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獣-11

 今、ゴルタナを装着したアマンナの振るった拳がアシッドの顎を殴打する事で首の骨を折り、姿勢を崩したタイミングを見計らって、ルトが地面に落ちていたナイフを拾い上げながらアシッドの背後へと回ると、その折れた首にナイフを突き刺し、そのまま首を斬り裂いた。



「はぁ……ッ、はぁ……ッ!」


「これで……最後……っ!」



 ルトの言葉通り、最後のアシッドであった今の首を、アスハの操る三体のアシッドに向けて投げ放つと、それを掴み頬張り、食らいついていく。


それにより、園庭に集まった、アスハの操るアシッド以外は全て排除し終えて……アマンナは、溢れる脱力感に抗う事が出来ず、地面にぐったりと倒れ込んでしまう。


 ゴルタナの展開も再び解除され、アマンナは荒い息を整えながらなんとか立ち上がろうとするも、しかし腕に力が入らず、立ち上がる事は出来なかった。



「大丈夫よ、アマンナ。……しばらく、そのままでいなさい」



 アマンナの傍に寄り添い、彼女の頬を優しく撫でるルトに、アマンナは少しだけ気恥ずかしい気持ちもあったけれど……しかし、確かに勝利を果たしたのだという満足感が、笑みとして現れた。


が、そこでアマンナは、一人の女性へと視線を送る。



「でも、その……わたしより」


「……ええ、分かってる」



 二人より離れた場所、ボロボロと涙を流しながら、口元に残る血を拭う事無く沈黙するアスハへ、ルトが向かう。



「ありがとう。……貴女が、ドナリアを止めてくれなかったら、私達は間違いなく死んでいたわ」


「……礼を言われるような事は、していない。ただ、私はなすべき事をしただけだ」



 仲間であり、ある意味で彼女の理解者であっただろうドナリアが迎えた、二度目の生を終わらせる。


惨い事をさせてしまったと思う。しかし、彼女がその最後を迎えさせない限り、ドナリアという男は永遠に安らかな眠りに就く事は無かった。


だからこそ、彼女の「なすべき事」という言葉も正しければ……しかし「なさなければならない事」であったとしても、それに対し礼を言わなければ、ルトには収まりがつかなかった。



「それでも、私は貴方にお礼が言いたい。本当に、ありがとう。貴女のおかげで、アマンナは生き永らえる事が出来た。それが私にとって、一番の喜びだもの」


「……ルト・クオン・ハングダム」



 今のアスハには、真なるハイ・アシッドとして覚醒した事を証明する固有能力【補助】がある。その能力によって、自分の目に映る光景をあらゆるデータとして演算し、戦闘に役立てる事が出来る。


そして……そんな目で見るからこそ、これまで声だけしか知る事の出来なかったアスハには理解できなかった、ルトとアマンナに多くある共通点を見出す事が出来る。



「お前は、まさか」



 先の言葉に疑問を籠め、問おうとした瞬間の事だった。


突然、園庭から見る事の出来る二階の部屋、その内の一つ、扉が急に開けられ、甲高い女性の声が聞こえたのだ。



「今すぐ怪物共を皆殺しにしてきなさい! それが出来て、ようやく貴方は一人前の暗殺者でしょう? わたくしの恩情に感謝する事ね……!」



 声を聴いただけで、その声の主がシェリア・カレストラーノ夫人であると理解できたのは、アマンナとルトだ。アスハはその声に聞き覚えも無ければ、僅かに思考が及ばない頭でそんな声が聞こえた所で、何が起こっているか理解も出来なかった。


真っ先にその状況を判断したのは、アマンナだった。


彼女の眼には、そのシェリア夫人が、ルトの弟にあたるシニラ・ケオン・ハングダムの襟を強引に掴んで、扉を開けながら外に放り出す光景が映っていたからだ。



 そして……次の瞬間。



「――オバさん、後ろ!」



 アマンナからは死角であった廊下の壁から、シェリア夫人の後頭部目掛けて振り込まれる、腕が確認できた。


その腕が夫人の後頭部を、脳みそも頭蓋も凹ませるほどの威力を以て振り込まれると、シニラの目の前に身体を倒れさせる。


 グシャリ、と音を立てながら、一面に血飛沫を浴びせつつ倒れる夫人。


彼女の姿を見たシニラは、息を呑みながら、ハァ――と深い息を吐くアシッドを見据えた。


目が血走り、正気を失うアシッド。その姿は人間そのものなのに、しかし明らかに人ならざる者と認識出来る存在。


そんなアシッドがまだ残っていたという情報と、夫人の血と脳髄液が大量に流れ、シニラの足元を浸す光景は……一同を呆然とさせた。


 だが、その中で一番冷静であったのは、間違いなく目の前で惨状を見たのにも関わらず、視線を開けられた扉に向けたシニラだ。



「閉めてッ!!」



 シニラがそう力強く叫ぶと、十王族たちの避難場所として用いられていた大部屋の扉を、慌てて閉めようとする男がいた。


たった今妻を殺された筈の、リングーム・ラル・カレストラーノだった。


彼を止めようとする帝国軍人だったが、しかし非常事態時における人間の底力によって、扉は無慈悲にもシニラを中へ招くよりも前に閉じられる。


だがシニラはまるで、それでいいと言わんばかりに目の前を見据えた。


ぎょろりとした視線をシニラに向けるアシッド、元々帝国軍人であったのか、その身体には帝国軍人用の制服が身に纏われており、その手がまっすぐ、シニラに伸ばされようと、しかし彼は目を閉じる事無く、彼を睨み続けていた。



