こえる中、アマンナは聞き覚えの無い言語に、思わず首を傾げるのである。
「ケー……?」
女性の放った【K】という言葉は、アマンナの知らない世界……地球におけるアルファベットで発言されたのだ。