――だが、シニラはまだ十三にもなっていない子供であり、死に対する絶対の恐怖も持ち得ている。



どれだけ負けるものかと気丈に振舞っていても、しかし少年に手が伸ばされた瞬間、彼はまぶたから涙を流し、その恐怖がどれだけ彼を蝕んでいるか、それを感じさせた。



「――ッ!」



 そんな彼の様子を見ていたアマンナは、唇を噛みしめながらジッとしている事しか出来ない自分に腹が立った。


左手で地に落ちたゴルタナを拾い、右手で自分の前髪をかき上げると、ルトが目を見開いて何か叫ぼうとした。



「アマ」



 しかし、その言葉が全て叫ばれるよりも前に、アマンナが有する【時間停止の魔眼】が発動。


その瞬間、時が止まったように感じられる中で、アマンナは強引に身体へ身体強化を施して地面を蹴り付け、園庭から二階の廊下まで達する事が出来るように地面を蹴りつける。


蹴り付けた瞬間、マナ不足と疲労によって時間停止の魔眼は解除された。が、高く舞い上がった彼女の身体が、今まさにシニラへと手を伸ばそうとするアシッドの身体へと叩き付けられ、彼女は二階の廊下を転がる。



「ンナ、待って!」



 先ほどルトが叫んでいた最中に時間停止の魔眼が発動したものだから、続く言葉が奏でられる。


しかし既にルトの視線にはアマンナは無く、彼女はアシッドの身体に体当たりを仕掛けた後、夫人の流した血に塗れながら、左手に掴んでいたゴルタナを、力の籠められない手から落とす。



「ゴルタナ、起動……ッ!」



 展開されていくゴルタナ。既に三度目の展開となり、稼働可能時間が迫る中でも、しかしそれはアマンナの身体に無事展開される。


しかしゴルタナという身体補助デバイスがあろうとも、アマンナの身体は既に満身創痍で、アシッドを退ける程の体力も無ければ、そんな術も無い。


だから――アマンナはシニラの身体に抱きつき、彼を守る様に、背中をアシッドに向けた。


 アマンナの体当たりから、すぐに姿勢を元に戻したアシッドは、そうして背中を向ける彼女の身体目掛けて、左腕を力強く横薙ぎに振り込んだ。


ゴルタナを展開するアマンナの横っ腹を強く殴打され、彼女はシニラの身体を抱き寄せたまま、二階廊下を転がる。



「ぐ、が――ッ、ゴホッ、ゴホッ……!」


「いっ、つぅ……!」



 人類を超える力によって、一撃で殴り飛ばされたアマンナ。その勢いを拡散した後、ゴルタナは無情にも展開を解除し、彼女の足元に転がったが……しかしそれを、アマンナもシニラも、掴むほどの余裕はなかった。



(……シニラさまは、生かさな、きゃ……っ)



 アシッドの動きは鈍い。しかし、それから逃げる程の気力も体力も残っていなければ、アマンナには抵抗する力も残っていない。


その中で、シニラという小さな子供を生かす為に、彼女が出来る事は……。


身体を強引に動かし、左手で近くにあった部屋のドアノブを回して押し込むと、扉が開かれた。


アマンナはシニラの身体を部屋に力いっぱい投げ込むと、何とかドアを閉める事に成功。


後は――振り返った先、既にアマンナの顔面へと向けて、その肥大化した右腕が振り込まれるのを、待つ他にない。



(ああ……もう少し、生きたかった、なぁ……)



 溢れ出る後悔、死に対する恐怖、それらが入り混じった感情の中でも、しかしアマンナは涙を流さなかった。


人殺ししか、情報を取得する事しか能がなかった自分に、小さな子供を守るという大役を果たす事が出来たという満足感もあったからかもしれない。


ただ、スローモーションに感じるアシッドの腕が、自分の近くまでくる光景を脳裏に焼き付けながら……そのまぶたを閉じようとした。




だが、その寸前。


勢いよく投げ込まれた一本のナイフが、アマンナの顔面に振り込まれようとしていた腕を貫き、その軌道が僅かに逸れた。


アマンナの顔面スレスレに振り込まれた腕、その衝撃だけで軽く吹き飛ばされたアマンナは、思わず目を閉じて地面を転がったが……そんな彼女の知らぬ間に、一人の女性が二階の廊下から園庭に落ちぬよう設けられた、手すりに足を乗せた。



「アマンナ――ッ!!」



 女性、ルト・クオン・ハングダムは、アマンナの目の前に身体を出す。


しかし既に、反射的な攻撃行動を起こしていたアシッドの振り込んだ左腕が、アマンナへと目掛けて振り込まれており、その腕から守る様に立ち塞がる、ルトの胸元が受け止めた。




否……受け止める事は出来なかった、と言ってもいい。



グシャリ、と音を立てながら、勢いが強く、突貫力に優れた左腕の力を受けて、ルトの肋骨は砕け、柔肌を貫通し、彼女の背中からアシッドの腕が伸びたのだから。

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